薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

文字の大きさ
86 / 94

*

しおりを挟む
「____にしてもここは、やはり僕の庭にはふさわしいな。これだけの品のよさが揃っていると気分も踊る」
「……」
スタジオに戻ってきてから、ずっと元気が出なかった。
誰にも悟られたくないのに笑顔を作れない。
「どうしたんだい?  肇くん。元気がないようだけど」
「え、なんでもないよ~……ちょっと眠くて」
「僕の肩を貸してあげよう。安心して眠れるぞ」
「……お笑いが好きなの?  なんかおれを笑わせにきてるように見えてきた」
「おもてなしだよ、最上級の。僕は元々、ホストクラブの総支配人をしていたんだ。だからきみのような悩める子羊の役に立てるならなんでもするさ」
「道明寺さんっていま何歳?」
「永遠の25歳だよ」
「そゆのいいから教えてよ」
「37だ。驚いたかい?」
「うんー……志野と同い年ぐらいには見えたけどそんなにびっくりしなかった」
「ははは、不機嫌そうだなぁ。チェリーボーイ、遠慮せず僕に話してみなさい。口に出すだけで安心することもよくあるのだよ」
「…………どーみょーじさんはさ、家族っている?」
「家族?」
「うん、お父さんとお母さん」
おれは家族を見余ってた。
理想が高すぎた。
だからバチが当たったんだ。
「おれね、気づいたんだー。家族は薄っぺらいものなんだって。家族だけが特別なんて、幻想なんだって。やっと気づいた」
「…………肇くん、きみには特別に話そう。僕は実の父親に1,500万という借金の肩代わりをさせられた。それも強制的にね」
「え……」
「愛してると言った父親がだ。そして父は逃亡し、僕は借金返済のためにホストの道を選んだ。よく聞く話だろう?」
「……」
「でも僕は幸せだ。強がりではなく、心からそう言える。どうしてだと思う?」
「……お金持ちになったから」
「惜しいね。正解は新しい家族ができたからだ」
「っ」
新しい家族……?
「僕にとっての家族はファンの子たちだ。血のつながりがすべてじゃないと思っている。きみはどうかな?」
「…………おれは」
おれの家族は。
「志野」
「ブラボー。ちゃんときみにもいるじゃないか、素敵な家族が」
思わず目の前がうるんだ。
型にとらわれているだけで、おれにも大切にしてくれる家族がいる。
道明寺さんはそれを教えてくれたようだった。
「よーしっ、一旦休憩しよう。昼ご飯の時間だ」
話さなきゃ。志野には本当のことを話さなきゃ。
「志野……」
「ん?  どうした」
「……ちょっと、こっちきて」
志野の手を引いて3人と離れたところに向かう。
口を開くだけで泣いてしまいそうで、数分は口を開けなかった。でも志野は急かすこともなく、おれの肩をなでてくれていた。
「あのね……さっき」
「ああ」
「……母さん、に……会ったんだ」
「!  肇の母親がここに?」
「……うん、おれがここにきてるのを知って。会いにきた」
「なにを、話したんだ」
「おれ…………やっぱり愛されてなかった。母さん、おれのこと愛してないんだ」
「……」
「金がほしかったんだって。治療を受けられないと、死んじゃうからって」
「いくらだ」
「50万……おれ、信じたかった。母さんが本当に治療費が必要でおれを頼ってくれたなら、渡そうって思ったのに。わかっちゃったんだ……母さんは治療費のためにそれを使うんじゃないって」
あの人はギャンブルに依存してる。
あのお金の行く先もそうだ。
父さんがギャンブルにハマっていたんじゃない。
誘ったのはきっと母さんなんだ。
「母さんは嘘をつくとき……いつも不自然に笑うんだ。おれは小さい頃からその顔を見てきたから知ってる。おれを誇らしいって言った母さんの目は、なにも感情がなかった……」
「肇、もういい。なにも話すな」
「ぅ……うぅ……」
「金はどうした」
「わたした……」
「渡す必要なんてなかっただろっ、お前をどこまでも追いつめる親だぞ……」
それを知ってて渡した。
母さんはおれへの愛情が欠片もない。
金目当てで近づいてきただけ。
わかっていたんだ。
「おれは母さんと同じ人間にはなりたくないっ……」
「……肇」
「金さえもらえれば、おれに近づく理由なんて他になにもなかった。だから渡した……あの人が、二度とおれに近づかないために」
「……」
「ふ……はは、おれから縁切ったのにね……まだ傷ついてる」
「……当たり前だ。実の親なんだから」
「志野……志野は、信じて、いい……?  おれと一緒にいてくれるのは、家族だからだよね……?」
声も手もふるえた。
怖くて自信が持てない。
真実を直視するのがなによりもおそろしい。
でも志野はそんなおれを強く抱きしめてくれた。
何度も何度も背をさすり、頭をなでてくれる。
「約束だ。俺はお前と、死ぬまで一緒にいる。肇がこの世界で生きていくのが心から楽しいと思えるように、俺がいくらでも支える」
「っ……」
「だから肇も約束しろ。1人でなにもかも抱えて、苦しまないと。誰に話せなくても、俺だけは絶対に頼れ」
「…………はぃ……っ」
またグシャグシャになった。
おれの視界。
志野の体温が心地よくて、苦しい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...