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【番外編3-5】雪と太陽の愛すべき事情 V - Le circostanze dell'amore V -
エラは楽団の奏でるワルツでダンスを楽しむ招待客の群れの中からイグリを探した。
踊っている人の中にそれらしき人はいなかったので、大きな広間の周囲をぐるりと歩き回った。途中で何人かの紳士にダンスに誘われたが、丁重に断って歩き続けた。
イグリを見つけたのは、広間の入り口の近くだ。ヘレボルスやキンセンカ、ランなどの花が美しく飾られた大きな陶器の花瓶の前で、イグリは三人の女性たちに囲まれていた。みな見るからに良家の令嬢だ。会話の内容は、誰と先に踊るかということらしかった。肩が大きく開いたバラ色のドレスを纏っている茶色い髪の令嬢がイグリの腕に触れ、自分と先に踊って欲しいとねだっている。三人の中では彼女が一番の有力者らしく、他の二人はちょっと遠慮しているようだ。恐らくは家柄の序列によるものだろう。
(わたしとは違う)
エラは急速に冷え冷えとした気持ちになった。
彼女たちは家族を全員亡くして娼館に売られる憂き目に遭ってはいないし、年老いた男の愛人になって身体を好きに扱われたこともないし、粗野な海賊からひどい虐待を受けたこともない。イグリのような、太陽みたいな人には、例えば彼女たちのように暗い境遇に晒されずにまっすぐ育ってきた本物のお嬢さまが似合っている。
(ああ。だめだ)
これ以上、脚が動かない。リコに後押しされて奮い立った気持ちがすっかりしぼんでしまった。だって、イグリが大切にしてくれるからって、自分が自分以外になれるわけじゃない。
女性に囲まれて困惑顔をしたイグリがエラに気づき、彼女の方を見た。エラは一瞬でも目を合わせることができずに、イグリがこちらへ向かってくる前に背を向け、駆け出した。
駆け出したと言っても、どこへ行けばいいか分からない。広い屋敷だから、自分が使っている客間も誰かに案内してもらわなければ戻れない。エラは仕方なく招待客の間を縫って屋敷の外へ出た。ついさっきリコと庭園にいたときよりもずっと寒くなっている。目の前を、小さな雪がふわふわと落ちてきた。
寒い。
足が竦んだ。薄雪の積もる地面が、重苦しく真っ白に染まるところを想像してしまったからだ。雪に埋もれて、白く清らかな世界に窒息していく自分が思い浮かぶ。
エラは屋敷の篝火の影になった場所で蹲った。履き慣れていないヒールの高い靴で踵がすりむけ、心も足も悲鳴を上げている。
もう、無理だ。動けない。
次の瞬間。腕を引っ張り上げられた。
「エラ!」
イグリの声だ。
真っ白だった視界に、ぱあっと光が戻った気がした。夏空の色をした瞳が目の前にある。
「どうした?また飲み過ぎたか?」
「え…」
イグリは必死だ。心底心配しているのが分かる。が、どうやら原因の一端が自分だとは微塵も気付いていないようだ。
「…違うけど」
「違う?じゃあ具合悪い?」
エラは首を振った。
「な、…何でもない」
「何でもなくないだろ」
「わたしのことはいいから、さっきの子たちと踊ってあげたらいいじゃない。みんなイグリと踊りたがってるんだし」
エラは足の痛みを無視して立ち上がり、イグリから逃げるように腕をそっと振りほどいた。
「君は?」
イグリはエラの腕ではなく、今度は手を握って引き留めた。
「俺と踊りたくない?俺が他の女性とくっついて踊っても平気か?俺のパートナーは君なのに」
(ああ…)
その顔を見て、エラはイグリが傷付いていることを知った。
「俺は無理だ。君がリコとどこか行ったとき、自分でもいやになるほど嫉妬した。リコは君に手を出したりしないって分かってるけど、それでも腹が立った。他の男だったら迷わず君を取り戻してた。相手を殴ってでも」
イグリの温かい手が頬に触れた。逃げ出したくなるぐらい心臓がばくばくと速く打っている。それなのに、動けない。それは足が痛いからではない。
