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第二章
謝罪と看護とトーキック
しおりを挟む「…………ここはどこなのです……」
気絶した人に対しての正しい対処法など真琴たちが知っているはずもなく、目覚めるまで待って、それから臨機応変に対応しようという作戦になった。
第一関門の目覚めるかどうか、はどうやらクリア出来たようだ。
このままずっと目覚めなかったらどうしようかと思ったが、杞憂に終わった。
これからは謝罪と看護だ。
「よーやく目覚めましたね、このアホは」
「なっ、誰がアホなのです!」
ココが謝罪とは程遠い言葉、そして看護とは程遠いトーキックを放つ。
トーキック(軽め)はリエルの横腹を正確に捉え、ビクッとリエルは反応を見せた。
「おいこら、そんな謝罪があるか。ちゃんと謝れ」
「――そうだ! 少年、こいつらは悪魔なのですよ! 早く逃げてください!」
リエルは思い出したかのように、バッと飛び起きる。
そしてそれだけではなく、真琴を後方へと突き飛ばした。
それはトラックに轢かれそうな子どもを助ける時のようなものだったが、ここは何でもない部屋の中だ。
「ぐへっ」
無様な声を出しながら、真琴は壁へと衝突する。
そこそこの勢いだったため、怪我がなかった事よりも壁が抜けなかった事を喜ぶべきなのかもしれない。
「あっ、このバカ天使! 私の真琴さんに何するんですか!?」
「えっ、あっ、ごめんなさい……!」
「ごめんなさいで済んだら警察はいりませんよ! いきなり人を攻撃するなんて有り得ません!」
「お姉ちゃんも同じことしてたなの」
「し、静かにしなさい、サンドラ!」
真琴を突き飛ばしたリエルに、ココは人が変わったように激怒する。
もう一度リエルを気絶させるような勢いで迫るが、サンドラに図星をつかれた事によって、その怒りは少しだけ収まった。
「いててて。心配するな、ココ。別に怪我はしてないから」
「あ、あの、ごめんなさいなのです! 悪気はなかったのです!」
そこにはリエルの土下座があった。
真琴をボールから助けた時の勇猛な姿は、もうそこになく、びっくりするくらい小さく纏まっている。
本当はこちらが謝罪する側だったが、いつの間にか立場が逆転していた。
「そんなもんじゃ、許しませんよ! 有り金全部置いていきなさい!」
「はぅ!? 三百円しかないのです……」
「いい加減にしろ、ココ」
土下座しているリエルに、慈悲のない追撃を加えるココだったが、流石にそれは見逃す事はできない。
それに、ここで止めなくては本当にリエルも払いそうだ。
「こっちも、ココがいきなり後ろから殴り倒してごめんな。お互い様とは言えないし、許してあげてくれないか?」
「そ、それなら大丈夫なのです! 油断していたボクも悪いのです!」
騙される方が悪い――みたいな理論だった。
一応許してくれた(?)ようなので一安心だ。
「それより、少年とココとドラちゃんの関係は何なのですか? 悪魔だということも知っているようなので、騙されているというわけではなさそうですが」
「あぁ、それか。話せば少し長くなるけど」
「ぜひ教えてほしいのです」
それから真琴はリエルの希望によって、ココとサンドラに会った日から今までの事を、包み隠すことなく話し始めた。
*******
「――ということなんだよ」
「……なんか凄いことになってるのです」
リエルは何とも言えないような表情だった。思ったよりくだらなかったからだろうか、それは真琴では読み取ることはできない。
「それでリエル……でいいんだっけ? さっき天使とか言ってたけど、どういうこと……なんだ?」
「ボクは天使なのです」
当たり前――というようにリエルは言う。
まるで、血液型でも言う時のような感覚だ。
しかしそれは真琴を驚かせるのには十分である。
悪魔もいるから天使もいる、というような簡単な解釈ではない。
「天使って、あの、神様とかに遣えてる……」
