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044-050 最低な男は絶望の末に思い知る

045 俺には殴られる理由がない

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 追っ手を振り切るのにうってつけの場所は森だ。ただし森には狂暴な魔物が住み着いている。

「レイゼドール。追っ払ってくれ」

 剣は不慣れなので人を使うことにした。いや違うか。神を、って言った方が良いんだっけ。分からない。分からないな。

 考えで遊ぶ俺に、レイゼドールは「調子に乗るな。神だぞ」と口で告げる。そこは腐っても神なのだ。俺の思考も当然見透かされている。

「腐ってるとも言うな」

「いいから魔物を一掃しろよ」

 レイゼドールは不服そうだ。それでも持ち前の強い魔力を使って、野犬やトロールみたいなザコ敵を一発KOさせてくれる。便利だ。

 俺に呼び出された英雄神は等身大サイズ。半透明で幽霊みたいにふよふよ浮かんでいた。足元の悪い場所でも移動が楽そうで良いなと俺は思った。

 それ以上は特に絡む必要もないんだけど、せっかく暇だし世間話でもしてみる。

「なあ、お前。回転寿司屋って行ったことある?」

「当たり前だろう? レーンから寿司を取る選手権に選ばれたこともある」

「奇遇だな。実は俺もだ」……んなわけあるか。俺は適当に返してるだけだ。

 あんまり盛り上がらない男らをよそに、夏の日差しの中で鮮やかな蝶々が踊っていた。

 この世界はせみが鳴かなくて良いな。せっかく異世界に生まれたというのに、どうしてか前世の暮らしと比較してしまう。

 前の人生は、そんなに良い生活でも無かったのに。どうしてだ。

「転生者は生前、結婚はしていたのか?」

「いや、独身だ。結婚する予定だった彼女ならいたよ」

 これによりレイゼドールはぱったり黙った。マウントを取るつもりじゃなかったんだが。昔の干渉に浸っていたら、ついな。

「ごめん」

「謝んなや」食い気味だ。

 俺とレイゼドールは転生者同士。ゆいいつ生前の暮らしを語り合えるはずだが、どちらもそうしたがらなかった。話題に出しても長くは続かない。

 異世界という魅力的な世界に没頭し、前の記憶を遠ざけておきたいという理由もあるはずだ。そこは転生者にとって実はナイーブな問題なんだ。自分がそうだから余計に感じる。

 半透明で脳ミソも透けて見えないレイゼドールでも、そこの理解はあるらしい。だから「なぜ転生したんだ?」なんて野暮なことは聞いて来ない。

「婚前の彼女もいたのに何で転生してきたんだよおおお!!」

 ……いや。やっぱり英雄神にはデリカシーが欠けていた。普通に聞いてきたし半ギレじゃん。

「それ以上に叶えたいことなんて無いだろうがよおおお!!」

 俺は理不尽に殴られた。娘さんよりもムッキムキな腕を振って。手のひらじゃなくって弾丸みたいな拳で……。

 俺、なんにもしていないのに。異世界ってどこでもこんななのかな……。

 怖くて震えが止まらねえよ。
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