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七十一、春嵐 - la tempesta -
三月になった。
未だに冷気の残るトーレの海風は春の湿気を帯び、冬を終えた太陽がトーレの海と土を温めて、海岸沿いにこの地域特有の小さな白い花を咲かせた。
花嫁介添人の大役を仰せつかったアルテミシアは、同じく花婿介添人のサーシャと共に朝から海辺のオスイア・エランドラ神殿へ赴いた。用向きは、翌日に控えた婚礼の予行演習だ。
主役であるマルグレーテとジュードは昨日のうちに夫妻の予行演習とオスタ教の重要な儀式の一つである海での禊を済ませ、今日は自宅で司祭による祝福と訓戒を受けている。アルテミシアはオスタ教の婚儀にこれほど面倒な手順があることを初めて知った。
神殿は海を臨む崖の上に建てられた白い石灰石造りで、神の住まいである小さなクーポラの礼拝堂が最奥部中央にあり、それを左右から四角く囲うように何本も柱が立ち、海洋生物や植物の彫刻が施された三角屋根を支えている。この屋根の下が、祭祀の場となる。壁や扉は無く、柱の向こうにトーレのエメラルド色の海が見え、風に乗って波の音がすぐ近くに聞こえる。普段はただ雲母を含んだ白い石の床がクーポラの礼拝堂から十メートル四方の広さに広がっているに過ぎないが、今は色とりどりの花や草で飾られた木製の長椅子が左右それぞれに分かれて七列置かれ、参列席になっていた。
アルテミシアはその最前列にサーシャと隣り合って腰掛けながら、予行演習を取り仕切る司祭助手を待っている。胸から腰へと身体にぴったりと添うドレスが、イノイルの盛装ほどではないにせよ、とにかく窮屈で、何度か尻をにじにじとさせて座り直した。本番と同じようにやるからといって、ドレスまで本番と同じものを着てくる必要はなかったのではないかとアルテミシアは不満に思ったが、やっと仕立て終わったドレスをきちんと試すようにとドナに厳しく言いつけられては、拒否できるものではない。
「そんなの口実で、着たところを早く見たくて待ちきれなかったんじゃないかな。ほら、年寄りってせっかちだろ?」
とサーシャが悪戯っぽく犬歯を見せた。サーシャも同じようにドナやカミーユに言いつけられ、明日着る介添人の衣装を着ている。真っ白なシャツに明るいベージュ色のベストと同色のズボン、それよりもやや濃い色の上衣は、立て襟で膝丈くらいの長さのものだ。
「今日見たって明日見たって変わらないのにね。一人で脱ぎ着できないから、すごく面倒」
「でも、すっごく似合ってるよ」
サーシャが気を利かせてアルテミシアを褒めた。とは言え、ご機嫌取りのための世辞などでは決してない。今日の従姉は、誰が見ても振り返らずにはいられないほどの美しさだ。
今や肩甲骨に届くほどに伸びたストロベリーブロンドの髪は何重かに編み込まれて綺麗に結われ、おまけに大いに張り切ったカミーユによって入念に化粧までされた。胸元が大きくU字に開いた真珠色のドレスはアルテミシアの肌や髪の色を引き立て、絹の混ざった光沢のある生地がしなやかな腕と細い腰にぴったりと添い、その下へ緩やかに広がるスカートの裾に施された青い波とオレンジの花の模様の刺繍が美しいグラデーションになって足元を彩っている。花嫁と介添人のドレスは、ひと月以上も前から毎日のように近所の女たちがマルグレーテの家に集まって作ったものだ。シャロンが刺繍をしてくれた前側の波模様の刺繍は、ドナやロベルタが刺繍した箇所よりもやや大きくて味がある。やや荒削りだが、アルテミシアはこの力強い波の刺繍がいちばん気に入っている。ドナやロベルタに教わりながらなんとか自分で付けたオレンジの花の刺繍よりも、ずっと上出来だ。
「ドレスを破かないか心配」
アルテミシアはチラリと右手の薬指にはめた真珠の指輪を見た。油断すると引っ掛けてしまいそうだ。
二人よりも一足遅れて司祭助手の中年の女性がエメラルドグリーンのローブの長い裾を靡かせながら礼拝堂からしずしずと現れた。今まで祈りを捧げていたらしく、開け放たれた礼拝堂の扉から、香木の匂いが漂ってくる。
