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第一章
お母さんが来る!
しおりを挟む「あぁー! またやられちゃいましたー!」
「ココ、そのキャラは回避した後の隙が大きいから初心者には向いてないぞ」
今日のリビングは、ココやサンドラの叫び声と真琴のキャラ解説が飛び交っていた。
約一ヶ月ぶりの祝日により、能力が極限まで上昇されている真琴を止められる者は誰もいない。
祝日ということで、部活に入っていない真琴は一日中フリーな日だ。
こんな日を真琴が過ごすパターンは二つ。一日中寝るか、一日中ゲームをするかである。
今回は後者を選んだようで、テレビに繋がれた対戦格闘ゲームを、ココとサンドラ相手にプレイしていた。
しかし、操作するコントローラーは二つしかなく、三人で遊ぶにはローテーションをするしかない。
大事なのはそのローテーションの方法だが、黒江家に代々伝わるものは、負けたら交代という至ってシンプルなものだった。
そして現在、鬼のような強さを誇る真琴は、実質交代ごうたいで対戦するココとサンドラを、容赦なく即死コンボで薙ぎ払っている。
昔からやり込んでいるゲームということもあり、ほぼ初心者ともいえるココとサンドラが太刀打ちできる相手ではない。
初心者でもすぐに上達できるのが売りの対戦格闘ゲームだったが、それも自分と同じレベルの相手と戦うことによって、お互いを高め合うというのが前提条件だ。
しかし圧倒的上級者の真琴は、目で追えないようなスピードキャラを使ったり、抜けられない即死コンボを使ったり、パワーキャラであっという間に削りきったりと、成長の可能性も与えないような対戦をしていた。
文字通り手も足も出ないという状況が続く。
対戦格闘ゲームではなく、無双ゲームかと勘違いするほどの映像が、テレビに映し出されていたのだった。
「あれ、誰か来たみたいですよ」
ピンポーンという電子音が、祝日の昼間にゴロゴロとゲームをしていた真琴たちの耳に届く。
基本的にこういった場合、玄関へと確認に向かうのは真琴の仕事だ。
コントローラーを置き、今日もいつも通り真琴が玄関へと向かう。
「どちら様です――か!?」
あまりの衝撃の人物に、最後のイントネーションが十倍ほど跳ね上がる。
「か、かかか母さん……?」
そこにいたのは、都会に住んでいるはずの母だった。
真琴の脳みそが高速回転を始める。
今はなぜ母親がこんな所にいるかなど、どうだっていい。
リビングにいるココとサンドラをどのようにして説明、もしくは隠蔽するかを考えるべきだと判断した。
「どなたでしたかー、真琴さーん。まさか私という女がありながら、別の女じゃないですよねー?」
そんな真琴の判断を無に帰すようなセリフが、奥のココから飛び出す。
全てが台無しである。
これからは説明や隠蔽などではなく、言い訳を考え無くてはならない。
「まことー、早くするなのー。私のテクニックに怖気づいたなの?」
終わった。
ココの言葉によって、恐ろしいほどの打撃をくらった真琴だったが、それでも何とかギリギリ持ちこたえていた。この状況から巻き返せる可能性は僅かにあった。
しかし、サンドラの追撃によってその僅かの可能性すら途絶えてしまう。
脱出用の蜘蛛の糸が、チェーンソーでブッツリ切られてしまったような感覚である。
これからは言い訳などという事すら許されない。
執行を待つ死刑囚のような気分で、真琴は母の顔をゆっくりと上目遣いで見る。
その顔からは怒りの感情など微塵も感じられず、逆に聖母と思えるくらいに優しさで満ち溢れていた。
「……さて、どういう事が説明してもらおうかしら、真琴?」
……やはりその顔は優しさで満ち溢れていた。
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