泡立つ脳

伊阪証

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泡立ち

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夜はやがて明けるものだが、それが希望とは限らない。高火力兵器とはいつだって光るものだし、あまりに高い威力は日だと比喩される。
その上で一身に浴びねばならない。
彼女が最初に動かしたのは、足だった。
シーツの内側で、つま先が僕の足に触れる。
僕はその反応を待っていたように、呼吸を少し深くした。
押し返すでもなく、受け入れるでもなく。彼女の指先は、ただ僕の足の甲に沿って滑っていく。
頭の向きはまだ枕に預けたまま。髪は動くが、背中側へ自然に落ちていた。
息を吐いた音が、微かに聞こえた。
声じゃない。まだ朝の空気は、喉に届いていない。
彼女は目を開けたかもしれないし、開けていないかもしれない。
どちらでもいいと、今は思う。
明星はいつも美しい、それがよの理である。
ベッドから共に、もう一人が降りる。
「取り寄せた毛布、良かったね。シーツとは違う感じ。」
「割と安いのもいい。暖かいのも。」
自分は繰り返す様に先取りして話す。彼女が身体を起こしたのは、僕が目を覚ましてから少し経った頃だった。
髪はそのまま、肩を越えて流れている。
顔を撫でたりはしない。ただ、深く一度だけ息をつく。僕の視線を知っているのに、彼女はなにも言わない。僕もなにも言わない。
彼女はベッドの端に腰をかけ、片手で自分の足を軽く叩くと、床へと足を置いた。それだけだった。朝が動き出すまでには、まだ一つ工程が残っている。
彼女も背中を伸ばすが、寝過ぎなのか重そうにしていた。・・・そして初めて声を出す。
「おはよ、透。」
彼女は・・・己の歌声が出ない限り決して話さない、そういうプライドの持ち主だ。
彼女が立ち上がる。ベッドの端を手で押し、少し腰を浮かせてから足を下ろす。
一度、足裏で床を確かめてから、彼女はゆっくりと歩き出した。音は立てない。扉の前で止まり、手をかける。
バスルームの鍵はかけない。彼女が使った後は、僕が掃除する・・・喉を傷付けない為というのがメインだ。
入る前のミナは、何も持たない。タオルも、着替えも。何も持たずに、入るのがいつも通りだ。
朝の風呂場には彼女が髪を整えつつ、化粧の準備に時間を費やす、自分は洗面台で顔を拭い、それから歯を磨く。どうも目が悪く、最近は脱ぐわないとやってられない。
歯は電動ですると血が出る、会話のし過ぎか、力み過ぎか。学術論文の嫌味なら幾らでも出せる。体力消耗を抑える為に筋力を減らした影響で身体は重い。
「タオル~!」
「棚の上にあるだろ。」
「・・・見せるのはまだ恥ずかしい。」
「小さいのならある。」
「・・・仕方ないなぁ。」
細長いタオルを二枚、胸と腰に巻いて髪用のは一番長いのを選ぶ。
「・・・そんなに見たいの?」
「それは・・・勿論だ。」
「えへへ、音楽で育った・・・なんか言い方が家畜みたいだからやめとこ。」
「ああ、僕も思ったよ。」
先にキッチンに戻り、彼女用のアスリート食を用意する。コップを持ち上げる音で、彼女が席に着いたことを知った。
中身は無色透明。けれど成分は、昨夜のうちに測って調合済みである。カリウム、B群、少量の鉄分。整えて、粘膜の動きを阻害しない配合。
ミナは匂いを確かめたりしない。ただ、温度が喉に合うことだけを確かめている。
飲み方に癖はない。けれど、飲み終わるまで一度も瞬きをしない。
僕は彼女の動作を見ていない。湯煎していた鶏肉を切って整え、弁当に入れる。
彼女の朝は、コップが空になる音で始まる。
それまでに僕が用意を終えていなければ、無言のまま五秒ほど間が空く。
