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二十二、船乗りの歌 - una canzone dei marinai -
翌日からアルテミシアに助手が付けられた。
アルテミシアがそれを知ったのは、塔の四階で昨日中断してしまった作業を再開し始めた時だ。
「手伝いに来たよ」
と言って扉を開けたのは、リコ・オレステだった。いつものように下士官の青い軍服を身に纏っている。
「リコ!軍の方はいいの?」
アルテミシアが驚きながらも嬉しそうに尋ねると、リコは肩をちょっとすくめて、大きな机の向かい側に腰掛けた。
「僕が数日隊にいないより、またミーシャに倒れられる方が困るってさ」
「別に倒れてないのに」
アルテミシアがむうっと頬を膨らませたのを見て、リコは「まあまあ」と苦笑して宥めた。
「心配なんだろ。ミーシャは大事な人だから」
と、リコは何気なく言ったが、これがアルテミシアの顔色を変えた。あまりに素直な反応だ。リコまでじわじわと赤面してしまった。当然本人も承知のことと思って口に出したのだが、読み違えたらしい。
「ま、まあ、任せてよ。実家では商品の目録を散々作らされてたから、少しは役に立てると思うよ。ミーシャの手伝いが終わるまでは屋敷の当番も免除されてるし、時間はたっぷりあるから好きに使って」
「あれ、そうなの?リコのごはんが食べられないのはイヤだから、早く終わらせなきゃね」
アルテミシアはぎこちなく笑ってみせ、リコの前に料紙と筆記用具、それから自分が書いた席次表を持ってきた。
「わたしが書いたのを見本にして、この通りに書いて。アクセントや綴りに気をつけて。いろんな国の人が見るから、文字は繋げないでね。国によって繋げ方の様式とか癖が違ったりするから」
「了解。机仕事は久しぶりだ」
と言って、リコは袖をまくった。
それからは二人で黙々と作業を続けた。アルテミシアは、サゲンとの妙な関係について何か訊かれるのではないかと思っていたが、リコは何も言わずに作業に没頭し、アルテミシアも膨大な席次表と女王の口上のことだけに集中することができた。リコもまた、沈黙を気にせずに付き合える友人の一人だと気付くと、ほっとした。アルテミシアは心のうちでサゲンの人選に感謝した。二人で作業を始めてから数時間が経った頃、図書館の扉を不機嫌顔のロハクが開けた。
「ミーシャ、女中たちがあなたを探していましたよ。今は二階のサロンで待っています」
アルテミシアは少しの間考えたあと、「あっ!」と頓狂な叫び声をあげて跳び上がった。
「ドレスが仕立て終わったから合わせに来るように言われてたんだった!」
「まったく、このわたしを伝令扱いするとは、なんと礼儀知らずな女性たちでしょう。塔に出入りできる者が限られているから今回は仕方なくわたしが来ましたが、わたしは本来このようなことをする立場では…」
「ありがとう、ミシナさん!リコ、それ、続きよろしく」
慌ただしく出て行くアルテミシアに向け、リコは「はいよ」と親指を立て、ロハクは腕組みをして機嫌悪く唸った。
「サゲン・エメレンスはあの小娘にもう少し礼儀を教える必要がありますね」
リコはニヤリとした。
「いやあ、それは上手くいかないでしょう。ナントカの弱みって言いますからね」
ロハクは片眉を上げた。
「厄介な相手に捕まったものです」
「ははっ、確かに。ミーシャは一筋縄じゃいかないでしょうね」
とリコが陽気に笑うと、ロハクはしかめっ面で首を振った。
「何を言っているんです。サゲン・エメレンスのことですよ」
「上官が?」
「あの方の性格をあまりよくご存じないようですね。まあ、部下にはそういう面を見せないでしょうから、無理もありませんが」
賛同しかねる様子のリコに向かって、ロハクは人差し指を立てた。
「サゲン・エメレンスは欲しいものがあれば、どんなに大きな障害があっても必ず手に入れます。途中で諦めることは絶対にありません。それに巧者な戦略家でもあります。絶えず敵を攻略する手を考えているような方ですよ。もしミーシャが彼の元を離れようとしても、絶対に許さないでしょう。地の果てまで追いかけるはずです」
「本当に?信じられない」
リコの目からは、女性のことに関しては冷淡な印象に見えた。どこぞの女性と色っぽい噂が立ってもその関係が長続きしないのを、リコもよく知っているからだ。確かにアルテミシアとはそれまでと様子が違うが、執念深くアルテミシアの尻を追いかけるサゲンの姿はまったく想像できない。
ロハクはキツネのように目を細めた。
「まあ、見ていなさい。あなたの敬愛する上官があのじゃじゃ馬をどう御すか」
「…無理じゃないですかね。僕ならお手上げだ」
ロハクはくっくっと肩を震わせた。
アルテミシアが二階のいちばん小さなサロンへ降りて行くと、裁縫道具を携えたエラとケイナが待ち構えていた。城内で一番小さなサロンと言っても、平民なら一家族がじゅうぶん暮らせるほどの広さだ。今日は部屋の奥に大きなワードローブや見たこともない大きさの金縁の姿見が置かれ、衣装部屋のようになっている。二人ともいつもよりこざっぱりした濃い色のドレスを着て、腰から下はエプロンを巻いている。宴の準備でいつもより多く動き回るためだろう。思い返せば城中の女中たちはみな同じような格好をしていた。
「遅くなってごめん」
アルテミシアが詫びると、「お気になさらないでください」と言いながらも二人は慌ただしく部屋の奥にある姿見の方へアルテミシアを引っ張っていった。二人の勢いに怒っているのかと心配になったが、顔をよく見るとエラもケイナも頬を紅潮させてどことなくウキウキしている。
「ミーシャ様、いい感じです」
「ええ、いい感じですわよ」
と、アルテミシアの腕を引きながら二人が口々に言ってくる。
「何が?」
鏡の前まで来ると、エラがブドウの木の彫刻が施された重厚なワードローブからエメラルドグリーンのドレスとレース刺繍の白いドレス、光沢のある白の上衣と幅の広い金の刺繍が施されたベルトを取り出してアルテミシアに当てた。
「確かに。いい感じ」
肌にも髪の色にも合っている。が、気がかりなことがある。
「でもこれって、全部いっぺんに着るの?」
「当然です」
ケイナが鼻息も荒く胸を張った。
「一年で一番大きな宴ですもの。ちょっとのおしゃれではいけませんわ」
「早速着てみましょう」
「はあ…」
