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018-025 正義の戦いとはズレがある

018 俺は人の幸せを否定しない

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「転生者様ー!」

 俺を呼ぶ声に振り返れば、女がこの腕に抱きついた。ムニュッという感触がエアバックとなり、その膨大さゆえに俺の顎にもヒットした。

 エアバックは衝撃を吸収するどころか俺には直撃で、俺は運んでいた高価な壺を落として割ってしまった。これを質屋に出して欲しいという村人の要望だった。だけど不意を突いた娘さんのせいだ。それなら誰でも許してくれる。

「転生者様、飾りつけが完成したんですよ! 見に来て下さい!」

「いや、いいよ。どうせ呼ばれてるし。その時見れるし」

 それでも腕を引っ張られてお屋敷へ連れていかれた。割れた壺はあの場に粉々だが、娘さんのせいなら大丈夫。

「じゃーん!!」ということで。俺は、白やピンクの飾りがされたオープンテラスの一室を見せられる。感想を聞かれたら「ウェディングっぽい」で答えるだけ。

 娘さんは喜んで俺にムニュムニュを押し付けるが、それを良いとしない殺意の念がこの場で俺を睨んでいる。カタクナだ。そう。二人は結婚する。

「他の男に胸を押し当てるな! 欲情してしまうだろ!」

「転生するのは性欲を失くすのと引き換えだって、転生者様が言っていたもの!」

 カタクナはあの時のビンタで記憶を失った。というか完全にすり替わったんだ。女神に抱いていた恋心が、丸々そのまま娘さんへのものだと脳が書き替えてしまった。

 巨乳ヒロインが俺の手から離れるのは惜しいが、手帳の女神バウンティはこの奇跡のおかげでクリアになっている。めでたしってことで良いだろう。

 …………

 数日後の結婚式が終わり、それから数日後には日常に戻った。

 村人バウンティを夜までこなす俺は、ちょっと体力仕事をしたせいで夜道をヨタヨタと歩いている。民家の灯りは消えていた。静かな静かな時間。月だけが俺のことを褒めてくれるみたいだ。

 ふと。犬か猫のような鳴き声が聞こえる。小さく甲高かんだかい声色で「キャッ、キャッ」と鳴いていた。それが歩けば歩くほど一定リズムを刻み、声もはっきりとなる。

 そしてついにまさかやっぱり本当に「あっあっ」に変わった。

 俺はこの聴力に、この身が持てる全ての力を結集し全集中した。
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