蟻の王

ちょす氏

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序章

僕の英雄

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 『あ、新田殿⋯⋯』

 呆然と膝から崩れる拓海の後ろから、イオットが今にも消えそうな声で話しかけるが、全く拓海には聞こえていない。


 ──おい、ソイツが嫌がってるだろ、目ぇ腐ってんのか?

 「⋯⋯⋯⋯」

 ──大丈夫か?こんな顔腫らして⋯⋯やり返さなかったのか?

 「⋯⋯⋯⋯」

 ──やり返したら低レベル?だからってここまでやられるまで耐えなくてもいいだろ~?

 「⋯⋯⋯⋯」

 (待ってよ)

 両膝をついたまま、暗闇の絶壁に向かって絶望の限りに浸かる拓海は叫ぶ。

 「白狼くんー!」

 当然返事は返ってこない。

 ──イジメられてる?だからどうした。お前はお前だろ。それ以上でも以下でもない。

 「白狼くんー!!!!」

 ──俺の家?特に何もねぇけど、来たかったら来てもいいぞ。

 「返事をしてくれよ⋯⋯⋯⋯」

 ──ゲーセンは古い?じゃあ今時の若者は何するんだよ、、、教えてくれよ。

 「白狼くん!返事をして!!」

 (僕は君と本当の友達になりたかった!!)

 「まだ⋯⋯まだ君に⋯⋯僕は何も返せてない」

 割れた地面に大粒の涙がポツポツ流れ落ち、地面が滲む。

 『あ、新田勇⋯⋯』

 イオットの肩掴み、マクレンがそれ以上は言うなと目で訴えかける。

 『今はそのままにしておこう。とりあえず落ち着くまではここで回復だ。幸い本体のゴブリンキングは勇者安久津と下層だ。統制を失ったゴブリンたちも、今ならすぐに片付くだろう』

 『⋯⋯あぁ、少し俺も動揺していた』
 
 その後ゴブリン残党の討伐は滞りなく進み、周囲の警戒は怠りはしないものの、ほぼ全員が座って休息を取っていた。

 「⋯⋯⋯⋯」

 全員が休憩している中でも、拓海は同じ体勢のまま白狼が帰ってくると0.0001%の確率を信じて絶壁を見つめたまま。

 地獄のような空気の中、更に地獄へ向かわせるように一人の男が拓海の横に座った。

 「⋯⋯あいつ死んだのか?」

 「⋯⋯ッ!!!」

 「お~怖え怖え」

 荒い鼻息を全開にしたまま隣の高嶋へ鋭い眼光を向ける。

 「とても同一人物だとは思えたもんじゃねぇな」

 「フーッ、フッー!」

 「スキルなんか持ってないクソ野郎よりもよ?勇者に相応しいスキル持ちの俺──」

 『止めろ!!!勇者新田!!』

 ブゥゥゥン──!!

 と、剣の道を極めた者にしか出せない、極低音の一撃。怒りに任せて拓海が剣を振り下ろし、高嶋の顔面に到達寸前のタイミングで、イオットたちが止めに入った。

 『新田殿!』

 「フーッ、フーッ、フーッ、フーッ⋯⋯」

 (まるで猛獣だ⋯⋯。こんなに怒り狂う新田殿を初めて見る)

 週に2回ほどは勇者たちの寮で生活していた為、それだけの時間を重ねていたイオットでも初めて見る光景だった。

 「⋯⋯そんなにスキル持ちが偉いの?」

 「⋯⋯は?」

 「スキルを持ってないだけで批判する理由になるのか聞いてんの!!!」

 「お、おい⋯⋯落ち着けって⋯⋯」

 「うるさいんだよ!!まだ僕に指図するつもり!?高嶋君こそ異世界に来たって事を理解した方が良いんじゃないのかな!? ここではスキル持ちが優劣を付けるんだよね!? 僕は勇者の加護を持ってるんだからいつまで君の指図で動くと思ってるのかな!?」

 拓海は切っ先を高嶋の喉元へと向けたまま騒音レベルで怒鳴り続ける。

 「わ、わかったから⋯⋯一旦⋯⋯」

 「さっきからみんなもそうだ! 僕がおかしなキチガイに見えてるのかもしれないね!! 悪いけど僕は今極々冷静だよ!びっくりするくらいね!!」

  
──え?心は熱く、頭は冷静に行動しないと。拓海だってイジメられてる時は負けちゃ駄目だって冷静だから耐えてたんだから。


 「教えてくれよ⋯⋯君たちはこの一ヶ月何をしてきたんだよ!!ただ飯食って、ただ言われた事をこなして、「疲れたねぇ」なんてみんなで苦楽を共にして絆が生まれて?そりゃ良いご身分だよね!!」