あれよあれよと言う間に今朝着た濃いグレーの簡素なドレスを脱がされ、白のドレスを足元から着せられた。ケイナが後ろでドレスの布を引っ張るように、いくつも付けられた小さなフックの留め具を留めている。
「うっ…、きつい。ひょっとして、わたし採寸の時より太った?」
アルテミシアは不安になって後ろを振り返った。小柄なケイナの短い前髪が、ケイナの動きに合わせて揺れている。
「いいえ、これで、いいんです…!」
アルテミシアは思わず顔をしかめた。腰から尻にかけてはまったく隙間が無いほど締め付けられている。張りがあって伸縮性のない生地だから、尚更だ。
「イノイルでは、盛装の下に着るドレスは身体の線にぴったり沿って作るそうですよ。わたしも驚きましたけど…」
と、エラが説明しているうちに、ケイナは見事な手腕で留め具を全てはめ終えた。袖は無く、襟はV字に大きく開き、エラの言った通りぴったり身体の線に沿っている。広がりの少ないスカート部分は腰の下からすとんと落ちて綺麗な襞を作っている。
「それにしたってちょっとぴったりし過ぎじゃない?」
アルテミシアが文句を言うと、ケイナはにやりとした。
「仕立屋のマダムが、ミーシャ様の美しい線が引き立つように普通より少しだけきつめにしたそうですよ」
「そんな気を利かせてくれなくてもよかったのに」
アルテミシアの文句を聞き流しながら、エラは白いドレスの上からエメラルドグリーンのドレスを重ね、アルテミシアに袖を通させた。こちらは手首まで細い袖があり、胸の下で合わせてボタンで留めるようになっている。前でボタンを留めると、大きく開いたU字の襟ぐりから白いアンダードレスのレース刺繍が覗いて美しい。が、これもきつい。その上、スカートはいつものドレスより丈が長くなっている。
次にケイナが幅の広い絹製のベルトをアルテミシアの腰に巻き、複雑な結び方をして長く余った部分を前に垂らした。その間にエラが丈の短い上衣を羽織らせた。
「完璧」
ケイナが満足げに言った。
「完璧です」
エラもウンウンと頷いた。
アルテミシアは鏡をまじまじと見た。確かに自分で見てもよく似合っている。長袖だから日焼けの跡も目立たない。と言っても最近は肌の色がだんだん戻ってきているから、アムのドレスでも以前ほど気にならなかっただろうが。アルテミシアが自分では常々貧相だと思っている胸も、美しい形に引き立てられている。が、問題は機能性だ。
「でもちょっと、これ…、動きにくいんだけど」
「あら、ミーシャ様!一応申し上げておきますけど、宴ですからね。女王陛下の後について歩くことはありますけど、いつものように動き回ることはありせんよ。ダンスだって動きの激しいものはありませんから、裾だけ踏まないように気を付ければ大丈夫です。美しく着飾るためのドレスに動きやすさなんて求めないでくださいよ」
「うっ」
ケイナの言うことは間違いなく正論だ。
「当日の朝はお屋敷からまっすぐこちらのサロンへいらしてくださいね。お世話しますから」
「…わかりました」
アルテミシアは文句を言うのをやめた。センスの良いエラと経験の長いケイナにすべて任せておけば、宴の準備も心配ないだろう。
「ところで、ミーシャ様…」
ケイナが声を落とした。三人の他は誰もいないというのに、いつもの噂話をするような仕草だったから、エラとアルテミシアは思わず目を見合わせて含み笑いをした。
「勿論、当日は踊るんですよね?お相手は…痛!何よ」
隣で聞いていたエラは笑みを消して思わずケイナの腕を叩いた。エラの大きな青い目は「黙れ」と言ったが、ケイナの好奇心はそれを見て見ぬ振りをした。
「お相手はお決まりなのですか?」
アルテミシアの脳は本人の意思とは別のところでその答えを用意していた。たちまち夜会服姿のサゲンの姿が思い浮かび、アムでの夜を思い出した。腰に大きな手が添えられた時に身体に走った痺れ、ダンスの動きを指示する小さな低い声、熱い手のひらが腕に触れ、鏡越しに見た秀麗な青灰色の瞳、初めて唇が触れ合った時の――。
アルテミシアはがばっと顔を上げ、記憶を振り払うようにぷるぷると顔を振った。火が点いたように顔が熱い。だめだ。あれは心臓に悪い。
「その様子だと、お決まりのようですね。そういうことでしたら、あたくしたちもそのつもりでおりますわ」
ケイナはうふふ、と楽しそうに笑った。一方、エラは溜め息をついて心の中で悪態をついた。
(ケイナのおしゃべり)
「いっそう腕によりをかけます、という意味です」
怪訝そうな顔を見せたアルテミシアに、エラが諦め顔で説明した。
「あっ!お、踊らないよ。そんな暇ないもの」
エラは慌てて否定するアルテミシアの言葉を全く信じていない。
「はい、はい。踊る予定がなくても、とびきり綺麗にしますね」
「エラ!」
「そうですよ。あたしたち、ミーシャさまの短い髪でも綺麗に結えるように練習しているんです。意中の男性もイチコロですよ」
「ケイナまで!」
アルテミシアが顔をリンゴのように真っ赤にしたので、エラは耐えきれなくなって思わずぷっと吹き出し、いつもの慣れた口調に戻った。
「ミーシャったら!そんなに慌てないでよ」
「慌ててないったら!別に、意中っていうか…」
「まあぁ」
ケイナがうっとりした声色で溜息をついた。
「ミーシャ様ったら、恋をなさっているんですね」
その言葉で、アルテミシアはすっかり狼狽してしまい、動くことも声を出すことも忘れてしまった。
(…あら)
とエラは思った。少し前までの反応とは違っているからだ。少なくとも以前のように正面から否定をしないあたり、自分でもそう思っているのだろう。何にせよ、自覚が芽生えたのは良いことだ。
その一瞬の静寂を破ったのは、扉が開く微かな物音だった。
「ミーシャ、いる?」
そう言って顔を覗かせたのは、イグリだった。肩まで伸びた輝くような金髪を、今日は後ろで一つに縛っている。部屋の奥で振り返ったアルテミシアを見るなり、青い瞳を大きく見開いて、アルテミシアと同じように固まってしまった。
「イグリ・ソノ様!」
エラが憤然としてつかつかと近づいた。
「どなたもミーシャ様が何のためにこちらにおいでなのかお教えにならなかったんですか?」
いつもの穏やかな様子からは想像できないほどの勢いでエラに詰め寄られたので、イグリは驚いてビシッと背筋を伸ばし、すぐに扉を閉めた。
「悪い!」
サロンの扉に背を向けながら、イグリは口元を抑えて何とか顔が真っ赤になっていくのを防ごうとした。が、到底無理な話だ。ドレスがいつもと違うだけなのに、周りの空気までがキラキラと輝いて見えたのだから。
