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月と地
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月の満ち欠けに魅了されるように、月と呼ばれた娘は星の瞬きのようにキラキラと光る子どもでした。
毎日が、笑い、ほほえみ、苦笑し、そして、歌を歌い、父のそばで母よりも長い時間を過ごせる子どもでした。
けれども、美しさゆえに、贄の子になってしまったのです。
年不相応の華美な衣服を着て、中庭から門扉を抜け、外へ出て行ってしまったために、人目についたのです。
「タフィを買うのに手間取ってしまったのよ」当然、父母はメイドを傷物とし、奴隷商人に引き渡したのです。
それでも、戦況は次第に生活にまで逼迫してきました。ある日、めったに見ることはない年よりの祈祷師と賢者数名が門を叩いたのです。
産まれてから一度も刃物を当てたことのない長い髪の毛。まめや傷ひとつない肢体。産毛の一つ一つにまで調べられたのです。
「喜びたまへ、神への贄に選ばれた子よ」
親たちはゾッとしました。
いきなり知らない古い儀式に子どもが選ばれたことを。
そして、体ひとつで逃げるしか方法がないほど戦況が悪いということを。娘の親は人に恨まれるほど金持ちすぎたのです。兄弟へ分け隔てるほどの優しさも一切なく肥え太っていたのです。
「いつか、いつか、おうちに帰ったとき、私はお父様に買っていただいたお洋服を着るの」と、薔薇園の植えた手の柔らかい土を掘り返し、小さな鞄を埋めたのです。
顔は、赤土で日焼けと顔立ちを隠しました。長かった髪は、ほこりと土とシラミで白く固い玉になっていました。
それでも懐かしい記憶が戻る度に郷愁を思いひとりぼっちで歌うのでした。少しずつ心が壊れていく娘は、ふらふらと町をさ迷うようになり、戻れなくなった家を探し回るのです。歌は虐げられた人には沁みるような優しさを灯してくれましたが、属国民族の娯楽ひとつ受け入れない征服者には腹が立ったのでしょう。
娘はあっけなく捕まりました。
濁った服はいたるところ破れていました。
土と汚れで髪の毛は玉となり、固くなっていました。
腫れぼったい目と血色の悪い唇の端はいつもひび割れて血を流している始末です。
「きたねぇ顔をしていやがる」と、見たこともない、巻き毛と体毛だらけの男たちにとり囲まれたのです。
冷たく薄暗い牢屋は、臭くていつも蒸れていましたが、
「捕まれば男は兵士に女は慰み物になる。けれども最後に君に会えてよかった」
同じように捕まった年端のいかないような男の子が笑って来るのです。
「慈悲を」との懇願に娘は負けたのです。
「思い出に残るキスをしてくれてありがとう。僕にはもう来世などないだろうけれど、君に祝福を」
と、震えて笑い、泣くのです、男の子は小さな牢獄から連れ去られ生涯二度と会えませんでした。
大人が起こした戦いは終わりましたが、町はまだ混乱の最中でした。
「おいおい、年よりかと思ったら、捲ってみれば女だ」
「ほどほどにしないと病気が移るぞ」
「きたねえ顔は布切れで覆えば、かんけえねぇ」
そういうごろつきや征服者崩れがたくさん町に残ったのです。
パーコラのばらの園は枯れはてていました。
埋めた箱は水分を含み、今着ている血まみれの茶色い服よりも汚い色で朽ちていました。けれどもまだ少しだけ残っている錦糸やラメに娘はそれを選びました。
懐かしい歌、楽しい思いで、くるくると回る幸せに浸っていた過去だけが娘の心に唯一の救いを残してくれたのです。
同じ頃、別の場所で、身代わりとなった贄の娘は征服者の前で禁忌の神代踊りを舞っていました。
くるくると舞い、歌が終わると、娘は中央広場に連れていかれ、市民たちによって処刑されました。
綺麗な歌を歌っただけなのに。
見える高台で大きな火の粉が上がっているのが見えたのです。
