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068-073 男の決戦。女の涙。

069 俺はまたもや動けない

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 俺は足を止めた。そして「まじかよ」と言った。逃げなきゃやられる。という危機感は、逃げたってやられる。に変わっていた。そうなると人は呆然と立ち尽くすしか出来なくなってしまう。

「君の魔炎魔法にはほど遠いかもしれないな。だが。こっちも一応、上級魔法を心得ている!!」

 空中に巨大な火の玉を浮かせながら隊長は言った。あんなものを投げつけられたなら、それは間違いなくドッカーンとなるに違いない。

「そ、そうかよ。派手好きだな」

 俺の強がりもここまでか。

「終わりだ」

 隊長の合図によって火の玉が俺に目掛けて降ってきた。あれが俺だけを仕留められたら良いが、下手すりゃ物見の初老や城壁にまで被害が及ぶぞ。

 俺は鉄の剣を火の玉に向けた。

「なんでも良いから頼む!! プイプイ!!」

 轟音によりこの俺の声が届いたとは考えにくかった。だが、奇跡は起こるんだ。

 俺の鉄の剣から青白い光が放たれ、いざ火の玉に当たるかというところで業火ごうかは一瞬にして消えた。それでも土の塊は俺には直撃だ。死にもの狂いで這い出たが、とりあえず生きている。

 隊長は、俺を仕留められなかったことに苛立ったのかと思われた。しかしトリックはすぐに見破られることになる。俺には手を抜いて背中を向けられた。

「何の真似だ。プイプイ」

 標的がそっちへ移ると、ユーミンもケンシも隊長の前に立ちはだかる。

「お前達もなのか。転生者に手を貸すとは、どういうことになるか分かっているな?」

 戦士トリオは頷いた。敵が増えたとなれば、俺達も戦うぞと若めの男達や雇われ兵士らが腰を上げた。隊長の後ろに揃って武器を掲げている。

 俺はその隙に逃げた方が良いだろうと思っていた。プイプイとはそこまでの話し合いじゃなかったが、女神の祠に急いで届けた方が平和的解決になる。何より俺の使命のことが第一だ。

「ストップ・モーメン」

 しかし去ろうとした時、また俺は何者かに足止めを食らった。振り返って犯人の顔を見てやろうにも、全身が石のようになり動かせない。背後からは女の声が聞こえる。

「人の秘密を覗き見するなんて。趣味が悪い」

 落ち着いた声で若干叱られた。女は後ろから俺の体を探ってきた。王者の冠を手に入れたいのだろうが、必要のない居場所までゆっくりと撫でるように触られる。

「プイプイに魔法を解いて貰えなかったのね。女の体も割りと良いものでしょう? 男性よりも多感なの」

「や、やめ……ろ……」

 空間収納魔法はその気になれば他人でもすぐに開けられる。なのにそうしないのは、個人的な恨みを俺に晴らすためだ。

「こことか、どう?」

 俺はこらえていても「うっ」と声が漏れた。もだえたりしびれたりするが身体に自由がないというだけで、何か違うものが開花しそうになる。

 それは真昼間の空の下だ。隊長と戦士トリオの方で会話が忙しいから何とかなっている。だがな……何らかでこっちを見ようものなら、間違いなく俺はここで死ぬんだろう。
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