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第五章_四日前

一色_5-2

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 その日は有栖と一緒に参加する打ち合わせがあり、話を聞き終えると、会議室を出て、有栖はそのまま外に出て、別件の対応。彼は事務所へと戻った。
 ドアを開けるとパソコンで業務を行っている反保がいた。彼は、一色が入ってくると体を半身だけ向けて、
「お疲れ様です」
 と軽く頭を下げる。一色は彼のデスクに近づき、
「どうや、何か困ってないか?」
 反保の業務状況を確認した。
「はい、特に問題ないです。まだまだ働けます」
 そう言って反保は微笑むが、実際は彼の仕事の処理能力は高く、既に充分な仕事量をこなしていた。一色も彼の進捗状況を知ってはいるが、はっきりいって並の職員の倍以上の仕事を対応している。人手の少ない特務課では貴重な存在ではあるが、気に留めないと残業時間もどんどん積み重ねてしまうので要注意でもあった。
「もう充分頑張ってるんやから、あんま無理すんな。ほどほどでええよ」
「でも、僕、もっと役に立ちたいんです」
 そう言って、反保は真っ直ぐに一色を見つめる。その普通に見える『眼』こそが彼の業務が早い理由でもあった。
 カメラアイ――そう呼ばれる反保の眼は一度見たものを一瞬で記憶してしまう。これを業務に活用しているのだ。人はどうしても記憶の引き出しの開け閉めや覚えられないものは何かを見ながら作業をする必要がある。それが必要ないのだから、一般人よりも早く仕事ができるのだ。
「こんな雑務ばっかりやと、お前の眼を無駄使いしているみたいな気分になるな。その能力はもっと必要となる場面があるはずなんやけど」
「どんどん無駄使いして下さい。一色さんや先輩の力になってみせます」
「そりゃ心強い。反保は将来、出世するやろな」
「出世はあんまり興味ありませんが……僕は一色さんみたいになりたいです」
「は? 俺?」
 寝耳に水のような発言に一色は驚いた。また、直接言われたものだから感情に照れも混じる。
「はい、僕にとっては一色さんは目標の人物ですよ?」
「はは、俺はそんな良いもんやないぞ? ……清廉潔白な人間でもないしな。ほら、真っ白やないんやで」
 一色は脳裏に浮かぶ過去の影に気づいたが、ゆるりと頭を振って、気づかないふりをした。
「一色さんが真っ白じゃないっていうのは僕にとっては嬉しい情報ですよ」
「は?」
 反保が嬉しそうにそう答えたので、一色は首を傾げた。彼の言葉の意味、いや、真意が理解できないからだ。
 そんな一色に対して、反保は少し恥ずかしそうに語る。
「だって、僕はスタートから真っ白じゃないので。汚れこと、苦労したこと、消したい過去――それらが一色さんの白い部分を汚してしまうなら、それでも白くあろうとする……言うならば灰色ですかね? うん、灰色の方がカッコイイですよ。僕でも、灰色として一色さんに近づける可能性があるなら、嬉しいです。だって、希望があるってことですから。一色さんみたいになるのが真っ白であることが条件なら、僕はもう希望がないことになっちゃうし」
 少し早口で、でも、確かに想いを伝えようとする彼の言葉は一色に届いた。届いたからこそ、嬉しかった。
「アホ。反保やったら俺なんかより、もっと優秀な人間になれるわ」
 一色は照れ隠しでそう言って、反保の髪をくしゃくしゃと力強く撫で回した。
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