「昨日のこと、覚えてるだろ」
覚えてる。と言ったらどうなるか、エラは知っている。だから何も言えなかった。代わりに何だか理不尽な怒りが湧いて、寒さと雪がそれを暴走させた。
「イグリはずるい」
もう何も考えられず、言葉が勝手に口から出ていくような感じだ。あまりに自分勝手だとは思ったが、もう止められなかった。
「優しい家族がたくさんいて、いつも誰かに囲まれてて、明るくて楽しくて、まぶしくてキラキラしてて、羨ましいの。あの女の子たちも。虐げられるつらさを知らずに、きれいなままいられて羨ましい。わたしには何もない。わたしの家族はみんな死んじゃった。おばさんとおじさんはわたしを売った。帰る故郷もないし、持ってるものはたくさん傷付けられたこの身体だけ。思い出すのもいやなのに、わたしがわたしでいる限り忘れられないの。ミーシャはわたしを強いって言うけど、強くなりたいからそう振る舞ってるだけ。本当はわたし、卑屈で、暗くて、見栄っ張りな人間なの。誰にもかわいそうって思われたくないから、いつも平気な顔してるの。だから、こ、こんな――」
顔が熱い。目の奥がひどく痛んで涙がボロボロ流れた。リコの言った通り、化粧が落ちてしまう。でも止める術がわからない。目の前のイグリの顔もぼやけて見えない。
「こんなわたしは、あなたに相応しくない。本当のわたしを知って幻滅されたくないの。あなたには、かわいそうだから守ってあげたいとか、思われたくないの。――あなたが好きだから」
握られた手が力を失って離れ、イグリの温もりが消えた。もう怖くて顔も見られない。涙も拭えないほど、身体が強張っている。
おしまいだ。心が凍っていく。
ところが、突然イグリの腕に包まれて、エラは全身に再び血が巡るのを感じた。
「…そういうの、もっと言えよ」
エラはきつく抱きしめてくるイグリの心臓が早鐘のように打つのを聞いた。
「はぁー。焦った。気が多いと思われて愛想尽かされたのかと」
「…イグリは軽薄だしお調子者だけど、別に気が多いわけじゃないと思うわ」
エラが鼻をすんすん鳴らしながら思いの外冷静な声色で言うので、イグリは苦笑した。
「言うね。そういうところも好きだけど」
「い、言ったでしょ。わたし――」
胸を押しのけようとしたエラの手を、イグリは掴んだ。
「だめだよ、やっと捕まえたのに。言うだけ言って一人だけ逃げるのは反則だ」
イグリは力いっぱいエラの冷え切った身体を抱きしめた。
「そりゃ、かわいそうだよ。俺もリコもミーシャも上官も、君をもっと早く助けてやりたかったって、いつも思ってる」
「ほら、やっぱり――」
「こら。今は俺の番だろ。聞けって」
イグリは腕の中にエラが大人しく収まっているのを確認して、続けた。
「考えてみろよ。君の境遇に心を痛めない奴なんて、人間じゃないだろ。君は俺にそんな冷血漢でいてほしいか?」
エラはふるふると首を振った。それは確かにそうだ。
「でも、憐れまれたくない気持ちもわかる。大体の人が優しくされるのは好きでも、かわいそがられるのは嫌なんだ。矛盾してるよな。でも、俺の場合、俺が君に優しくするのは、別に君だけのためってわけじゃない。俺が君に笑って欲しくて、俺のことを好きになって欲しいからそうしてる。好きな子が笑ってくれたら自分が嬉しいだろ」
「…そうね」
それは、わかる。イグリが笑った顔を見るのが好きな気持ちが、きっとそれだ。
イグリは涙で濡れたエラの頬を撫でて、ニッと笑った。
「で、俺は、エラが笑ってくれるのがいつも俺の隣だったらいいって思う。別に強いエラでいなくていいし、弱くても卑屈でも、今みたいに思ってることぶちまけて、どうしようもなくわがままでいてもいいんだ。俺の前では、どんなエラでいたっていい」
イグリは屈んでエラの泣き腫らした顔を覗き込んだ。
「それとも、俺に全部見せるのはいや?」
エラはズビッと鼻を鳴らし、イグリを見上げた。
「…わがまま言っていいの?」
「ああ。言って欲しい」
「じゃあ、……もう他の女の子に触らせないで」