「今日の夜は帰って来れる?」
「今日は些細な用だけだ。」
「じゃあ、一緒に行くね。」
彼女は別に暇・・・という訳ではない。しかし、喉の休養期間である。飛沫感染の話題が多く仕事が少ないが、事務所自体は活動範囲を広げて忙しい状態である。
「コーヒー、飲むか?」
「今日くらいは、ゆっくりしたいな。」
鶏肉は一口ごとにきちんと噛まれる。
声に必要な筋肉は、食べないと鈍る。
音はしない。けれど、咀嚼の力加減はたぶん計算されている。顎を動かす角度すら、日ごとに違っているように見える。
彼女が喋らないのは、声を温存しているからではなく、動作に集中しているからだ。
「少し、不足しているな。そろそろ買いに行かなければ。」
「ん、じゃあ買いに行こう。」
「先に食べ終わったら何が不足してるか確認してくれ。」
「冷蔵庫の機能使いなよ。」
「・・・あったな、そういえば。」
「夜こっそり食べるのを隠す為に使わないのは良くないよ?」
「・・・ダッツは取ってあるから見逃してくれ。」
「ダメ、健康は守らなきゃ良い研究も出来ないよ?」
「・・・ああ、そうだな。良い嫁さんを貰ったよ。」
「んふふ、私もそう思う。良い嫁さんだって。」
「只の自画自賛だったか。」
ミナはグラスを最後に傾けると、静かに唇を拭った。
テーブルの上には食べ残しも音もない。
食器を重ねるでもなく、一つずつ平らに並べ直す。一息ついたあと、彼女は席を立った。
床の音を吸ったスリッパが、ゆっくりとキッチンの方向へ向かう。
その後ろ姿に、もう何か言葉を足す必要はなかった。
冷蔵庫のドアを開けると、音もなく庫内の灯りがついた。
上段には真空パックの鶏むね肉、グラム単位で記録された保存ラベルが並んでいる。
その隣にあるのは低温保存のプレーンヨーグルトと、開封済みのミネラルウォーター。
中段のトレイにはカット済みのブロッコリーとにんじん、冷却時間を考慮して水気を飛ばしてから仕舞った形跡がある。
奥の方に、未開封のプロテインゼリーが3本。うち1本は賞味期限が迫っている。
下段には玄米ごはんの冷凍ストック。計5パック、週を通して消費される見込みの数に近い。
だが、足りないものははっきりしていた。
鶏肉は残り2日分。生の卵は見当たらず、代替タンパク源も底が見えている。
何より・・・ミナが朝に使う栄養水用の鉄分粉末が切れていた。
ドアポケットに入れていたはずのラベルが消えている。
彼女の代謝と粘膜維持の計算は、この構成が前提だ。
手をかけて冷蔵庫を閉じながら、短く一つ、息をついた。
「殆ど無いじゃん透!!」
「・・・計算式は普段Xで埋めているからな。」
「引き算位覚えようよ!」
「世界にあるのは時々項がマイナスの加算か時々逆数を用いる乗算だけだ。」
「やれてなきゃ意味無いのー!」
「だから通帳管理は君に任せたんだ。」
「チームといい数理学者はなんでこんなのばかりなのかしら。」
「全員数学がやりたかったがやりたい数学に辿り着く頃にはインターンに応募しているものなんだ。」
・・・一旦、彼の話をするとしよう。

透は論文が非常に多い、これだけ休んで尚一日には一つ提唱する。分野も広く、これに匹敵出来るのはオイラー以外居ないと思われる。
しかし、その本質はチームにある。
連携が過剰な程整ったチーム、論文としての体裁を整える上に数学の知識にも強い文学研究者、一人だけ学士号だが指弾においては他の追随を許さない理論的な揚げ足取りをする工学生、彼の空想を解釈する為の論文を作り、統合して説明する同業者・・・というのが大体十人程度。
分野は複雑で、あるいは極端に単純だ。
カテゴリ理論における双対構造の再帰定義。ゲーデル数に依らない命題番号の動的割り当て。分布上の自己同型変換を神経空間に写像するための汎関数群。
