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オレの住むフィリベール王国は美しい国だ。
小国だが資源が豊かで、人々は大らかな気質のモノが多い。それでも、何も事件が起こらないわけではない。
数か月前から、無差別に人が襲われるという事件が起こっていた。
オレはその四番目の被害者だ。
被害者に共通点はない。若い男で、襲われるのは決まって夜だということだけで。
皆一様に頭を殴られているが、亡くなった者はいない。
立て続けに被害者を襲っていた犯人だったが、捕まらないまま今は沈黙している。
オレは一応犯人の足を見ている。兄はそれを心配している。しかし被害者の中には顔を見た者もいるという。そいつらがピンピンして暮らしているというのに、失明までして首実検をすることもできないオレを襲いにくるものか。
朝起きると高い湿度を感じた。
もしかしたら一雨来るかもしれない。
オレは起き上がり、外へ出る支度をした。
オレの住む木小屋は、元々は今は亡き父の物だった。子どもの頃に秘密基地よろしく出入りしていたこの小屋のことを、光を失った時になぜか思い出した。
大人になってからはついぞ足を踏み入れていなかったため心配していたが、意外に頑丈な作りだったらしい。掃除の手を入れるだけで、驚くほど過ごしやすくなった。
入り口を入ってすぐは少し広めのリビングダイニングになっていて、ベッドのある部屋が二部屋。一人暮らしをするには十分すぎる設備だ。
オレは支度を終えると、ナタと網と白木の杖を持って外に出た。
森にはいくつか罠を仕掛けている。それにたまに小さな魔物がかかっているのだ。雨が来る前にそれを回収しておかなければ、罠にかかったまま雨に降られるのは不憫だ。
杖で前方の障害物を確認しながらゆっくりと歩を進める。
オレは確かに植物との相性はいいが、人間の力など自然の前では無意味だ。ここの木々たちはオレの魔法を受け付けない。こけないように足元にある張った根を避けろと呼びかけても、頭の中にはいつものイメージが湧いてこない。
だが、それとは反対に力がみなぎるような不思議な感覚もある。多分、空き地を見つけて果物の苗でも植えれば、数時間で実を付けさせることが出来るのではないだろうか。
オレは足を取られないように十分注意しつつ森の中を歩いて行った。
一か所目も、二か所目も、何もかかっていない。
最後の三か所目に小さな魔物がかかっていた。がたがたと網を揺すって暴れる魔物を捕らえるためにしゃがみこんだオレは、すぐに背後を振り返って警戒した。
何かが森の奥から来る。
枯れ木を荒々しく踏む音、怒鳴り声。森を侵すこんな声を上げるのは人間だけだ。
オレは魔物を捕らえていた網の入り口を開けて捕えていた者を解放した。悠長に捕まえて縛っている時間はなさそうだ。それからどこかへ身を隠そうと立ち上がった時、すぐ傍で下草の割れる音がした。
思ったよりも近づかれていた。舌打ちをして身構える。
しかし、オレを見つけたはずの見えない相手は一瞬戸惑ったような気配をさせ、それから声を殺して怒鳴った。
「危ない!逃げてください!」
「・・・」
「族に追われているんです!あなたも巻き込まれてしまいます!」
なるほど、あの荒々しい足音は族で、この人物は追われているほうだったらしい。
しかし逃げろと言われても、オレはとっさには動けないのだ。
それを足が竦んでのことだと思ったのか、男が がしっ とばかりにオレの手を取る。そのまま引っ張られ、オレは持ってきたもの全てをそこに放り出したまま駆けだした。
手を引かれたまま、ぐんぐんと森の中を進んでいく。まとわりつくような湿度の高い空気が、体から剥がれ落ちていくように感じる。
視力を失って以来、こんなスピードで駆けるのは初めてのことだ。
しかしそれも長くは続かなかった。平坦な道ならともかく、でこぼことした獣道とも呼べない地面に、オレはすぐに足を取られた。
「うわっ!」
オレの手を引っ張っていた相手を巻き込んでその場に派手にこける。
「お、オレのことはいいから、置いていってくれ・・・」
相手にしてみれば、オレを巻き込むのは目覚めが悪いだろう。しかし、本当にオレは走れないのだ。このままでは二人とも捕まる。
「あなたを置いては行けない!」
男が悲痛に言う。なんだそれは。三寸劇の下手なセリフか。
オレは状況も忘れてつい笑い、それからこんなところで死にたくないと思った。
いつかは土に帰るにしても、それは今じゃない。もしこんなところで死んでいるのが兄に見つかったら、兄は・・・
オレは森の木々たちに願った。
「な、なんだ、これは?」
男の声がして、体がかさかさとした葉の感触に包まれる。
ほとんど同時に倒れこんだ体の脇をいくつもの足音と声が通り過ぎていった。
「今の、魔法ですか?」
男の声が耳元でする。何が起こったのかオレには分からなかったが、ついぞこちらの呼びかけに答えたことのない木々たちが力を貸してくれたのは分かった。
「・・・オレはヒューゴです。あなたの名前は?」
「アシル」
「アシル・・・ すみません」
「え?」