「悪かった、本当に。…その、ミシナさんが今日中に陛下の挨拶文を校正して持って来て欲しいから、早く知らせろって」
「わかりました。ミーシャ様に申し伝えます」
「あと、ミーシャにめちゃくちゃ似合ってるって伝えてくれる?」
エラはちらりとアルテミシアの方を見た。ケイナが今度は当日の髪型についてアルテミシアにあれこれと話して聞かせているから、扉越しの会話は部屋の奥にいる二人には聞こえていないようだ。エラは声を落として扉の向こうのイグリに答えた。
「わたくしは構いませんが、よろしいのですか?バルカ将軍なら、ご自分でなさると思いますけど」
イグリの対抗心に火がついた。海賊船から助け出した時は儚い印象しかなかったこの少女は、存外神経が太い。その上、どういう経緯かわからないが、サゲンと自分がアルテミシアの心を奪い合っているのをどうやら承知している。イグリは思わず顔を手で覆った。
「…やっぱり自分で伝えるよ。助言をくれたってことは、俺の味方になってくれるの?」
「わたしは、ミーシャをいちばん幸せにしてくださる方の味方です」
エラは毅然とした態度で言った。まるで主君に仕える騎士のようだ。これにはイグリも笑みをこぼした。
「じゃ、まず君に気に入られなくちゃいけないわけだ」
「そんなつもりで言ったんじゃありません」
エラは気分を害し、ぴしゃりと言って扉の前から立ち去った。遠ざかる足音を聞きながら、イグリは溜め息をついた。どうもこの恋路にはツキがない。
サゲンは夜半、屋敷へ戻ってきた。宴の当日に配備する警備兵の配置場所や人数の割り当てなどに関する会議が長引いたためだ。特にトーラク将軍の隊をどこに配備するかでうまく調整がつかなかった。有能な指揮官だからエマンシュナの王族の護衛を任せたかったが、肝心のトーラク将軍が自慢の白髭をフサフサ動かしながら、「ワシゃ、あそこの近習の何某というやつが気に食わん」と駄々をこねたのだった。調整を重ねた結果、ゴランの隊と配置を交換することで落ち着いた。
(あのじいさんの頑固にも困ったものだ)
サゲンは馬上で肩を回した。近頃は、疲労を感じると決まってアルテミシアの顔が見たくなる。
厩番のロエルに手綱を渡して母屋へ向かう途中、サゲンはふと足を止めた。風呂小屋から軽快な歌声が聞こえてくる。
「海は酒、酒は海、さあ月を浮かべて飲み干そう、女神の愛のもと、我ら船乗り、大海原の王…」
サゲンは疲れも忘れ、口元を綻ばせた。船乗りたちの歌なのだろう。時折下品な表現が混じっていておかしくなったが、声に出して笑わないように気をつけた。外に誰かいると分かったら、歌うのをやめてしまうかもしれない。サゲンは風呂小屋の壁に寄りかかってしばらくアルテミシアの歌に聞き入った。
やがて入浴を終えたアルテミシアが簡単な室内着を着て気分良く歌い続けながら小屋を出て行くと、戸口の横に背を預けたサゲンと鉢合わせた。
「わっ…」
アルテミシアは驚いて手に持っていたドレスや布を落としそうになった。
「あなたってどうしていつも…!」
サゲンの目が弧を描いてアルテミシアを見つめている。アルテミシアは嫌な予感がした。
「…いつからいた?」
「海を飲み干すあたりかな。君は歌が上手い。思わず聞き入った」
アルテミシアはあんぐりと口を開けた。歌を聞かれていたなんて。全速力でその場から走り去りたい気分だ。照れ隠しに相手を詰った。
「それでずっとそこで聞いてたの?屋敷にも入らずに?」
「君の声を聞いていたかったから」
サゲンが率直に認めたので、アルテミシアはさすがに二の句が継げなかった。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
アルテミシアが狼狽えるのを見て、サゲンは満足げに微笑んだ。
「それより、よく拭いてから出ろ。夜は冷えるぞ」
(うそだ)
と、アルテミシアは思った。こんなにあついのに、冷えるはずがない。
サゲンはアルテミシアの手から布を取り上げ、ワシワシと頭を拭き始めた。絡まった髪を丁寧に指でほぐしてやると、一瞬大人しくなったと思ったアルテミシアがひらりと身を翻してサゲンの手から逃れ、屋敷の方へと歩き始めた。
「自分でできるよ」
できれば今はあまり近付きたくない。冷静に考えればそんなはずはないと分かるのに、今はどうしても心臓の音を聞かれてしまうという心配が頭から離れない。ひどく落ち着かない気分だった。更に悪いことに、頭の中でケイナがうっとりした声で話し始めた。
「まあぁ。ミーシャ様ったら、恋をなさっているんですね」
サゲンに惹かれているとぼんやり自覚はしても、誰かから「恋」という言葉で客観的に指摘されると途端にその感情が生のものになる。それが真実であれば尚更だ。アルテミシアは無言でいたが、心の中はそうではなかった。
礼儀正しくアルテミシアの後ろを歩いていたサゲンが、彼女より先に屋敷の扉を開けようと身を乗り出した瞬間、アルテミシアがぴくりと肩を震わせた。開けた扉から玄関のランプの灯りがアルテミシアの顔を照らし、その表情をサゲンの目に映し出した。ランプの灯りで黄金の輝きが散ったハシバミ色の瞳と視線がぶつかった。
――その後は全く衝動的だった。
アルテミシアの濡れた髪に手を挿し入れ、屋敷の中へなだれ込むように押し入り、エントランスの壁にアルテミシアの身体を押し付けた。サゲンは自分が何をしているかも意識しないまま、アルテミシアの口に舌を潜り込ませていた。
アルテミシアは突然襲ってきた息苦しさから自由になろうとサゲンの上衣の胸のあたりを強く掴んだが、解放されるよりもそれを受け入れる方を選んだ。急くようなサゲンの舌を、口を開けて奥へ誘い、自分もサゲンと同じようにした。
不可解だ。この瞬間、何がきっかけとなってエントランスの壁とサゲンの胸板に挟まれることになったのか、まったくわからない。ただ一つ明白なのは、この男がアルテミシアの心を蕩かしてしまうのが驚異的に巧いということだ。
(このまま身を任せたらどうなるだろう)
と、頭の片隅でぼんやり思った。しかし、それは避けるべきことだ。早く身体を離さなければ。理性的な自分はそう言っている。それでもこの激しく情熱的な口付けを今すぐに終わらせることはできない。
サゲンが唸るように唇の隙間から吐息を漏らし、アルテミシアの腰へと手を滑らせた。またあのぞくぞくとした感覚が腰からうなじへと駆け上って行く。アルテミシアが息をついて再びサゲンの舌を受け入れた時、サゲンが少し身体を引いてアルテミシアと目を合わせた。眉間に皺が寄っている。
