キスしてもいいですか

ひいらぎ

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「…………」
「……」
気まず。
隼人さんの過去を聞いてから俺は激しく緊張している。
キスをしないというより、できないのか。
ということは本命の恋人をつくることも……
なんにせよ、バックボーンが重すぎる。
俺が迂闊に踏みこんでいける話じゃない。
「お前は」
「え、っ?」
考えごとをしていたおかげで、肩がビクッと大きくふるえてしまった。
隼人さんにはそれがどう映ったのか、悲しげな瞳が揺れる。
「そういうのねえの」
「……そ、ういうの。俺は、彼女にフラれたことぐらいっていうか」
「フラれた?」
「はい……セックスが、下手だから、って」
自分のトラウマを打ち明けるのが恥ずかしくて目を伏せる。
男にとってセックスが下手だといわれるのは何よりプライドが傷つけられることじゃないだろうか。
「下手……」
「わ、わかってはいるんです。たしかに前戯とか、なにやったらいいのか全然だったし……っ」
「まー、たしかに。要は下手だな」
「うぐッ」


そうだ、隼人さんはこういう人だった。
「けど上手くなってるよ。半年前に会ったときより」
「へ……」
想像もしていなかった言葉をかけられ、目が点になる。
隼人さんに……褒められた?
思わず硬直して唖然とする俺に彼は呆れた顔をした。
「自信もてよ」
「ご、ごめんなさい」
「なんで謝る。つーかその女は要を大して好きじゃなかったんだろ?  ヴィジュがいいからって手だした女の言うことを気にするなよ」
「そう、だったんですかね」
「当たり前だ。本当に好きだったらセックスどうこうですぐふるかよ。要は特に、見た目のせいで勝手な期待する女は多そうだし」
「……」
心臓がドクンドクンとなっている。
隼人さんにはカリスマ性があって、言葉のひとつひとつに説得力を感じる。
泣きそうだ。
「泣きそうな顔すんなよ」
「な、泣きそうになってません。隼人さんがそんなこと言ってくれるとは……思ってなくて」
「お前のなかで俺の印象最悪じゃねえ?  地味に傷ついたんだけど」
「実際、最低じゃないすか……いつか刺されても知んねえ」
「……ふはっ、ひでぇの。ごめんな」
「ッ」
これだから隼人さんは心臓に悪い。
急に声色を変えてきて。
そんな顔をされたら、期待してしまうじゃないか。
かき乱すのはやめてほしいのに。

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