タコのグルメ日記

百合之花

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I章 始まりの森

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あれから一週間。
後から考えてみると小動物を殺すことにほとんど抵抗を感じないことから、飢餓って怖い。とか思いつつ、僕は羽ウサギを2匹。やたらとでかいコオロギらしき昆虫を2匹となかなか成果は順調である。
失敗したこともままあったわけだがまぁそれは仕方ない。
生まれてからの三日間よりははるかにマシである。そして一匹取ればほぼおなか一杯になるためにこれ以上、必要が無いのだ。

今日の獲物はまたもやコオロギらしきやつである。

見た目はまんまコオロギなのだが、小型犬なみの大きさを持つそれはコオロギとは言えないものとなっている。その顎は体が大きくなった分、岩でも噛み千切りそうなほどに太く堅い。
わざわざ頭をねじりきらなくてはいけないほどである。
まずはそろりそろりと這いよる。
音を経てずに静かに。
そして近くの木に登り、上から2本のタコ脚を使ってぶら下がるようにコオロギの頭上よりちょっと後方を取る。
そして狙いを定めて、全身の筋肉を締め付け、息を止め、一気に息を吐く。と同時に全身の筋肉が弛緩し、残りの6本のタコ脚がコオロギモドキに向かって射出(・・)された。

名づけてタコ脚キャノンである。
・・・ちょっとそこ?笑ったでしょ?
こちとら大真面目に名づけた必殺技なのだから笑うのはひどいと思わないか?
馬鹿にするなよ?
その名前に反してこれはなかなかに強い技なのだ。
まずなんか良く分からないけどこの体は他の生物を食べれば食べるほど強くなっていくことらしいことがこの一週間で分かった。
獲物を食べると同時にやってくる強力な充足感。
あれはおそらく獲物のなんかこう・・・神秘的なエネルギーも胃に収めているんじゃないか?というのが一週間ほど考えた結論である。
とりあえず強くなった力がどこまでなのかを確認するのは当然だろう?
ゆえにその辺の木の幹に対して殴ったり締め付けたりしてみたんだ。
その試行錯誤の過程で考えたのがこのタコ脚キャノンである。
筋肉の塊であるこの体が強化され、その強化されたタコ脚から繰り出される突き、人間で言うなら貫き手とでも言うのだろうか?
貫き手はまさに岩も貫通する!!
んだったらよかったんだけどね。
さすがに岩は砕くのがせいぜいで、貫通させるほどの鋭利さは無い。が、それでもその攻撃力は昆虫の堅い外骨格を楽に、とまでは言わないが悠々とぶち抜く程度には強力である。
なおかつ、こちとら8本の脚は伸縮自在。
最大で5メートル近く伸ばせることを考えるとちょっと離れたところからこの技を使えば反撃を受けても脚だけで済むというなかなかに使える中距離攻撃技なのである。

とまぁ解説はこのくらいにして、打ち込んだ6本の脚はコオロギモドキの体をぶち抜く。
さすがに貫通までは行かないが、6本の触腕が生えたコオロギモドキは例え頭を潰されても動ける梯子状神経を持つ昆虫といえども一たまりもないようで、ぴくぴくと痙攣を繰り返すだけである。
では、いただきます。

当然、昆虫食の文化が一部の地域にしか残ってない日本人としては可愛い動物であるウサギを殺す以上に抵抗感があったものだが、さすがに自然界でそんな甘いことは言ってられない。
三日間の飢餓体験は僕の食に対する価値観をがらりと変える程度にはつらかったということである。
食えるときに食う。
これ、自然界で生きるうえで一番大切なこと。
うん。

それにコオロギモドキは‐

コオロギモドキの頭を落として、がぶりつく。

‐美味しいのだ。

噛み砕いた瞬間に広がるのはそれはもう、こちらの味覚を破壊せんとしているのではないか?
そう思わせるほどの強烈な旨み。である。
あまりに美味しすぎてその旨み以外を認知させまいとするほどの強烈な旨み。
口が止まらない。噛めば噛むほど吹き出てくる。
羽ウサギの場合には染み出てくる旨みであったのだが、コオロギモドキの場合、こちらのペースなど考えずにただただ溢れ出る旨みの奔流が舌を蹂躙する。
まさしく味の暴風雨とも言えるほどの勢いで旨みが口に広がる。
次に襲い来るのは臭みである。
だが、嫌な臭みではない。
食べ物としての、ある種の香草のような独特な臭み。
香り、と言った方が語弊が無いだろうか?
その香りはあっさりとしていて、口の中で暴れまわっていた旨みを洗い流し、あまりの旨さに麻痺した舌をやさしく撫で回すような、優雅な香り。
しかしこれは嵐の前の静けさに違いないことを僕は知っている。
本命はコオロギモドキのその立派な後ろ足である。