(また敗北だ)
アルテミシアから手を伸ばさせたいのに、またしても自分が誘惑されてしまった。
あの潤んだ瞳、困惑したような熱っぽい表情、木の香りの混じったハーブの香り――全てがサゲンに衝動を起こさせた。そして、今もそれは続いている。
このまま膝を折って負けを認め、君が欲しい、奪わせてくれと意地も誇りも捨てて懇願してしまおうか。
サゲンは柔らかい頬に触れ、親指で花びらのような唇をなぞった。アルテミシアの美しい瞳がその挙動を受け入れ、サゲンの瞳を覗き込んでいる。
「アルテミシア…」
もう一度唇が触れる寸前だった。
「上官、お帰りですか?」
伸びやかな声と共に廊下の奥から現れたのは、イグリだった。
「いっ、イグリ!」
アルテミシアは悲鳴をあげるように叫び、サゲンを押しのけた。こんなところを見られるなど、これ以上の恥はない。顔が先ほどより真っ赤に染まっているのは隠しようがなかった。
サゲンはアルテミシアにも聞こえないくらいの小さな音で舌を打ち、奥から現れたイグリを見た。イグリもどこか挑戦的な目で見返してくる。
「今帰った。まだいたのか、イグリ・ソノ」
「ええ。今日ミーシャに言い忘れたことがあったので」
イグリの唇はゆるやかに弧を描いていたが、内心ではサゲンへの嫉妬で身を焼かれるようだった。アルテミシアのあんな顔は見たことがない。愛らしい唇は血色が目立ちすぎるほどに赤く、目は潤んで、まるで情交の最中のように艶めかしかった。今したいことをしてよいと言われれば、真っ先に平素真面目腐ったあの上官にもう一度殴りかかっているだろう。顔を見る限り、それはサゲンも同じようだ。
イグリは上官の苛立ちも気に留めず、優雅な足取りでアルテミシアの前へやって来て、勇敢にもその手を取った。
「今日着ていたのは宴のドレスだろ?すごく綺麗だったよ。言葉も出ないほど」
「へ?…あ、そう。宴で着るやつ…。どうもありがとう」
アルテミシアはしどろもどろになりながら馬鹿正直に礼を言った。
「宴で俺とまた踊ってくれる?」
「え?ああ、うん。時間が空いたら…」
イグリはにっこりと微笑み、「では上官、良い夜を」とサゲンに含みのある目線を投げかけて去って行った。アルテミシアはぽかんとしてその背中を見送った。
「あんなことを言うためだけにずっと残ってたのかな?当日言ってくれたらいいのに」
「ドレスとは何のことだ」
心底不思議そうな様子で疑問を口にしたアルテミシアに、サゲンは不機嫌さも隠さずに詰め寄った。
「この前生地を選んだやつ。仕立て終わったから着てみろってエラに呼ばれて。それより、さっきの…」
見られてしまっただろうか。と、言うに言えなかった。アルテミシアはドレスのことよりもそのことで頭がいっぱいだった。イグリがリコや他の下士官たちに見たことを話してしまったら、城中の噂になりかねない。冷静に考えれば、新参者の通詞としては、この手の目立ち方はあまりよろしくない。冷静に考えなくても、こんなことが広まるのは恥ずかし過ぎる。ケイナが大喜びして他の女中たちと噂話を共有する様子が容易に思い浮かんだ。
しかし、サゲンはアルテミシアの不安を他所に、同じ話題を続けた。
「何故イグリ・ソノが君の新しいドレス姿を見るんだ」
アルテミシアは顔を上げて驚いた。つい先ほど甘い声でアルテミシアの名前を呼んだサゲンが、今度は不愉快そうに眉をひそめている。それどころか、明らかに怒っている。
「どうして怒るの?」
「わからないか」
「だって、ドレスを合わせてるところにイグリが顔を出しただけだよ」
(あいつ)
一瞬サゲンが怒気を増したように見えたから、つい動揺してしまった。不本意だ。アルテミシアは動揺を隠すように顔をしかめた。
「いいか」
サゲンはアルテミシアの腕を掴み、身を屈めて耳元で囁いた。
「あまり悋気を煽るものではない。また誰かが血を流すことになりかねないぞ」
低い声がアルテミシアの耳朶をくすぐった。危険な響きを孕んでいる。
「悋気って…」
意味を理解すると、アルテミシアの体温が一気に上がった。
「し、嫉妬したってこと?」
サゲンは口の端を歪めた。笑ったような苦虫を噛み潰したような微妙な表情だった。
「やっと分かったか」
(バルカ将軍が嫉妬?)
すっかり困惑してしまった。あまりに現実離れしている気がする。アルテミシアが尚も不可解な表情でサゲンの顔を見ていると、青灰色の瞳が暗い影を落とした。
「まだ分からないのか」
「だって、理由がないもの。イグリは友達だし、新しいドレスを見たからって何だっていうの?それに…、わたしたちの関係は、そういうんじゃ…」
サゲンは愕然とした。如何に経験がないからといっても、この非情なまでの無頓着さは何だ。ついさっきまでサゲンの衝動を受け入れ、甘い吐息を漏らしていたというのに。アルテミシアはサゲンの気持ちに向き合い、応えようとしているのかと思っていた。サゲンの目には、そう見えた。それとも、たなごころの上で相手が感情的になるのを悠然と見下ろしているのだろうか。サゲンは次第にイライラとした気分に襲われた。
「まず言っておくが、イグリ・ソノは君を友達とは思っていない。次に、俺は君を好きだと言った。惚れた女の新しいドレス姿を他の男に先に見られるのは最悪の気分だ。他の男が君の手に触れるのは、もっと悪い。それから――」
サゲンはアルテミシアの横に手をつき、もう一度壁と自分の間に挟み込んだ。逃げ出す機会を失ったアルテミシアは、先ほどよりもやや乱暴なキスに身悶えることになった。反射的に振り上げた手は指を絡めてしっかり握られ、壁に縫い付けられた。
「んん」
サゲンの舌が上顎や歯列をなぞり、快感を引き出していく。アルテミシアの喉から声が漏れた。角度を変えて舌を深く捻じ込まれ、誘うように舌を弄ばれる。背中をぞくぞくと痺れにも似た感覚が走り、腹の奥がじくりと熱を持った。アルテミシアは絡めた指を強く握り、自由な方の手をサゲンのうねった短い髪に差し入れて、自分からも夢中で舌を絡めた。次第に息が上がっていく。
腰のあたりでサゲンの一部が硬くなっているのを感じて身じろぎすると、サゲンが真っ赤に腫れた唇を解放した。サゲンもまた、苦しそうに荒い呼吸をしている。
「これだけの関係では嫉妬に値しないと言うなら、すぐにでも君が納得いく関係になればいい。残念だが逃がしてやるつもりはないぞ」
