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第一話
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冬の空みたいに蒼い海が、世界を覆っている。
清洌な、哀しさすら漂わす冷たい蒼。
海は蒼に身を包み、寒々と横たわっている。
そのホテルは、海の中にあった。
古代の遺跡のようにあるいは中世の城塞みたいに灰色の武骨な外見を晒す建物。
潮が引いて、海が浅くなったときにだけ。
そこにいたる白い道が海の中から姿を顕す。
海の中から浮き上がる、白い骨のような。
真直な道が。
蒼い海の中に浮き上がる。
そしてその道を通って岸壁にたどり着くと、そこに螺旋状に刻まれた回廊を見出すことになった。
巡る回廊を通り抜け、城壁のような壁に囲まれた道を進むと。
大きく頑丈な木製の扉へたどり着く。
そこには、こう刻まれている。
「ホテル・カリフォルニア」
❖
この世で最も残酷な生き物は子供に違いない。
だってそうじゃないか。なんでやつらは、僕を殴るんだよ。
意味もなく。
へらへら笑いながら。
挑発するように、
いたぶるように。
露出している部分にあざが残らないよう注意深く。
まるでこころを傷つけるためみたいに。
殴る。
殴る。
ああ。こんなこと考えている場合じゃあない。
僕はもう眠らないと。明日までに。こころと身体の痛みを快復させて。
うんざりするような。
そう、マンガの中でのできごとみたいに現実感がなくバカバカしく。
それでいて耐えがたい苦痛に満ちた、生きるために全ての気力を振り絞らなければいけないような。
日々に立ち向かわないといけない。
多分、あれだぜ。
ピラミッドを造った奴隷たちだって、こんなにしんどくは無かっただろうと思う。
僕の日々に比べれば。
僕は、
布団に横たわり。
ああでも、子供が残酷というのなら僕も残酷ってことなんだ。
と思いつつ。それはないよなと思いつつ。
そのとき。
突然僕はその声を聞いた。
(やあ、はじめまして)
僕はびっくりして、あたふたする。
なんだよ、誰なんだよ。頭の中に直接話しかけるなんて、一体だれ。
(いや、僕はきみで、きみは僕。そして僕は人力コンピュータ)
へえ、きみは僕なんだ。なるほど、それで僕の頭の中に直接、て、人力コンピュータ!?
なんじゃそりゃあ。
(コンピュータの歴史を考えると、人力で動いていた時代のほうが長い。それこそ紀元前から手動でコンピュータは動かされてきた。それはさておき、もうひとり、僕そして、きみがいる。失われた、大切なものを探しにいこうとしているきみ、そして僕)
なんの話だよいったい。
て、いうかさ。
そもそも、なんの用があるの、人力コンピュータ。
(終わりが始まる。そして、きみはたどりつく。ホテル・カリフォルニア)
なんか。
僕は夢見心地。
そこは、空の上。
下には、海がひろがっている。
蒼い海。
そして、その海を貫く白い道を。
僕がきみが。
歩いてゆく。
まっすぐ。
ずっと。
❖
君は。
蒼い夜空を横切る白い銀河みたいな。
その道を歩んでゆく。
世界は哀しいほど澄み渡った蒼に満たされて。
ただ。
君の足元の道だけは、塩のように白い。
かつて神の怒りに触れた街が滅ぶのを見たひとが、その屍を塩の柱と化したというけれど。
その塩と化した屍が続くようなその道を。
君は。
歩んで行く。
巡礼者のように、フードのついたマントを身に纏って。
両の瞳は分厚いゴーグルで覆い隠し。
灰色の影となった君は。
蒼い世界に浮かぶ灰色の城塞へ、たどり着く。
君は。
螺旋を描く回廊を、黄昏をさまよう幽鬼のように静かに歩んで行くと。
その扉にたどり着く。
その頑丈な木の扉には、こう書かれている。
「ホテル・カリフォルニア」
君は。
その扉に手をかけた。その時。
鐘が鳴り響く。
ああ。
今まさに。
世界が終わることを歎く弔いの鐘のように。
美しく、鳥肌が立つように荘厳な。
そう、それは城塞のような建物に相応しい原始の司祭が祈りを唱えるように戦慄的に。
鐘が鳴り響く。
君は扉を開いた。
薄暗く広いその玄関ホールに。