おっとりとした印象の司祭助手は、二人がまったくもって予想していなかったことを告げた。なんと介添人も海の女神オスイアへの祈りの言葉を神々の言語である古代の言葉で述べなければならず、しかもそれが花嫁と花婿よりも長いという。花嫁と花婿の言葉が自分たちが夫婦になることを女神に報告するだけのものであるのに対し、介添人はこの二人が女神の祝福を受けるに値する人物であることを保証人として自ら奏上しなければならないからだ。しかも、内容も自分たちで考えなければならない。そして、出来上がった文章を司祭助手が古代の言葉に直し、それを介添人が覚えるという手順だ。
介添人の予行演習が花嫁と花婿とは違う日程である理由はこれだったかとアルテミシアは得心した。予行演習というよりも、むしろ勉強会だ。
「聞いてないよ」
サーシャが頭を抱えた。エマンシュナではオスタ教徒がそれほど多くないから、サーシャにとっては殊更に馴染みがないはずだ。アルテミシアも馴染みの無さでは同じようなものだが、幸い異言語を覚えるのには慣れている。それよりも、女神に母親のことをどう紹介するかということの方がよほど難しい。司祭助手が用意してくれた大きな木箱を机がわりにして、アルテミシアとサーシャは黙々と料紙に互いの母親と伯父についてのことを書いた。
この作業は、サーシャの方が早く終えた。サーシャが料紙から顔を上げて隣の木箱の上へ目をやると、アルテミシアがサッと紙の上に手を置いて隠した。
「恥ずかしいから見ないで」
サーシャは思わず笑い出した。アルテミシアが顔を赤くして、ちょっとムキになっているからだ。
「わかったわかった。見ないよ。恥ずかしがり屋だなあ」
結局、アルテミシアが母親のことを書き終えたのはそれから三十分後のことだった。
司祭助手がそれらを古代語に訳すのをアルテミシアが興味深げにしげしげと眺めていたので、司祭助手が翻訳する傍らアルテミシアに文法や発音、派生して今のマルス語になった言葉などををいちいち教えてくれた。それが終わると、今度は儀式の手順を指導された。司祭助手の指導はかなり細かかった。介添人のどちらかが半歩でも先に歩くと、おっとりした笑顔で揃えるように指摘してくるし、リングピローを持つ高さと腕の角度にまで指導が入った。本当にオスイア神殿で婚礼を行う者がこれをやっているとはとても思えないほどだ。更に、言葉とともに儀式の手順を覚えなければならない。司祭助手は発音指導にも熱心だった。言語専門職のアルテミシアは一度聞いただけで全て完璧にこなしたが、その他多数派のサーシャはあまり古代語が得意ではなかったために、同じ箇所の練習を何度も繰り返した。
予行演習を終える頃には陽が傾き始め、風も冷たくなり始めていた。
仕事をやりきってスッキリした顔の司祭助手が神殿の外に火を灯して裏手にある僧侶の居住区へと帰って行った後、サーシャは神殿が無人になったのを確認し、アルテミシアに向かって下唇を突き出して「お手上げ」のポーズをした。
「あの人、細かすぎないか?オスタ教徒が全員あんなふうにやってるわけないよ。あの細かさは、医者見習いの僕から見れば明らかにネヴローズってやつだ」
「奇遇だね。わたしも同じこと思ってた。ネヴローズはよく知らないけど、ちょっと度を越してる」
アルテミシアは声をあげて笑った。
「忘れないうちに帰って練習しなきゃな」
サーシャが古代語の書かれた紙を二回畳んで上衣の内側に仕舞い、溜め息をついた。
「手伝うよ。一緒にやろ」
「ミーシャがいてくれて心強いよ。僕ひとりじゃ無理」
神殿を背にして白い石の床から草の上へ下りると、サーシャがアルテミシアを振り返って口を開いた。
「…なんか、不思議だ。今更だけど、姉さんができたみたいで」
アルテミシアも笑って肩を竦めた。
「ほんとだね。わたしも、考えてもみなかった。正直、まだ頭が追いついてないんだけど…」
「一か月も経ったのに?」
「そう」
アルテミシアは喉で笑った。
「少し前までわたし、家族ってどういうものか知らなかったんだ。ひどい言い方だけど、母さまも、いるのかいないのかよく分からない存在だった」
サーシャはウンと頷いて先を促した。アルテミシアの生い立ちは、既にバロー一家も知っている。
「でも、母さまやロベルタやドナや、サーシャたちも。みんながいるところで暮らしてみて、家族ってこういうものだったんだって分かった。今になって子供時代をやり直してるみたいな、そんな感じがするの」
アルテミシアは海に向かって落ち始めた鮮やかなオレンジ色の夕陽を眺めて言った。雲がオレンジと紫に染まり、真上の空に深い青が迫り、崖の向こうに見える波が金色に輝いている。あのずっと向こうにサゲンがいると思うと、心の反対側がぎゅうっと寂しくなった。手紙はもう読んだだろうか。今感じている幸せや苦しいほどの寂しさを、直接伝えられたらいいのに。