そう言うサゲンの顔は、獲物を狙う獣のそれだった。
アルテミシアがそれを知ったのは、塔の四階で昨日中断してしまった作業を再開し始めた時だ。
「手伝いに来たよ」
と言って扉を開けたのは、リコ・オレステだった。いつものように下士官の青い軍服を身に纏っている。
「リコ!軍の方はいいの?」
アルテミシアが驚きながらも嬉しそうに尋ねると、リコは肩をちょっとすくめて、大きな机の向かい側に腰掛けた。
「僕が数日隊にいないより、またミーシャに倒れられる方が困るってさ」
「別に倒れてないのに」
アルテミシアがむうっと頬を膨らませたのを見て、リコは「まあまあ」と苦笑して宥めた。
「心配なんだろ。ミーシャは大事な人だから」
と、リコは何気なく言ったが、これがアルテミシアの顔色を変えた。あまりに素直な反応だ。リコまでじわじわと赤面してしまった。当然本人も承知のことと思って口に出したのだが、読み違えたらしい。
「ま、まあ、任せてよ。実家では商品の目録を散々作らされてたから、少しは役に立てると思うよ。ミーシャの手伝いが終わるまでは屋敷の当番も免除されてるし、時間はたっぷりあるから好きに使って」
「あれ、そうなの?リコのごはんが食べられないのはイヤだから、早く終わらせなきゃね」
アルテミシアはぎこちなく笑ってみせ、リコの前に料紙と筆記用具、それから自分が書いた席次表を持ってきた。
「わたしが書いたのを見本にして、この通りに書いて。アクセントや綴りに気をつけて。いろんな国の人が見るから、文字は繋げないでね。国によって繋げ方の様式とか癖が違ったりするから」
「了解。机仕事は久しぶりだ」
と言って、リコは袖をまくった。
それからは二人で黙々と作業を続けた。アルテミシアは、サゲンとの妙な関係について何か訊かれるのではないかと思っていたが、リコは何も言わずに作業に没頭し、アルテミシアも膨大な席次表と女王の口上のことだけに集中することができた。リコもまた、沈黙を気にせずに付き合える友人の一人だと気付くと、ほっとした。アルテミシアは心のうちでサゲンの人選に感謝した。二人で作業を始めてから数時間が経った頃、図書館の扉を不機嫌顔のロハクが開けた。
「ミーシャ、女中たちがあなたを探していましたよ。今は二階のサロンで待っています」
アルテミシアは少しの間考えたあと、「あっ!」と頓狂な叫び声をあげて跳び上がった。
「ドレスが仕立て終わったから合わせに来るように言われてたんだった!」
「まったく、このわたしを伝令扱いするとは、なんと礼儀知らずな女性たちでしょう。塔に出入りできる者が限られているから今回は仕方なくわたしが来ましたが、わたしは本来このようなことをする立場では…」
「ありがとう、ミシナさん!リコ、それ、続きよろしく」
慌ただしく出て行くアルテミシアに向け、リコは「はいよ」と親指を立て、ロハクは腕組みをして機嫌悪く唸った。
「サゲン・エメレンスはあの小娘にもう少し礼儀を教える必要がありますね」
リコはニヤリとした。
「いやあ、それは上手くいかないでしょう。ナントカの弱みって言いますからね」
ロハクは片眉を上げた。
「厄介な相手に捕まったものです」
「ははっ、確かに。ミーシャは一筋縄じゃいかないでしょうね」
とリコが陽気に笑うと、ロハクはしかめっ面で首を振った。
「何を言っているんです。サゲン・エメレンスのことですよ」
「上官が?」
「あの方の性格をあまりよくご存じないようですね。まあ、部下にはそういう面を見せないでしょうから、無理もありませんが」
賛同しかねる様子のリコに向かって、ロハクは人差し指を立てた。
「サゲン・エメレンスは欲しいものがあれば、どんなに大きな障害があっても必ず手に入れます。途中で諦めることは絶対にありません。それに巧者な戦略家でもあります。絶えず敵を攻略する手を考えているような方ですよ。もしミーシャが彼の元を離れようとしても、絶対に許さないでしょう。地の果てまで追いかけるはずです」
「本当に?信じられない」
リコの目からは、女性のことに関しては冷淡な印象に見えた。どこぞの女性と色っぽい噂が立ってもその関係が長続きしないのを、リコもよく知っているからだ。確かにアルテミシアとはそれまでと様子が違うが、執念深くアルテミシアの尻を追いかけるサゲンの姿はまったく想像できない。
ロハクはキツネのように目を細めた。
「まあ、見ていなさい。あなたの敬愛する上官があのじゃじゃ馬をどう御すか」
「…無理じゃないですかね。僕ならお手上げだ」
ロハクはくっくっと肩を震わせた。
アルテミシアが二階のいちばん小さなサロンへ降りて行くと、裁縫道具を携えたエラとケイナが待ち構えていた。城内で一番小さなサロンと言っても、平民なら一家族がじゅうぶん暮らせるほどの広さだ。今日は部屋の奥に大きなワードローブや見たこともない大きさの金縁の姿見が置かれ、衣装部屋のようになっている。二人ともいつもよりこざっぱりした濃い色のドレスを着て、腰から下はエプロンを巻いている。宴の準備でいつもより多く動き回るためだろう。思い返せば城中の女中たちはみな同じような格好をしていた。
「遅くなってごめん」
アルテミシアが詫びると、「お気になさらないでください」と言いながらも二人は慌ただしく部屋の奥にある姿見の方へアルテミシアを引っ張っていった。二人の勢いに怒っているのかと心配になったが、顔をよく見るとエラもケイナも頬を紅潮させてどことなくウキウキしている。
「ミーシャ様、いい感じです」
「ええ、いい感じですわよ」
と、アルテミシアの腕を引きながら二人が口々に言ってくる。
「何が?」
鏡の前まで来ると、エラがブドウの木の彫刻が施された重厚なワードローブからエメラルドグリーンのドレスとレース刺繍の白いドレス、光沢のある白の上衣と幅の広い金の刺繍が施されたベルトを取り出してアルテミシアに当てた。
「確かに。いい感じ」
肌にも髪の色にも合っている。が、気がかりなことがある。
「でもこれって、全部いっぺんに着るの?」
「当然です」
ケイナが鼻息も荒く胸を張った。
「一年で一番大きな宴ですもの。ちょっとのおしゃれではいけませんわ」
「早速着てみましょう」
「はあ…」
あれよあれよと言う間に今朝着た濃いグレーの簡素なドレスを脱がされ、白のドレスを足元から着せられた。ケイナが後ろでドレスの布を引っ張るように、いくつも付けられた小さなフックの留め具を留めている。