それらは、研究者でなければ意味も分からず、学部生が触れるにはさっぱり分からない領域。
透が残したものは“正しすぎて、他者には触れられない道具”だった。それでも、その正しさは一度でも読めば分かる。
だから彼は、ミナの身体に使う数式だけは、自分で設計した。他人に渡せない構造を、唯一、彼女の生活のためにだけ書き下ろしている。
「・・・お水、やっぱり美味しい。」
「日本だと場所にもよるが天然水の雑菌繁殖力と水道水の塩素の消毒力を比較すると水道水の方が五倍安全だ。」
「天然水と水道水混ぜて、成分を色々混ぜて、それから完成?」
「ああ、ボトルで売ってはいるが高いんだ。あと運動やってる人向けだから呼吸器強化と相性悪い気がしてね。」
引き算ができないわけじゃない。
食材の残量も、価格帯も、摂取量のグラフも、頭の中にはある。
けれど、それを言葉に変換して声に出すのが面倒だった。
ミナが確認してくれるなら、それでいい。
僕がするより速く、きっと正しく整理してくれる。
数学者にとって一番無駄なのは、“答えが明白なときに、それを口にすること”だった。
出力が必要なときにだけ、思考を表に出す。それ以外は、省略でいい。
「さっきの言い訳しようとしてない?」
「・・・いーや、別に?」
「余分に色々買ってこうよ。」
「服は足りてるだろ?」
「まー・・・服の大半が衣装の再利用だしね。」
「針とか糸は?」
「ん、足りてるかな。」
「なら問題無いか。」
「問題無いね。」
「少しは欠点出せよお前ェ。」
「事務所の切り札は暇なんだよ。歌担当だしライブはどれだけ人気あっても儲からないからやってないし。」
ミナはすっかり満足そうな顔をして、カートの前に立っていた。
カゴは二つ、上段も下段もぎっしり。鶏胸肉、無添加プロテイン、ミネラルゼリー、低刺激の歯磨き粉、蒸留水、針金入りの野菜保持パック、冷凍保存用のカットフルーツ、使い切りサイズの調味料とか。
普段のミナなら、これだけの荷物を一人で運ぶのは無理だったろう。
けれど、今日は透が隣にいる。だからカゴが二つでも不安はなかった。
忙しくても、買い物だけは二人で。
それが彼女の中でいつの間にか決まったルールになっていた。
透は必要なものを黙って入れ、ミナはときどき選択肢を確認する。
会話はあるけど、それが目的じゃない。
「思ったより多かったね。」
「お前がタオル類を全取りするからだ。」
「だって・・・透、すぐ洗っちゃうし・・・。」
「清潔だからいいだろう。」
それでも支払いを終え、袋詰めが終わった頃には、
ミナの方が先に言った。
「ちょっと、寄ってこうか。」
「どこへ?」
「あのカフェ、近くの。」
少しだけ、いつもより歩幅を合わせて。
荷物があっても、片手が空いているのなら、
つないでもいい、そういう雰囲気だった。
「普通にカートが動かしにくいから組む感じにしてくれ。」
「はいはーい、今日は期間限定のティラミス風ミルクレープらしいよ?」
「ん・・・そうか。」
「結構お菓子作り好きだもんね。」
「というより保存が効くからな。酒だと酒税法のせいで出来ないが。」
「コーヒー、仕事前に飲も?」
「ああ、何が良い?」
「キリマンジャロ以外で、ミルクと砂糖は必須。」
「そうか、じゃあこっちはブラックのアイスだな。コーヒーも高いしブルーマウンテンは無しだな。」
「こういうのはオリジナルブレンド一択だよ!」
注文カウンターの前に立った時、ミナはもうメニューを見ていなかった。
彼女の興味は、透の後ろポケットに挿さったレシートの端にあった。
「お会計、任せたよ?」
「もう支払い終わっただろ。」
「えへへ、そうだった。」
透は慣れた手つきでレジ横のタブレットに注文を入力し、二人分のドリンクとスイーツを追加した。