「…父さんはさ」
と、サーシャがクロードのことを言った。
「ジュード伯父さんに子供がいるってわかった瞬間に家族全員で休暇を取るって決めたんだ。引退したじいさんとばあちゃんに病院を任せて。じいさんなんか文句たらたらでさ。‘老体に鞭打って’とか言っちゃって、元気なくせに。でも、父さんは絶対に家族全員で行くって譲らなかった。なんでか分かる?」
アルテミシアは首を傾げた。
「父さまと母さまの結婚を祝うためでしょ?それにみんながずっとトーレに行きたがってたって、父さまが言ってたよ」
「ハハ。まあ、それもあるけど」
サーシャが笑った。
「父さんは、君にジュード伯父さんのことをたくさん知って欲しかったんだよ。父さんや僕たちを通して、どんな家族と、どんな風に暮らしているのかとか、君と新しく家族になった僕たちがどんな人間なのかとか、どんな空気を吸って生きてきたのかって」
アルテミシアは胸がいっぱいになった。この嫌悪感で始まった旅が本当にもたらしたものがどれほど美しいものであったのか、どれほど大切なものと出逢わせてくれたのか、初めてはっきりと目で見えたような気がした。
「家族が増えるって、すごいことだね」
アルテミシアが言うと、サーシャは口を左右に引き伸ばして、アルテミシアとよく似た笑顔を見せた。
「本当だね。君の旅に感謝しなくちゃ。こんなに素敵な家族ができたんだから」
「うん。出会えてよかった。本当に」
「僕もだよ!」
サーシャが跳び上がるようにしてアルテミシアを抱き締めた。アルテミシアも、自分よりも少しだけ高い位置にある従弟の背をぽんぽんと優しく叩いた。弟のイヴがあまり感情を表に出さない分、感激屋のサーシャは全身で伝えてくる。アルテミシアはこの差を可笑しく思ってくすくすと笑った。
――その時だった。
目の前にいたサーシャが突然視界から消え、数メートル先の石の床に投げ出されてもんどり打った。代わりに目の前に現れた人物を見て、アルテミシアは目がおかしくなったのかと思った。多分、幻だ。しかし、幻だとしたらあの神殿の床に尻餅をついて目を丸くしているサーシャに何が起きたのか、説明ができない。
サゲン・エメレンスはオアリスの屋敷を出た後、港へは行かずに陸路を西へ進んだ。ここ最近の天候を鑑み、通る予定の海域が時化るだろうと判断したためだ。
イノイル王国とエマンシュナ王国を繋ぐテオドール街道を二日掛けて終着地の王都アストレンヌまで進み、そこから更にエマンシュナ西北部のルドヴァンへと続くガイウス街道を、本来なら三日かかるところを二日で駆けた。国境のルドヴァンを北上すれば一日と掛からずにルメオ共和国の首都ユルクスに入る。この時には、さすがにデメトラも疲労困憊していた。サゲンはユルクスから程近いアラス港へと向かった。アラス港からは、トーレへ向かう最新式の客船が出ている。ここへ来て海路を選んだのは、乗船してデメトラを休ませるためだ。
イノイル近辺の海域は未だに冬の嵐の影響が残っていたが、幸いにもルメオの海域は穏やかだったから、半日でトーレ港に着いた。
この間、サゲンの意思は一貫している。アルテミシアを奪還するという、揺るぎない目的の元に行動している。
鳩から聞いたオスイア・エランドラ神殿という場所で婚礼が近々行われることは分かっている。鳩がトーレを発った時期は雪による悪路のために前進が困難だったはずだから、それから最低でも三週間は経っているはずだ。その間に婚礼が終わっている可能性もある。アルテミシアが既に他の男のものになっているかもしれないと思うと、目に入るもの全てを破壊してしまいたい衝動が湧き起こってくる。屋敷を発ってから五日余り、殆ど食事も摂っていないというのに、異常なほど空腹を感じなかった。まるで身体の中に怒りと破滅的な衝動しか残っていないかのようだ。
(会ってどうする)
と、道中何度も自問自答した。
会いたければ彼女の方から帰ってくるはずだ。それに、彼女は本当に自分の幸せを見つけたのかも知れない。父親の空席に当てはめる誰かではなく、本物の伴侶として心から愛せる誰かを。それが真実ならば、アルテミシアの幸せを願い、身を引いて然るべきだ。これまではそうしてきた。今まで関係を持った女性たちには、彼女たちが望んでいるものを与えられないと悟れば潔く別れを告げ、去って行く彼女たちを追うこともしなかった。