恥ずかしい。何を言っているんだろうと頭のどこかで思いながら、口は別のことを喋り続けた。絵に描いたような面倒臭いやきもち女の発言なのに、イグリはなぜか嬉しそうに微笑んでいる。
「言い寄られてデレデレ鼻の下伸ばすのもいや。過去に寝たことがある女の人と仕事中親しげに話してるのもいや。女の人と話す時、距離が近いわ。男同士じゃないんだから、ああいうの、余計な気を持たせると思う」
「うん。気をつける」
「女の人と遊ぶお店にも行かないでほしい」
「うん、もうしないよ。他には?」
「馬の乗り方教えて」
「もちろん」
イグリは笑った。
「それから?」
「わ」
エラは急に自分がどんな顔をしているか不安になって、イグリの胸に顔を押し付けた。
「――わたしのこと、子供扱いしないで。壊れやすいものみたいに扱わないで…」
温かい両手に頬を包まれて、エラは顔を上げた。イグリの顔はもう笑っていなかった。そして、この目を見てわかってしまった。――イグリは本当にわたしが好きなんだわ。
「子供扱いしたことはないけど――」
イグリの秀麗な顔が近づいてくる。美しい色をした目から視線がそらせない。瞳の奥に火がついたみたいだ。
「そう言ってくれるなら、少し怖いことをするかも」
どっ、と心臓が跳ねた。
全身の皮膚の上をざわざわと得体の知れない熱が駆け回り、目の前の男をひどく愛おしく感じさせた。
「い、イグリは、わたしが怖いことはしないわ…」
「どうかな。俺はあんまり我慢強いほうじゃないから、エラが怯えてもやめられないかもしれない。試してみる?」
唇が触れそうで触れない、もどかしい距離で、イグリは唇を開いた。
ずるい訊き方だ。エラに選択肢を示しながら、答えは一つしか想定していない。まるでエラの心を覗いたように。
「それとも、宴に戻って一曲踊る?」
「…足が痛いから、踊れないわ」
「わかった」
イグリはエラの身体を横向きに抱き上げた。エラは短く叫んでイグリの肩に掴まった。
「今から君を俺の部屋に連れてくけど、いい?」
エラは細い顎を引いた。心臓が破裂しそうなのに、ずっと触れていてほしいと思った。
踊っている人の中にそれらしき人はいなかったので、大きな広間の周囲をぐるりと歩き回った。途中で何人かの紳士にダンスに誘われたが、丁重に断って歩き続けた。
イグリを見つけたのは、広間の入り口の近くだ。ヘレボルスやキンセンカ、ランなどの花が美しく飾られた大きな陶器の花瓶の前で、イグリは三人の女性たちに囲まれていた。みな見るからに良家の令嬢だ。会話の内容は、誰と先に踊るかということらしかった。肩が大きく開いたバラ色のドレスを纏っている茶色い髪の令嬢がイグリの腕に触れ、自分と先に踊って欲しいとねだっている。三人の中では彼女が一番の有力者らしく、他の二人はちょっと遠慮しているようだ。恐らくは家柄の序列によるものだろう。
(わたしとは違う)
エラは急速に冷え冷えとした気持ちになった。
彼女たちは家族を全員亡くして娼館に売られる憂き目に遭ってはいないし、年老いた男の愛人になって身体を好きに扱われたこともないし、粗野な海賊からひどい虐待を受けたこともない。イグリのような、太陽みたいな人には、例えば彼女たちのように暗い境遇に晒されずにまっすぐ育ってきた本物のお嬢さまが似合っている。
(ああ。だめだ)
これ以上、脚が動かない。リコに後押しされて奮い立った気持ちがすっかりしぼんでしまった。だって、イグリが大切にしてくれるからって、自分が自分以外になれるわけじゃない。
女性に囲まれて困惑顔をしたイグリがエラに気づき、彼女の方を見た。エラは一瞬でも目を合わせることができずに、イグリがこちらへ向かってくる前に背を向け、駆け出した。
駆け出したと言っても、どこへ行けばいいか分からない。広い屋敷だから、自分が使っている客間も誰かに案内してもらわなければ戻れない。エラは仕方なく招待客の間を縫って屋敷の外へ出た。ついさっきリコと庭園にいたときよりもずっと寒くなっている。目の前を、小さな雪がふわふわと落ちてきた。
