私が魔王でした

西野和歌

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 何も知らない者からすれば、恋人同士のような二人に見えなくもなかった。

「お嬢様、今日もお出かけですか?」
「ええ、最近楽しい観察対象を見つけたの。ところで、服はこれでいいいかしら?」

 街を散策しやすいワンピースの裾をひるがえし、テヘラは帽子をかぶる。
 今日も飽きもせず街に繰り出したテヘラは、噴水を目指した。

 出会って、すでに三か月目。毎週水曜と日曜日の正午に待ち合わせが、二人の約束となっていた。
 いつしかメイド達も心得たもので、出かける際にはオシャレを整えた。

「お待たせグレン」
「やあテヘラ。今日も可愛いね」

 浮いたセリフも自然と口に出すグレンは、当たり前にテヘラに手を差し出した。
 繋いだ手からにじみ出る魔力の気配に気づかぬふりをして、グレンはテヘラに尋ねた。

「今日は教会で、本当にいいのか?」

 グレンは自分でも馬鹿な質問だとわかっていた。この女はただの女ではない……魔物だ。
 可憐な美女の姿をした、相当の魔物で間違いないのだ。
 魔物自ら教会に行きたいなど、この国は本当に滅茶苦茶だった。

 商人として滞在はしているものの、グレンは自分の使命を忘れたわけではない。
 本来は、真っ先に倒さねばならない存在。
 それが魔物であり、全てを統括する魔王である。
 他国一願で、この国の魔王討伐を命じられた……なのに、今はこうして恋人のように魔物の彼女と共に過ごす。

 自らの本性を隠すのはテヘラも同じ……いや、こちらはあえて言わないだけなのだが。
 自然とつないだグレンの手が、いつも最初に硬くなるのは、きっと自分の魔力を感じて緊張しているからだ。
 それがわかっていても、グレンが反応するのか愉快で黙っていた。

「教会に寄付する刺繍が出来上がったので、それを持って行きたいの」
「君は本当に。心優しいんだな」

 グレンはテヘラの顔を伺ったが、彼女はいつもと同じ。
 常にテヘラは無垢な令嬢そのままに、隙を見せる事はない。
 それどころか、時折見せる優しさや気遣いに、グレンの心が揺らぐ始末だ。
 何度も、これは魔物の演技なのだと言い聞かせても、少しずつ芽生えた恋心を見て見ぬふりをした。

 二人は手をつなぎ歩き続ける。
 人込みに入れば、自然とテヘラを庇い自らが盾となって前に進む。
 屋台にテヘラが興味を示し、欲しいのかと尋ね、商品の説明をするグレン。
 対して、魔物が商品を購入する際に手渡す黒い石は何かとグレンが尋ねると、テヘラは魔石だと答えた。
 最近では人の生活に便利な魔石は魔物の通貨として流通しており、魔石を使う便利な道具も開発されているのだとテヘラは教える。
 文明は他国より一気に進んだ理由は、魔物たちの協力の上でなのだと、改めて他国との違いにグレンは衝撃を受けた。

「魔石は他国には流通してないが……」
「ええ、国王陛下が国内でのみと厳命しておられますから。でないと他国で悪用されたら、世界のバランスが崩れてしまうとか?」

 あくまでとぼけたテヘラ本人の指示なのだが、魔物からとれる魔石は、魔物たちの命の源でもあり、魔物の遺体から稀に産出される石である。
 大量の魔力が凝縮された石は、魔法を使えない人ですら使う事ができるようになる。
 この世界で魔法が使えるのは魔物だけ。人はそれもどきだけの魔法技術の格差は、この魔石一つで解決するのだ。

「魔石は、あくまで死んだ魔物の意志によって流通の有無が決まります。転生したくない魔物が、命の輪を放棄して初めて、人の手に渡る貴重な石なんです」

 サラリと答えたテヘラの言葉の内容に、グレンは愕然とした。

「君は今……凄い説明をした事を理解しているのか?魔物がどのように生まれるのか?それは長年の謎だったんだ。そして国宝並みの希少な魔界石、君のいう魔石も謎とされてきた。なのに一気に解明されてしまった」

 やっとの人の多い屋台街の端まで歩いていたグレンは、立ち止まる。
 けれど手は離さない。テヘラは平然と笑った。

「あら?そうなんですか?なら、この国の機密という事で内緒にして下さいね」

 コロコロと笑うテヘラの笑顔は、素顔だと信じるほどに可憐だった。
 騙されるなとグレンは心に無理やり言い聞かせつつ再び二人は歩み始める。
 やっと教会に辿り着き、グレンはテヘラともども丁重に教会内に案内された。