しかし、アルテミシアだけは違う。どれほど卑怯な手を使おうが、道に外れようが、どうあっても自分の手の中に取り戻したい。惨めに膝をついて懇願したっていい。アルテミシアなしで人生を終えられるはずがない。もしも本当に他の男のものになったのなら、奪い返すまでだ。アルテミシア・ジュディットをこれほど深く愛しているのは、自分をおいて他にはいないと確信できる。それに、どんな状況であろうとアルテミシアが自分をもう愛していないなど、とても信じられない。――いや、信じたくないだけかも知れない。
サゲンはデメトラと共に港に降り立った後、港から近いというオスイア・エランドラ神殿を目指した。アルテミシアが身を寄せているマルグレーテやドナ・ジリアーニの家を訪ねるよりも、神殿で最近婚礼を行った者の名前を調べた方が合理的だと思ったからだ。もしもアルテミシアが他の男と結婚していた場合、ドナやマルグレーテを訪ねたところで彼女の居場所を簡単に教えてくれるほど協力的だとは限らない。むしろ、そうでない可能性の方が高い。
同じ客船から降りた労働者風の男に訊くと、すぐに場所が分かった。トーレ港の西側に聳える崖の上に小さく見えるクーポラの小さな塔がそれだという。サゲンはトーレ港の人混みを抜けるとデメトラを労るように撫でて跨がり、崖を目指して疾駆した。
海側からの見た目は岩を鉈で削いだような如何にも峻険な崖だが、反対側からは僧侶や参拝者が行き来しやすいように細いながらも町の中心地から続く道が整備され、緩やかな坂の道が上に続いている。道の脇には早くも春の野花が開いて神殿を目指す者を歓迎しているが、花の祝福などは今のサゲンにとっては忌々しいだけのものだ。
それほど労せずに坂を登って行くと、大きな白い柱がいくつも並んだ三角屋根の建物が見え、更に進むと、柱の隙間に先程港から小さく見えたクーポラの神殿が姿を現した。
声が聞こえる。
からりと晴れた夏の空気のように澄んだ声。――アルテミシアだ。
サゲンは馬を下りた。声を聞くだけで、血が沸くような気がした。どういう感情か、自分でもよく分からない。思いがけず真っ先に会えたことを喜ぶべきなのか、それとも彼女が神殿にいる理由について怒り狂うべきなのか、或いはどちらでもないかもしれない。
声のする方へ足を向けた時、その声が言った。
(――‘家族が増える’?)
無意識のうちに、意味を考えまいとした。が、次に聞こえてきたのは男の声だ。まだ若い。
「本当だね。君の旅に感謝しなくちゃ。こんなに素敵な家族ができたんだから」
グラリと地面が歪んだように錯覚した。サゲンは自分の足が意思とは関係なくその声の方へ音もなく近付いていくのに黙って付いていった。
「うん。出会えてよかった。本当に」
アルテミシアが幸せそうに笑うのが聞こえた次の瞬間、視界に入ってきたのは神殿の前で嬉しそうに抱き合う男女だった。嫉妬と怒りと失望で、目の前が真っ赤になった。
気付いた時には、男の襟首を掴んで投げ飛ばしていた。
美しく着飾ったアルテミシアが茫然とこちらを見上げている。まったく事態を飲み込めず、白昼夢でも見ているのかという顔だ。それなのに、腹立たしいほどアルテミシアは美しかった。傾き始めた陽に当たって金色の光を含んだハシバミ色の瞳も、血色の良い頬も、花びらのような唇も、輝いて見える。
「チッ」
と、サゲンは舌を打ってアルテミシアの腕を掴み、強く引いた。まだ呆けているのか、アルテミシアは何の抵抗もしない。が、男は違った。この非常事態に、勇敢にも立ち向かって見せた。
「み、ミーシャに何するんだ!」
アルテミシアはサーシャの声でハッと我に返った。
「あっ、大丈夫だから。この人は――」
と、無精髭の生えたサゲンの顔を見て当惑した。青灰色の目は暗く翳り、激しく怒っているのがわかる。今すぐこの胸に飛び込んで抱き締めたいのに、サゲンの眼差しがそれを許していない。それでも、心臓はサゲンに会えた歓びに痛いほど弾み、身体中に沸くような血を走らせている。
「…とにかく、先に帰ってて。みんなには夕飯は待たないでって伝えてくれる?婚礼の練習は、また後でやろう」
サーシャは躊躇したが、アルテミシアが無言で顎を引くと、「わかった」としぶしぶ返事をし、サゲンを警戒するように一瞥してその場を後にした。
