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二十四、再会 - le passé et le présent -
宴には王侯貴族だけではなく、各国の軍司令官や武功を上げた上級将校やその妻女たちも招かれる。彼らをもてなすのが、サゲン・バルカ将軍を始めとするイノイル軍の将校たちの仕事だ。女性たちが最高級の料理とおしゃべりに夢中になっている間、それぞれの情勢について情報交換をするのもこの宴の目的の一つだ。イノイル軍の下士官たちの中には上官たちの補佐として宴に参加している者もいるが、彼らには他にも大切な目的がある。何しろ、由緒正しい家柄の美しく着飾った令嬢たちが多く出入りしているのだ。彼らにとってはそういった女性たちとの出会いの場でもあり、上手くいけばゆくゆくは上流階級の令嬢を妻にし、出世の足掛かりにできるかもしれないと期待に胸を膨らませる者も多い。
中庭に設えられた野外ステージで楽団が甘い旋律の曲を演奏し、それに合わせて若いカップルたちがダンスを踊っている。その中にはどこかの令嬢たちと踊るリコとブランの姿もあった。既に陽が沈みかけ、美しい球体のランプが無数の大きな蛍のように中庭を彩り始めている。
サゲンは広間で軍の重役たちと壁際のテーブルを囲んでいた。カルロ・スビート元帥、トーラク将軍、ゴラン、ルメオのミルコ・フラヴァリ提督、エマンシュナの軍隊を総括するランスロット・バスケ元帥という面々だ。ゴラン以外はみなサゲンよりも年上の老練な司令官たちだが、彼らは決してサゲン・バルカ将軍を若輩者と侮ったりはしない。それだけの勲功があるからだ。家の力を借りずに一兵卒から成り上がったという経歴は、みな承知している。
この時の重役たちの関心事は、東南の海から徐々に活動範囲を広げている海賊たちについてのことだった。サゲンとカルロ・スビートは静かに目配せし合い、名簿のことには一切触れなかったが、捕らえた海賊の首領が少しずつ情報を渡し始めていることを話し、連合軍での共同作戦について協議した。他の国の情勢についての情報交換をいくつか終え、やがてダンスや酒や料理のために重役たちが散って行くと、サゲンはルメオのミルコ・フラヴァリを呼び止めて中庭へ出た。
「もしかして、わしはダンスに誘われるのかな?バルカ将軍」
ミルコ・フラヴァリ提督は茶目っ気たっぷりに皺の多い目元を細め、サゲンから渡されたシャンパングラスを顔の位置に掲げた。五十は過ぎているが、赤茶色の髪にはまだ白髪も少なく、雰囲気は溌溂としていて、鷲鼻とやや下がり気味の弧を描いた太い眉が陽気な人柄をよく表している。
サゲンは口元を緩め、互いにグラスを触れ合わせた。
「海賊討伐に関わることで、協力を頼みたい」
「なんだね」
サゲンが内密に名簿のことを話すと、ミルコ・フラヴァリは唸り声をあげた。
「そりゃ、捨て置けんな。元首オルセオロも早急に手を打つだろう。しかし、合同作戦とは。何故イノイル軍がルメオで捕り物をしたいというのだね。我々では力不足かね」
ミルコ・フラヴァリは不愉快な素振りなどは露ほども見せなかったが、少々胡乱げな目でサゲンを見た。
「いや、ルメオ軍の力量は心得ている。十分すぎるほどだ。…フラヴァリ提督、女王陛下の通詞をご覧になったか」
「ああ、あの麗しの」
とミルコ・フラヴァリは眉を開いた。
「きれいな女性だ。あの短い髪がチと玉に瑕だが、妻がいなければ口説いているところだね。彼女が何か?」
「その養父が、名前の載っている者と通じている」
「ほお、彼女はルメオ人か。それならあの美しさも頷ける」
ミルコ・フラヴァリはそこに興味を持ったようだった。サゲンは、この男が女性に弱いのを知っている。とは言え陰湿な好色さはなく、カラリとして清々しいタチだ。それでもあまりアルテミシアを出汁に使うようなやり方をしたくなかったが、彼女を入り口に話を進めるのが一番の近道だろうと目論んだ。結果、手応えは悪くない。
「彼女、アルテミシア・リンドなら屋敷の勝手も知っているし使用人のことも知っているから、ルメオ軍や警察隊が行くよりも情報を聞き出しやすいはずだ。何より内密のうちに事を運べる」
「それは一理あるが、その養父の名は名簿にはなかったのだろう?海賊に辿り着くにはむしろ遠回りなのではないか」
「万が一名簿に載っている者同士に繋がりがあれば、一部の者を捕らえて尋問したとしてもカノーナスに辿り着く前に逃げられてしまうかもしれない」
ミルコ・フラヴァリの灰色の眉の下に暗い影が落ちた。
「内部から接触させるつもりかね」
サゲンは無言で頷いた。
「…こういうことは言いたくないが、通詞どのが養父の手助けをする可能性は」
「ない」
サゲンはきっぱりと否定した。
「職務への忠誠心に関しては、彼女を誰よりも信用している」
「フム…」
ミルコ・フラヴァリはサゲンの目をじっと見た後、小さく頷いた。
「わしの一存では決められぬことだが、ユルクスに戻ってから早急に警察隊の責任者と協議しよう。決まり次第、早船で遣いを送る」
「感謝する、フラヴァリ提督」
「礼を言うのは早い。物事を決めるのに時間が掛かるのが共和制の悪いところでね。その上、領主が領内での軍の行動にいい顔をしなければ我々も立ち入ることができん」
ルメオ共和国はかつてエマンシュナ王国の領土だった時代から自治権が認められていたという土地柄、それぞれの領主が自分の領地に対して圧倒的な力を持ち、例え共和国元首であってもその権力に影響を及ぼすことができないという体質がある。サゲンもそれは承知の上だ。
「こちらも、領主を説得できるだけの材料を揃えておこう」
「それがいい」
ミルコ・フラヴァリはにこやかに笑い、サゲンと握手を交わして肩を叩いた。
「さて、今宵はせっかくの宴なのだから、わしは愛しい妻と踊ることにするよ。バルカ将軍どのからはお声は掛からぬようだし」
と、ミルコ・フラヴァリはお茶目にウインクをして広間で待つ妻のもとへ向かった。
サゲンは辺りがだんだんと暗くなる中、開け放たれた扉から煌々と灯りが照る大広間の方へ視線を巡らせた。陽が完全に沈んだら、国王や元首たちとその副官や妻子たちだけでテーブルを囲む晩餐会が二階の宴会場で催される。エル・ミエルドの皇太子や同盟国の代表者たちは皆マルス語に堪能だから通訳は必要ないだろう。アルテミシアの手が空くとすれば、その時だ。女王のいる大広間の方へ向かおうと足を向けた時、前方から名前を呼ばれ、足を止めた。その女性は、城に背を向けてまっすぐ立ち、サゲンを「エメレンス」と呼んだ。成熟した葡萄のような濃い紫色のドレスを身に纏い、嫋やかな手にタッセルのついた扇子を持って、静かにこちらへ歩いてくる。
「ロザリア」
「昔のようにローザとは呼んでくれないの?」
「如何に幼馴染みでも同盟国の伯爵夫人をあだ名では呼ばないさ」
ロザリア・ボーヴィル伯爵夫人は、唇の厚さにしてはやや小さめの口を少しだけ吊り上げ、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。
サゲンの記憶にあるロザリアは、素朴な顔立ちながら自分の魅力を最大限引き立たせるのが上手な少女だった。こげ茶色の巻き毛をいつも違う形に結い、流行のドレスを着て、化粧も流行に合わせて季節ごとに変えていた。今は、髪はつややかに頭の後ろで結われ、パールを繋げたネットが結い髪に飾られている。最後に会った時よりも頬や腕が丸みを帯び、齢相応の容姿をしているが、彼女の美的感覚にいっそう磨きがかかり、すっかり洗練された大人の女性になっている。
「十二年ぶりか」
「十四年よ」
ロザリアは呆れたように言った。サゲンは懐かしさに目を細めた。
「ボーヴィル伯爵はどちらに?」
「ボーヴィル家から来たのはわたしと侍女だけよ。…夫は一昨年肺病で他界したわ」
ロザリアは穏やかな表情のまま、静かに言った。
「…そうか。それは、残念だったな。大丈夫か」
サゲンはちょうど部下にするように、ロザリアの肩にポン、と手を置いた。
「あなたったら、ちっとも変わらないのね」
「そうか?」
「ええ、変わらないわ」
ロザリアの唇は微かに弧を描いているが、サゲンにはそれが良い意味なのか判断できなかった。
「せっかくひと月もかけて十四年ぶりにイノイルへ来たのだから、庭園を案内してくださらない?女王陛下が何年も前に手を加えられたと聞いたわ」
ロザリアが自然な仕草で手を差し出してきたので、サゲンは肘を曲げて彼女が手を添えられるようにし、エスコート役を承諾した。ちらりと大広間の方を見たが、まだ王族たちは宴会場へ移動していないようだ。
二人は湿気を含み始めた短い草の上を、大庭園へ向かって歩き始めた。