「雰囲気が足りてないな。」
「可愛い店員さんに気を取られるよりはいいと思うけどね。」
ブラックのアイスコーヒー、ミルク砂糖入りのカフェラテ、そしてティラミス風のミルクレープとチーズケーキをそれぞれ一つ。
カトラリーは一組・・・ミナは自分で主導権を握るだけ握っておいた。
「あ、席、奥の方がいいか?」
「少しだけ静かな方がいいな。」
カフェの中はまだ昼前で、混み合ってはいない。窓際ではなく、少し奥まった壁沿いのL字ソファ。
透がトレイを受け取る間に、ミナは先にそこへ向かい、荷物の入ったエコバッグを足元に滑り込ませた。
コーヒーの香りが近づいてくると、ミナの背筋がわずかに伸びた。
それが、彼女なりの“楽しみ”の合図だった。
透がトレイをテーブルに置き、紙を一枚、彼女の前に差し出す。
「ありがと。」
「飲む前に、何も危険なものは無いか念入りに確認する事。」
「知ってるよ。喉大事なんだから。」
二人の前には、それぞれのカップとケーキ。
その間にしばしの沈黙。だがそれは、居心地の悪いものではなかった。
音楽も、騒音も、話し声も、
遠くでぼんやり聞こえるだけ。
この場所では、「喋ること」が必須ではない。
コーヒーを前にした二人が“いる”だけで、それで良かった。
フォークを手にしたミナが、ミルクレープの端をすくおうとしたその時だった。
ふいに、背後から声がかかった。
「あの、すみません! もしかして・・・リリカさん、ですよね?」
「だってよリリカ。」
彼女の指がわずかに止まった。
透はその瞬間、ミナが一切の息遣いすら変えなかったことに気づいた。
ミナは、ゆっくりとフォークを置き、振り返った。
「こんにちは。」
「やっぱり! わたし、ライブ行ってました!“Deep Breath”の! サインとか、もらっても・・・。」
その少女は、見るからにまだ若く、手にはスマホとペンが握られていた。
どうやら、カフェの奥まった席でも、彼女の顔を見つけたらしい。
ミナは微笑みを保ったまま、一度透の方を見た。
その視線は、「あなたが決めて」と言っていた。けれど、答えはもう決まっていた。
「今は声を使えない期間なの、ごめんね。大事な準備があるから。」
「・・・あっ、そ、そうなんですね・・・!」
少女は気まずそうに身を引いたが、ミナは立ち上がって、そっと胸元から名刺サイズのカードを一枚差し出した。
「少女相手にそんな場所から出すな馬鹿。」
裏には、印刷された彼女の筆跡のサイン。
それはファン対応用にあらかじめ用意されている非公式グッズだった。
「ありがとう、気をつけてね。」
少女はぺこりと頭を下げ、足早に店を出ていった。
ミナは何も言わずに再び座り、フォークを取り直す。
透が一口コーヒーを飲んでから言った。
「・・・喋らなかったのは、君のためか?」
「ううん、ファンのため。」
「そうか。」
ミナは静かに笑った。
「声が出ない“今”の私に会うとね、ファンはすっごく不安になるの。だから、綺麗なままで終わらせたい。」
「わがままだな。」
「ふふっ・・・歌ってるときの私は、“誰かのもの”だから。」
「なら、今の君は?」
彼女はしばらく黙って、フォークでミルクレープの一角を崩した。
それを小さく一口、口に運ぶ。
「ティラミス、そんなに好きじゃないんだけどね。」
「人のものをとるからそうなる。」
「うん。でも“透と一緒にいる時の私”は、少しだけ甘いものが好きになってる。」
・・・説明だけしておくと、彼女はかなり有名な音楽家、どちらかといえば上品な感じの場所で評価され、ポップな感じではない。
一方で闇の深い場所でもあり、アイドルにも引けを取らない程度に枕営業があるらしい・・・しかし彼女の場合実力のせいでそうならなかった。彼女の歌は聞いて疲れる程感情が奪われる。
