蟻の王

ちょす氏

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トロール編

準備(1)

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 街は活気で溢れており、白狼が馴染むのにそう時間はかからなかった。

 白狼は商売に精通していた訳ではない。その為どんなものを売っているかの把握だけでもしておこうと、情報入手の為に1日という時間を掛けて様々な商品の名前と運搬の大変さを嫌というほど聞きまわった。

 次に白狼が行ったのはザガンの街事情の把握。

 ギルドの2つ(冒険者、商人)やここで働く人たちにチップを渡しながらこの街の事情を聞いて回った。幸い金を渡していることもあり、かなりの情報が白狼の耳に入る事となった。

 まずはザガン有名パーティーの勢力情報。主に今ザガンの街で頭を張っているというべき勢力は3つ。

 
 伝統があり、総合的にハイレベルな人材が集まる強者の宴ワイスヘッド

 少数精鋭で情報も少ないが、化物が揃っているという影刃ネームシーフ

 荒くれ者の集まりであるシルバーファング。

 この三つが主なザガンの街の勢力となっていて、この三パーティーにともなるとギルド長と変わらないレベルの権力を手にするとも言われているらしい。

 それに続いて白狼は貴族情報も手にした。

 やはり中世という時代背景の為か、貴族がどこもかしこも跋扈している世の中である。

 このザガンの街には貴族は介入してはいけない(冒険者ギルドは貴族の手から離れる事のできる唯一の場所であるから)からいないと言われているようだが、中には末っ子などの一見分からないような子どもたちが投入されて冒険者たちの懐事情や勢力を逐一報告し、隙あらば介入できる粗探しを行っているという。

 その他の細かなある程度の情報を手にした白狼は、外に出て地図とともにドラウ森林に待機している春と夏が待つ場所まで向かった。


***


 『父上!』

 「おっ、名前は⋯⋯ないんだっけ?」

 『ありません!』

 「そっか、じゃあ泰治って呼ぶね」

 なんの脈絡もなく、門番の1匹にそう言い放つ白狼。だが、この男はまだ真の意味で名付けに対する理解がまるで足りていなかった。

 「⋯⋯?」

 (なんだ?なんか光ってるんだけど)

 春と夏の時みたいじゃないか。え?こんな簡単に名付けって成立するものなの?そんな事ある?


 ⋯⋯魔物とは、本来名など持たぬ生物である。

 自分たちに置き換えると『人間』のように、基本的には種族で呼ぶものであり、王や魔王などの総称は役割的な呼ばれ方がほとんど。

 しかも魔物にとっては"産まれる"と言ってもいいくらいの一大イベントである。

 名付けた者の感情や能力、魔力総量に応じて、その個体に名前の力や進化先などが示される。

 だが、この男は修行により更に魔力を増やし、異世界の知識を持った特殊中の特殊。


 [おめでとうございます!貴方による3番目のネームドが産まれました!]

 
 (⋯⋯え?ヤバ、なんかやばいことでもした!?)


 [新しい名前は"泰治"に決定しました。彼は自動的に高位進化を遂げます。貴方によって進化先を選べます。]

 
 そうして眼前に出てきた進化先だったが、どれも気に食わぬ様子の白狼。

 (ハイウォリアーアントだの、なんかハイって付けば何でもいいと思ってるだろ?)

 悪くないんだが、なんかこう⋯⋯ちげぇんだよな。

 そうすると、白狼の目下に追加ボタンが現れる。

 
 [運命粒子で進化先を変える]


 「⋯⋯っ!」

 (なるほど、こんな事にもこれが使えるのか)

 ポチッと迷わず押す白狼。
 すると面白いことに、選択肢に意味のわからないものが続々と出始める。

 
 ・侍アント(特殊進化に限り、進化はない)

 <武器・刀>を使用するアント。貴方を守る忠臣として尽くすその姿は、もはや健気で貴方も心が休まるでしょう。

 ・学者アント(特殊進化に限り、進化はない)

 知能を持続的に成長させる事に注力した個体。様々な分野に精通させることが可能で、個体数に応じて議論と研究が行われる。

 ・シャドウアント

 影に注力した個体。影があるところでは全個体共通で移動が可能になる。影さえあれば別の個体が遠く離れた個体のところへと向かうことも可能になる。

 ⋯⋯主に運搬としての使用が期待される。

 
 
 「全部くれや」

 (なんだこれ?運命粒子強すぎじゃねぇ?なんやねんこれ)

 刀なんて明らか強そうだし、学者も最強だ。研究なんていくらでもさせてあげられるような状況だし、それこそ単語の範囲が広いおかげで色々な事が考えられる。

 それにこのシャドウアントもめちゃくちゃ良い。一言で言えば、アントたちを広げて行けば瞬時に移動可能になるということだろ?無敵じゃん、そんなの。

 それは言い過ぎかもだけど、この三個体の中から選ぶのキツくねぇ?誰か決めてくてほしいんだけど!!

 思考回路がオーバーヒートする白狼だが、結局春と夏に会うまでに数時間を要したのは、泰治にとって一生の喜びだと後に語っているそうで。


 
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