二階の宴会場で王族たちの特別な晩餐会が始まった頃、イサ・アンナから自由時間をもらったアルテミシアは、大広間の隣の広間に用意されたテーブル席にいた。周りのテーブルではダンスよりもゆっくり食事を楽しみたい諸侯がハープを奏でる楽団の演奏に聴き入りながら、多忙を極めても上品な佇まいを崩さない給仕係から酒や料理を提供されている。
アルテミシアはオアリス城専属の一流シェフが調理した仔牛の頬肉にワイン仕立てのソースをたっぷりとつけ、のろのろと口へ運んだ。本当ならその味に表情をとろりと崩すところだが、現実感のなさがそれを妨げている。目の前ではアリアネ先生ことイオネ・アリアーヌ・コルネール公爵夫人が白身魚の香草焼きを満足そうに味わっている。
大広間での驚きの再会の後のことだ。
「わたしは昔の生徒と二人でゆっくり話がしたいわ」
とイオネが美しい菫色の瞳を輝かせたので、イサ・アンナが気を利かせてアルテミシアとイオネに専属の給仕係を付けさせたのだ。アルヴィーゼ・コルネール公爵も妻の要望に寛容だった。二人の子供たちを迷いなく引き取り、自ら頬を差し出して妻からキスを受け、二人の子供たちを連れて宴に戻っていった。
先ほどから給仕係が立食パーティーのための小さいながらも舌がとろけそうなほど美味な料理を大きな皿に芸術品のように盛り付け、次々に運んでくる。三枚目の大皿を給仕係がテーブルに置いたとき、イオネが給仕係の青年に微笑みかけた。
「ありがとう。お料理はもう結構よ。蜂蜜酒があると嬉しいのだけど」
青年は頬をわずかに赤く染めながら、「かしこまりました、マダム」と上品な笑みを浮かべて下がり、すぐにエル・ミエルド産の蜂蜜酒の瓶を持って戻って来た。
給仕係が新しいグラスに蜂蜜酒を注ぐのを見ながら、アルテミシアは頬を緩めた。やはり、目の前にいるのは本物のアリアネ先生だ。
「相変わらず、蜂蜜酒がお好きなんですね。アリアネ先生」
イオネはほんのりと笑みを浮かべ、蜂蜜酒を一口飲んだ。アルテミシアは僅かに目を見開いた。記憶にあるアリアネ先生は「冷徹」という言葉がぴったりの厳格で鋭い女性だったが、目の前にいるコルネール公爵夫人は穏やかで愛情深い佇まいをしている。
「そう呼ばれるのは久しぶりだわ、ベルージさん」
「わたしもその名前は久しぶりです。実は、今は姓を変えてリンドという名前なんです」
アルテミシアは理由を追及されるかと思ったが、イオネはちょっと首を傾げて、「そうなの」と言っただけだった。
「‘ベルージ’よりも‘リンド’の方があなたに似合っているわね。エマンシュナ風の姓を選んだのは、おばあさまがエマンシュナ出身だったことに関係あるのかしら。二つ目の名もそうだったでしょう。確か…、あ、答えないでね。思い出すから。…えーと、じゅ…ジュディット。そう、ジュディットね」
イオネはアルテミシアがにんまりとしたのを見て、勝気な様子で片眉を上げた。
「ほら、覚えていたでしょう」
「どちらも正解です。仰る通り、‘リンド’は、母方の祖母の旧姓なんです」
アルテミシアはおかしくなって思わず笑い声をあげた。
「覚えて下さっていたなんて、驚きました」
「当然よ」
イオネはグラスを持つ手の人差し指をアルテミシアへ向け、女性から見ても魅惑的なふっくらとした唇に弧を描かせた。
「ルメオではずっとアリアネと呼ばれていたけれど、わたしも二つ目の名はエマンシュナの名で、本当は‘アリアーヌ’なのよ。エマンシュナ出身の母がつけたの。だからといってそれだけが理由じゃないけど、あなたのことはよく覚えているわ」
「もちろん、優秀だったからですよね?」
今度はアルテミシアが肩眉を上げ、得意げに言った。イオネは大真面目に深く頷いた。
「ええ。確かにあなたは誰よりも優秀だったわ。それに、誰より努力家だった。でも、他にも理由はあるの」
イオネはグラスを置き、テーブルに肘をついて身を乗り出し、神秘的な菫色の瞳でアルテミシアの顔をじっと見た。アルテミシアはイオネに身体を通してすべてを覗き込まれているような感覚に陥り、無意識に背筋を伸ばした。
「あなたの論文を読むとき、いつも目についていたの。勿論内容もすばらしいものばかりだったわ。ちょっとした事柄にも徹底的な検証の上で論拠を示す姿勢はとても評価できた。だけど、それよりも特に印象的だったのは、あなたのサインよ」
「サイン?」
アルテミシアは学生時代に書いた論文を思い返してみたが、サインのことはあまり記憶にない。
「‘Artemisia J.’または、‘Artemisia Judith’。一般的には姓を書くわ。‘A.J. Bellugi’とか、‘Artemisia J. Bellugi’みたいに。あなたのサインだけ姓がなかったの。必ず常に。それから、卒業してすぐの頃に手紙をくれたでしょう。航海士になったという驚きの報告のために。あの時のサインは‘A.J.’だった。他の人が見たら誰だか分からなかったでしょうけど、何度も論文や課題を見てきたから、わたしにはすぐあなただと分かったわ」
アルテミシアは苦り切った。無意識のうちにベルージの名を避けていたのだ。しかも、長期にわたって。
「だから、あなたが姓を変えたと聞いても驚かないわ。個人的な推測だけれど、あなたはベルージ家の人間でいることに違和感があったのだろうと思っていたから」
「あの頃から、ベルージ家とは家族の繋がりを感じられなくて…。というか、実際に血の繋がりがないんです。血が繋がっているのは、母だけ」
アルテミシアは白状した。ずっと手をつけなかった濃い色のワインに初めて手を伸ばし、がぶりと飲んだ。イオネは合点がいったというように眉を開いた。
「だから出自の確かな母方のおばあさまの姓を使ったというわけね!それはいい考えだわ」
予想もできなかった反応だ。アルテミシアは面食らった。
きょとんと目を丸くしたアルテミシアの顔を大真面目に見つめながら、イオネが続けた。
「だって、一般的にはみんな父親の姓を名乗るけれど、それって確実に血が繋がっているとは限らないと思わない?本当は誰が父親なのか、何を根拠に判断するの?容姿や性格では、根拠にならないわ。まるで似ていない本当の親子だっているし、瓜二つの他人だっている。氏族を血で繋いでいくのなら、女の血で残していった方が確実だし合理的だわ。男系相続は、男たちの盲信によって成り立っている部分が大きいと思うの。主に女の貞操への盲信ね」
あまりの飛躍の仕方にアルテミシアは思わず口を大きく開いて笑った。
「それって、とてもコルネール公爵には聞かせられませんね」
「あら、あの人は大丈夫よ。わたしの考えには真っ向から反論してくるでしょうけど、いい議論になると思うわ」
イオネは唇を吊り上げ、いたずら好きな少女のような微笑みを見せた。アリアネ先生のこのような顔は、見たことがない。女のアルテミシアでも魅了されてしまう。コルネール公爵もこの笑顔には勝てないのだろう。
「それはコルネール公爵が先生を信頼なさっているから叶う議論ですね」
「そうかもしれないわね」
イオネは屈託無い笑い声を上げた。
「先生は、エマンシュナでは‘アリアーヌ’とは呼ばれていないんですか?」
「元々家族や親しい人たちからしかイオネとは呼ばれていなかったのだけど、今はほとんどの人にイオネと呼ばれるわね。でも、教職に戻ったら学生には今度こそ‘アリアーヌ先生’と呼ばせるわ。やっぱり教壇に立つときは、そっちの方がしっくりくるもの」
アルテミシアは心が踊った。尊敬するアリアネ先生が公爵夫人となり、母親となってもなお、教師としての仕事を続けるつもりでいることを、彼女に師事した者として誇らしく思った。
「すごい。エマンシュナでも教師をなさるんですね」
「ええ。実は今、夫がルドヴァンに大学を作っているの。実力のある教授陣をいろいろな国から招致したいと思っているのよ。歴史ではユルクス大学には到底及ばないけれど、いつか名実ともに最高の大学にするわ」
熱っぽく仕事への情熱を語る姿は、昔のままだ。アルテミシアはますます嬉しくなったが、同時に、彼女の変化に驚いてもいた。アルテミシアの中の‘アリアネ先生’は、社交性に乏しく、容易に笑顔を見せず、仕事にだけ情熱を傾けているような女性で、どことなく浮世離れした孤高の人だと感じていた。
その彼女が、やんごとない身分の容姿端麗なコルネール公爵と結婚し、二人の子供を産み、王家の親族として宴に出席して穏やかな笑みを見せている。それでいて、教師という仕事への情熱を変わらずに燃やし続けているのだ。その幸せが彼女の抜きん出た美しさをいっそう輝かせている。
「さあ、それより、海はどうだった?大学を出た後のあなたの話を聞かせてちょうだい」
「長くなりますよ」
アルテミシアが冗談めかして言うと、イオネは得たりとばかりに微笑んで蜂蜜酒のグラスを空にした。
「じゃあ、庭園へ出ましょう。エスコートしてくださる?リンドさん。…いつの間にか夫が離れた席で貿易仲間と歓談しながらこちらの様子を窺っているの。まったく過保護なんだから。撒いてやりましょう」
