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飛狼

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第四章 邂逅と襲来

◇困った時の神頼みというけれど。

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 ――くそっ、何か手はないのか?

 この状況でもまだ、カリナとカイナは俺ならなんとかするのではないかと、希望に満ち信頼した目を俺に向けてくる。
 だが俺にも、最早どうしようもないのだ。
 魔力も体力も尽き、体を支えるのがやっと。
 何か手が……せめて、この3人だけでも。

 しかし、無情にも痺れを切らしたガーゴイルが、遂に俺達に迫る。しかも頭上にいた4匹だけでなく、周囲からも数匹のガーゴイルが加わり襲い掛かってきた。

 それを見たタンガが、「これも運命、心残りはマークの仇を討てなかったことか」と、達観したようにぶつぶつ呟き向かって行く。
 その全身からは、【身体強化】を発動させたのか、微かに燐光を放つ。それがいつもより輝いて見え、タンガの覚悟を見た思いだった。

「タンガ!」

 叫び声は、船上に響き渡る戦闘音に空しく掻き消され、俺の見詰める先でタンガは……。

 四方から迫るガーゴイル。その横薙ぎに迫る鉤爪を掻い潜り、タンガの剛剣が唸る。一匹めのガーゴイルは胴を上下に斬り分けられ、二匹めも凶悪な鉤爪を備える右腕を斬り飛ばす。勢いそのまま、絶叫を上げ甲板に転がるガーゴイルの横をすり抜け、囲みを突破していく。
 追い縋るガーゴイルに、一転、タンガは振り返り様に素晴らしい跳躍を見せると、手に持つ大剣を振り下ろす。ガーゴイルの肩口から入った大剣が、ガーゴイルの体を斜めに、綺麗に斬り裂いていた。
 さすがはタンガの鮮やかな手並み。
 その後も、甲板に着地すると同時に床を転がり、追撃を掛けるガーゴイルの攻撃を躱す。その間も大剣を振り回し、迫るガーゴイルを傷付ける。そして、立ち上がり様に放った斬撃がガーゴイルの足を斬り飛ばした。
 正に孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍。
 タンガの本気。これほど強かったのかと、俺は改めて思い知らされ驚嘆の思いで見詰めていた。
 しかし、やはり多勢に無勢。数の多さはそれだけで力なのだ。
 如何にタンガが強者であろうと、この数を覆すことは出来ない。
 前後から強襲され、目の前にいたガーゴイルは斬り伏せたものの、後ろから受けた攻撃を躱し損ねたのだ。
 傷自体は浅そうだったが、一撃を受け、よろめき立ち止まる。そのタンガに、ガーゴイルが数を頼みに一斉に襲い掛かった。
 数を相手に戦う場合、立ち止まっては駄目だ。人の身で、四方八方から繰り出される敵の攻撃を、捌き続けるのは不可能に近いのだから。そして、一旦、守勢に回ると覆すことも不可能なのだ。
 タンガも前後左右からの攻撃を受け、辛うじて致命傷を避けるものの、見る間に全身を傷つけられていく。
 そして……。

「タンガ!」
「叔父さん!」
「師匠!」

 俺達の叫びが、空しく船上に響き渡る。
 遂に、ガーゴイルの鉤爪がタンガを捉え、その胸を深く抉り穿つ。
 顔を歪め、床に膝を付くタンガ。
 俺達に見えたのは、そこまでだった。
 タンガの体に、愉しげな鳴き声を上げ群がるガーゴイル。その波に飲まれ、到頭、タンガの姿は見えなくなっていた。