未だに冷気の残るトーレの海風は春の湿気を帯び、冬を終えた太陽がトーレの海と土を温めて、海岸沿いにこの地域特有の小さな白い花を咲かせた。
花嫁介添人の大役を仰せつかったアルテミシアは、同じく花婿介添人のサーシャと共に朝から海辺のオスイア・エランドラ神殿へ赴いた。用向きは、翌日に控えた婚礼の予行演習だ。
主役であるマルグレーテとジュードは昨日のうちに夫妻の予行演習とオスタ教の重要な儀式の一つである海での禊を済ませ、今日は自宅で司祭による祝福と訓戒を受けている。アルテミシアはオスタ教の婚儀にこれほど面倒な手順があることを初めて知った。
神殿は海を臨む崖の上に建てられた白い石灰石造りで、神の住まいである小さなクーポラの礼拝堂が最奥部中央にあり、それを左右から四角く囲うように何本も柱が立ち、海洋生物や植物の彫刻が施された三角屋根を支えている。この屋根の下が、祭祀の場となる。壁や扉は無く、柱の向こうにトーレのエメラルド色の海が見え、風に乗って波の音がすぐ近くに聞こえる。普段はただ雲母を含んだ白い石の床がクーポラの礼拝堂から十メートル四方の広さに広がっているに過ぎないが、今は色とりどりの花や草で飾られた木製の長椅子が左右それぞれに分かれて七列置かれ、参列席になっていた。
アルテミシアはその最前列にサーシャと隣り合って腰掛けながら、予行演習を取り仕切る司祭助手を待っている。胸から腰へと身体にぴったりと添うドレスが、イノイルの盛装ほどではないにせよ、とにかく窮屈で、何度か尻をにじにじとさせて座り直した。本番と同じようにやるからといって、ドレスまで本番と同じものを着てくる必要はなかったのではないかとアルテミシアは不満に思ったが、やっと仕立て終わったドレスをきちんと試すようにとドナに厳しく言いつけられては、拒否できるものではない。
「そんなの口実で、着たところを早く見たくて待ちきれなかったんじゃないかな。ほら、年寄りってせっかちだろ?」
とサーシャが悪戯っぽく犬歯を見せた。サーシャも同じようにドナやカミーユに言いつけられ、明日着る介添人の衣装を着ている。真っ白なシャツに明るいベージュ色のベストと同色のズボン、それよりもやや濃い色の上衣は、立て襟で膝丈くらいの長さのものだ。
「今日見たって明日見たって変わらないのにね。一人で脱ぎ着できないから、すごく面倒」
「でも、すっごく似合ってるよ」
サーシャが気を利かせてアルテミシアを褒めた。とは言え、ご機嫌取りのための世辞などでは決してない。今日の従姉は、誰が見ても振り返らずにはいられないほどの美しさだ。
今や肩甲骨に届くほどに伸びたストロベリーブロンドの髪は何重かに編み込まれて綺麗に結われ、おまけに大いに張り切ったカミーユによって入念に化粧までされた。胸元が大きくU字に開いた真珠色のドレスはアルテミシアの肌や髪の色を引き立て、絹の混ざった光沢のある生地がしなやかな腕と細い腰にぴったりと添い、その下へ緩やかに広がるスカートの裾に施された青い波とオレンジの花の模様の刺繍が美しいグラデーションになって足元を彩っている。花嫁と介添人のドレスは、ひと月以上も前から毎日のように近所の女たちがマルグレーテの家に集まって作ったものだ。シャロンが刺繍をしてくれた前側の波模様の刺繍は、ドナやロベルタが刺繍した箇所よりもやや大きくて味がある。やや荒削りだが、アルテミシアはこの力強い波の刺繍がいちばん気に入っている。ドナやロベルタに教わりながらなんとか自分で付けたオレンジの花の刺繍よりも、ずっと上出来だ。
「ドレスを破かないか心配」
アルテミシアはチラリと右手の薬指にはめた真珠の指輪を見た。油断すると引っ掛けてしまいそうだ。
二人よりも一足遅れて司祭助手の中年の女性がエメラルドグリーンのローブの長い裾を靡かせながら礼拝堂からしずしずと現れた。今まで祈りを捧げていたらしく、開け放たれた礼拝堂の扉から、香木の匂いが漂ってくる。
おっとりとした印象の司祭助手は、二人がまったくもって予想していなかったことを告げた。なんと介添人も海の女神オスイアへの祈りの言葉を神々の言語である古代の言葉で述べなければならず、しかもそれが花嫁と花婿よりも長いという。花嫁と花婿の言葉が自分たちが夫婦になることを女神に報告するだけのものであるのに対し、介添人はこの二人が女神の祝福を受けるに値する人物であることを保証人として自ら奏上しなければならないからだ。しかも、内容も自分たちで考えなければならない。そして、出来上がった文章を司祭助手が古代の言葉に直し、それを介添人が覚えるという手順だ。