イオネが小声で付け足したので、アルテミシアはそれとなく辺りを見回してみた。確かに十メートルほど離れた席でコルネール公爵がイノイルの年老いた貴族やアムのでっぷりしたいかにも陽気そうな中年貴族と何やら話しながらこちらを見ている。が、こちらに注目しているのはアルヴィーゼだけではなかった。周囲の男性の視線がこちらに集まっている。
「先生がきれいだから、周りの人がみんな見ているんですよ。コルネール公爵は心配しているんだと思いますけど」
「でもあの人にずっと見られていては落ち着いて話ができないわ。さっ、行きましょ」
イオネはすっと立ち上がり、アルテミシアの手を取って立たせると、彼女の腕に自分の腕を絡ませて歩き始めた。
外は既に陽が落ち、いくつも置かれた球体のガラスのランプがイサ・アンナ女王自慢の庭園を幻想的に彩っている。
「素晴らしいわ。とってもきれい」
イオネが顔を綻ばせた。
辺りでは何組かのカップルが腕を組んでロマンチックな雰囲気を楽しみ、庭園での食事のために用意されたテーブル席に座って酒や葉巻を楽しむ紳士たちの姿もある。
アルテミシアはランプの光が水面にゆらゆらと輝く水辺をイオネと共にゆっくりと歩きながら、船に乗ってからの話をした。船での生活ぶりや、アルテミシアの商船の通詞としての仕事内容などが主な話題だったが、船長や他の船員に剣術の稽古をつけてもらっていたことやしばしば港での喧嘩の仲裁をしていたことを話すと、イオネは「わたしも武術を習っておけばよかったわ」とこぼした。
「子供の頃は乳母には苦い顔をされていましたけど、身を守るのにはとても役に立ちます」
「やはり女性も自衛の手段を身につけることは大切ね」
イオネは娘にも武術の指南役を付けようと決めた。娘を溺愛するアルヴィーゼには反対されるだろうから、説得する必要はあるが。
「どういう経緯で女王陛下の通詞に雇われたの?」
「ティグラ港でいつもみたいに喧嘩の仲裁をしたら、どこを気に入ってくださったのか、陛下直々に声が掛かったんです」
「ふふ、わたしの一番優秀な生徒だもの。驚かないわ。イサ・アンナ女王陛下は見る目があるということね」
相変わらずの自信家だ。アルテミシアは入学して二日目の初めての授業でイオネが言った言葉を思い出した。
――わたしの授業は誰かのお嫁さんになるためのものではありません。自らの才能を自ら見出し、引き出し、研磨し、自分自身が世に飛躍するためのものです。皆さんがそう願うならば、わたしはあらゆる手段を尽くしてその手助けをします。
イオネがツンとした佇まいで淡々と言い放ったこの言葉は、アルテミシアの心を大きく揺さぶった。そして、自分自身の力で道を切り拓くという思いがますます強くなったのだ。
「…先生は、結婚に抵抗はありませんでしたか。コルネール家の名が正当な評価を受ける妨げになるかもしれないと感じたことは?」
「羨望や嫉妬をぶつけてくる人はごまんといるけど、そんなことを訊く人はあなたが初めてだわ」
イオネはおかしそうに笑った。
「不躾で、すみません」
「いいえ。誇らしいわ。わたしが大学で学生たちに教えたかったのは、正にそういうことよ。自分自身の力に誇りを持つこと」
アルテミシアは自分でも何故突然こんなことを訊こうと思ったのか、よくわからなかった。
「そうね…」
イオネは少し考えて、再び口を開いた。
「確かに、公爵夫人だからという理由で実力以上の評価を受けることは絶対にしたくないわ。でも、結婚は迷わなかった。迷いや困惑があったとすれば、その前ね。初めて会った時あの人、びっくりするほど無礼だったのよ。本当に、最悪だったわ」
「あの方がですか?とても想像できません。すごく素敵な男性だと思いましたけど…」
アルテミシアは驚いた。あの物腰の柔らかく優雅なアルヴィーゼ・コルネールの無礼なところなど、想像もできない。
「あら、いやね、あなたまで。みんな騙されちゃうの。外では紳士的で上品だけど、本当は傲慢で支配的でとっても自分勝手な人よ。わたしはいっつも振り回されるわ。最初なんか、わたしが休暇で留守にしている間に住んでいた家と周辺の土地を伯父から勝手に買い上げて自分の屋敷を建てちゃったんだから。本当、迷惑してるの」
イオネは何かを思い出しているらしく、話しているうちにだんだん口調が荒くなった。
「でも、迷わず結婚なさったんですよね。どうして?」
これは当然の疑問だ。イオネは苦笑いをした。
「それが、不思議なことにね。愛してしまったから仕方がないわ。それに、あの人がわたしを愛していることがこの世のどんなことよりも確かなものだと信じられたから。こればかりは、理屈ではないのよね」
アルテミシアはイオネの横顔を凝視した。ランプの灯りがその頬の可憐な色を照らしている。
(きれいだな)
これまで一度も恋や結婚に憧れを抱いたことがなかったが、生まれて初めて人を愛する喜びに羨望を感じた。愛はこれほどまでに人を輝かせることができるのだ。アルテミシアは胸がざわざわと落ち着かなくなった。先程から脳裏に浮かぶ顔がある。
「こんなことを聞くということは、誰かとの結婚を考えているのね」
「へ、え!?違います!」
思わず声が裏返り、ゆっくり歩いていたはずの足がドレスの裾を踏んづけてしまった。イオネが腕を両手で掴んだので転倒は免れたが、動揺は治まらない。
「…その、恋人でもないし。何でもないんです」
イオネはアルテミシアが両手の人差し指をくるくると回すのをちらりと見た。無意識なのだろう。こういう時の感情は、自分にも覚えがある。
「わたしはトーレの領主の家に生まれて、曾祖父は建国の父と謳われた英雄、父は貿易で領地を大きく発展させた名士だった。ユルクス大学の教師になった時、‘クレテ家の力のおかげだ’と言う人も中にはいたわ。でも、結果みんな黙ることになった。わたしが優秀だと能力を示したからよ。夫にルドヴァン大学ができたら教鞭を執れと言われた時も、勿論、二つ返事で快諾したわ。わたしにはそれに見合う実力があると分かっているから。もし夫のお陰でわたしが教授になれたのだと言う人がいれば、同じようにその人たちが納得するに十分な成果を出して黙らせるわ。実は、今からその準備をしているの。出版物の翻訳の仕事や通訳もそのうちのひとつよ。それから、論文も。今はマルス語の成立時期とマルス大陸東部の各言語の変遷について研究しているの」
アルテミシアは返す言葉がなかった。この女性は、いろいろなことを超越している。名家の生まれだとか、才能に恵まれているとか、それ以前に、真っ直ぐで清らかな精神が泉のように湧き続けているのだろう。
「わたしには考えも及びませんでした。不本意な結果になるのが嫌だと、そればかりで」
「実力だけで評価されたいのなら家名の影響は不本意かもしれないけれど、別の面から見れば実力を評価されるための好機でもあるわ。現にあなたは一度経験しているはずよ」
「ベルージの名ですか?」
アルテミシアは首を傾げた。父の名から恩恵を受けたことはないし、どう考えても田舎の小貴族に過ぎないベルージ家にはそんな影響力はない。
「わたしの名よ」
イオネはきっぱりと言った。
「あなたに男子学生と同じ扱いを受けさせるために、わたしはクレテの名を使ったわ。一部の教授には脅しみたいなこともした。いつものわたしのやり方とは違うけれど、それでもいいと思ったの」
「…わたしが造船や軍学の授業も受けたいと申し出たからですか」
アルテミシアは心に靄がかかったような気分になった。サゲンがエラを城へ入れる手配をしたことを聞いた時と、ちょうど同じ気分だ。しかし、イオネは軽やかな笑みを浮かべている。
「気にしないで。わたしのためでもあったから」
アルテミシアの心配をよそに、イオネはあっさりと言った。
「あなたみたいな子が男子学生たちと同じ教育を受けられたら、どうなるか試してみたかったの。わたしができなかったことをやって欲しかったのね。あなたはわたしと似ているから」
この言葉は衝撃的だった。アルテミシアにとってアリアネ・クレテ先生は、憧れでこそあれ、親近感のある存在ではなかったからだ。まったく別世界の人だと感じていた。
「嘘。信じられません。全然似てないですよ」
「そんなに思い切り否定することないじゃない。傷つくわ」
イオネが眉を歪め、童女のようにぶうっと頬を膨らませたので、アルテミシアはすっかり慌ててしまい、しどろもどろになった。
「ちっ、違いますったら。そういう意味じゃなくて…、あまりにも恐れ多いです。先生とわたしじゃあ、住む世界が違います。天と地ほどの差が…」
「冗談よ、そんなに慌てないで」
イオネはころころと笑った。それも、悪戯好きの童女がするように。アルテミシアは目を丸くした。
(アリアネ先生が冗談?)
