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第1話『新宿のボーイズライフ』

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ロックバンドのオートマティズモは、ツァイトガイストを解決する悪霊ハンターでもある。
ワイヤレスイヤホンにインストールされた思想獣たちを召喚し、ツァイトガイストとたたかう。精神に精神をぶつけることで、化け物を浄化していく。
だから、ツァイトガイストと思想獣には相性があって、ポポル、ダフ、メビウスは各人の思想獣を、状況に応じて使い分けながら、彼奴らの打倒を図るのである。

ルサンチマンを歪ませた、欺瞞の塊である『ボーイズ・ライフ』には、悪の陳腐さを告発できる『ハンナ=アーレント』がぴったりだと、ポポルは判断した。
『ハンナ・アーレント』はポポルのワイヤレスイヤホンにインストールされた思想獣である。

もちろん、『ボーイズ・ライフ』が黙っているわけもなくて、抑圧された欲望を解放し、アイドルへ襲いかかる。
「ヒトミヲ、ヒトミヲアゲテクレェィェィェェェェ!!!」
蛇腹状のまぶたはステージセンターで座り込む赤い衣装のロングヘヤー通称「G=ゴルバチョフ」嬢の首元へと突進していく。

「やれやれ、時代錯誤なコスチュウムだな」
詠唱に集中しながらも、ポポルの横目に『ボーイズ・ライフ』の躍動が映る。
フェミニストたちがみたら卒倒するのだろうか、それとも女性の解放だと、賞賛するのか。
G嬢の上半身は、シミュレーショニズムの影響か、国営企業が販売する大衆ドリンクのパッケージを模したブラジャアに包まれており、へそ出しだ。下半身はミニスカートで覆う。ミニスカートほど矛盾を孕んだ服装もないだろうに。 
「キヤア!!」
『ボーイズ・ライフ』の長い長いまぶたに首を掴まれ、宙に浮くG嬢は、その矛盾に想いを馳せることなど、さて、あるのでしょうか。なあんて、意地悪な問いが、ポポルの無防備な脳裏を駆け巡る。

「うおぅっち!」
すかさず、ダフが飛び上がり、ドロップキックをまぶたに見舞う。
まぶたは切れ、G嬢は床に落ちた。
『ボーイズ・ライフ』本体を牽制すべくファイティングポーズを決めるメビウス。
カンフーの構えである。
そのツァイトガイストは、まぶたを切られても、躊躇を感じない。しかし、瞳から伸びた長いまぶたは、それでも悲しそうな相貌に見える。
「フタタタタタタタタ!!フ、フタタタタタタタタ!!」
間髪入れずメビウスは無数の突きを繰り出した。
「ジュウッ」

『ボーイズ・ライフ』の表面の液体に触れるや否や、肉の灼ける音が空間を包む。
「フハッ」
咄嗟の痛みに、仮面で隠された細おもての顔を歪めたのだろう。
カンフーの構えを崩さず退くメビウスに、ダフが声をかける。
「おいっ、メビウス、大丈夫か?」
「フタ、私としたことが、油断してしまったようだ。まさか表面の脂が、炎の擬態だとは」
「おい!こいつ、直接攻撃できねぇぞ!ポポル、思想獣はまだかっ?」
「お待たせです!きます!」
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