「女になぞ産まれたくはなかった。男になぞ生まれ変わりたくはない。」娘は見苦しくも美しい姿のまましばらく吊るされたと、聞きます。
毎日が、笑い、ほほえみ、苦笑し、そして、歌を歌い、父のそばで母よりも長い時間を過ごせる子どもでした。
けれども、美しさゆえに、贄の子になってしまったのです。
年不相応の華美な衣服を着て、中庭から門扉を抜け、外へ出て行ってしまったために、人目についたのです。
「タフィを買うのに手間取ってしまったのよ」当然、父母はメイドを傷物とし、奴隷商人に引き渡したのです。
それでも、戦況は次第に生活にまで逼迫してきました。ある日、めったに見ることはない年よりの祈祷師と賢者数名が門を叩いたのです。
産まれてから一度も刃物を当てたことのない長い髪の毛。まめや傷ひとつない肢体。産毛の一つ一つにまで調べられたのです。
「喜びたまへ、神への贄に選ばれた子よ」
親たちはゾッとしました。
いきなり知らない古い儀式に子どもが選ばれたことを。
そして、体ひとつで逃げるしか方法がないほど戦況が悪いということを。娘の親は人に恨まれるほど金持ちすぎたのです。兄弟へ分け隔てるほどの優しさも一切なく肥え太っていたのです。
「いつか、いつか、おうちに帰ったとき、私はお父様に買っていただいたお洋服を着るの」と、薔薇園の植えた手の柔らかい土を掘り返し、小さな鞄を埋めたのです。
顔は、赤土で日焼けと顔立ちを隠しました。長かった髪は、ほこりと土とシラミで白く固い玉になっていました。
それでも懐かしい記憶が戻る度に郷愁を思いひとりぼっちで歌うのでした。少しずつ心が壊れていく娘は、ふらふらと町をさ迷うようになり、戻れなくなった家を探し回るのです。歌は虐げられた人には沁みるような優しさを灯してくれましたが、属国民族の娯楽ひとつ受け入れない征服者には腹が立ったのでしょう。
娘はあっけなく捕まりました。
濁った服はいたるところ破れていました。
土と汚れで髪の毛は玉となり、固くなっていました。
腫れぼったい目と血色の悪い唇の端はいつもひび割れて血を流している始末です。
「きたねぇ顔をしていやがる」と、見たこともない、巻き毛と体毛だらけの男たちにとり囲まれたのです。
冷たく薄暗い牢屋は、臭くていつも蒸れていましたが、
「捕まれば男は兵士に女は慰み物になる。けれども最後に君に会えてよかった」
同じように捕まった年端のいかないような男の子が笑って来るのです。
「慈悲を」との懇願に娘は負けたのです。
「思い出に残るキスをしてくれてありがとう。僕にはもう来世などないだろうけれど、君に祝福を」
と、震えて笑い、泣くのです、男の子は小さな牢獄から連れ去られ生涯二度と会えませんでした。
大人が起こした戦いは終わりましたが、町はまだ混乱の最中でした。
「おいおい、年よりかと思ったら、捲ってみれば女だ」
「ほどほどにしないと病気が移るぞ」
「きたねえ顔は布切れで覆えば、かんけえねぇ」
そういうごろつきや征服者崩れがたくさん町に残ったのです。
パーコラのばらの園は枯れはてていました。
埋めた箱は水分を含み、今着ている血まみれの茶色い服よりも汚い色で朽ちていました。けれどもまだ少しだけ残っている錦糸やラメに娘はそれを選びました。
懐かしい歌、楽しい思いで、くるくると回る幸せに浸っていた過去だけが娘の心に唯一の救いを残してくれたのです。
同じ頃、別の場所で、身代わりとなった贄の娘は征服者の前で禁忌の神代踊りを舞っていました。
くるくると舞い、歌が終わると、娘は中央広場に連れていかれ、市民たちによって処刑されました。
綺麗な歌を歌っただけなのに。
見える高台で大きな火の粉が上がっているのが見えたのです。
「女になぞ産まれたくはなかった。男になぞ生まれ変わりたくはない。」娘は見苦しくも美しい姿のまましばらく吊るされたと、聞きます。
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