「うっ…、きつい。ひょっとして、わたし採寸の時より太った?」
アルテミシアは不安になって後ろを振り返った。小柄なケイナの短い前髪が、ケイナの動きに合わせて揺れている。
「いいえ、これで、いいんです…!」
アルテミシアは思わず顔をしかめた。腰から尻にかけてはまったく隙間が無いほど締め付けられている。張りがあって伸縮性のない生地だから、尚更だ。
「イノイルでは、盛装の下に着るドレスは身体の線にぴったり沿って作るそうですよ。わたしも驚きましたけど…」
と、エラが説明しているうちに、ケイナは見事な手腕で留め具を全てはめ終えた。袖は無く、襟はV字に大きく開き、エラの言った通りぴったり身体の線に沿っている。広がりの少ないスカート部分は腰の下からすとんと落ちて綺麗な襞を作っている。
「それにしたってちょっとぴったりし過ぎじゃない?」
アルテミシアが文句を言うと、ケイナはにやりとした。
「仕立屋のマダムが、ミーシャ様の美しい線が引き立つように普通より少しだけきつめにしたそうですよ」
「そんな気を利かせてくれなくてもよかったのに」
アルテミシアの文句を聞き流しながら、エラは白いドレスの上からエメラルドグリーンのドレスを重ね、アルテミシアに袖を通させた。こちらは手首まで細い袖があり、胸の下で合わせてボタンで留めるようになっている。前でボタンを留めると、大きく開いたU字の襟ぐりから白いアンダードレスのレース刺繍が覗いて美しい。が、これもきつい。その上、スカートはいつものドレスより丈が長くなっている。
次にケイナが幅の広い絹製のベルトをアルテミシアの腰に巻き、複雑な結び方をして長く余った部分を前に垂らした。その間にエラが丈の短い上衣を羽織らせた。
「完璧」
ケイナが満足げに言った。
「完璧です」
エラもウンウンと頷いた。
アルテミシアは鏡をまじまじと見た。確かに自分で見てもよく似合っている。長袖だから日焼けの跡も目立たない。と言っても最近は肌の色がだんだん戻ってきているから、アムのドレスでも以前ほど気にならなかっただろうが。アルテミシアが自分では常々貧相だと思っている胸も、美しい形に引き立てられている。が、問題は機能性だ。
「でもちょっと、これ…、動きにくいんだけど」
「あら、ミーシャ様!一応申し上げておきますけど、宴ですからね。女王陛下の後について歩くことはありますけど、いつものように動き回ることはありせんよ。ダンスだって動きの激しいものはありませんから、裾だけ踏まないように気を付ければ大丈夫です。美しく着飾るためのドレスに動きやすさなんて求めないでくださいよ」
「うっ」
ケイナの言うことは間違いなく正論だ。
「当日の朝はお屋敷からまっすぐこちらのサロンへいらしてくださいね。お世話しますから」
「…わかりました」
アルテミシアは文句を言うのをやめた。センスの良いエラと経験の長いケイナにすべて任せておけば、宴の準備も心配ないだろう。
「ところで、ミーシャ様…」
ケイナが声を落とした。三人の他は誰もいないというのに、いつもの噂話をするような仕草だったから、エラとアルテミシアは思わず目を見合わせて含み笑いをした。
「勿論、当日は踊るんですよね?お相手は…痛!何よ」
隣で聞いていたエラは笑みを消して思わずケイナの腕を叩いた。エラの大きな青い目は「黙れ」と言ったが、ケイナの好奇心はそれを見て見ぬ振りをした。
「お相手はお決まりなのですか?」
アルテミシアの脳は本人の意思とは別のところでその答えを用意していた。たちまち夜会服姿のサゲンの姿が思い浮かび、アムでの夜を思い出した。腰に大きな手が添えられた時に身体に走った痺れ、ダンスの動きを指示する小さな低い声、熱い手のひらが腕に触れ、鏡越しに見た秀麗な青灰色の瞳、初めて唇が触れ合った時の――。
アルテミシアはがばっと顔を上げ、記憶を振り払うようにぷるぷると顔を振った。火が点いたように顔が熱い。だめだ。あれは心臓に悪い。
「その様子だと、お決まりのようですね。そういうことでしたら、あたくしたちもそのつもりでおりますわ」
ケイナはうふふ、と楽しそうに笑った。一方、エラは溜め息をついて心の中で悪態をついた。
(ケイナのおしゃべり)
「いっそう腕によりをかけます、という意味です」
怪訝そうな顔を見せたアルテミシアに、エラが諦め顔で説明した。
「あっ!お、踊らないよ。そんな暇ないもの」
エラは慌てて否定するアルテミシアの言葉を全く信じていない。
「はい、はい。踊る予定がなくても、とびきり綺麗にしますね」
「エラ!」
「そうですよ。あたしたち、ミーシャさまの短い髪でも綺麗に結えるように練習しているんです。意中の男性もイチコロですよ」
「ケイナまで!」
アルテミシアが顔をリンゴのように真っ赤にしたので、エラは耐えきれなくなって思わずぷっと吹き出し、いつもの慣れた口調に戻った。
「ミーシャったら!そんなに慌てないでよ」
「慌ててないったら!別に、意中っていうか…」
「まあぁ」
ケイナがうっとりした声色で溜息をついた。
「ミーシャ様ったら、恋をなさっているんですね」
その言葉で、アルテミシアはすっかり狼狽してしまい、動くことも声を出すことも忘れてしまった。
(…あら)
とエラは思った。少し前までの反応とは違っているからだ。少なくとも以前のように正面から否定をしないあたり、自分でもそう思っているのだろう。何にせよ、自覚が芽生えたのは良いことだ。
その一瞬の静寂を破ったのは、扉が開く微かな物音だった。
「ミーシャ、いる?」
そう言って顔を覗かせたのは、イグリだった。肩まで伸びた輝くような金髪を、今日は後ろで一つに縛っている。部屋の奥で振り返ったアルテミシアを見るなり、青い瞳を大きく見開いて、アルテミシアと同じように固まってしまった。
「イグリ・ソノ様!」
エラが憤然としてつかつかと近づいた。
「どなたもミーシャ様が何のためにこちらにおいでなのかお教えにならなかったんですか?」
いつもの穏やかな様子からは想像できないほどの勢いでエラに詰め寄られたので、イグリは驚いてビシッと背筋を伸ばし、すぐに扉を閉めた。
「悪い!」
サロンの扉に背を向けながら、イグリは口元を抑えて何とか顔が真っ赤になっていくのを防ごうとした。が、到底無理な話だ。ドレスがいつもと違うだけなのに、周りの空気までがキラキラと輝いて見えたのだから。
「悪かった、本当に。…その、ミシナさんが今日中に陛下の挨拶文を校正して持って来て欲しいから、早く知らせろって」