寒い。
足が竦んだ。薄雪の積もる地面が、重苦しく真っ白に染まるところを想像してしまったからだ。雪に埋もれて、白く清らかな世界に窒息していく自分が思い浮かぶ。
エラは屋敷の篝火の影になった場所で蹲った。履き慣れていないヒールの高い靴で踵がすりむけ、心も足も悲鳴を上げている。
もう、無理だ。動けない。
次の瞬間。腕を引っ張り上げられた。
「エラ!」
イグリの声だ。
真っ白だった視界に、ぱあっと光が戻った気がした。夏空の色をした瞳が目の前にある。
「どうした?また飲み過ぎたか?」
「え…」
イグリは必死だ。心底心配しているのが分かる。が、どうやら原因の一端が自分だとは微塵も気付いていないようだ。
「…違うけど」
「違う?じゃあ具合悪い?」
エラは首を振った。
「な、…何でもない」
「何でもなくないだろ」
「わたしのことはいいから、さっきの子たちと踊ってあげたらいいじゃない。みんなイグリと踊りたがってるんだし」
エラは足の痛みを無視して立ち上がり、イグリから逃げるように腕をそっと振りほどいた。
「君は?」
イグリはエラの腕ではなく、今度は手を握って引き留めた。
「俺と踊りたくない?俺が他の女性とくっついて踊っても平気か?俺のパートナーは君なのに」
(ああ…)
その顔を見て、エラはイグリが傷付いていることを知った。
「俺は無理だ。君がリコとどこか行ったとき、自分でもいやになるほど嫉妬した。リコは君に手を出したりしないって分かってるけど、それでも腹が立った。他の男だったら迷わず君を取り戻してた。相手を殴ってでも」
イグリの温かい手が頬に触れた。逃げ出したくなるぐらい心臓がばくばくと速く打っている。それなのに、動けない。それは足が痛いからではない。
「昨日のこと、覚えてるだろ」
覚えてる。と言ったらどうなるか、エラは知っている。だから何も言えなかった。代わりに何だか理不尽な怒りが湧いて、寒さと雪がそれを暴走させた。
「イグリはずるい」
もう何も考えられず、言葉が勝手に口から出ていくような感じだ。あまりに自分勝手だとは思ったが、もう止められなかった。
「優しい家族がたくさんいて、いつも誰かに囲まれてて、明るくて楽しくて、まぶしくてキラキラしてて、羨ましいの。あの女の子たちも。虐げられるつらさを知らずに、きれいなままいられて羨ましい。わたしには何もない。わたしの家族はみんな死んじゃった。おばさんとおじさんはわたしを売った。帰る故郷もないし、持ってるものはたくさん傷付けられたこの身体だけ。思い出すのもいやなのに、わたしがわたしでいる限り忘れられないの。ミーシャはわたしを強いって言うけど、強くなりたいからそう振る舞ってるだけ。本当はわたし、卑屈で、暗くて、見栄っ張りな人間なの。誰にもかわいそうって思われたくないから、いつも平気な顔してるの。だから、こ、こんな――」
顔が熱い。目の奥がひどく痛んで涙がボロボロ流れた。リコの言った通り、化粧が落ちてしまう。でも止める術がわからない。目の前のイグリの顔もぼやけて見えない。
「こんなわたしは、あなたに相応しくない。本当のわたしを知って幻滅されたくないの。あなたには、かわいそうだから守ってあげたいとか、思われたくないの。――あなたが好きだから」
握られた手が力を失って離れ、イグリの温もりが消えた。もう怖くて顔も見られない。涙も拭えないほど、身体が強張っている。
おしまいだ。心が凍っていく。
ところが、突然イグリの腕に包まれて、エラは全身に再び血が巡るのを感じた。
「…そういうの、もっと言えよ」
エラはきつく抱きしめてくるイグリの心臓が早鐘のように打つのを聞いた。
「はぁー。焦った。気が多いと思われて愛想尽かされたのかと」
「…イグリは軽薄だしお調子者だけど、別に気が多いわけじゃないと思うわ」
エラが鼻をすんすん鳴らしながら思いの外冷静な声色で言うので、イグリは苦笑した。
「言うね。そういうところも好きだけど」
「い、言ったでしょ。わたし――」