介添人の予行演習が花嫁と花婿とは違う日程である理由はこれだったかとアルテミシアは得心した。予行演習というよりも、むしろ勉強会だ。
「聞いてないよ」
サーシャが頭を抱えた。エマンシュナではオスタ教徒がそれほど多くないから、サーシャにとっては殊更に馴染みがないはずだ。アルテミシアも馴染みの無さでは同じようなものだが、幸い異言語を覚えるのには慣れている。それよりも、女神に母親のことをどう紹介するかということの方がよほど難しい。司祭助手が用意してくれた大きな木箱を机がわりにして、アルテミシアとサーシャは黙々と料紙に互いの母親と伯父についてのことを書いた。
この作業は、サーシャの方が早く終えた。サーシャが料紙から顔を上げて隣の木箱の上へ目をやると、アルテミシアがサッと紙の上に手を置いて隠した。
「恥ずかしいから見ないで」
サーシャは思わず笑い出した。アルテミシアが顔を赤くして、ちょっとムキになっているからだ。
「わかったわかった。見ないよ。恥ずかしがり屋だなあ」
結局、アルテミシアが母親のことを書き終えたのはそれから三十分後のことだった。
司祭助手がそれらを古代語に訳すのをアルテミシアが興味深げにしげしげと眺めていたので、司祭助手が翻訳する傍らアルテミシアに文法や発音、派生して今のマルス語になった言葉などををいちいち教えてくれた。それが終わると、今度は儀式の手順を指導された。司祭助手の指導はかなり細かかった。介添人のどちらかが半歩でも先に歩くと、おっとりした笑顔で揃えるように指摘してくるし、リングピローを持つ高さと腕の角度にまで指導が入った。本当にオスイア神殿で婚礼を行う者がこれをやっているとはとても思えないほどだ。更に、言葉とともに儀式の手順を覚えなければならない。司祭助手は発音指導にも熱心だった。言語専門職のアルテミシアは一度聞いただけで全て完璧にこなしたが、その他多数派のサーシャはあまり古代語が得意ではなかったために、同じ箇所の練習を何度も繰り返した。
予行演習を終える頃には陽が傾き始め、風も冷たくなり始めていた。
仕事をやりきってスッキリした顔の司祭助手が神殿の外に火を灯して裏手にある僧侶の居住区へと帰って行った後、サーシャは神殿が無人になったのを確認し、アルテミシアに向かって下唇を突き出して「お手上げ」のポーズをした。
「あの人、細かすぎないか?オスタ教徒が全員あんなふうにやってるわけないよ。あの細かさは、医者見習いの僕から見れば明らかにネヴローズってやつだ」
「奇遇だね。わたしも同じこと思ってた。ネヴローズはよく知らないけど、ちょっと度を越してる」
アルテミシアは声をあげて笑った。
「忘れないうちに帰って練習しなきゃな」
サーシャが古代語の書かれた紙を二回畳んで上衣の内側に仕舞い、溜め息をついた。
「手伝うよ。一緒にやろ」
「ミーシャがいてくれて心強いよ。僕ひとりじゃ無理」
神殿を背にして白い石の床から草の上へ下りると、サーシャがアルテミシアを振り返って口を開いた。
「…なんか、不思議だ。今更だけど、姉さんができたみたいで」
アルテミシアも笑って肩を竦めた。
「ほんとだね。わたしも、考えてもみなかった。正直、まだ頭が追いついてないんだけど…」
「一か月も経ったのに?」
「そう」
アルテミシアは喉で笑った。
「少し前までわたし、家族ってどういうものか知らなかったんだ。ひどい言い方だけど、母さまも、いるのかいないのかよく分からない存在だった」
サーシャはウンと頷いて先を促した。アルテミシアの生い立ちは、既にバロー一家も知っている。
「でも、母さまやロベルタやドナや、サーシャたちも。みんながいるところで暮らしてみて、家族ってこういうものだったんだって分かった。今になって子供時代をやり直してるみたいな、そんな感じがするの」
アルテミシアは海に向かって落ち始めた鮮やかなオレンジ色の夕陽を眺めて言った。雲がオレンジと紫に染まり、真上の空に深い青が迫り、崖の向こうに見える波が金色に輝いている。あのずっと向こうにサゲンがいると思うと、心の反対側がぎゅうっと寂しくなった。手紙はもう読んだだろうか。今感じている幸せや苦しいほどの寂しさを、直接伝えられたらいいのに。