悪魔のように黒衣を纏った初老の男が立っている。
黒い男は黄昏みたいに、そっと笑い。
こう言った。
「ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ」
その言葉と同時に君の背後で軋み音をたてながら。
大きな扉は閉ざされる。
まるで。
棺桶の蓋が閉ざされるように、重々しい音をたてて。
ずしりと。
この世界の綻びは修復され永遠に。
閉ざされた。
君は。
玄関ホールの中へと入ってゆく。
マントのフードをぬぎ、さらさらと揺れる細く真っ直ぐな髪を顕にする。
小鹿のようなつぶらな瞳や、エルフのように華奢な身体はゴーグルとマントに隠されているが。
少女のように繊細な作りの唇や顎の線はさらけ出されている。
君は。
呟くように、目の前にいる黒い男に話し掛ける。
「どうして」
男は魔物みたいに口の両端を吊り上げて笑い、言葉を促す。
「そんなふうに、笑うのですか?」
男は表情を変えず、問い返した。
「お気に召しませんか」
「だって」
君は。
儚ない花びらのような唇を少し震わせながら、言った。
「怖いじゃあないですか」
男はすっと、笑みを消した。
そして彫像のように無表情になると、優雅に一礼する。
玄関ホールは洞窟みたいに薄暗いが礼拝堂のように広く、天井が高い。
男はその玄関ホールの奥へ、ファウストを案内するメフィストみたいに君を差し招く。
男は奥にあるカウンターの中に入ると、芝居の台詞みたいにくっきりと言った。
「お名前を頂戴できますか?」
君は。
少女のように俯きながら、けれどはっきり答える。
「野火・乃日太といいます」
男は満足げに頷く。
「ではすぐにお部屋をご用意しますが、それまでの間お飲みものでも如何ですか」
君は。
答える。
「では、ホットミルクを」
男は少し眉を上げる。
「そのようなスピリッツはございません」
君は困ったような笑みを浮かべる。
「スピリッツじゃあない。ホットミルクだよ」
男はそっと。
頭を下げた。
「わたくしどもはスピリッツ以外のお飲みものはご用意できません」
君はため息をつき。
その場を離れる。
清洌な、哀しさすら漂わす冷たい蒼。
海は蒼に身を包み、寒々と横たわっている。
そのホテルは、海の中にあった。
古代の遺跡のようにあるいは中世の城塞みたいに灰色の武骨な外見を晒す建物。
潮が引いて、海が浅くなったときにだけ。
そこにいたる白い道が海の中から姿を顕す。
海の中から浮き上がる、白い骨のような。
真直な道が。
蒼い海の中に浮き上がる。
そしてその道を通って岸壁にたどり着くと、そこに螺旋状に刻まれた回廊を見出すことになった。
巡る回廊を通り抜け、城壁のような壁に囲まれた道を進むと。
大きく頑丈な木製の扉へたどり着く。
そこには、こう刻まれている。
「ホテル・カリフォルニア」
❖
この世で最も残酷な生き物は子供に違いない。
だってそうじゃないか。なんでやつらは、僕を殴るんだよ。
意味もなく。
へらへら笑いながら。
挑発するように、
いたぶるように。
露出している部分にあざが残らないよう注意深く。
まるでこころを傷つけるためみたいに。
殴る。
殴る。
ああ。こんなこと考えている場合じゃあない。
僕はもう眠らないと。明日までに。こころと身体の痛みを快復させて。
うんざりするような。
そう、マンガの中でのできごとみたいに現実感がなくバカバカしく。
それでいて耐えがたい苦痛に満ちた、生きるために全ての気力を振り絞らなければいけないような。
日々に立ち向かわないといけない。
多分、あれだぜ。
ピラミッドを造った奴隷たちだって、こんなにしんどくは無かっただろうと思う。
僕の日々に比べれば。
僕は、
布団に横たわり。
ああでも、子供が残酷というのなら僕も残酷ってことなんだ。
と思いつつ。それはないよなと思いつつ。
そのとき。
突然僕はその声を聞いた。
(やあ、はじめまして)
僕はびっくりして、あたふたする。
なんだよ、誰なんだよ。頭の中に直接話しかけるなんて、一体だれ。
(いや、僕はきみで、きみは僕。そして僕は人力コンピュータ)
へえ、きみは僕なんだ。なるほど、それで僕の頭の中に直接、て、人力コンピュータ!?