「子守唄で最後まで聞けた試しがないな、そういえば。」
「私が寝言で言い出したら永眠まで直行だね。」
「自分で起きるのを覚えてくれ。」
「・・・えへへ・・・。」
「どういう感情なんだそれ。」
買い物袋で手が塞がっている透の隣で、二人とも無言だったが、歩調は自然と揃っていた。大学通りを抜けると、住宅街の奥にある傾斜のついた細道に入る。
「・・・ごめん、肩が脆いから・・・。」
「気にするな、そんなヤワじゃない。」
坂の先にあるのは、元は昭和中期の二階建て住宅今は透の手で改装され、音響と気密性を高めた構造になっている。大学の研究棟までは徒歩十数分。彼のチームメンバーがときどき集まることもあり、そのために地下室を防音仕様で整備していた。
門をくぐると、電子ロックをキーパスで通す。
「歌わなくても解除は出来るぞ。」
「・・・毎回してみたくなるんだよね。」
「今夜は頼んだ。」
「ん、よし。じゃあ、まずは台所かな」
扉が開くと、木の香りがほのかに残る廊下に風が通った。靴はどちらも脱ぎ捨てるのではなく、癖のように揃えられている。荷物は一度リビングにまとめ、透が冷蔵庫に下ろしていく。
ミナはその間、キッチンの隅で軽く水を飲む。声を出さないよう、喉を整えるのはすっかり習慣になっていた。
彼らにとって、食事の準備は一日の締めでも始まりでもなく、維持だった。生活を保つための最低限の計算と、交わされずとも伝わる暗黙の手続き。
冷蔵庫の扉が静かに開き、冷気とともに並べられた食材が手際よく台上へ移された。鶏むね肉、豚バラ、白身魚、白菜、小松菜、長ねぎ、椎茸、しめじ、豆腐、油揚げ。いずれも加熱で食感が変わらず、冷凍に耐える構成ばかりが選ばれていた。卓上には、用途別に並ぶ計量道具と保存袋が散らばっている。
肉類は火の通りを想定して厚さが揃えられ、魚は骨が除かれた上で、皮を下にして並べられる。葉物は芯と葉に分けられ、それぞれが空気に触れぬように薄く広げて封をされていく。豆腐は水気を抜かれ、均等な立方体に切り揃えられる。
調味ベースは三種。白みそを湯に溶き、昆布だしとすりおろし生姜で整えた甘みのあるもの。柑橘果皮を加えた塩出汁は、呼吸器に優しい成分を意識して調整される。最後に、豆乳に白すりごまを加え、わずかに鶏がらを落とした優しい風味の液体が、最も濃度のばらつきを嫌う手で配合される。
それらは具材と同じく冷凍対応の袋に分けられ、平たく封がされる。野菜と肉が一つ、出汁が一つ、組になって冷凍室の中に順次格納されていく。保存袋は余分な空気を吸い出し、すべて薄く折りたたまれ、翌週までの繰り返しを想定して積み上げられていった。
計六食分。三日分を二人で消化する想定。これ以上仕込むと味への飽きが生じ、彼女の咀嚼と粘膜への負担を招く。理論と慣習の中間で、この数がいつの間にか定着していた。
調理の合間、音は立てられなかった。包丁の振動も鍋の蓋の閉まる音も、必要最小限に留められ、互いの動きに干渉しない位置と速度で進んでいた。役割は定まっており、手順も記憶に刻まれている。言葉を交わさなくても、すべてが進む。
最後に、冷凍庫の扉がゆっくりと閉められたとき、小さく空気が抜ける音がした。残された台所には、わずかに湿り気を帯びた作業の空気だけが残っていた。
「・・・よし、早いね。」
「ああ、これでいい。」
「・・・でも、少し思うんだ。」
彼女は告げる、その一言は有り得ないものであり、そして、とても信じられないものだ。
「浮かれてるのか、自分のリズムが少し乱れてたの。」
透は、彼女に少し笑いかけたが・・・。
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