胸を押しのけようとしたエラの手を、イグリは掴んだ。
「だめだよ、やっと捕まえたのに。言うだけ言って一人だけ逃げるのは反則だ」
イグリは力いっぱいエラの冷え切った身体を抱きしめた。
「そりゃ、かわいそうだよ。俺もリコもミーシャも上官も、君をもっと早く助けてやりたかったって、いつも思ってる」
「ほら、やっぱり――」
「こら。今は俺の番だろ。聞けって」
イグリは腕の中にエラが大人しく収まっているのを確認して、続けた。
「考えてみろよ。君の境遇に心を痛めない奴なんて、人間じゃないだろ。君は俺にそんな冷血漢でいてほしいか?」
エラはふるふると首を振った。それは確かにそうだ。
「でも、憐れまれたくない気持ちもわかる。大体の人が優しくされるのは好きでも、かわいそがられるのは嫌なんだ。矛盾してるよな。でも、俺の場合、俺が君に優しくするのは、別に君だけのためってわけじゃない。俺が君に笑って欲しくて、俺のことを好きになって欲しいからそうしてる。好きな子が笑ってくれたら自分が嬉しいだろ」
「…そうね」
それは、わかる。イグリが笑った顔を見るのが好きな気持ちが、きっとそれだ。
イグリは涙で濡れたエラの頬を撫でて、ニッと笑った。
「で、俺は、エラが笑ってくれるのがいつも俺の隣だったらいいって思う。別に強いエラでいなくていいし、弱くても卑屈でも、今みたいに思ってることぶちまけて、どうしようもなくわがままでいてもいいんだ。俺の前では、どんなエラでいたっていい」
イグリは屈んでエラの泣き腫らした顔を覗き込んだ。
「それとも、俺に全部見せるのはいや?」
エラはズビッと鼻を鳴らし、イグリを見上げた。
「…わがまま言っていいの?」
「ああ。言って欲しい」
「じゃあ、……もう他の女の子に触らせないで」
恥ずかしい。何を言っているんだろうと頭のどこかで思いながら、口は別のことを喋り続けた。絵に描いたような面倒臭いやきもち女の発言なのに、イグリはなぜか嬉しそうに微笑んでいる。
「言い寄られてデレデレ鼻の下伸ばすのもいや。過去に寝たことがある女の人と仕事中親しげに話してるのもいや。女の人と話す時、距離が近いわ。男同士じゃないんだから、ああいうの、余計な気を持たせると思う」
「うん。気をつける」
「女の人と遊ぶお店にも行かないでほしい」
「うん、もうしないよ。他には?」
「馬の乗り方教えて」
「もちろん」
イグリは笑った。
「それから?」
「わ」
エラは急に自分がどんな顔をしているか不安になって、イグリの胸に顔を押し付けた。
「――わたしのこと、子供扱いしないで。壊れやすいものみたいに扱わないで…」
温かい両手に頬を包まれて、エラは顔を上げた。イグリの顔はもう笑っていなかった。そして、この目を見てわかってしまった。――イグリは本当にわたしが好きなんだわ。
「子供扱いしたことはないけど――」
イグリの秀麗な顔が近づいてくる。美しい色をした目から視線がそらせない。瞳の奥に火がついたみたいだ。
「そう言ってくれるなら、少し怖いことをするかも」
どっ、と心臓が跳ねた。
全身の皮膚の上をざわざわと得体の知れない熱が駆け回り、目の前の男をひどく愛おしく感じさせた。
「い、イグリは、わたしが怖いことはしないわ…」
「どうかな。俺はあんまり我慢強いほうじゃないから、エラが怯えてもやめられないかもしれない。試してみる?」
唇が触れそうで触れない、もどかしい距離で、イグリは唇を開いた。
ずるい訊き方だ。エラに選択肢を示しながら、答えは一つしか想定していない。まるでエラの心を覗いたように。
「それとも、宴に戻って一曲踊る?」
「…足が痛いから、踊れないわ」
「わかった」
イグリはエラの身体を横向きに抱き上げた。エラは短く叫んでイグリの肩に掴まった。
「今から君を俺の部屋に連れてくけど、いい?」
エラは細い顎を引いた。心臓が破裂しそうなのに、ずっと触れていてほしいと思った。
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