「わかりました。ミーシャ様に申し伝えます」
「あと、ミーシャにめちゃくちゃ似合ってるって伝えてくれる?」
エラはちらりとアルテミシアの方を見た。ケイナが今度は当日の髪型についてアルテミシアにあれこれと話して聞かせているから、扉越しの会話は部屋の奥にいる二人には聞こえていないようだ。エラは声を落として扉の向こうのイグリに答えた。
「わたくしは構いませんが、よろしいのですか?バルカ将軍なら、ご自分でなさると思いますけど」
イグリの対抗心に火がついた。海賊船から助け出した時は儚い印象しかなかったこの少女は、存外神経が太い。その上、どういう経緯かわからないが、サゲンと自分がアルテミシアの心を奪い合っているのをどうやら承知している。イグリは思わず顔を手で覆った。
「…やっぱり自分で伝えるよ。助言をくれたってことは、俺の味方になってくれるの?」
「わたしは、ミーシャをいちばん幸せにしてくださる方の味方です」
エラは毅然とした態度で言った。まるで主君に仕える騎士のようだ。これにはイグリも笑みをこぼした。
「じゃ、まず君に気に入られなくちゃいけないわけだ」
「そんなつもりで言ったんじゃありません」
エラは気分を害し、ぴしゃりと言って扉の前から立ち去った。遠ざかる足音を聞きながら、イグリは溜め息をついた。どうもこの恋路にはツキがない。
サゲンは夜半、屋敷へ戻ってきた。宴の当日に配備する警備兵の配置場所や人数の割り当てなどに関する会議が長引いたためだ。特にトーラク将軍の隊をどこに配備するかでうまく調整がつかなかった。有能な指揮官だからエマンシュナの王族の護衛を任せたかったが、肝心のトーラク将軍が自慢の白髭をフサフサ動かしながら、「ワシゃ、あそこの近習の何某というやつが気に食わん」と駄々をこねたのだった。調整を重ねた結果、ゴランの隊と配置を交換することで落ち着いた。
(あのじいさんの頑固にも困ったものだ)
サゲンは馬上で肩を回した。近頃は、疲労を感じると決まってアルテミシアの顔が見たくなる。
厩番のロエルに手綱を渡して母屋へ向かう途中、サゲンはふと足を止めた。風呂小屋から軽快な歌声が聞こえてくる。
「海は酒、酒は海、さあ月を浮かべて飲み干そう、女神の愛のもと、我ら船乗り、大海原の王…」
サゲンは疲れも忘れ、口元を綻ばせた。船乗りたちの歌なのだろう。時折下品な表現が混じっていておかしくなったが、声に出して笑わないように気をつけた。外に誰かいると分かったら、歌うのをやめてしまうかもしれない。サゲンは風呂小屋の壁に寄りかかってしばらくアルテミシアの歌に聞き入った。
やがて入浴を終えたアルテミシアが簡単な室内着を着て気分良く歌い続けながら小屋を出て行くと、戸口の横に背を預けたサゲンと鉢合わせた。
「わっ…」
アルテミシアは驚いて手に持っていたドレスや布を落としそうになった。
「あなたってどうしていつも…!」
サゲンの目が弧を描いてアルテミシアを見つめている。アルテミシアは嫌な予感がした。
「…いつからいた?」
「海を飲み干すあたりかな。君は歌が上手い。思わず聞き入った」
アルテミシアはあんぐりと口を開けた。歌を聞かれていたなんて。全速力でその場から走り去りたい気分だ。照れ隠しに相手を詰った。
「それでずっとそこで聞いてたの?屋敷にも入らずに?」
「君の声を聞いていたかったから」
サゲンが率直に認めたので、アルテミシアはさすがに二の句が継げなかった。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
アルテミシアが狼狽えるのを見て、サゲンは満足げに微笑んだ。
「それより、よく拭いてから出ろ。夜は冷えるぞ」
(うそだ)
と、アルテミシアは思った。こんなにあついのに、冷えるはずがない。
サゲンはアルテミシアの手から布を取り上げ、ワシワシと頭を拭き始めた。絡まった髪を丁寧に指でほぐしてやると、一瞬大人しくなったと思ったアルテミシアがひらりと身を翻してサゲンの手から逃れ、屋敷の方へと歩き始めた。
「自分でできるよ」
できれば今はあまり近付きたくない。冷静に考えればそんなはずはないと分かるのに、今はどうしても心臓の音を聞かれてしまうという心配が頭から離れない。ひどく落ち着かない気分だった。更に悪いことに、頭の中でケイナがうっとりした声で話し始めた。
「まあぁ。ミーシャ様ったら、恋をなさっているんですね」
サゲンに惹かれているとぼんやり自覚はしても、誰かから「恋」という言葉で客観的に指摘されると途端にその感情が生のものになる。それが真実であれば尚更だ。アルテミシアは無言でいたが、心の中はそうではなかった。
礼儀正しくアルテミシアの後ろを歩いていたサゲンが、彼女より先に屋敷の扉を開けようと身を乗り出した瞬間、アルテミシアがぴくりと肩を震わせた。開けた扉から玄関のランプの灯りがアルテミシアの顔を照らし、その表情をサゲンの目に映し出した。ランプの灯りで黄金の輝きが散ったハシバミ色の瞳と視線がぶつかった。
――その後は全く衝動的だった。
アルテミシアの濡れた髪に手を挿し入れ、屋敷の中へなだれ込むように押し入り、エントランスの壁にアルテミシアの身体を押し付けた。サゲンは自分が何をしているかも意識しないまま、アルテミシアの口に舌を潜り込ませていた。
アルテミシアは突然襲ってきた息苦しさから自由になろうとサゲンの上衣の胸のあたりを強く掴んだが、解放されるよりもそれを受け入れる方を選んだ。急くようなサゲンの舌を、口を開けて奥へ誘い、自分もサゲンと同じようにした。
不可解だ。この瞬間、何がきっかけとなってエントランスの壁とサゲンの胸板に挟まれることになったのか、まったくわからない。ただ一つ明白なのは、この男がアルテミシアの心を蕩かしてしまうのが驚異的に巧いということだ。
(このまま身を任せたらどうなるだろう)
と、頭の片隅でぼんやり思った。しかし、それは避けるべきことだ。早く身体を離さなければ。理性的な自分はそう言っている。それでもこの激しく情熱的な口付けを今すぐに終わらせることはできない。
サゲンが唸るように唇の隙間から吐息を漏らし、アルテミシアの腰へと手を滑らせた。またあのぞくぞくとした感覚が腰からうなじへと駆け上って行く。アルテミシアが息をついて再びサゲンの舌を受け入れた時、サゲンが少し身体を引いてアルテミシアと目を合わせた。眉間に皺が寄っている。
(また敗北だ)