 平凡な教会には孤児院も併設され、小さな庭に子供達の笑い声が響く。
 案内された応接室の窓からも、そんな楽し気な気配が感じられ穏やかな午後を過ごしていた。


「では確かに受け取りました。いつもありがとうございます」

 丁寧に礼を述べたシスターが持つ袋には、大量の精細なレースのハンカチが詰め込まれている。
 素材も良く、また刺繍の技術も売り物になるレベルのテヘラの品は、チャリティーでも目玉商品の一つ。
 二人が品物を渡し建物を出た途端に、足元にコロコロとボールらしき物が転がってくる。

 それを見たグレンは反射的にテヘラを庇うが、すぐにテヘラは手で大丈夫と合図した。
 ボールらしき生き物はウゴウゴと蠢いていたが、テヘラの手に拾い上げられた途端にカチリと動きを止めた。
 テヘラは小声で囁きかける。

「偉いわね、ちゃんと子供達と遊んであげてね」

 心得たとばかりに、自ら動き出したボールは、テヘラの手から子供達の方向に転がって行った。

「あ、あれは……」
「まあ、お互い子供同士で気が合うんでしょうね」
「こでは、これが日常なんだな」
「ええ、信じられませんか?」

 テヘラは建物の外からも見えるステンドグラスを指さした。
 そこには、昔の神話がガラスによって象られている。

「ほら、あのガラスに描いてあるように、勇者は魔王を退治したんです」

 グレンは何も答えず、真剣なまなざしでテヘラを見つめた。
 テヘラは淡々と物語を語り出す。

「魔物の存在を知り、魔界への道が開けた人々は、魔王を退治するために勇者を送り込みました。そして見事退治したそうです」
「ああ……そうだな」
「でも、こう考えたことはないですか?」
「何を?」

 赤い夕陽が、二人の影を作る。
 音をたてる風から守るために、テヘラは手で帽子をそっと押さえた。

「もし勇者が魔王と敵対するのではなく、共存していたら……きっと今みたいな新しい平和の道もあったかも知れませんね」
「それが今のこの国の現状なのか。だが、魔王は本当にそれで満足なのか?」
「ええ、だって退屈に変化は歓迎すべきもの」

 テヘラはそう言うと、まるで握手を求めるかのように手を差し出した。

「勇者もそう思いませんか?」

 ギクリとグレンの背筋に冷たい汗が流れた。
 テヘラを見つめる……視線を離す事は出来ない。
 その瞳は静かに自分を見つめて、何の感情も読み取る事は出来なかった。

 いつからバレていた?いつ、どうして?
 そんなグレンの心を読んだように、少し悲し気にテヘラは言う。

「ごめんなさい。やはり私には無理みたいですね。一度、愛というものを味わってみたかったのですけど、勇者であるあなたとなら……と期待してしまいました」
「い、いつから俺の事を……」
「あなたが、私を察したように、私もわかっただけです」

 出していた手を引っ込めて、テヘラは懐から一枚のハンカチを差し出した。

「私からなのが嫌でしたが、売るなり捨てるなりして下さい。今までのお礼です」
「これは……俺に?」

 受け取ったハンカチには、細やかな刺繍でグレンの名と小さな花が刺繍されていた。
 グレンの心は荒れ狂う。

 どういう事だ?彼女は魔物で、俺が勇者だと理解していて付き合っていたのか?
 ならどうして俺に危害を加えない?彼らにとって、勇者という存在は、この世でもっとも忌み嫌う者のはず。

 グレンは知らない。
 伝説が真実だと信じているからこそ、まさか建国の勇者が魔王に敗北したあげく、国を売り渡したとは露ほどにも想像できなかった。

 この国に来たのは命令により救済のためである。
 なぜか封印したはずの魔王が復活し、この国を乗っ取った。
 あげくに人を恐怖の支配下において、いずれは世界を侵略するつもりだろう。
 そう教えられて、ここに来たのだ。

 祖国で騎士をしていたグレンは、何百年も引き抜かれない勇者の剣を引き抜き、素質を認められた。
 本来なら人にはない魔力を持つ者だけが、勇者となれると教わった。
 だが、先程の市場で魔石が簡単に取引されているのを見て驚愕したのはそこだ。
 魔石を身に着けていれば、勇者の剣など誰でも引き抜く事が出来るだろう。

 自分の存在価値がグラグラと、この国にきてから揺らいでいる。
 恐怖の支配など見られず、確かに人は魔物に怯えはあるものの生活自体は共存が進んでいる。
 弊害よりも、得られる生活の利便を人々は甘受しているように見受けられた。
 人々を救う覚悟でここに来たのに、俺はどうしたらいいんだ?

 受け取ったハンカチを手に呆然としていると、テヘラが背中を見せて去って行く。
 ハッと気づいた時には、無意識で彼女を呼び止めていた。

「待ってくれ!テヘラ!」

 だが彼女は去って行く。急いで追いかけたが、彼女が建物の角を曲がった途端に消えてしまった。
 グレンは夕焼けの中、ただ温もりが残るハンカチをギュッと握りしめた。

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