有栖と奉日本『真夏のモンスター』

ぴえ

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反保_5

反保_5-1

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 ――コイツ、何をして……

 有栖の行動を理解できない反保は驚き、一瞬硬直してしまった。しかし、この状況から何が起こるのか想像もできないので、彼女の拘束を振り解こうとするが、捕まれた右腕も刺さったナイフも抜けない。力比べでは圧倒的に負けていた。そこに――
「――ぐっ!」
 頭に衝撃が走った。組み合った状態から、有栖が反保に頭突きをしたのだ。衝撃はあるが、痛みはない。寧ろ、これだけの衝撃が相手にも伝わっていることにもなる。攻撃の選択としては適してはいない。だが、その一撃のあと、彼女は言葉を放った。
「何で、こんなことをした。何で、人を傷つけた?」
 いきなりの問答に驚きながらも、警察もユースティティアも何も解っていないのだと思い、嘲る笑いを見せて、反保は答えてみせた。
「やられたからやり返した、それだけだ」
「それでなにか解決になったのか?」
 また、頭突きと質問が一つ。
「なったさ。暴力は止まった」
「なら最初から反撃すればいい。けど、お前は耐えてきた。耐えて、耐えて、我慢が限界に達して、何か諦めたときに反撃している。その理由はなんだ?」
「……知るかよ」
 質問と共に頭突きが来るが、痛みはない。
「お前のことなのに、知らないわけないだろ。じゃあ、自分が調べた上で導いた推察を言ってやる……お前は自分のことをちゃんと見てくれる人や場所が欲しかったんじゃないか?」
「…………」
「でも、お前には居場所ができなかった。助けてくれる人もいなかった。耐えることは、お前にとって人と場所を見極める期間だった」
「…………」
「実際、お前はやり返した後、逃げるようにその場所を離れている」
「…………」
「やっていることが理解できないわけじゃない。でも、そんなことじゃ、いつかは自分で自分を追い詰めてしまう。その先は――破滅しかない」
 その言葉を聞いたとき、反保の感情が振り切れた。今まで、自身がしてきたことをこの状況になって、今更になって、言い当てられたからだ。
「じゃあ、何か? 暴力に耐えて、黙ってその場に居座り続けろってか? それで何になる? 暴力は簡単には止まらない。そんな奴らのストレスのはけ口になる為に『オレ』は存在してるわけじゃない!」
 そう言い返して、反保も言葉と共に有栖に頭突きを返す。彼女の頭からどろり、と血が流れた。
「そりゃそうだ。だったら、逃げることも手段の一つだ。そのことは否定しない。だけど、お前が暴力を振るってきた相手と同等のレベルまで落ちて、同じことをしたことは否定する。その方法は間違ってる」
「じゃあ、耐えるのか? 耐えることは美徳じゃない。人は壊れる。自分の身は自分でしか守れない!」
 言葉を返し合いながら、頭突きも返し合った。
「自分を守る方法は暴力だけじゃ無いだろ。何かできることはないか? 改善できることはないか? 考えて、行動して、それでも駄目なら逃げればいい!」
「そんなことじゃ、何も解決しない! 世の中は理不尽なことばかりだ! 自分が正しくても、相手が間違っていても、捻じ曲げられて悪者にされる」
「そんなことばっかりじゃない!」
「実際、今だってそうだろ! オレはやられたからやり返した。自分から何かをしたわけじゃない。でも、お前らが追い詰めるのはオレだ。今までオレに暴力を振るってきた奴らはどうした? 不問か?」
「他の奴らも可能な限り、全員然るべき処罰は受けさせる」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
「そして、自分は今、お前の話を聞きたい。今、お前と向き合いたい。これは嘘じゃない」
「それが何だよ? 捕まえて、終わらせるんだろ? 面倒なことは、早く終わらせたいもんな。オレを捕まえて、他のことはなかったことにして、終わり――そうしたいだけだろ?」
「そんなことはしない!」
「信じない。だって、世の中は理不尽なことばかりだから。都合の良い事を言ってオレを騙そうとしてるんだろ!」
「お前がそう思い込んだなら、そうかもね――だけど、自分は自分の言っていることを解ってもらえるまで、向き合い続ける」
「いつかは解ってくれるってか? そんなこと――オレが一番期待したけど駄目だった! いつかは解ってくれる。いつかは大丈夫になる――そのいつかは……いつ来るんだよ……」
「今、お前のいつかを自分が終わらせに来たんだ!」
 有栖の叫びに、反保は怯んだ。感情の入った言葉に嘘を感じられなかったからだ。彼の見ている紅い視界とカラフルな視界が反転しあう。
「オレが、お前の言うことを信じたふりをして、裏切る可能性もある。そのときは、どうする?」
「裏切られたから、裏切ってもいい理由にはならない。裏切られて嫌だったなら、自分は裏切らなきゃいい。生きてく中で、それでも誰かを信じたいなら、自分が裏切られてもいいって思える人を見つけて、その人を信じてみるだけだ」
「……そんな強い生き方……難しい。そんな人が現れる……保証もない」
「けど、お前は生きてきただろ。理不尽が溢れる世界でも、暴力が降り注ぐ世界でも――それでも生きたのは、死ななかったのはお前の強さだ」
「――でも、もう限界だ」
「この世には理不尽に感じることがたくさんある。たった一つの良いこと、たった一つの嫌なこと――それらは同じ数なのに打ち消し合わないで、辛い気持ちが全てを飲み込んでしまうこともある。生きてても疲れることばかりだ」
 そこでまた、有栖は反保に頭突きをし、血飛沫を舞わせ、続けた。
「それでも、この世には痛みと悲しみに歯を食いしばって、辛くても生き抜いて――頑張ってる奴だけに起こせる奇跡があるんたよ! 煌めいて、輝いてる誰かの世界が自分にも現れるかもって信じて生きてるんだよ! 自分もその道の途中だ。そんな奴の言葉なんて信じられないかもしれない。だったら、騙されてみろ! 自分に騙されてみろ!」
「……騙されてたら?」
「もっと良い世界があるって証明して、自分を見返したらいい。どうせ、やってしまったことは消えない。けどこれから成し遂げること、創ること、それも消えないんだ。辞めるのは自分自身だ。続けるのも自分自身だ」
 再び、頭突きが一発――鈍く、重い音が響いた。反保には痛みはないが、それでも、この一撃の強さは解っていた。有栖は痛みと遠のきそうになる意識を繋ぎ止めながら彼に話しているのだ。
「まだ何もできていない自分に偉そうに語られるのは悔しいだろ? 悔しかったら生きて見返してみろ、馬鹿野郎!」
 有栖の言葉を聞いたとき、反保の視界が元に戻る。だけど、映る視界は真っ赤だった。全力で気持ちをこめてぶつかってきた証明でもある彼女の血と、流れていることさえ気づかなかった自身の血が交わって視界を染めていた。
 反保は両膝を着いた。逃亡生活による疲労と出血――だが、それ以上に彼の中で有栖の言葉を受け入れ、信じて、安堵したことにより気が緩んだ影響が大きかったのだろう。
 ナイフがするりと抜け、右腕だけを有栖に掴まれた状態で、反保は意識を失う前に一言だけ言い返した。
「見返してやるから、覚えてろ」
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