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第四章

甘やかしたい

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「一弥」
「……何?」
「疲れたか?」
「……そんなことないけど」 
「そうか。今日は久しぶりに俺がご飯を作るか」
「え? あ、いいよ別に。疲れてるわけじゃないし」
「そうかー?  たまには俺が、一弥に手料理を振舞ってやろうと思ったんだが」
「え?」

一瞬目を見開いて俺を見た後、じわじわとその表情が綻んできた。いいじゃないかその表情。

「どうだ? まあ、一弥ほど美味くは出来ないかもしれないが」 
「食べたい、建輔さんの手料理! 確か最初の日、焼きそば作ってもらって以来だよね」
「そうだったかな」

「そうだよ。美味しかった、あの焼きそば。俺きっと、この後どんなに美味しい料理を食べる機会があったとしても、あの味を超える料理になんて出会えないと思う」

「オーバーだな」

そう言って笑うと、一弥もつられたように笑い返した。そして 、「あの焼きそばは俺の胃袋だけじゃなくって、スカスカになってた心も満たしてくれてたんだよ」と言った。
返ってきた返事はあまりにも照れくさすぎる内容で、何て返していいのかわからなかったが、それでもさっきの硬い一弥の表情が穏やかなそれになっていたので、俺はホッとして肩の力を抜いた。


「野菜炒めと味噌汁でいいかな」

手料理を振る舞うと豪語しておいてなんだが、俺は和也みたいに大したレパートリーはない。ただ沈んでいた一弥の気持ちをなんとか明るくしたいと思っただけだったから。

「うん、建輔さんの作ってくれるものなら、何でも構わないよ」 

こういうところは本当に可愛い。俺は気を取り直して冷蔵庫から野菜を物色した。
キャベツに人参ピーマンか、これでいいだろう。

手早く野菜を切ってひき肉と一緒に炒める。そしてもう片方のコンロで、味噌汁を作るべく準備を始めた。
ちらっとリビングを見ると、和也は椅子の背もたれに腕組み状態で顎を乗っけてこちらを見ていた。

「なんだ?」
「んーん。見てるだけ」
「変な奴だな」

俺が笑いながらそう言うと、和也は目を細めて笑った。その表情は心底寛いでいるような感じだ。 

出来上がった食事をテーブルに並べる。久しぶりに自分で作った食事だ。一口食べて、あーこんな味だったかと思い出す。
最近はずっと、一弥が作ってくれる美味い飯ばかり食べていたからな……。

「やっぱり和也が作った飯の方がが美味いな」 
「そんなことないよ。俺、建輔さんの作ってくれるご飯、好きだよ」

そう言って、本当に美味そうに、一弥は幸せそうな表情をしている。まあ一弥が美味いって言うんなら、それはそれでいいんだが。

和也はその美味いという言葉が嘘ではないということを証明するかのように、しっかりご飯とおかずをおかわりして堪能してくれた。ついでと言っちゃなんだが、いつもコーヒーを入れてくれるのも一弥の方なんだが、今日は代わりに俺がそれも淹れてやった。 

「なあ、一弥」
「何?」

すっかりくつろいだ一弥の表情。少し躊躇はしたが、やはり気になるし、和也が不安に思っていることがあるのなら、やはり聞いておくべきだと思った。 

「お前、今日車の中から何を見たんだ?」
「え?」 

俺の問いに、一弥は表情を強張らせた。 
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