ホテル・カリフォルニア

ルサルカ

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第四話

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僕は水無元さんの手を掴むと。

走った、走った。

足が痛いけれど。

叫びながら走る。水無元さんのあえぎが耳元で。少し心が痛い。

おん、と。

無言の叫びが。

恐怖の津波が。

背後から押し寄せる。

僕は肩越しに後ろを少し見た。

鬼火のように。

目が月明かりに輝いて。

ぎこちない舞踏のように身を揺らせながら。ひとびとは僕らに向かって迫ってくる。

それは具現化した恐怖の波だった。

僕はそれに戦慄を感じながらも、魅了される。あれは僕の世界。僕の属する場所。

そっちじゃあない。

おまえのいる場所は、こちら側だと。

呼ばれている。

「振り向かないで」

君は彼は、そう叫ぶと。

僕らの頭越しになにかを放り投げる。

一瞬、背中が真昼のような光に照らされた。

そして、轟音が落ちてくる。

僕らはようやく君の彼のそばへ着く。

「僕の後ろへ、スタングレネードで一瞬は動きがとまるけど、ほんの少しの時間稼ぎだ」

「あの、君って僕?」

僕のへんな質問にゴーグルの君は頷く。

「量産型N2シリーズだ、僕は」

君、量産型N2は真っ白な拳銃をぬく。

そう、それは。

エレファントキラー。

猛獣狩りのライフル弾を撃つ拳銃。

光と轟音が消えると。

彼らはまたぎこちなく走りだす。

君は撃った。

落雷のような、ほとんど物理的な力で頭をぶん殴られるくらいの轟音が。

鳴り響く。

その圧倒的パワーは死神の振るう鎌のように。

殺戮の天使が薙ぐ剣のように。

ゾンビたちを打倒した。

僕はその力に陶酔し。

知らないうちに勃起していた。

量産型N2は、トリッガーガードのレバーを操作して、銃身を折り空薬莢を捨てる。

同時にスピードロッダーを使って375H&H彈を5発装填し、銃身を戻す。

それを、君はコンマ数秒でやってのける。フィルムの早回しみたいだし、手品のようだ。

再び、エレファントキラーは象をも殺すという凶悪な銃弾を吐き出す。

5発を撃ったはずなのに、銃声はひとつにしか聞こえない。一度だけの獰猛な雷鳴。

エレファントキラーは凄まじい力をゾンビたちに振るう。

銃弾は身体の一部を鷲掴みにしてもぎとっていくかのようだ。

頭にあたれば、頭ごと消失し、胸にあたれば、胸が吹き飛ぶ。胴にあたれば、胴が引きちぎれ、手足にあたれば、手足がもがれる。

君は、立て続けにエレファントキラーを撃ち、装填する。

マシンガンを撃っているように銃弾が途切れることはない。

おそらく、エレファントキラーの反動は凄まじいものがあるはずなのに。

量産型N2は、僕と同じ華奢な手で恐竜のようなパワーを持つ銃を操っている。

エレファントキラーは、君の手の中で死の歌をうたい、破滅の舞踏を踊っていた。

君はただ。

そのサイクロンのように暴れ狂う力の中心にいて。

死の矢を放ち続けるだけだ。

僕も。水無元さんも。

ただ呆然とつったって、その異様な殺戮を眺めていた。

ゾンビと化した街のひとたちは。

身体をめちゃくちゃに蹂躙されたというのに。

動き続ける。

頭を失っても。

這い回る。

彼らは死者であって死者ではなく、生者であって生者ではない。

動く恐怖。

僕と同類。

あるいは僕の一部。

あっという間に。

夜の街路は、破壊された動く死体で埋めつくされる。

やがて、二本足で立っているものはいなくなった。

「行こうか」

君は。

量産型N2は。

僕等を促し歩き始める。

「ねえ、量産型N2」

僕は君を追いながら、尋ねる。

「何があったんだよ、一体」

「2300時にT.ウィルスが月見ヶ原一体に散布された」

「何そのT.ウィルスって」

君は。

天気の話をするみたいに穏やかに語る。

「ひとをゾンビ化するウィルスだよ」

げっ。

げげっ。

「じゃあ、僕もゾンビになっちゃうの」

「君はN2シリーズのオリジナルだ。抗体を持っている」

「じゃあさ、じゃあさ」

水無元さんを見る。

水無元さんは月の光の下。妖精みたいに可憐だけれど。

死体みたいに蒼褪めていた。

「水無元さんはどうなの」

「彼女のことは知らない。でもたまにT.ウィルスに感染しないひともいるみたいだ」

そんな偶然ありかよ。

とか思う。

でも、考えてみたってしかたない。

現実を、

それがどんなにでたらめであっても。

とりあえず、受け入れるしか。

「ついた、ここだ」

君は、月見ヶ原にある地下鉄の入口を指さす。


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