異世界へようこそ

飛狼

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間章 その一

◇サラ・ヴァン・サンタール

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 ウルの大河を下る船上を、爽やかな風が吹き抜けていく。
 私は船縁に立ち、その風に身を任せていた。さっき、櫛で解かしたばかりの銀髪は、風に靡いて揺れている。
 流れいく清浄な空気に触れているだけで、数日前の出来事が、まるで嘘のように感じられ、なんとも心地良い気持ちにさせてくれた。それに、ウル大河の水の流れは、全ての命の源。聖なる水気が、あらゆる穢れを払ってくれるのだ。陽の光を照り返す水面(みなも)を見つめているだけでも、数日前の悪夢によって心の中に澱となって沈んでいた瘴気を、全て洗い流してくれるかのようだった。
 
 私が水面の燐めきに目を細めていたら、ふと、背後から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。その声に誘われ振り返ると、船首の辺りでタンガとカンザキと名乗ったヒューマンが談笑しているのが見えた。
 タンガは、サンタール家お抱えの獣士。私の専属にと付けられた護衛だ。腕も身元も確か、気性は少々荒いが性根は善人。サンタール家に受けた恩義に報いるため、その命すら投げ出す忠義の獣士。サンタール家に仕える獣士のなかでは、私が最も信をおく者でもある。しかし、問題はもう一人のヒューマンの方だ。この辺では見かけない黒髪に、何を考えているのか分からない、のっぺりとした顔立ち。お世辞にも美形とは言い難い。その笑顔には、邪気はないようにも見えるが……。
 今回の目的地でもある禁足地『不浄の森』に、突如現れた謎のヒューマンだ。
 本人曰(いわ)く、遥か太古の神話時代から時を越えてやって来たハイヒューマンだと――邪神ザカルタと戦い倒したものの、そのザカルタに遥か未来へと飛ばされたと言うのだ。有り得ない話、世迷い言と切って捨てるのも簡単だったが、彼の者はその力の一端を我らに示したのだ。
 
 今までも何度か、彷徨う魂を鎮めるため『大祓の儀式』は行ってきた。しかし、今回は前回までとは比べられないほど多数のグールが現れた。それは、我らが危うく全滅するかと思えるほどの大規模な群れだった。抗しきれず、我らが追い詰められた時、彼の者が魔法を使って救ったのだ。本来であれば、ヒューマンが魔法を使えるはずなど無いのにだ。しかも、風を操るその魔法は、我らエルフと比べても遜色のないほどのものだった。
 その後に続くトレントの変異種との戦い――彼のヒューマンは、トレントとは別種の魔獣と言うのだが、我らはそんな魔獣は見たことも聞いたこともない。とにかく、そのトレントの変異種は、獣士たちが放つ火焔石や爆雷矢も意に介さず、私の放つ炎撃や雷撃すら防ぎきる恐るべき魔獣だった。その戦いの時も、彼のヒューマンは驚くべき魔法を使った。あろうことか、我が身を分かちその数を増やしたのである。人の身で、そんなことが果たして可能なのであろうか。しかも、我々の援護があったとはいえ、五人に数を増やしたヒューマンは、我々が倒しきれなかったトレントの変異種を、討ち滅ぼしてしまったのだ。
 それ以外にも、何もない空間から物品を取り出す魔法。そこから取り出したのは、欠損した部位すら再生させた神薬。

 ――まさに、神話時代の英雄。

 遥かなる時を越えて現れたハイヒューマン。
 邪神討伐の話など、彼が語る話は信じられないようなものばかり。だけど、示した力は本物。しかも、さらに驚くのは、それでも本来の力の大半は失っていると言う。
 ここ数年、私は、魔術、魔法について研究していた。それは、魔法の原理、法則など多岐にわたるものだった。時には、サンタール家が秘蔵する古文書を紐解き、古代の失われた魔術に思いを馳せたりしていたものだ。その中に、大昔には全ての人々が、魔法を操っているとも取れる記述を見つけてたりしていた。だから、もしやとの気持ちもあったが、これほどとは思わなかった。
 果たして彼は本物? それとも……どこまで彼のヒューマンの話を信用して良いものなのか?
 森都に連れ帰って良いのか。危険はないのか。或いは、クルスが言っていたように、意識をなくしている間に放置してきた方が良かったのかも……。
 彼が示した数々の奇跡。クルスではないが、私も少なからず危険を覚えるのは仕方のないこと。
 だけど…………。

 にこやかな笑顔を見せるヒューマンから視線を外し、またウルの大河の水面へと視線の先を落とす。切れ切れに流れる考えを、私の迷いを、洗い流してくれないかと。
 
 思えば今回の『大祓の儀式』、私は最初から妙な胸騒ぎを感じていた。 
 大昔から、失われた地、禁足地の管理を行っていたのがサンタール家。数年に一度は、鎮魂の『大祓の儀式』を行う。本来であれば、あと少しで始まる『新緑際』の後に予定されていた。それを前倒しに早めたのは私だ。
 確かな予感めいたものを感じていたのだ。それは、退屈な毎日からの開放。だから、父母の反対を押しきり、今回は私が、この地にやって来た。
 そう、私の気持ちは最初から決まっていたのだ。彼が、私を思いも寄らない冒険へと導くのだと。

 カンザキ・リュウイチと名乗るヒューマンとの出会いは、きっと大母神ベベル様の導き。

 私はもう一度、ちらりと彼のヒューマンに視線を送り、今度は前方へと向ける。
 あと少しで、森都へと帰り着く。もうじき、大母神ベベル様を祀る塔が見えてくるはずと、未来の自分に期待を膨らませて目を凝らしていた。
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