 
──まぁスキル持ちじゃないからって言ってここでの人たちも若干俺とか能力が弱い仲間たちに対してちょっと差別があるように思うから、どうにかならないかなと思って色々やってみてる。


 「その間君たちはソレしかやってなかったじゃないか!!」


 ──おはようおばちゃん! ⋯⋯え?今日はオマケしてくれるって?めっちゃ嬉しいっす! いっつもこの野菜とか、あ、肉料理も名前がわからないんですけど、何種類か出てくる中で特にアレが美味かったんですよ! 今度作り方⋯⋯教えてください。


 「白狼くんは違った。
 その一ヶ月、みんなと同じ事をやりながら仲が悪い騎士団の人と短いコミュニケーションを毎日続けて、食堂のおばあちゃんたちとも色々話を続けてこの世界の情報について少しでも理解を深める為に一生懸命やってたんだよ!!」


 ──あ、サギリさん!おはよう、元気元気。いつも朝早くからお疲れ様です~あー痛っ!力強いっすよ~。

 ──え?サギリさん、腕の調子が悪いの?ちょっと見せてみてよ。原因が分かるかもしれないから。あ、アセさんもおはよう~!今日のご飯はなんです? え?オーク肉とナイナの炒め物?やっぱりみんなが作る料理はピカイチっすね!

 
 「みんなだって明らかに途中からここの人たちの態度が変わったって思ってたでしょ!?あれは全部白狼くんが築き上げてきた関係値でしょ!? 白狼くんが作ったからここまでみんなが快適過ごせるようになったんだよ!?」


 ──いやーガルフさんが武器のメンテナンス教えてくれなかったら困ってましたよ~。え?今度鉱石の種類とかもっと教えてくれるんすか!? いやありがたいっす。


 「⋯⋯騎士団の人達だって言ってたさ。
 「スキルがなくても安久津殿は十分な戦闘スキルを身に着けている」って」


 ──いや勇者安久津は凄いな。スキル無し、しかも簡単な基礎訓練でここまで強くなるなんて!たしか誰かに師事していたって話だが⋯⋯その人がいたら会ってみたいよ。

 ──何かあったんですか?

 ──いや、完璧⋯⋯完成されすぎて、逆に指導なんて出来なかったさ。その人は地球で最も強かったんじゃないかな~。俺なんかが教えられる基礎は完全に身についてる。その基礎があればなんの剣や武器を使っても、ある程度使いこなせるよ。よっぽど理解と指導力があった人だったんだねぇ。

 ──そうなんすか?ならお兄ちゃんに感謝しないと。

 
 「今の今まで──全部!全部!!白狼くんたった一人が行動してきた結果で救われた命なのに⋯⋯まだそんな事を言える平和ボケしてしまったクソッタレな日本人異世界勇者でいいのかって聞いてるんだよ!!!!」

 肩で息をしながら、拓海は全員に向かって息継ぎ無しで叫び終える。

 「ふざけんよ⋯⋯ふざけんなっっ!!!何から何まで劣っていた僕達が、なんでたった一人の⋯⋯僕を助けてくれたお前らみたいな人の感情すら欠如した奴らみたいなゴミがこんなのうのうと過ごして、誰よりも努力して、誰よりも行動した白狼くんはぁっ⋯⋯なんで、なんで焼け死なないといけなかったんだよっ⋯⋯」

 泣き崩れる拓海。イオットとマクレンが左右から肩に手を置いて擦った。

 『勇者高嶋殿、少し⋯⋯新田殿を借りるぞ』

 「あっ、うっす」

 『そこははいだろう』

 笑ってツッコミ入れ、二人は拓海の肩に手を回して遠く離れた場所に連れて行った。







 その際、何が話されたかはわからないが、そこでこのダンジョン攻略は即中断し、外に戻る事になった。

 ダンジョン攻略訓練が本格的に幕を開けたその日から少しずつ⋯⋯時間経過が増えていくのに比例して立て続けにクラスメイトたちの勢力が出来つつあった。
 
 拓海の言った言葉は当たり前のように流され、他のクラスメイトたちは粛々と己の生活を崩さないようなメンバーで城を作り、小さな勢力とこの国の貴族との接触も秘密裏に増え、もはや名ばかりの勇者しかいないと言ったほうが正しいのかもしれない。

 ⋯⋯拓海と一部のクラスメイトを除いて。
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