口を開けたままぽかんとしているアルテミシアをおかしそうに眺め、イオネが続けた。
「あなたとわたしが似ていると思ったのは本当よ。それに、羨ましくもある。あなたは貿易船の航海士になり、海からたくさんの世界をその目にしてきたでしょう。それこそ、わたしの知らない世界だわ。それに、今となってはあなたは一国の君主に仕える通詞なのよ。もっと自分を大きく評価するべきだわ」
「でも、これはただの成り行きです。全てが自分の力で手に入れたものじゃありません」
まるで現実感がない。アルテミシアは不思議な気分で恩師の顔を見た。イオネは、もう笑ってはいなかった。
「あら、だから何だと言うの?だからあなたは今の職務に相応しくないと思う?」
「いいえ。それは違います。適任だと思っています」
アルテミシアが迷いなく言ってのけると、イオネは満足げに微笑んだ。
「そうでしょうとも。あなたは自分の能力に何が見合うか、ちゃんと理解しているわ。大学の時もそう。許可を出し渋っていた教授たちは結果的に、あなたの成績にとても満足した。わたしも満足した。それに、こうして今、あなたが卒業した後のことを知って、更に満足よ。期待以上だわ」
「あ、ありがとうございます…。光栄です」
我ながらもっと気の利いた返答はできないものかと情けなくなった。憧れの恩師からお褒めの言葉を頂いたというのに、これではあまりにも平凡すぎる。しかし、他に言葉が見つからなかった。
「自分だけの力で手に入れられるものなんて、この世にほとんど存在しないわ。自分ひとりの命でさえ。それに、与えられた立場や肩書に評価を左右されないというのも実力のうちよ、リンドさん」
目の前に星屑が光ったようだった。急激に、この優しく愛情に満ちた恩師を抱きしめたい衝動に駆られた。そして、アルテミシアはそれに従った。
イオネは面食らったが、自分よりも少しだけ高い位置にある背をするすると撫でてやった。他人の気持ちを推し量るのはあまり得意な方ではないが、アルテミシアが何を感じているのか、イオネには手に取るように分かる。結婚を躊躇していた妹や、アルヴィーゼの気持ちが分からず混乱していた頃の自分を見るようだ。
「…ねえ、もし誰かと深く関わることを躊躇しているなら、不明瞭なものよりも確かなものを優先するべきだと思うわ。だって、どちらにせよ、わたしたちの闘争は続くんだもの。そうでしょう?」
――確かなもの。それなら明快だ。
アルテミシアは顔を上げ、笑ってみせた。
「闘争は続く。正にその通りですね」
イオネは魅力的な唇を勝気に吊り上げた。「そうでしょう」とでも言いたそうだ。
「…ところで、一部の教授を脅したと言っていましたけど、何を言ったんですか?」
教え子の問いかけに、イオネは眉を上げて悪戯っぽく笑った。
「舶来品の煙草や紅茶やお酒なんかは、教授たちの間でもとても人気なの」
「ルメオではトーレ港がかなりの流通量を占めていますよね」
「そう。だからね…」
と、イオネがいたずらっぽい笑みを浮かべながら小声でごにょごにょと続けた。
「嘘!先生がそんなことを」
アルテミシアは思わず吹き出した。
「お前がそんな悪い女だったとは、驚いた」
突然すぐ背後から聞こえた声に、二人は驚いて振り向いた。
「アルヴィーゼ!」
ランプが照らす美しい庭園を背に、いつの間にかアルヴィーゼ・コルネールが立っている。
「驚いたのはこっちよ。いつからいたの?せっかく師弟水入らずで過ごしていたのに」
と、イオネは頬を膨らませた。
「お前たちは目立ち過ぎる。周りの男どもがじろじろ見ながら二人のドレスの下を想像しているぞ。…気を悪くしないでくれ、アルテミシア・リンド嬢」
イオネの鋭い視線を受け、アルヴィーゼがアルテミシアに付け足した。アルテミシアは別段気に留めず、アルヴィーゼに向かって肩をすくめて微笑んだが、イオネは人差し指を夫に向けて凄んで見せた。
「わたしの教え子に無礼は許さないわ。それに、考え過ぎよ」
アルヴィーゼが薄く笑みを浮かべて何か言う前に、アルテミシアが小さく咳払いをして割り込んだ。
「あー、そうでもないと思います。わたしのことはともかく、みんな先生を見てますよ」
目の前で夫婦喧嘩が始まる前に回避しようと思って言ったことだが、これは事実だ。誰かとすれ違うたびにいくつもの視線を感じていた。
アルヴィーゼは「ほら」とでも言いたげに眉を上げてイオネを見た。イオネが「裏切り者」とでも言いたそうな様子でアルテミシアに恨めし気な視線を送ってきたので、アルテミシアは口がひくひくするのを堪えなければならなかった。
「美しく着飾ったお前をいちばん近くでこの目にできるのは夫の特権だろう」
アルヴィーゼはするりとイオネとアルテミシアの間に割り込み、イオネの細い腰を抱いた。イオネは迷惑そうに顔をしかめたが、逃れようとはしない。その様子を見て、何故かアルテミシアは見てはいけないものを見ている気分になった。
「子供たちはソニアと一緒?」
「そうだ。子供たちに昔の悪事がばれなくて幸いだったな」
「何のことかしら」
イオネは取り澄ましてしらばっくれた。アルヴィーゼはやれやれと肩をすくめ、アルテミシアに爽やかな笑顔を見せた。
「失礼した、アルテミシア嬢。二人の時間に水を差したようだ」
アルテミシアはアルヴィーゼ・コルネールの顔をまじまじと見た。形の良い唇が穏やかに弧を描いていかにも友好的な雰囲気を演出しているが、目を見て分かった。「そろそろ妻を返せ」と言っている。紳士に、しかも地位ある者には全く似つかわしくないほどの子供っぽさだ。今度は口がひくひくするのを抑えられなかった。
(なるほど、‘傲慢で支配的’ね)
なんとなくイオネの言った意味が分かる。ただ、それほどまでに妻が愛しくて仕方ないのだろう。イオネもまた、反発しながらも誰よりも心を許しているのがよく分かった。その証拠に、この傲慢で支配的なコルネール公爵がイオネのあの氷のような冷厳さを溶かし、これほどまでに温かな雰囲気を持つ女性へと変えてしまったのだ。
「とんでもない、コルネール公爵。とても有意義で楽しいひとときでした」
アルテミシアは敬意を込めて膝を折り、お辞儀をした。
「わたしはまだ話したいのに…」
食い下がろうとしたイオネはアルヴィーゼの唇に口を塞がれ、黙ることになった。アルテミシアは思わず顔を赤くして目を逸らした。そのキスがあまりに艶かしかったからだ。
イオネはアルヴィーゼを思い切り押しのけ、顔を真っ赤にしていきり立った。
「ちょっと…!人前で…、しかも教え子の前で何を考えてるのよ!」
「お前のことを」
アルヴィーゼはニヤニヤしながら平然と答えた。
「それから…」
と、イオネの耳に何事か囁くと、イオネは更に顔を赤くして遂に固まった。
多分、卑猥なことだ。アルテミシアには何となく想像がついた。こちらまで恥ずかしくなる。
「ばっ…、ばかじゃないの!?」
イオネが振り上げた手をいとも簡単に掴んで止め、アルヴィーゼ・コルネールは笑い声を上げながら軽々と妻を抱き上げて肩に担いだ。
「さて、悪い奥様には仕置きが必要だ」
「下ろしてちょうだい!」
イオネが足をジタバタさせるのも気にせず、アルヴィーゼは満足そうにアルテミシアに微笑みかけた。エマンシュナでは王族の次に地位の高い公爵がその夫人を肩に担ぎ上げるという異様な状態にも関わらず、どこか典雅な気品を感じさせるのはまさしくこの男の妙なところだ。
「では、ごきげんよう。アルテミシア・リンド嬢。私もお会いできて良かった」
そう言って、アルヴィーゼは妻を担いだまま庭園の奥へと向かい始めた。庭園を抜けて裏門から出て行くつもりなのだろう。
「またお会いしましょう!」
アルテミシアがイオネに向かって叫ぶと、イオネは夫の肩に掴まりこちらに顔を向け、手を振った。
「ええ、是非。その時はイノイルの古語について意見交換しましょう。今の論文を書き終えたら今度はイノイル語についてもまとめたいと思っているの。来週いっぱいまではこちらに滞在しているから…」
と、ここで二人の姿が庭園の木々に吸い込まれ、見えなくなった。アルテミシアはおかしく思って笑みを浮かべ、広間の方へと戻った。
不思議と、心は凪いでいる。
中庭に設えられた野外ステージで楽団が甘い旋律の曲を演奏し、それに合わせて若いカップルたちがダンスを踊っている。その中にはどこかの令嬢たちと踊るリコとブランの姿もあった。既に陽が沈みかけ、美しい球体のランプが無数の大きな蛍のように中庭を彩り始めている。