「あぁ、でもボクは下っ端の下っ端なので、神様を見たことはないのですよ」
「あぁ、そっか……」
「はぅ……ごめんなさいなのです……」
天使――それは神に遣えているというイメージだったが、全員が全員というわけではないようだ。
クリスチャンからすればとんでもない事実である。
リエルも謎の責任を感じて、シュンとなっていた。
「でもやっぱ、天使と悪魔って仲悪いんだな」
「ですねー。真琴さんの前じゃなかったら、このバカ天使の命はありませんよ」
恐ろしいことを言うココ。
ココとリエルはバチバチいわせている。
真琴の説は決して間違っていないようだ。
「ふん、ボクもココなんて大嫌いなのです。ねぇ、ドラちゃん?」
「ノーコメントなの」
「もー、遠慮しなくていいのに、ドラちゃーん」
「……リエルとドラちゃんは仲良いのか? 難しいな」
ココと比べると、妙にサンドラとの距離が近い。
リエルからの一方通行に見えなくもないが、何か理由でもあるのだろうか。
「ドラちゃんは別なのです。あーあ、妹に二人くらいほしいのです」
「く、苦しいなの」
「あ、リエル! サンドラに触らないでください! 嫌がってるでしょ!」
リエルはいつの間にかサンドラに抱きついている。
サンドラは人形のように無抵抗だ。
一応嫌がるようなセリフだが、リエルに聞こえているかどうかは分からない。
何とかココがリエルを引き剥がそうとしていたが、リエルの接着力の方が勝っていた。
摩擦熱が発生するほどの頬ずりにより、サンドラの精神まですり減っていたようで、もう死んだ目になっている。
「ほらほら、もういいでしょ。目が覚めたんならさっさと帰りなさい」
「……どこに帰るなの?」
「…………公園?」
ココは何とか時間をかけてリエルを引き剥がし、お尻を押すようにしてつまみ出そうとした。
そこにサンドラの好奇心からなる質問。
その質問に対する答えは、かなり曖昧なものだった。
「……帰る場所ないなの?」
「……はい」
「……なんかごめんなさい……」
そんな曖昧な答えに対して、更にサンドラの確信をつくような質問。
それによって全てが明らかになった。
ココも同情からか、お尻から手を離し、下を向いて謝っている。
「実はこの辺りの教会の見回りを任されたのです。何も考えずに人間界に来ちゃったけど、住む場所を決めてなかったのです……」
「無計画ってレベルじゃないぞ……」
「……ちょっと可哀想なの」
涙を誘うようなリエルの状況に、悪魔である二人でさえも同情という感情が芽生えた。天使相手の同情は、悪魔にとってはもはや奇跡と言っても過言ではない。
「……それでどうするつもりなんですか? 住む場所なかったらヤバいですよ」
「だ、大丈夫なのです。アテはあるのです!」
リエルはスッと立ち上がる。
少し声が震えていたが、気付いていない振りだ。
「がんばれなの。応援してるなの」
「私も不本意ですが応援してあげます」
「僕も応援してるよ」
「み、皆さん……嬉しいのです……」
リエルは感動で涙を溜める。
転校するクラスメイトを送り出すかのような光景は、リエルが玄関のドアを開けるまで続いた。
「アイルビーバック……なのです!」
「戻ってくるのかよ。多分使い方間違ってるぞ」
グッと親指を立てて、力強くドアを開ける。
誤用により締まらない決め台詞になったが、その目からは燃え盛る炎を感じ取れた。
どこにも保証などはないが、何か上手くいきそうな雰囲気だった。
******
ピンポーンというインターホンが響く。
「――はいー」
牧野がゆっくりとドアを開けると、そこには見たことのない少女の姿があった。
「この教会に! 住み込みで働かせてくださいなのです!」
正確に言うと、少女の土下座がそこにあった。
「……こ、困ったなぁ……」
牧野が、過去最高級に戸惑った瞬間だった。
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