 ――あぁ、馬鹿な、タンガまで……。

 気が付くと、俺の左右ではカリナとカイナが、すすり泣いている。
 その二人を、俺はギュッと抱き締めることしか出来なかった。

 だが、そんな俺達を見逃す訳もなく、ガーゴイルの群れは次の獲物と定め殺到して来ていた。
 近くにいたカーティスは悲鳴を上げ逃げ惑い、そして、俺達の元にも……。

 ――くっ、カリナとカイナを。

 そのとき俺は、“二人を何としても守る”それしか考えられなかった。
 だから二人を、懐に抱え身を挺して庇う。

「ぐわっ!」

 その瞬間、背中に凄まじい衝撃を感じ吹き飛ばされる。そして、その勢いのまま、近くにあった神像に叩き付けられた。
 どうやら、ガーゴイルに蹴り飛ばされたようだ。
 目の前では、そのガーゴイルが楽しげに「ギャッ、ギャッ」と鳴き声を上げていた。

 くそっ、こいつ。俺達を嬲り物にする積もりなのか?

 ――あっ、カリナとカイナは?

 はっとして、慌てて周りを見渡すと、すぐ横で呻き声を上げ転がっていた。

「カリナ! カイナ! 大丈夫か?」

「……はい、リュウイチ様のお陰で……」

 どこか痛むのか、顔をしかめながらも立ち上がるカリナとカイナ。
 取り敢えずは無事な事にほっとするも、周りに十数匹のガーゴイルがまだ、愉しげに声を上げながら飛び回っている。

 カリナとカイナだけでも……。
 俺も、よろめきながら立ち上がろうとするが、今の一撃で、僅かに残っていた体力を削られてしまったようだ。
 もはや、自力で立つのも辛い。神像にもたれ掛かるようにして立つのが精一杯。
 カリナとカイナがそんな俺の前に立つと、青白い顔をひきつらせ決然と言う。

「リュウイチ様は、私達がお守りします」

「……馬鹿、止めろ。お前達では、無理だ」

「リュウイチ様さえご無事なら、きっと……」

「……」

 この後に及んで、カリナはまだ俺を信用するというのか。俺ならまだ、ここから状況を引っくり返せると。俺にはもう、なんの力も残されていないというのに。
 馬鹿なことだ。
 絶望感に包まれ天を仰ぐように見上げた時、嘆く俺の視界の端に、背中を接する海神の像が目に入る。

 飄然と遠くを見詰めるその無機質な魚にも似た顔が、どうにも無性に腹立たしく感じた。

 こいつだ、こいつが俺達を死地へと導いたのだ。こんな物、今すぐ破壊してやる。
 俺は痛む体を動かし、よろよろと神像へと向き直る。

「俺達に加護を与えるというなら、今すぐこの状況をなんとかしろよ! でないと、今すぐお前を叩き壊す!」

 だが、海神の像は黙して語らず。微かな燐光を放つだけで、何も応えてはくれない。

 ――当たり前か、くそっ!

 苛立った俺は、神像に向かって拳を繰り出すが、その拳にはもう力は無くふらふらと宙を漂い、ぺちりと神像を叩く。
 そんな俺の行動を、カリナ達は吃驚した様子で見守っていた。

 くっ、俺にはこの神像を壊す力さえ、もう残されていないのか。
 肩を落とし、俺は項垂れるしかなかった。
 そして、俺はもう一度、海神の像に視線を向ける。
 そうだよ、俺には……。

 ――分かってたさ。

 こいつは俺の八つ当たりだと。今回の責任は全て俺にある。
 己の力を過信して、甘い考えで航海に出た。
 俺は皆が言うような超人なんかじゃない。ただ、数多くのスキルを持つだけで、それが無くなれば普通の人間でしかないのだ。
 俺は、ここがゲームに似た世界と甘く見ていたのだ。
 
 カレリンが言ったように、島伝いで無く遠回りして向かっていたら。いや、その前にそもそもが、モルダ島に行こうと俺が言い出さなければ、こんな事にはならなかった。
 カリナ達3人も、カレリンを始めとするヒューマン達も、危険なめに合うことも無かったのだ。
 全ては俺の甘い考えが招いたこと。悪いのは俺なのだ。
 だから、お願いだ。
 俺はどんな罰を受けても良い。どんな事でも、引き受け言うことを聞くから……海神さんよ、皆を救ってくれよ。