サゲンは広間で軍の重役たちと壁際のテーブルを囲んでいた。カルロ・スビート元帥、トーラク将軍、ゴラン、ルメオのミルコ・フラヴァリ提督、エマンシュナの軍隊を総括するランスロット・バスケ元帥という面々だ。ゴラン以外はみなサゲンよりも年上の老練な司令官たちだが、彼らは決してサゲン・バルカ将軍を若輩者と侮ったりはしない。それだけの勲功があるからだ。家の力を借りずに一兵卒から成り上がったという経歴は、みな承知している。
この時の重役たちの関心事は、東南の海から徐々に活動範囲を広げている海賊たちについてのことだった。サゲンとカルロ・スビートは静かに目配せし合い、名簿のことには一切触れなかったが、捕らえた海賊の首領が少しずつ情報を渡し始めていることを話し、連合軍での共同作戦について協議した。他の国の情勢についての情報交換をいくつか終え、やがてダンスや酒や料理のために重役たちが散って行くと、サゲンはルメオのミルコ・フラヴァリを呼び止めて中庭へ出た。
「もしかして、わしはダンスに誘われるのかな?バルカ将軍」
ミルコ・フラヴァリ提督は茶目っ気たっぷりに皺の多い目元を細め、サゲンから渡されたシャンパングラスを顔の位置に掲げた。五十は過ぎているが、赤茶色の髪にはまだ白髪も少なく、雰囲気は溌溂としていて、鷲鼻とやや下がり気味の弧を描いた太い眉が陽気な人柄をよく表している。
サゲンは口元を緩め、互いにグラスを触れ合わせた。
「海賊討伐に関わることで、協力を頼みたい」
「なんだね」
サゲンが内密に名簿のことを話すと、ミルコ・フラヴァリは唸り声をあげた。
「そりゃ、捨て置けんな。元首オルセオロも早急に手を打つだろう。しかし、合同作戦とは。何故イノイル軍がルメオで捕り物をしたいというのだね。我々では力不足かね」
ミルコ・フラヴァリは不愉快な素振りなどは露ほども見せなかったが、少々胡乱げな目でサゲンを見た。
「いや、ルメオ軍の力量は心得ている。十分すぎるほどだ。…フラヴァリ提督、女王陛下の通詞をご覧になったか」
「ああ、あの麗しの」
とミルコ・フラヴァリは眉を開いた。
「きれいな女性だ。あの短い髪がチと玉に瑕だが、妻がいなければ口説いているところだね。彼女が何か?」
「その養父が、名前の載っている者と通じている」
「ほお、彼女はルメオ人か。それならあの美しさも頷ける」
ミルコ・フラヴァリはそこに興味を持ったようだった。サゲンは、この男が女性に弱いのを知っている。とは言え陰湿な好色さはなく、カラリとして清々しいタチだ。それでもあまりアルテミシアを出汁に使うようなやり方をしたくなかったが、彼女を入り口に話を進めるのが一番の近道だろうと目論んだ。結果、手応えは悪くない。
「彼女、アルテミシア・リンドなら屋敷の勝手も知っているし使用人のことも知っているから、ルメオ軍や警察隊が行くよりも情報を聞き出しやすいはずだ。何より内密のうちに事を運べる」
「それは一理あるが、その養父の名は名簿にはなかったのだろう?海賊に辿り着くにはむしろ遠回りなのではないか」
「万が一名簿に載っている者同士に繋がりがあれば、一部の者を捕らえて尋問したとしてもカノーナスに辿り着く前に逃げられてしまうかもしれない」
ミルコ・フラヴァリの灰色の眉の下に暗い影が落ちた。
「内部から接触させるつもりかね」
サゲンは無言で頷いた。
「…こういうことは言いたくないが、通詞どのが養父の手助けをする可能性は」
「ない」
サゲンはきっぱりと否定した。
「職務への忠誠心に関しては、彼女を誰よりも信用している」
「フム…」
ミルコ・フラヴァリはサゲンの目をじっと見た後、小さく頷いた。
「わしの一存では決められぬことだが、ユルクスに戻ってから早急に警察隊の責任者と協議しよう。決まり次第、早船で遣いを送る」
「感謝する、フラヴァリ提督」
「礼を言うのは早い。物事を決めるのに時間が掛かるのが共和制の悪いところでね。その上、領主が領内での軍の行動にいい顔をしなければ我々も立ち入ることができん」
ルメオ共和国はかつてエマンシュナ王国の領土だった時代から自治権が認められていたという土地柄、それぞれの領主が自分の領地に対して圧倒的な力を持ち、例え共和国元首であってもその権力に影響を及ぼすことができないという体質がある。サゲンもそれは承知の上だ。
「こちらも、領主を説得できるだけの材料を揃えておこう」
「それがいい」
ミルコ・フラヴァリはにこやかに笑い、サゲンと握手を交わして肩を叩いた。
「さて、今宵はせっかくの宴なのだから、わしは愛しい妻と踊ることにするよ。バルカ将軍どのからはお声は掛からぬようだし」
と、ミルコ・フラヴァリはお茶目にウインクをして広間で待つ妻のもとへ向かった。
サゲンは辺りがだんだんと暗くなる中、開け放たれた扉から煌々と灯りが照る大広間の方へ視線を巡らせた。陽が完全に沈んだら、国王や元首たちとその副官や妻子たちだけでテーブルを囲む晩餐会が二階の宴会場で催される。エル・ミエルドの皇太子や同盟国の代表者たちは皆マルス語に堪能だから通訳は必要ないだろう。アルテミシアの手が空くとすれば、その時だ。女王のいる大広間の方へ向かおうと足を向けた時、前方から名前を呼ばれ、足を止めた。その女性は、城に背を向けてまっすぐ立ち、サゲンを「エメレンス」と呼んだ。成熟した葡萄のような濃い紫色のドレスを身に纏い、嫋やかな手にタッセルのついた扇子を持って、静かにこちらへ歩いてくる。
「ロザリア」
「昔のようにローザとは呼んでくれないの?」
「如何に幼馴染みでも同盟国の伯爵夫人をあだ名では呼ばないさ」
ロザリア・ボーヴィル伯爵夫人は、唇の厚さにしてはやや小さめの口を少しだけ吊り上げ、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。
サゲンの記憶にあるロザリアは、素朴な顔立ちながら自分の魅力を最大限引き立たせるのが上手な少女だった。こげ茶色の巻き毛をいつも違う形に結い、流行のドレスを着て、化粧も流行に合わせて季節ごとに変えていた。今は、髪はつややかに頭の後ろで結われ、パールを繋げたネットが結い髪に飾られている。最後に会った時よりも頬や腕が丸みを帯び、齢相応の容姿をしているが、彼女の美的感覚にいっそう磨きがかかり、すっかり洗練された大人の女性になっている。
「十二年ぶりか」
「十四年よ」
ロザリアは呆れたように言った。サゲンは懐かしさに目を細めた。
「ボーヴィル伯爵はどちらに?」
「ボーヴィル家から来たのはわたしと侍女だけよ。…夫は一昨年肺病で他界したわ」
ロザリアは穏やかな表情のまま、静かに言った。
「…そうか。それは、残念だったな。大丈夫か」
サゲンはちょうど部下にするように、ロザリアの肩にポン、と手を置いた。
「あなたったら、ちっとも変わらないのね」
「そうか?」
「ええ、変わらないわ」
ロザリアの唇は微かに弧を描いているが、サゲンにはそれが良い意味なのか判断できなかった。
「せっかくひと月もかけて十四年ぶりにイノイルへ来たのだから、庭園を案内してくださらない?女王陛下が何年も前に手を加えられたと聞いたわ」
ロザリアが自然な仕草で手を差し出してきたので、サゲンは肘を曲げて彼女が手を添えられるようにし、エスコート役を承諾した。ちらりと大広間の方を見たが、まだ王族たちは宴会場へ移動していないようだ。
二人は湿気を含み始めた短い草の上を、大庭園へ向かって歩き始めた。
二階の宴会場で王族たちの特別な晩餐会が始まった頃、イサ・アンナから自由時間をもらったアルテミシアは、大広間の隣の広間に用意されたテーブル席にいた。周りのテーブルではダンスよりもゆっくり食事を楽しみたい諸侯がハープを奏でる楽団の演奏に聴き入りながら、多忙を極めても上品な佇まいを崩さない給仕係から酒や料理を提供されている。
アルテミシアはオアリス城専属の一流シェフが調理した仔牛の頬肉にワイン仕立てのソースをたっぷりとつけ、のろのろと口へ運んだ。本当ならその味に表情をとろりと崩すところだが、現実感のなさがそれを妨げている。目の前ではアリアネ先生ことイオネ・アリアーヌ・コルネール公爵夫人が白身魚の香草焼きを満足そうに味わっている。
大広間での驚きの再会の後のことだ。
「わたしは昔の生徒と二人でゆっくり話がしたいわ」