「…父さんはさ」
と、サーシャがクロードのことを言った。
「ジュード伯父さんに子供がいるってわかった瞬間に家族全員で休暇を取るって決めたんだ。引退したじいさんとばあちゃんに病院を任せて。じいさんなんか文句たらたらでさ。‘老体に鞭打って’とか言っちゃって、元気なくせに。でも、父さんは絶対に家族全員で行くって譲らなかった。なんでか分かる?」
アルテミシアは首を傾げた。
「父さまと母さまの結婚を祝うためでしょ?それにみんながずっとトーレに行きたがってたって、父さまが言ってたよ」
「ハハ。まあ、それもあるけど」
サーシャが笑った。
「父さんは、君にジュード伯父さんのことをたくさん知って欲しかったんだよ。父さんや僕たちを通して、どんな家族と、どんな風に暮らしているのかとか、君と新しく家族になった僕たちがどんな人間なのかとか、どんな空気を吸って生きてきたのかって」
アルテミシアは胸がいっぱいになった。この嫌悪感で始まった旅が本当にもたらしたものがどれほど美しいものであったのか、どれほど大切なものと出逢わせてくれたのか、初めてはっきりと目で見えたような気がした。
「家族が増えるって、すごいことだね」
アルテミシアが言うと、サーシャは口を左右に引き伸ばして、アルテミシアとよく似た笑顔を見せた。
「本当だね。君の旅に感謝しなくちゃ。こんなに素敵な家族ができたんだから」
「うん。出会えてよかった。本当に」
「僕もだよ!」
サーシャが跳び上がるようにしてアルテミシアを抱き締めた。アルテミシアも、自分よりも少しだけ高い位置にある従弟の背をぽんぽんと優しく叩いた。弟のイヴがあまり感情を表に出さない分、感激屋のサーシャは全身で伝えてくる。アルテミシアはこの差を可笑しく思ってくすくすと笑った。
――その時だった。
目の前にいたサーシャが突然視界から消え、数メートル先の石の床に投げ出されてもんどり打った。代わりに目の前に現れた人物を見て、アルテミシアは目がおかしくなったのかと思った。多分、幻だ。しかし、幻だとしたらあの神殿の床に尻餅をついて目を丸くしているサーシャに何が起きたのか、説明ができない。
サゲン・エメレンスはオアリスの屋敷を出た後、港へは行かずに陸路を西へ進んだ。ここ最近の天候を鑑み、通る予定の海域が時化るだろうと判断したためだ。
イノイル王国とエマンシュナ王国を繋ぐテオドール街道を二日掛けて終着地の王都アストレンヌまで進み、そこから更にエマンシュナ西北部のルドヴァンへと続くガイウス街道を、本来なら三日かかるところを二日で駆けた。国境のルドヴァンを北上すれば一日と掛からずにルメオ共和国の首都ユルクスに入る。この時には、さすがにデメトラも疲労困憊していた。サゲンはユルクスから程近いアラス港へと向かった。アラス港からは、トーレへ向かう最新式の客船が出ている。ここへ来て海路を選んだのは、乗船してデメトラを休ませるためだ。
イノイル近辺の海域は未だに冬の嵐の影響が残っていたが、幸いにもルメオの海域は穏やかだったから、半日でトーレ港に着いた。
この間、サゲンの意思は一貫している。アルテミシアを奪還するという、揺るぎない目的の元に行動している。
鳩から聞いたオスイア・エランドラ神殿という場所で婚礼が近々行われることは分かっている。鳩がトーレを発った時期は雪による悪路のために前進が困難だったはずだから、それから最低でも三週間は経っているはずだ。その間に婚礼が終わっている可能性もある。アルテミシアが既に他の男のものになっているかもしれないと思うと、目に入るもの全てを破壊してしまいたい衝動が湧き起こってくる。屋敷を発ってから五日余り、殆ど食事も摂っていないというのに、異常なほど空腹を感じなかった。まるで身体の中に怒りと破滅的な衝動しか残っていないかのようだ。
(会ってどうする)
と、道中何度も自問自答した。
会いたければ彼女の方から帰ってくるはずだ。それに、彼女は本当に自分の幸せを見つけたのかも知れない。父親の空席に当てはめる誰かではなく、本物の伴侶として心から愛せる誰かを。それが真実ならば、アルテミシアの幸せを願い、身を引いて然るべきだ。これまではそうしてきた。今まで関係を持った女性たちには、彼女たちが望んでいるものを与えられないと悟れば潔く別れを告げ、去って行く彼女たちを追うこともしなかった。