なんじゃそりゃあ。
(コンピュータの歴史を考えると、人力で動いていた時代のほうが長い。それこそ紀元前から手動でコンピュータは動かされてきた。それはさておき、もうひとり、僕そして、きみがいる。失われた、大切なものを探しにいこうとしているきみ、そして僕)
なんの話だよいったい。
て、いうかさ。
そもそも、なんの用があるの、人力コンピュータ。
(終わりが始まる。そして、きみはたどりつく。ホテル・カリフォルニア)
なんか。
僕は夢見心地。
そこは、空の上。
下には、海がひろがっている。
蒼い海。
そして、その海を貫く白い道を。
僕がきみが。
歩いてゆく。
まっすぐ。
ずっと。
❖
君は。
蒼い夜空を横切る白い銀河みたいな。
その道を歩んでゆく。
世界は哀しいほど澄み渡った蒼に満たされて。
ただ。
君の足元の道だけは、塩のように白い。
かつて神の怒りに触れた街が滅ぶのを見たひとが、その屍を塩の柱と化したというけれど。
その塩と化した屍が続くようなその道を。
君は。
歩んで行く。
巡礼者のように、フードのついたマントを身に纏って。
両の瞳は分厚いゴーグルで覆い隠し。
灰色の影となった君は。
蒼い世界に浮かぶ灰色の城塞へ、たどり着く。
君は。
螺旋を描く回廊を、黄昏をさまよう幽鬼のように静かに歩んで行くと。
その扉にたどり着く。
その頑丈な木の扉には、こう書かれている。
「ホテル・カリフォルニア」
君は。
その扉に手をかけた。その時。
鐘が鳴り響く。
ああ。
今まさに。
世界が終わることを歎く弔いの鐘のように。
美しく、鳥肌が立つように荘厳な。
そう、それは城塞のような建物に相応しい原始の司祭が祈りを唱えるように戦慄的に。
鐘が鳴り響く。
君は扉を開いた。
薄暗く広いその玄関ホールに。
悪魔のように黒衣を纏った初老の男が立っている。
黒い男は黄昏みたいに、そっと笑い。
こう言った。
「ようこそ、ホテル・カリフォルニアへ」
その言葉と同時に君の背後で軋み音をたてながら。
大きな扉は閉ざされる。
まるで。
棺桶の蓋が閉ざされるように、重々しい音をたてて。
ずしりと。
この世界の綻びは修復され永遠に。
閉ざされた。
君は。
玄関ホールの中へと入ってゆく。
マントのフードをぬぎ、さらさらと揺れる細く真っ直ぐな髪を顕にする。
小鹿のようなつぶらな瞳や、エルフのように華奢な身体はゴーグルとマントに隠されているが。
少女のように繊細な作りの唇や顎の線はさらけ出されている。
君は。
呟くように、目の前にいる黒い男に話し掛ける。
「どうして」
男は魔物みたいに口の両端を吊り上げて笑い、言葉を促す。
「そんなふうに、笑うのですか?」
男は表情を変えず、問い返した。
「お気に召しませんか」
「だって」
君は。
儚ない花びらのような唇を少し震わせながら、言った。
「怖いじゃあないですか」
男はすっと、笑みを消した。
そして彫像のように無表情になると、優雅に一礼する。
玄関ホールは洞窟みたいに薄暗いが礼拝堂のように広く、天井が高い。
男はその玄関ホールの奥へ、ファウストを案内するメフィストみたいに君を差し招く。
男は奥にあるカウンターの中に入ると、芝居の台詞みたいにくっきりと言った。
「お名前を頂戴できますか?」
君は。
少女のように俯きながら、けれどはっきり答える。
「野火・乃日太といいます」
男は満足げに頷く。
「ではすぐにお部屋をご用意しますが、それまでの間お飲みものでも如何ですか」
君は。
答える。
「では、ホットミルクを」
男は少し眉を上げる。
「そのようなスピリッツはございません」
君は困ったような笑みを浮かべる。
「スピリッツじゃあない。ホットミルクだよ」
男はそっと。
頭を下げた。
「わたくしどもはスピリッツ以外のお飲みものはご用意できません」
君はため息をつき。
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