とイオネが美しい菫色の瞳を輝かせたので、イサ・アンナが気を利かせてアルテミシアとイオネに専属の給仕係を付けさせたのだ。アルヴィーゼ・コルネール公爵も妻の要望に寛容だった。二人の子供たちを迷いなく引き取り、自ら頬を差し出して妻からキスを受け、二人の子供たちを連れて宴に戻っていった。
先ほどから給仕係が立食パーティーのための小さいながらも舌がとろけそうなほど美味な料理を大きな皿に芸術品のように盛り付け、次々に運んでくる。三枚目の大皿を給仕係がテーブルに置いたとき、イオネが給仕係の青年に微笑みかけた。
「ありがとう。お料理はもう結構よ。蜂蜜酒があると嬉しいのだけど」
青年は頬をわずかに赤く染めながら、「かしこまりました、マダム」と上品な笑みを浮かべて下がり、すぐにエル・ミエルド産の蜂蜜酒の瓶を持って戻って来た。
給仕係が新しいグラスに蜂蜜酒を注ぐのを見ながら、アルテミシアは頬を緩めた。やはり、目の前にいるのは本物のアリアネ先生だ。
「相変わらず、蜂蜜酒がお好きなんですね。アリアネ先生」
イオネはほんのりと笑みを浮かべ、蜂蜜酒を一口飲んだ。アルテミシアは僅かに目を見開いた。記憶にあるアリアネ先生は「冷徹」という言葉がぴったりの厳格で鋭い女性だったが、目の前にいるコルネール公爵夫人は穏やかで愛情深い佇まいをしている。
「そう呼ばれるのは久しぶりだわ、ベルージさん」
「わたしもその名前は久しぶりです。実は、今は姓を変えてリンドという名前なんです」
アルテミシアは理由を追及されるかと思ったが、イオネはちょっと首を傾げて、「そうなの」と言っただけだった。
「‘ベルージ’よりも‘リンド’の方があなたに似合っているわね。エマンシュナ風の姓を選んだのは、おばあさまがエマンシュナ出身だったことに関係あるのかしら。二つ目の名もそうだったでしょう。確か…、あ、答えないでね。思い出すから。…えーと、じゅ…ジュディット。そう、ジュディットね」
イオネはアルテミシアがにんまりとしたのを見て、勝気な様子で片眉を上げた。
「ほら、覚えていたでしょう」
「どちらも正解です。仰る通り、‘リンド’は、母方の祖母の旧姓なんです」
アルテミシアはおかしくなって思わず笑い声をあげた。
「覚えて下さっていたなんて、驚きました」
「当然よ」
イオネはグラスを持つ手の人差し指をアルテミシアへ向け、女性から見ても魅惑的なふっくらとした唇に弧を描かせた。
「ルメオではずっとアリアネと呼ばれていたけれど、わたしも二つ目の名はエマンシュナの名で、本当は‘アリアーヌ’なのよ。エマンシュナ出身の母がつけたの。だからといってそれだけが理由じゃないけど、あなたのことはよく覚えているわ」
「もちろん、優秀だったからですよね?」
今度はアルテミシアが肩眉を上げ、得意げに言った。イオネは大真面目に深く頷いた。
「ええ。確かにあなたは誰よりも優秀だったわ。それに、誰より努力家だった。でも、他にも理由はあるの」
イオネはグラスを置き、テーブルに肘をついて身を乗り出し、神秘的な菫色の瞳でアルテミシアの顔をじっと見た。アルテミシアはイオネに身体を通してすべてを覗き込まれているような感覚に陥り、無意識に背筋を伸ばした。
「あなたの論文を読むとき、いつも目についていたの。勿論内容もすばらしいものばかりだったわ。ちょっとした事柄にも徹底的な検証の上で論拠を示す姿勢はとても評価できた。だけど、それよりも特に印象的だったのは、あなたのサインよ」
「サイン?」
アルテミシアは学生時代に書いた論文を思い返してみたが、サインのことはあまり記憶にない。
「‘Artemisia J.’または、‘Artemisia Judith’。一般的には姓を書くわ。‘A.J. Bellugi’とか、‘Artemisia J. Bellugi’みたいに。あなたのサインだけ姓がなかったの。必ず常に。それから、卒業してすぐの頃に手紙をくれたでしょう。航海士になったという驚きの報告のために。あの時のサインは‘A.J.’だった。他の人が見たら誰だか分からなかったでしょうけど、何度も論文や課題を見てきたから、わたしにはすぐあなただと分かったわ」
アルテミシアは苦り切った。無意識のうちにベルージの名を避けていたのだ。しかも、長期にわたって。
「だから、あなたが姓を変えたと聞いても驚かないわ。個人的な推測だけれど、あなたはベルージ家の人間でいることに違和感があったのだろうと思っていたから」
「あの頃から、ベルージ家とは家族の繋がりを感じられなくて…。というか、実際に血の繋がりがないんです。血が繋がっているのは、母だけ」
アルテミシアは白状した。ずっと手をつけなかった濃い色のワインに初めて手を伸ばし、がぶりと飲んだ。イオネは合点がいったというように眉を開いた。
「だから出自の確かな母方のおばあさまの姓を使ったというわけね!それはいい考えだわ」
予想もできなかった反応だ。アルテミシアは面食らった。
きょとんと目を丸くしたアルテミシアの顔を大真面目に見つめながら、イオネが続けた。
「だって、一般的にはみんな父親の姓を名乗るけれど、それって確実に血が繋がっているとは限らないと思わない?本当は誰が父親なのか、何を根拠に判断するの?容姿や性格では、根拠にならないわ。まるで似ていない本当の親子だっているし、瓜二つの他人だっている。氏族を血で繋いでいくのなら、女の血で残していった方が確実だし合理的だわ。男系相続は、男たちの盲信によって成り立っている部分が大きいと思うの。主に女の貞操への盲信ね」
あまりの飛躍の仕方にアルテミシアは思わず口を大きく開いて笑った。
「それって、とてもコルネール公爵には聞かせられませんね」
「あら、あの人は大丈夫よ。わたしの考えには真っ向から反論してくるでしょうけど、いい議論になると思うわ」
イオネは唇を吊り上げ、いたずら好きな少女のような微笑みを見せた。アリアネ先生のこのような顔は、見たことがない。女のアルテミシアでも魅了されてしまう。コルネール公爵もこの笑顔には勝てないのだろう。
「それはコルネール公爵が先生を信頼なさっているから叶う議論ですね」
「そうかもしれないわね」
イオネは屈託無い笑い声を上げた。
「先生は、エマンシュナでは‘アリアーヌ’とは呼ばれていないんですか?」
「元々家族や親しい人たちからしかイオネとは呼ばれていなかったのだけど、今はほとんどの人にイオネと呼ばれるわね。でも、教職に戻ったら学生には今度こそ‘アリアーヌ先生’と呼ばせるわ。やっぱり教壇に立つときは、そっちの方がしっくりくるもの」
アルテミシアは心が踊った。尊敬するアリアネ先生が公爵夫人となり、母親となってもなお、教師としての仕事を続けるつもりでいることを、彼女に師事した者として誇らしく思った。
「すごい。エマンシュナでも教師をなさるんですね」
「ええ。実は今、夫がルドヴァンに大学を作っているの。実力のある教授陣をいろいろな国から招致したいと思っているのよ。歴史ではユルクス大学には到底及ばないけれど、いつか名実ともに最高の大学にするわ」
熱っぽく仕事への情熱を語る姿は、昔のままだ。アルテミシアはますます嬉しくなったが、同時に、彼女の変化に驚いてもいた。アルテミシアの中の‘アリアネ先生’は、社交性に乏しく、容易に笑顔を見せず、仕事にだけ情熱を傾けているような女性で、どことなく浮世離れした孤高の人だと感じていた。
その彼女が、やんごとない身分の容姿端麗なコルネール公爵と結婚し、二人の子供を産み、王家の親族として宴に出席して穏やかな笑みを見せている。それでいて、教師という仕事への情熱を変わらずに燃やし続けているのだ。その幸せが彼女の抜きん出た美しさをいっそう輝かせている。
「さあ、それより、海はどうだった?大学を出た後のあなたの話を聞かせてちょうだい」
「長くなりますよ」
アルテミシアが冗談めかして言うと、イオネは得たりとばかりに微笑んで蜂蜜酒のグラスを空にした。
「じゃあ、庭園へ出ましょう。エスコートしてくださる?リンドさん。…いつの間にか夫が離れた席で貿易仲間と歓談しながらこちらの様子を窺っているの。まったく過保護なんだから。撒いてやりましょう」
イオネが小声で付け足したので、アルテミシアはそれとなく辺りを見回してみた。確かに十メートルほど離れた席でコルネール公爵がイノイルの年老いた貴族やアムのでっぷりしたいかにも陽気そうな中年貴族と何やら話しながらこちらを見ている。が、こちらに注目しているのはアルヴィーゼだけではなかった。周囲の男性の視線がこちらに集まっている。
