異世界へようこそ

飛狼

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第一章 禁足地

◇人は見かけによらぬものと言いたいけれど。

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 俺が大柄な男に睨まれていると、もう一人、小柄な男も走り寄ってきた。

「おいタンガ。俺達だけだと、この数は無理だ。一旦、退くぞって……こいつヒューマンか?」

 そう言って声を掛ける小柄の男は、俺にどこか蔑みを含んだ視線を向けてくる。そこで、怒鳴っていた大柄の男も、俺の容姿に初めて気付いたのか、その目元を険しくさせた。
 屍食鬼に囲まれまずい状況にいた俺は、助けがあった事にほっとした。だが、それも束の間、男達から放たれる見下すような不躾な視線に、訳も分からずかなりの不安を覚えてしまう。
 そこで改めて、突然現れた男達を眺めてみる。
 小柄な男は頭の上に尖った耳を持ち、目尻が吊り上った狐を思わせる顔立ちをしていた。二人共、どちらかといえば、人よりも獣に似た面立ちをしている。
 ここが『ゼノン・クロニクル』と同じか、或いはそれに準じる似た世界なら……。

 ――この二人、間違いなく獣人だな。

 剣と魔法が飛び交うファンタジーゲー厶のご多分に漏れず、『ゼノン・クロニクル』の世界も様々な種族が繁栄している世界だった。だから、さほど驚く事もなかった。
 視線の先を残ったもうひとりに向けると、少し離れた場所で屍食鬼を相手に大暴れしていた。左手に持つ盾で屍食鬼を押し返し、右手に持つ大剣を軽々と振り回して、屍食鬼たちを真っ二つに切り裂いていた。

 ――あっちは、蜥蜴人か。

 大剣を振るう者は太く長い尾を持ち、鎖を編んだ鎧から飛び出す手足は緑の鱗に覆われていた。獣人の二人は、人と獣を足して割ったような顔立ちをしていたが、蜥蜴人の顔立ちは人というよりトカゲに近かった。
 ゲームの時は、ある程度ディフォルメされた人に似た姿をしていたが、この現実となった世界では、まるで二足歩行するワニに見える。

 その蜥蜴人が、こちらに顔を向け擦過音混じりの声で怒鳴る。

「タンガ、クルス! グールノ相手ヲ、俺ヒトリ二押シ付ケルナ! ソレト、天光球ノ魔力ガモウ直グ切レルゾ」

 ――ん? 天光球?

 耳慣れない言葉を聞く。もしかして、この頭上に浮かぶ光のことか。
 頭上を見上げると、辺りを照らし出していた光が、徐々に弱まっていくのが見えた。それに従い、周囲の闇が迫ってくる。
 どうやら、すっかりと夜になっていたようだ。

「手持ちの天光球も、こいつで最後だ」

 クルスと呼ばれた狐顔の男が拳大の石を取り出し、ぶつぶつ何か唱えた後にその石を頭上に向かって放り投げた。その途端、「ぱぁん」と頭上で甲高い音を響かせ、辺りを強烈な光が照らし出す。その明かりに、周囲の様子が浮かび上がる。と、百を軽く越える屍食鬼が、周りで蠢いているのが分かった。しかも、それ以上の屍食鬼が、遠くから集まって来るのもまで見てとれた。
 それを見たタンガと呼ばれていた大柄な男が、「くっ」と唸ると、蜥蜴人に怒鳴り返えす。

「グイド! 引き上げるぞ。先導を頼む!」

「……分カッタ」

 グイドと呼ばれていた蜥蜴人が返事をすると、目の前の屍食鬼を盾で弾き飛ばし、大剣を振るって道を切り開いていく。

 ――この蜥蜴人の男は、かなりのパワーファイターのようだ。

 グイドが屍食鬼も密生した藪もお構い無く、その大剣で切り払う。その後を狐顔のクルスが続く。そして、タンガと呼ばれていた男が、舌打ち混じりに尖った視線を俺に向けた。

「ちっ、おいヒューマン! 命が惜しかったら俺達の後を付いて来るんだ」

 タンガは少し躊躇う様子を見せた後にそう言うと、その後は振り返る事もなく二人の後を追いかけて行く。それは付いてこれなければ、見捨てていくと言わんばかりの態度だった。
 彼等に付いて行くのに一抹の不安を覚えつつも、今の状況では付いていくしかない。俺も、慌てて先行する三人を追いかける。