アルテミシアから手を伸ばさせたいのに、またしても自分が誘惑されてしまった。
あの潤んだ瞳、困惑したような熱っぽい表情、木の香りの混じったハーブの香り――全てがサゲンに衝動を起こさせた。そして、今もそれは続いている。
このまま膝を折って負けを認め、君が欲しい、奪わせてくれと意地も誇りも捨てて懇願してしまおうか。
サゲンは柔らかい頬に触れ、親指で花びらのような唇をなぞった。アルテミシアの美しい瞳がその挙動を受け入れ、サゲンの瞳を覗き込んでいる。
「アルテミシア…」
もう一度唇が触れる寸前だった。
「上官、お帰りですか?」
伸びやかな声と共に廊下の奥から現れたのは、イグリだった。
「いっ、イグリ!」
アルテミシアは悲鳴をあげるように叫び、サゲンを押しのけた。こんなところを見られるなど、これ以上の恥はない。顔が先ほどより真っ赤に染まっているのは隠しようがなかった。
サゲンはアルテミシアにも聞こえないくらいの小さな音で舌を打ち、奥から現れたイグリを見た。イグリもどこか挑戦的な目で見返してくる。
「今帰った。まだいたのか、イグリ・ソノ」
「ええ。今日ミーシャに言い忘れたことがあったので」
イグリの唇はゆるやかに弧を描いていたが、内心ではサゲンへの嫉妬で身を焼かれるようだった。アルテミシアのあんな顔は見たことがない。愛らしい唇は血色が目立ちすぎるほどに赤く、目は潤んで、まるで情交の最中のように艶めかしかった。今したいことをしてよいと言われれば、真っ先に平素真面目腐ったあの上官にもう一度殴りかかっているだろう。顔を見る限り、それはサゲンも同じようだ。
イグリは上官の苛立ちも気に留めず、優雅な足取りでアルテミシアの前へやって来て、勇敢にもその手を取った。
「今日着ていたのは宴のドレスだろ?すごく綺麗だったよ。言葉も出ないほど」
「へ?…あ、そう。宴で着るやつ…。どうもありがとう」
アルテミシアはしどろもどろになりながら馬鹿正直に礼を言った。
「宴で俺とまた踊ってくれる?」
「え?ああ、うん。時間が空いたら…」
イグリはにっこりと微笑み、「では上官、良い夜を」とサゲンに含みのある目線を投げかけて去って行った。アルテミシアはぽかんとしてその背中を見送った。
「あんなことを言うためだけにずっと残ってたのかな?当日言ってくれたらいいのに」
「ドレスとは何のことだ」
心底不思議そうな様子で疑問を口にしたアルテミシアに、サゲンは不機嫌さも隠さずに詰め寄った。
「この前生地を選んだやつ。仕立て終わったから着てみろってエラに呼ばれて。それより、さっきの…」
見られてしまっただろうか。と、言うに言えなかった。アルテミシアはドレスのことよりもそのことで頭がいっぱいだった。イグリがリコや他の下士官たちに見たことを話してしまったら、城中の噂になりかねない。冷静に考えれば、新参者の通詞としては、この手の目立ち方はあまりよろしくない。冷静に考えなくても、こんなことが広まるのは恥ずかし過ぎる。ケイナが大喜びして他の女中たちと噂話を共有する様子が容易に思い浮かんだ。
しかし、サゲンはアルテミシアの不安を他所に、同じ話題を続けた。
「何故イグリ・ソノが君の新しいドレス姿を見るんだ」
アルテミシアは顔を上げて驚いた。つい先ほど甘い声でアルテミシアの名前を呼んだサゲンが、今度は不愉快そうに眉をひそめている。それどころか、明らかに怒っている。
「どうして怒るの?」
「わからないか」
「だって、ドレスを合わせてるところにイグリが顔を出しただけだよ」
(あいつ)
一瞬サゲンが怒気を増したように見えたから、つい動揺してしまった。不本意だ。アルテミシアは動揺を隠すように顔をしかめた。
「いいか」
サゲンはアルテミシアの腕を掴み、身を屈めて耳元で囁いた。
「あまり悋気を煽るものではない。また誰かが血を流すことになりかねないぞ」
低い声がアルテミシアの耳朶をくすぐった。危険な響きを孕んでいる。
「悋気って…」
意味を理解すると、アルテミシアの体温が一気に上がった。
「し、嫉妬したってこと?」
サゲンは口の端を歪めた。笑ったような苦虫を噛み潰したような微妙な表情だった。
「やっと分かったか」
(バルカ将軍が嫉妬?)
すっかり困惑してしまった。あまりに現実離れしている気がする。アルテミシアが尚も不可解な表情でサゲンの顔を見ていると、青灰色の瞳が暗い影を落とした。
「まだ分からないのか」
「だって、理由がないもの。イグリは友達だし、新しいドレスを見たからって何だっていうの?それに…、わたしたちの関係は、そういうんじゃ…」
サゲンは愕然とした。如何に経験がないからといっても、この非情なまでの無頓着さは何だ。ついさっきまでサゲンの衝動を受け入れ、甘い吐息を漏らしていたというのに。アルテミシアはサゲンの気持ちに向き合い、応えようとしているのかと思っていた。サゲンの目には、そう見えた。それとも、たなごころの上で相手が感情的になるのを悠然と見下ろしているのだろうか。サゲンは次第にイライラとした気分に襲われた。
「まず言っておくが、イグリ・ソノは君を友達とは思っていない。次に、俺は君を好きだと言った。惚れた女の新しいドレス姿を他の男に先に見られるのは最悪の気分だ。他の男が君の手に触れるのは、もっと悪い。それから――」
サゲンはアルテミシアの横に手をつき、もう一度壁と自分の間に挟み込んだ。逃げ出す機会を失ったアルテミシアは、先ほどよりもやや乱暴なキスに身悶えることになった。反射的に振り上げた手は指を絡めてしっかり握られ、壁に縫い付けられた。
「んん」
サゲンの舌が上顎や歯列をなぞり、快感を引き出していく。アルテミシアの喉から声が漏れた。角度を変えて舌を深く捻じ込まれ、誘うように舌を弄ばれる。背中をぞくぞくと痺れにも似た感覚が走り、腹の奥がじくりと熱を持った。アルテミシアは絡めた指を強く握り、自由な方の手をサゲンのうねった短い髪に差し入れて、自分からも夢中で舌を絡めた。次第に息が上がっていく。
腰のあたりでサゲンの一部が硬くなっているのを感じて身じろぎすると、サゲンが真っ赤に腫れた唇を解放した。サゲンもまた、苦しそうに荒い呼吸をしている。
「これだけの関係では嫉妬に値しないと言うなら、すぐにでも君が納得いく関係になればいい。残念だが逃がしてやるつもりはないぞ」
そう言うサゲンの顔は、獲物を狙う獣のそれだった。
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