しかし、アルテミシアだけは違う。どれほど卑怯な手を使おうが、道に外れようが、どうあっても自分の手の中に取り戻したい。惨めに膝をついて懇願したっていい。アルテミシアなしで人生を終えられるはずがない。もしも本当に他の男のものになったのなら、奪い返すまでだ。アルテミシア・ジュディットをこれほど深く愛しているのは、自分をおいて他にはいないと確信できる。それに、どんな状況であろうとアルテミシアが自分をもう愛していないなど、とても信じられない。――いや、信じたくないだけかも知れない。
サゲンはデメトラと共に港に降り立った後、港から近いというオスイア・エランドラ神殿を目指した。アルテミシアが身を寄せているマルグレーテやドナ・ジリアーニの家を訪ねるよりも、神殿で最近婚礼を行った者の名前を調べた方が合理的だと思ったからだ。もしもアルテミシアが他の男と結婚していた場合、ドナやマルグレーテを訪ねたところで彼女の居場所を簡単に教えてくれるほど協力的だとは限らない。むしろ、そうでない可能性の方が高い。
同じ客船から降りた労働者風の男に訊くと、すぐに場所が分かった。トーレ港の西側に聳える崖の上に小さく見えるクーポラの小さな塔がそれだという。サゲンはトーレ港の人混みを抜けるとデメトラを労るように撫でて跨がり、崖を目指して疾駆した。
海側からの見た目は岩を鉈で削いだような如何にも峻険な崖だが、反対側からは僧侶や参拝者が行き来しやすいように細いながらも町の中心地から続く道が整備され、緩やかな坂の道が上に続いている。道の脇には早くも春の野花が開いて神殿を目指す者を歓迎しているが、花の祝福などは今のサゲンにとっては忌々しいだけのものだ。
それほど労せずに坂を登って行くと、大きな白い柱がいくつも並んだ三角屋根の建物が見え、更に進むと、柱の隙間に先程港から小さく見えたクーポラの神殿が姿を現した。
声が聞こえる。
からりと晴れた夏の空気のように澄んだ声。――アルテミシアだ。
サゲンは馬を下りた。声を聞くだけで、血が沸くような気がした。どういう感情か、自分でもよく分からない。思いがけず真っ先に会えたことを喜ぶべきなのか、それとも彼女が神殿にいる理由について怒り狂うべきなのか、或いはどちらでもないかもしれない。
声のする方へ足を向けた時、その声が言った。
(――‘家族が増える’?)
無意識のうちに、意味を考えまいとした。が、次に聞こえてきたのは男の声だ。まだ若い。
「本当だね。君の旅に感謝しなくちゃ。こんなに素敵な家族ができたんだから」
グラリと地面が歪んだように錯覚した。サゲンは自分の足が意思とは関係なくその声の方へ音もなく近付いていくのに黙って付いていった。
「うん。出会えてよかった。本当に」
アルテミシアが幸せそうに笑うのが聞こえた次の瞬間、視界に入ってきたのは神殿の前で嬉しそうに抱き合う男女だった。嫉妬と怒りと失望で、目の前が真っ赤になった。
気付いた時には、男の襟首を掴んで投げ飛ばしていた。
美しく着飾ったアルテミシアが茫然とこちらを見上げている。まったく事態を飲み込めず、白昼夢でも見ているのかという顔だ。それなのに、腹立たしいほどアルテミシアは美しかった。傾き始めた陽に当たって金色の光を含んだハシバミ色の瞳も、血色の良い頬も、花びらのような唇も、輝いて見える。
「チッ」
と、サゲンは舌を打ってアルテミシアの腕を掴み、強く引いた。まだ呆けているのか、アルテミシアは何の抵抗もしない。が、男は違った。この非常事態に、勇敢にも立ち向かって見せた。
「み、ミーシャに何するんだ!」
アルテミシアはサーシャの声でハッと我に返った。
「あっ、大丈夫だから。この人は――」
と、無精髭の生えたサゲンの顔を見て当惑した。青灰色の目は暗く翳り、激しく怒っているのがわかる。今すぐこの胸に飛び込んで抱き締めたいのに、サゲンの眼差しがそれを許していない。それでも、心臓はサゲンに会えた歓びに痛いほど弾み、身体中に沸くような血を走らせている。
「…とにかく、先に帰ってて。みんなには夕飯は待たないでって伝えてくれる?婚礼の練習は、また後でやろう」
サーシャは躊躇したが、アルテミシアが無言で顎を引くと、「わかった」としぶしぶ返事をし、サゲンを警戒するように一瞥してその場を後にした。
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