「先生がきれいだから、周りの人がみんな見ているんですよ。コルネール公爵は心配しているんだと思いますけど」
「でもあの人にずっと見られていては落ち着いて話ができないわ。さっ、行きましょ」
イオネはすっと立ち上がり、アルテミシアの手を取って立たせると、彼女の腕に自分の腕を絡ませて歩き始めた。
外は既に陽が落ち、いくつも置かれた球体のガラスのランプがイサ・アンナ女王自慢の庭園を幻想的に彩っている。
「素晴らしいわ。とってもきれい」
イオネが顔を綻ばせた。
辺りでは何組かのカップルが腕を組んでロマンチックな雰囲気を楽しみ、庭園での食事のために用意されたテーブル席に座って酒や葉巻を楽しむ紳士たちの姿もある。
アルテミシアはランプの光が水面にゆらゆらと輝く水辺をイオネと共にゆっくりと歩きながら、船に乗ってからの話をした。船での生活ぶりや、アルテミシアの商船の通詞としての仕事内容などが主な話題だったが、船長や他の船員に剣術の稽古をつけてもらっていたことやしばしば港での喧嘩の仲裁をしていたことを話すと、イオネは「わたしも武術を習っておけばよかったわ」とこぼした。
「子供の頃は乳母には苦い顔をされていましたけど、身を守るのにはとても役に立ちます」
「やはり女性も自衛の手段を身につけることは大切ね」
イオネは娘にも武術の指南役を付けようと決めた。娘を溺愛するアルヴィーゼには反対されるだろうから、説得する必要はあるが。
「どういう経緯で女王陛下の通詞に雇われたの?」
「ティグラ港でいつもみたいに喧嘩の仲裁をしたら、どこを気に入ってくださったのか、陛下直々に声が掛かったんです」
「ふふ、わたしの一番優秀な生徒だもの。驚かないわ。イサ・アンナ女王陛下は見る目があるということね」
相変わらずの自信家だ。アルテミシアは入学して二日目の初めての授業でイオネが言った言葉を思い出した。
――わたしの授業は誰かのお嫁さんになるためのものではありません。自らの才能を自ら見出し、引き出し、研磨し、自分自身が世に飛躍するためのものです。皆さんがそう願うならば、わたしはあらゆる手段を尽くしてその手助けをします。
イオネがツンとした佇まいで淡々と言い放ったこの言葉は、アルテミシアの心を大きく揺さぶった。そして、自分自身の力で道を切り拓くという思いがますます強くなったのだ。
「…先生は、結婚に抵抗はありませんでしたか。コルネール家の名が正当な評価を受ける妨げになるかもしれないと感じたことは?」
「羨望や嫉妬をぶつけてくる人はごまんといるけど、そんなことを訊く人はあなたが初めてだわ」
イオネはおかしそうに笑った。
「不躾で、すみません」
「いいえ。誇らしいわ。わたしが大学で学生たちに教えたかったのは、正にそういうことよ。自分自身の力に誇りを持つこと」
アルテミシアは自分でも何故突然こんなことを訊こうと思ったのか、よくわからなかった。
「そうね…」
イオネは少し考えて、再び口を開いた。
「確かに、公爵夫人だからという理由で実力以上の評価を受けることは絶対にしたくないわ。でも、結婚は迷わなかった。迷いや困惑があったとすれば、その前ね。初めて会った時あの人、びっくりするほど無礼だったのよ。本当に、最悪だったわ」
「あの方がですか?とても想像できません。すごく素敵な男性だと思いましたけど…」
アルテミシアは驚いた。あの物腰の柔らかく優雅なアルヴィーゼ・コルネールの無礼なところなど、想像もできない。
「あら、いやね、あなたまで。みんな騙されちゃうの。外では紳士的で上品だけど、本当は傲慢で支配的でとっても自分勝手な人よ。わたしはいっつも振り回されるわ。最初なんか、わたしが休暇で留守にしている間に住んでいた家と周辺の土地を伯父から勝手に買い上げて自分の屋敷を建てちゃったんだから。本当、迷惑してるの」
イオネは何かを思い出しているらしく、話しているうちにだんだん口調が荒くなった。
「でも、迷わず結婚なさったんですよね。どうして?」
これは当然の疑問だ。イオネは苦笑いをした。
「それが、不思議なことにね。愛してしまったから仕方がないわ。それに、あの人がわたしを愛していることがこの世のどんなことよりも確かなものだと信じられたから。こればかりは、理屈ではないのよね」
アルテミシアはイオネの横顔を凝視した。ランプの灯りがその頬の可憐な色を照らしている。
(きれいだな)
これまで一度も恋や結婚に憧れを抱いたことがなかったが、生まれて初めて人を愛する喜びに羨望を感じた。愛はこれほどまでに人を輝かせることができるのだ。アルテミシアは胸がざわざわと落ち着かなくなった。先程から脳裏に浮かぶ顔がある。
「こんなことを聞くということは、誰かとの結婚を考えているのね」
「へ、え!?違います!」
思わず声が裏返り、ゆっくり歩いていたはずの足がドレスの裾を踏んづけてしまった。イオネが腕を両手で掴んだので転倒は免れたが、動揺は治まらない。
「…その、恋人でもないし。何でもないんです」
イオネはアルテミシアが両手の人差し指をくるくると回すのをちらりと見た。無意識なのだろう。こういう時の感情は、自分にも覚えがある。
「わたしはトーレの領主の家に生まれて、曾祖父は建国の父と謳われた英雄、父は貿易で領地を大きく発展させた名士だった。ユルクス大学の教師になった時、‘クレテ家の力のおかげだ’と言う人も中にはいたわ。でも、結果みんな黙ることになった。わたしが優秀だと能力を示したからよ。夫にルドヴァン大学ができたら教鞭を執れと言われた時も、勿論、二つ返事で快諾したわ。わたしにはそれに見合う実力があると分かっているから。もし夫のお陰でわたしが教授になれたのだと言う人がいれば、同じようにその人たちが納得するに十分な成果を出して黙らせるわ。実は、今からその準備をしているの。出版物の翻訳の仕事や通訳もそのうちのひとつよ。それから、論文も。今はマルス語の成立時期とマルス大陸東部の各言語の変遷について研究しているの」
アルテミシアは返す言葉がなかった。この女性は、いろいろなことを超越している。名家の生まれだとか、才能に恵まれているとか、それ以前に、真っ直ぐで清らかな精神が泉のように湧き続けているのだろう。
「わたしには考えも及びませんでした。不本意な結果になるのが嫌だと、そればかりで」
「実力だけで評価されたいのなら家名の影響は不本意かもしれないけれど、別の面から見れば実力を評価されるための好機でもあるわ。現にあなたは一度経験しているはずよ」
「ベルージの名ですか?」
アルテミシアは首を傾げた。父の名から恩恵を受けたことはないし、どう考えても田舎の小貴族に過ぎないベルージ家にはそんな影響力はない。
「わたしの名よ」
イオネはきっぱりと言った。
「あなたに男子学生と同じ扱いを受けさせるために、わたしはクレテの名を使ったわ。一部の教授には脅しみたいなこともした。いつものわたしのやり方とは違うけれど、それでもいいと思ったの」
「…わたしが造船や軍学の授業も受けたいと申し出たからですか」
アルテミシアは心に靄がかかったような気分になった。サゲンがエラを城へ入れる手配をしたことを聞いた時と、ちょうど同じ気分だ。しかし、イオネは軽やかな笑みを浮かべている。
「気にしないで。わたしのためでもあったから」
アルテミシアの心配をよそに、イオネはあっさりと言った。
「あなたみたいな子が男子学生たちと同じ教育を受けられたら、どうなるか試してみたかったの。わたしができなかったことをやって欲しかったのね。あなたはわたしと似ているから」
この言葉は衝撃的だった。アルテミシアにとってアリアネ・クレテ先生は、憧れでこそあれ、親近感のある存在ではなかったからだ。まったく別世界の人だと感じていた。
「嘘。信じられません。全然似てないですよ」
「そんなに思い切り否定することないじゃない。傷つくわ」
イオネが眉を歪め、童女のようにぶうっと頬を膨らませたので、アルテミシアはすっかり慌ててしまい、しどろもどろになった。
「ちっ、違いますったら。そういう意味じゃなくて…、あまりにも恐れ多いです。先生とわたしじゃあ、住む世界が違います。天と地ほどの差が…」
「冗談よ、そんなに慌てないで」
イオネはころころと笑った。それも、悪戯好きの童女がするように。アルテミシアは目を丸くした。
(アリアネ先生が冗談?)