 屍食鬼は、その動きがかなり遅い。囲みさえ突破してしまえば、後はどうって事はない。倒した屍食鬼からこぼれ落ちる経験値の塊、あの黒い珠を回収できないのが少し残念だった。その事に、後ろ髪引かれる思いを抱きつつ、俺は彼等の後を追い掛けた。

 先行する三人。蜥蜴人は鎖で編んだ鎧、ゲーム内ではリングアーマーと呼ばれる鎧を着込んでいる。見た感じだと、力を重視する戦士といったところか。獣人の二人は、革をなめした茶色い革鎧を身に纏っていた。防御よりも速さを重視した装いに、こちらの二人は剣士だと思われた。
 三人共、かなりの実力者に思えるが……。

 ――それにしては、装備が貧弱だな。

 その一言に尽きる。そのアンバランスさに、俺は首を捻っていた。
 それにしても、言葉が通じるのには安心したが、どうも妙な感じだ。
 日本語で会話している感覚ではないのだ。それなのに、言葉が理解できる上に、自然と知らない言葉が口から飛び出す。何とも奇妙な感じだが、スキルなどが普通に使える世界だ。そっちの方が驚くべき事なので、そんな物かと、あまり気にしない事にした。
 それよりも、モンスターや彼ら獣人、蜥蜴人にも少し違和感を感じる。リアルになった分、奇妙に思えるのかも知れないが……しかし、天光球といったアイテムは聞いた事がない。その天光球だが、俺達を追いかけるように移動し、頭上から周囲に向かって明かりを投げ掛けている。ゲーム内ではライトの魔法を使うか、松明を使うのが当たり前だった。天光球というアイテムは、見たことも聞いた事もなかった。
 ここは、『ゼノン・クロニクル』に似た世界と思っていたが……。

 そんな事を考えながら彼らの後ろを走っている間に、屍食鬼は遥か後方に置き去りにしていた。そして、それとは入れ換えに、前方から轟々と水が流れる音が聞こえてくる。
 この先に、川でも流れているのだろうか。
 それから森の中を30分ほど走ると、唐突に視界が晴れた。生い茂る樹木が途切れ、目の前には滔々と流れる大河が現れたのだ。
 密林を縦断するように流れる大河は、昔テレビの情報番組で見たアマゾン川流域を思い出す。それほどの水量を湛える大河だった。
 その流れの中には、一艘の帆を畳んだ帆船が停泊している。しかも、帆船前の河原では数ヶ所篝火が焚かれ、数個の簡易テントが張られていた。その中央には大勢の者が大きな焚き火を囲み、飲食しながら歓談している。
 その中に、タンガと呼ばれていた獣人の男が、真っ先に駆け込み叫んだ。

「嬢! お嬢の言った通りだ。もうじき、グールの群れがこっちに来る!」

 タンガの大声に騒いでいた者達が押し黙り、一瞬、辺りを静寂が押し包む。しかし、直ぐに蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
 怒号が飛び交い、各々が手元にあった得物を手に取り立ち上がる。
 そんな騒ぎの中、最後に焚き火の明かりを背後に、ゆっくりと立ち上がる人影があった。
 その人影は、自分の身長より長い杖を手に持ち、目の前の地面に勢いよく突き立てる。途端に、杖の先に付いていた鈴が「りぃぃん」と、清浄な音を響かせた。
 その音に、周囲で騒いでいた者達が、ぎょっとした顔を浮かべた後に、片膝を付き頭を垂れた。
 俺もその音に誘われるように、その人影に注目する。

 ――こいつは……。

 そこには、絶世の美女が立っていた。
 透き通るような肌に切れ長の目元も涼しく、まるでフランス人形のような整った顔立ち。腰近くまで伸ばした髪は銀色に輝き、宝石のようだった。その髪から突き出る耳は、先端が尖っている。

 物語から飛び出て来た女神のような姿に、俺はぽかんと口を開け、生まれて初めて本当の美女を見たと思ったのだ。
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