どさり と音がして、男、ヒューゴが落ち葉の上に倒れこむ気配がする。それきり動かなくなったヒューゴに、オレは途方に暮れた。
小国だが資源が豊かで、人々は大らかな気質のモノが多い。それでも、何も事件が起こらないわけではない。
数か月前から、無差別に人が襲われるという事件が起こっていた。
オレはその四番目の被害者だ。
被害者に共通点はない。若い男で、襲われるのは決まって夜だということだけで。
皆一様に頭を殴られているが、亡くなった者はいない。
立て続けに被害者を襲っていた犯人だったが、捕まらないまま今は沈黙している。
オレは一応犯人の足を見ている。兄はそれを心配している。しかし被害者の中には顔を見た者もいるという。そいつらがピンピンして暮らしているというのに、失明までして首実検をすることもできないオレを襲いにくるものか。
朝起きると高い湿度を感じた。
もしかしたら一雨来るかもしれない。
オレは起き上がり、外へ出る支度をした。
オレの住む木小屋は、元々は今は亡き父の物だった。子どもの頃に秘密基地よろしく出入りしていたこの小屋のことを、光を失った時になぜか思い出した。
大人になってからはついぞ足を踏み入れていなかったため心配していたが、意外に頑丈な作りだったらしい。掃除の手を入れるだけで、驚くほど過ごしやすくなった。
入り口を入ってすぐは少し広めのリビングダイニングになっていて、ベッドのある部屋が二部屋。一人暮らしをするには十分すぎる設備だ。
オレは支度を終えると、ナタと網と白木の杖を持って外に出た。
森にはいくつか罠を仕掛けている。それにたまに小さな魔物がかかっているのだ。雨が来る前にそれを回収しておかなければ、罠にかかったまま雨に降られるのは不憫だ。
杖で前方の障害物を確認しながらゆっくりと歩を進める。
オレは確かに植物との相性はいいが、人間の力など自然の前では無意味だ。ここの木々たちはオレの魔法を受け付けない。こけないように足元にある張った根を避けろと呼びかけても、頭の中にはいつものイメージが湧いてこない。
だが、それとは反対に力がみなぎるような不思議な感覚もある。多分、空き地を見つけて果物の苗でも植えれば、数時間で実を付けさせることが出来るのではないだろうか。
オレは足を取られないように十分注意しつつ森の中を歩いて行った。
一か所目も、二か所目も、何もかかっていない。
最後の三か所目に小さな魔物がかかっていた。がたがたと網を揺すって暴れる魔物を捕らえるためにしゃがみこんだオレは、すぐに背後を振り返って警戒した。
何かが森の奥から来る。
枯れ木を荒々しく踏む音、怒鳴り声。森を侵すこんな声を上げるのは人間だけだ。
オレは魔物を捕らえていた網の入り口を開けて捕えていた者を解放した。悠長に捕まえて縛っている時間はなさそうだ。それからどこかへ身を隠そうと立ち上がった時、すぐ傍で下草の割れる音がした。
思ったよりも近づかれていた。舌打ちをして身構える。
しかし、オレを見つけたはずの見えない相手は一瞬戸惑ったような気配をさせ、それから声を殺して怒鳴った。
「危ない!逃げてください!」
「・・・」
「族に追われているんです!あなたも巻き込まれてしまいます!」
なるほど、あの荒々しい足音は族で、この人物は追われているほうだったらしい。
しかし逃げろと言われても、オレはとっさには動けないのだ。
それを足が竦んでのことだと思ったのか、男が がしっ とばかりにオレの手を取る。そのまま引っ張られ、オレは持ってきたもの全てをそこに放り出したまま駆けだした。
手を引かれたまま、ぐんぐんと森の中を進んでいく。まとわりつくような湿度の高い空気が、体から剥がれ落ちていくように感じる。
視力を失って以来、こんなスピードで駆けるのは初めてのことだ。
しかしそれも長くは続かなかった。平坦な道ならともかく、でこぼことした獣道とも呼べない地面に、オレはすぐに足を取られた。
「うわっ!」
オレの手を引っ張っていた相手を巻き込んでその場に派手にこける。
「お、オレのことはいいから、置いていってくれ・・・」
相手にしてみれば、オレを巻き込むのは目覚めが悪いだろう。しかし、本当にオレは走れないのだ。このままでは二人とも捕まる。
「あなたを置いては行けない!」
男が悲痛に言う。なんだそれは。三寸劇の下手なセリフか。
オレは状況も忘れてつい笑い、それからこんなところで死にたくないと思った。
いつかは土に帰るにしても、それは今じゃない。もしこんなところで死んでいるのが兄に見つかったら、兄は・・・
オレは森の木々たちに願った。
「な、なんだ、これは?」
男の声がして、体がかさかさとした葉の感触に包まれる。
ほとんど同時に倒れこんだ体の脇をいくつもの足音と声が通り過ぎていった。
「今の、魔法ですか?」
男の声が耳元でする。何が起こったのかオレには分からなかったが、ついぞこちらの呼びかけに答えたことのない木々たちが力を貸してくれたのは分かった。
「・・・オレはヒューゴです。あなたの名前は?」
「アシル」
「アシル・・・ すみません」
「え?」
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