 しかし、やはり神像はなんの反応も示さない。
 そして遂に、俺達の周りをぐるぐると回っていたガーゴイル共が、一斉に襲い掛かってくる。
 無数の凶悪な鉤爪が、俺に、カリナ達に迫る。

 ――もう、駄目なのか。

「海神よ、お願いだ!」

 願いを込めた拳がもう一度、海神の像をぺちりと叩く。

 その時だった。
 俺には、時が止まったように感じた。カリナ達に迫る鉤爪、いや、船上の至る所で荒れ狂う狂気の全てが止まったように感じたのだ。

“ドクン”

 その瞬間、俺の中で何かが鳴動して弾ける。それは、俺の中に残った生命力、魂の最後の煌めきだったのかも知れない。それが、俺の中から迸り、神像へと吸い込まれる。
 その途端、海神の像から目も眩むほどの目映い光が放たれた。

「おぉ! 何が!?」

 それは俺だけでは無かった。皆が一斉に、驚きの声を上げたのだ。

 神像から放たれた光は七色に輝き、神像を中心に放射状に広がっていく。瞬く間に拡がるその光は、船全体を包み込みドーム状に囲ってしまう。
 その強烈な光はガーゴイルを弾き飛ばし、船の外へと追い出していく。

 ――これは、まさか……。

「結界なのか?」

 思わず呟いていた。
 俺も、まだ魔力が足りなくて使えないが、『賢者』の結界系のスキル【破邪結界】などは修得している。が、これはそんなもんじゃない。
 この広さもだが、込められてる魔力の大きさや属性が、俺の知らないものだったのだ。

 しかも、このドーム状に広がった結界内には、無数のきらきらと輝く光の粒子が、シャワーのように降り注いでいる。
 その輝く粒子は俺の全身にも降り掛かり、その途端、今までの痛みや苦しみが、嘘みたいに体の中からスゥと退いていくのか分かる。その代わりに熱い塊が体内に生まれると、体の隅々にまで拡がり、魔力、体力、全ての活力が満たされていくのだ。
 その効果は絶大で、霊薬以上の効力を発揮していた。

 それは、俺ばかりでは無かった。傷付き倒れたはずのタンガまでもが、全身の傷を癒し、よほど活力が溢れ出したのか、獣人らしく「ウオォォ!」と雄叫びを上げていた。
 そして、カリナやカイナ、カーティスも、甲板に倒れていた筈の水夫達までもが起き上がり、歓喜の声を上げているのだ。

 これは……もしかすると【慈愛の聖雨】。となると、船を包む結界は【神呪結界】か!
 どちらも『ゼノン・クロニクル』では、物語の都合上で話に出てきただけのスキルだったはず。実際には実装もされず、確か、マニュアルでは神力を用いて扱うスキルで、神々だけが使う事が出来ると載ってたが。

 ――まさか、本当に!?

 俺は目の前に鎮座する神像を、呆然と見詰める。

「おい、ヒューマン。さっきはもう驚かねえと言ったが、こいつはさすがに驚くぜ。カッカカ!」

 タンガは俺の横に立ち肩をバシバシと叩いてくると、周りを指差す。

「ほら、見ろよ。あいつらの悔しそうな姿を」

 船の周囲に張り巡らされた結界の外では、ガーゴイル達が「ギィィス、ギィィス」と騒ぎながら飛び回っている。

 俺達は本当に助かったのか?

「海神様のお力を御借りするとはさすがです、リュウイチ様!」
「リュウイチ、また何かずるをしたの?」

 カリナとカイナの姉妹も、笑顔を浮かべて俺の横に来ると、一緒になって神像を見上げている。
 カリナはだんだんと酷くなってくな。その内、宗教でも始めそうで、こえぇよ。カイナはカイナで、この状況をずるとか言う、その神経を疑うわ。ほんと、この姉妹だけは……。

 まあ、しかし本当に助かったんだな。

 どっと疲れて、俺はその場に腰を降ろした。

 ――海神の加護かぁ……。

 そして、俺はもう一度海神の像を見上げた。
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