口を開けたままぽかんとしているアルテミシアをおかしそうに眺め、イオネが続けた。
「あなたとわたしが似ていると思ったのは本当よ。それに、羨ましくもある。あなたは貿易船の航海士になり、海からたくさんの世界をその目にしてきたでしょう。それこそ、わたしの知らない世界だわ。それに、今となってはあなたは一国の君主に仕える通詞なのよ。もっと自分を大きく評価するべきだわ」
「でも、これはただの成り行きです。全てが自分の力で手に入れたものじゃありません」
まるで現実感がない。アルテミシアは不思議な気分で恩師の顔を見た。イオネは、もう笑ってはいなかった。
「あら、だから何だと言うの?だからあなたは今の職務に相応しくないと思う?」
「いいえ。それは違います。適任だと思っています」
アルテミシアが迷いなく言ってのけると、イオネは満足げに微笑んだ。
「そうでしょうとも。あなたは自分の能力に何が見合うか、ちゃんと理解しているわ。大学の時もそう。許可を出し渋っていた教授たちは結果的に、あなたの成績にとても満足した。わたしも満足した。それに、こうして今、あなたが卒業した後のことを知って、更に満足よ。期待以上だわ」
「あ、ありがとうございます…。光栄です」
我ながらもっと気の利いた返答はできないものかと情けなくなった。憧れの恩師からお褒めの言葉を頂いたというのに、これではあまりにも平凡すぎる。しかし、他に言葉が見つからなかった。
「自分だけの力で手に入れられるものなんて、この世にほとんど存在しないわ。自分ひとりの命でさえ。それに、与えられた立場や肩書に評価を左右されないというのも実力のうちよ、リンドさん」
目の前に星屑が光ったようだった。急激に、この優しく愛情に満ちた恩師を抱きしめたい衝動に駆られた。そして、アルテミシアはそれに従った。
イオネは面食らったが、自分よりも少しだけ高い位置にある背をするすると撫でてやった。他人の気持ちを推し量るのはあまり得意な方ではないが、アルテミシアが何を感じているのか、イオネには手に取るように分かる。結婚を躊躇していた妹や、アルヴィーゼの気持ちが分からず混乱していた頃の自分を見るようだ。
「…ねえ、もし誰かと深く関わることを躊躇しているなら、不明瞭なものよりも確かなものを優先するべきだと思うわ。だって、どちらにせよ、わたしたちの闘争は続くんだもの。そうでしょう?」
――確かなもの。それなら明快だ。
アルテミシアは顔を上げ、笑ってみせた。
「闘争は続く。正にその通りですね」
イオネは魅力的な唇を勝気に吊り上げた。「そうでしょう」とでも言いたそうだ。
「…ところで、一部の教授を脅したと言っていましたけど、何を言ったんですか?」
教え子の問いかけに、イオネは眉を上げて悪戯っぽく笑った。
「舶来品の煙草や紅茶やお酒なんかは、教授たちの間でもとても人気なの」
「ルメオではトーレ港がかなりの流通量を占めていますよね」
「そう。だからね…」
と、イオネがいたずらっぽい笑みを浮かべながら小声でごにょごにょと続けた。
「嘘!先生がそんなことを」
アルテミシアは思わず吹き出した。
「お前がそんな悪い女だったとは、驚いた」
突然すぐ背後から聞こえた声に、二人は驚いて振り向いた。
「アルヴィーゼ!」
ランプが照らす美しい庭園を背に、いつの間にかアルヴィーゼ・コルネールが立っている。
「驚いたのはこっちよ。いつからいたの?せっかく師弟水入らずで過ごしていたのに」
と、イオネは頬を膨らませた。
「お前たちは目立ち過ぎる。周りの男どもがじろじろ見ながら二人のドレスの下を想像しているぞ。…気を悪くしないでくれ、アルテミシア・リンド嬢」
イオネの鋭い視線を受け、アルヴィーゼがアルテミシアに付け足した。アルテミシアは別段気に留めず、アルヴィーゼに向かって肩をすくめて微笑んだが、イオネは人差し指を夫に向けて凄んで見せた。
「わたしの教え子に無礼は許さないわ。それに、考え過ぎよ」
アルヴィーゼが薄く笑みを浮かべて何か言う前に、アルテミシアが小さく咳払いをして割り込んだ。
「あー、そうでもないと思います。わたしのことはともかく、みんな先生を見てますよ」
目の前で夫婦喧嘩が始まる前に回避しようと思って言ったことだが、これは事実だ。誰かとすれ違うたびにいくつもの視線を感じていた。
アルヴィーゼは「ほら」とでも言いたげに眉を上げてイオネを見た。イオネが「裏切り者」とでも言いたそうな様子でアルテミシアに恨めし気な視線を送ってきたので、アルテミシアは口がひくひくするのを堪えなければならなかった。
「美しく着飾ったお前をいちばん近くでこの目にできるのは夫の特権だろう」
アルヴィーゼはするりとイオネとアルテミシアの間に割り込み、イオネの細い腰を抱いた。イオネは迷惑そうに顔をしかめたが、逃れようとはしない。その様子を見て、何故かアルテミシアは見てはいけないものを見ている気分になった。
「子供たちはソニアと一緒?」
「そうだ。子供たちに昔の悪事がばれなくて幸いだったな」
「何のことかしら」
イオネは取り澄ましてしらばっくれた。アルヴィーゼはやれやれと肩をすくめ、アルテミシアに爽やかな笑顔を見せた。
「失礼した、アルテミシア嬢。二人の時間に水を差したようだ」
アルテミシアはアルヴィーゼ・コルネールの顔をまじまじと見た。形の良い唇が穏やかに弧を描いていかにも友好的な雰囲気を演出しているが、目を見て分かった。「そろそろ妻を返せ」と言っている。紳士に、しかも地位ある者には全く似つかわしくないほどの子供っぽさだ。今度は口がひくひくするのを抑えられなかった。
(なるほど、‘傲慢で支配的’ね)
なんとなくイオネの言った意味が分かる。ただ、それほどまでに妻が愛しくて仕方ないのだろう。イオネもまた、反発しながらも誰よりも心を許しているのがよく分かった。その証拠に、この傲慢で支配的なコルネール公爵がイオネのあの氷のような冷厳さを溶かし、これほどまでに温かな雰囲気を持つ女性へと変えてしまったのだ。
「とんでもない、コルネール公爵。とても有意義で楽しいひとときでした」
アルテミシアは敬意を込めて膝を折り、お辞儀をした。
「わたしはまだ話したいのに…」
食い下がろうとしたイオネはアルヴィーゼの唇に口を塞がれ、黙ることになった。アルテミシアは思わず顔を赤くして目を逸らした。そのキスがあまりに艶かしかったからだ。
イオネはアルヴィーゼを思い切り押しのけ、顔を真っ赤にしていきり立った。
「ちょっと…!人前で…、しかも教え子の前で何を考えてるのよ!」
「お前のことを」
アルヴィーゼはニヤニヤしながら平然と答えた。
「それから…」
と、イオネの耳に何事か囁くと、イオネは更に顔を赤くして遂に固まった。
多分、卑猥なことだ。アルテミシアには何となく想像がついた。こちらまで恥ずかしくなる。
「ばっ…、ばかじゃないの!?」
イオネが振り上げた手をいとも簡単に掴んで止め、アルヴィーゼ・コルネールは笑い声を上げながら軽々と妻を抱き上げて肩に担いだ。
「さて、悪い奥様には仕置きが必要だ」
「下ろしてちょうだい!」
イオネが足をジタバタさせるのも気にせず、アルヴィーゼは満足そうにアルテミシアに微笑みかけた。エマンシュナでは王族の次に地位の高い公爵がその夫人を肩に担ぎ上げるという異様な状態にも関わらず、どこか典雅な気品を感じさせるのはまさしくこの男の妙なところだ。
「では、ごきげんよう。アルテミシア・リンド嬢。私もお会いできて良かった」
そう言って、アルヴィーゼは妻を担いだまま庭園の奥へと向かい始めた。庭園を抜けて裏門から出て行くつもりなのだろう。
「またお会いしましょう!」
アルテミシアがイオネに向かって叫ぶと、イオネは夫の肩に掴まりこちらに顔を向け、手を振った。
「ええ、是非。その時はイノイルの古語について意見交換しましょう。今の論文を書き終えたら今度はイノイル語についてもまとめたいと思っているの。来週いっぱいまではこちらに滞在しているから…」
と、ここで二人の姿が庭園の木々に吸い込まれ、見えなくなった。アルテミシアはおかしく思って笑みを浮かべ、広間の方へと戻った。
不思議と、心は凪いでいる。
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