異世界へようこそ

飛狼

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間章 その二

◇カリナの憂鬱

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 サンタール家の居間で、私は給仕を行う。サンタール家の、特にサラさまのお世話をするのが、私の仕事だからだ。
 今もサラさまは、ソファーに座り優雅にお茶を飲む。いつ見ても、神々しい美しさで、同性の私から見ても、見とれてしまうほどだ。
 いつもと同じ、優雅にゆったりと流れる時間。
 でも、今日は様子がいつもとは違う。
 サラさまの対面に、彼が座っているから。
 ピメント茶をカップに注ぐ手が、僅かに震える。
 カチャカチャと陶器が、微かに音を鳴らす。
 
 ――気付かれたかしら。

 そっと窺うと、彼の視線とぶつかり、思わず赤面してしまう。
 でも彼は、そんな私の様子すら気付かず、「ありがとう」と礼を言ってくる。
 その声に、ドクンと鼓動がはね上がった。
 何故か、その後もドキドキと続く激しい動悸に、私自身が困惑してしまう。
 


 私の名前はカリナ。
 種族はヒューマン……だけど、本当は半分だけ猫人族の血が混じっている。
 母さんは、代々サンタール家に仕えるヒューマン。でも、父さんは猫人族の出身だった。
 その両親も十年前、私がまだ六歳の頃だったと思う。まだ、生まれて間の無いカイナだけを連れて出かけた先で……ふたりとも亡くなった。
 あの時の私は、妹のカイナにばかり構う両親に拗ねて、付いていかなかったのだ。今から考えると、子供っぽいただのやきもちだと分かる。でも、当時の私にはまだ、それが分からなかった。
 でも、普通に買い物に行っただけだったのに、帰ってきたのは瀕死となったカイナだけ。あの時、拗ねた私が母さんも父さんも、それに妹のカイナさえもいらないと願ったからだろうか。もしかしたら、それを聞き届けたベベル様が……幸か不幸か、行かなかった私はこうして元気に過ごしている。だから、そのことが、未だに私の中で深い傷となって残っている。
 今でこそ私も、多少は明るく振る舞えるようになったけど、当時は私もいっそのこと両親のもとへと考えるほどだった。それを思い止まらせてくれたのが、タンガのおじさんやサンタール家の人々。特にサラ様は、親身に接してくれて私をよく庇ってくれたものだ。両親が亡くなった後の、ゴタゴタとした騒ぎもケイン様は勿論、サラ様が随分と骨を折って助けてくれた。瀕死だったカイナに、ヒューマンでは有り得ないような治療を行ってくれたのもサンタール家だった。カイナが今のような元気な姿になったのは、全てタンガおじさんやサンタール家の皆のお陰なのだ。私とカイナの姉妹ふたりは、皆に返しきれないほどの恩義を受けているのだ。
 それと、私がこうして頑張っていられるのは、妹カイナの存在も大きい。
 私は両親の事を覚えているけど、まだ幼かったカイナは両親の顔すら覚えていない。それが不憫に思えて仕方がなく、私が両親の代わりをしなければと頑張れたからだ。そのカイナも、傷が癒えた後は随分と長い間暗い子だったけど、今は見違えるように元気な娘に育って……近頃は、少々やんちゃ過ぎて困りものだけど。

 そんな訳で、私たち姉妹には隠されたってほどでもないけど、あまり表沙汰にはしたくない家名がある。見た目がヒューマンに近いこともあって、今はヒューマンとして過ごしているが、半分は猫人族の血が混じっているからだ。
 それが、ハント家の家名。
 家名といっても、ヒューマンには縁もなく――そもそもが、ヒューマンには家名もない。だから、それほど大層なものとは思えない。でも、獣人族にはとても大切なものらしい。タンガのおじさんに聞いたら、中には家名の名誉を守るためなら、死ぬことすら厭わない獣人もいるらしいほどなのだ。
 馬鹿な話だと思うのだけど、ハントの一族は親類縁者の殆どが死に絶え、家名を受け継ぐのは、私と妹のカイナだけ。タンガおじさんは、いつかはハントの家名を復活させて欲しいなんて言うけど、私には興味がない。
 私とカイナの姉妹は、獣人とのハーフ。比較的ヒューマンに対して、風当たりの緩いこのグラナダでも珍しい。
 ヒューマンの中に混じれば遠慮され、獣人の中に混じっても馬鹿にされる微妙な存在。負い目を感じるカイナには幸せになってもらいたいけど、私は恩義のあるサンタール家の中で静かにひっそりと朽ち果てたいとさえ願っていた…………彼が現れるまでは。

 彼の名は、カンザキ・リュウイチ様。何故か、ファーストネームに家名を持つヒューマン。
 サラ様に同行した、禁足地で出会ったヒューマンだ。
 神話時代から現れた、私たちヒューマンの上位種、ハイヒューマンだと言う。
 禁足地でも、それにグラナダに帰ってからもルーク様を救うためにと魔族討伐を行ったり、様々な奇跡を私たちの目の前で見せた。本当に、私たちヒューマンの英雄のような人だった。
 でも、私が驚くのは、そんな奇跡のような御業にばかりではない。本当に驚いたのは、彼の人柄というか、その雰囲気。男も女も関係なく、身分や家柄も関係ない。誰とでも分け隔てなく接する、その姿に驚いたのだ。それは、サラ様に接する姿や私に接する態度を見ていても、よく分かる。
 まるで、身分などもない、自由気ままに生きられる世界。そんな世界からやって来たように感じられた。その姿が、このグラナダで生きる私には眩しくて、感動すら覚えたのだ。

 だからだろうか、リュウイチさまに見つめられるだけで、どぎまぎして胸の奥が苦しくなってくる。
 私は、どこかおかしくなったのだろうか?
 もしかすると、これもリュウイチさまが行う奇跡の一端なのかも知れない。
 困ったことに、彼が側にいるだけで嬉しく感じてしまう。
 私は、壊れてしまったのだろうか?
 胸が締め付けられ、心が弾けてしまいそう……嬉しい反面、それが怖い。
 庭園の樹木に実るアドリアの実が揺れるように、私の心も揺れ動く。
 彼が現れてから、静かだった日常が壊れていきそうで、それが恐ろしかった。
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