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074-075 花咲く秋の宴と旅立ちの時

075 俺は旅立ちを誰にも言わない

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「異世界の飯は気に入らないか?」

 ゲートの柱にて。足をクロスし立ち尽くす隊長が俺に問うてきた。その時の涼しい笑顔も、いつかは好感が持てていたはずだった。なのに今は、もう全く別の態度のように感じてしまう。

 関係が悪化したと思うのは俺だけの被害妄じゃなく隊長の方もだった。だから俺が素通りしようとすれば「僕が見送りで残念だったか」と苦言を呟いて聞かせてきたのである。

 俺は「別に」と答えた。そのまま行き過ぎたかったが、隊長がとおせんぼの要領で立ちはだかってくる。

「まるで愛のキューピットだな」

「は?」

「神同士の婚姻行事なんて千年に一度くらいのものだ」

 隊長はこちらの世界の常識を教えてくれ、高らかに笑っていた。俺にはあまり心地の良い響きじゃなく戸惑った。愛のキューピット呼ばわりも、爽快なハッハッハも。

「あれは俺の想定外のことだ」

「だろうな。その手帳には書いていなかったことなんだろう」

 笑みをしずめた隊長は俺を指さして言う。場所はおそらくポケットを示していると思う。

「君の手帳には、人気者になりたいだとか、英雄になりたいとかの理想は書かれていないのか?」

 どうして手帳のことが隊長知れているのか。しかし隊長は隠さず。「プイプイに聞いたぞ」と言った。俺は話を流したプイプイを呪うより、わざわざ俺に手帳の話をしてくる事に奥歯を少し噛み締める。

「転生者は神にて祝福を受けており、何でも願いが叶えられるらしい。君が神に何を願って別世界から現れたのかは興味ないけど。結構待遇されているんだね」

 それはレイゼドールから聞き出したのか。それとも伝説的な話で言い伝えられていたりするのだろうか。

「だとしたら。嫉妬したと?」

「ええ、まあ。そんなところ。僕には叶えたい夢がある。僕も一度命を落としてみれば、君のような待遇が受けられるかな」

 冗談っぽくも、その気が少しはありそうな言い方だった。だが、異世界転生というものはそんな舐めたものじゃない。

「異世界への転生には無数のルートと境遇がある。お前の持っている野望が叶えられる場所などSSR級以上だ。ガチャ運を高めるアイテムでも課金してからにするんだな」

 隊長はポカンとした。

「え、えす……?」

「じゃあな。また会えたらキリン仕立てのビールの旨さを語ってやるよ」

 俺はそうしてこの街を後にした。ひとりで旅をするのは実はこれが初めてだった。

 異世界に降り立ってから、ヒロイン以外の出会いを求めたこともないし、仲間を欲したこともなかったが。こうしてひとりで旅立つとなると、なんとなく心許こころもとない気持ちがする。

 そういえば、街を出たなら秋の寒さが通常値に戻ったようだと気付く。神の恩恵は一部のみに与えられていた。

 だったら余計に冬が近づく寒さが身にみた。しかし俺にも野望はある。野望の方は叶うかは知らないが、俺はあらがってみたい。
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