その立派な後ろ足を噛む。
するとどうだろう?
一瞬、意識が飛ぶほどに凝縮された旨みの爆発が起きる。
最初に味わったのが嵐のような恒久的な暴力だとすれば、これは一瞬一瞬に勝負をかけた刹那の暴力。
後ろ足の外骨格を噛みぬいた瞬間にはじける筋肉、そして筋肉から弾ける旨みの飛沫。
その飛沫はどこかしょっぱく、しかしほんのりと甘い。まるで1グラム1万円の一点物の高級塩のようだ。
それだけでも高級料理店の前菜にでもなりそうなほど。
旨みの爆発に色を付ける。

しかし旨みのインパクトが強すぎてその飛沫すらただのアクセントに過ぎないことに気付き、ただただ旨みに流されるしかないという。

旨味の暴虐。
一言で言うならそれだろう。


毎度のごとくぷるぷると全身を震わせて、しっかりと味わい飲み込む。
そして続く充足感。
どうやら食べたのはオスのコオロギモドキだったようだ。
大きな腹をしたメスだったならばこれにさらに卵も味わえていたわけだが、ちょっと残念だ。
それはまたの機会に。

今日もまたおなか一杯になったので帰ることにする。

やることを終えたらすぐに寝床へ帰る。
これは鉄則である。
できればもっと森を探検してよりたくさんの食材を探したいと思うのだが、今の状態では下手に動き回ると捕食される可能性が高い。
住処から半径500メートル。
これが現在、分かっている安全地帯である。
たまに絶対勝てないと思われる生物が歩いていたりするがそれは今までに2、3度しか見かけていない。ゆえにこの付近は割合安全なはずなのだ。

あせらずあわてず。
ついこの前生まれたばかりの子供タコに過ぎない僕が無茶をしても仕方ない。
大人になってから森を探検すればいいだけなのであるから。

なんてことを考えつつもさらに一週間。
今日も今日とて狩りだ!
と思い、最近捕まえることができたやたらと尻尾が長く、その尻尾で木々にぶら下がったり飛び移ったりというネズミ。
名づけてオナガネズミを‐関係ないけど前世の地球でもいそうな名前である‐捕らえようと思った矢先のことである。

いきなり横合いからドンという衝撃と、ついで湧く強烈な熱感。
何事っ!?
とあわてると自分のタコの体に食らいつく銀色の狼の姿があった。

幸い、頭、もとい胴体に噛み付いたのではなく、数ある触腕をまとめて6本く
らいを噛みついていた。
その触腕からは青い血が滴りおちている。
これはやばっ!!
瞬時にこれは命の危機であることを理解し、頭が真っ白になりかけたのだがここで真っ白になってしまえば死ぬしかない。
タコに生まれたものの、まだ死にたくないと思うほどには愛着が湧いていた。
この世界で生きてみたい、自分がどんなことをできるかを知りたい、世界を見て回りたい‐なんていう高尚な理由ではなく。
この世界(とりあえず地球ではないと思う)の生物はとかく美味しいのである。
まだまだ美味しいものがあるかもしれないのにそれらを残して死ぬなんて御免である。
単純にこのタコの体の味覚が鋭いというだけかもしれないが。
とにかく逃げる?
いや、逃げるだけではすぐに追いつかれる。
牙は太く鋭いのだろう。2本ほどちぎれ落ちていた。
残りの脚も傷がついて上手く動くかはちょっと自信が無い。
人間であれば筋肉、骨のどちらかが断たれてもまだ動ける。
しかし筋肉しかないタコの体では筋肉が断たれてしまえばもうどうしようもない。
人の腕をなんだと思っているのか?とちょっとイラついたが、まぁあ餌だと思っているんだろうなと思い直し。
とにかく、どうにかしてこの狼を倒さねばなるまい。
仮に逃げれたとしても臭いで追いかけられる。
ならば。
そう考えた僕はタコ脚キャノンを銀色の狼、名づけてギンタの右目に繰り出した。
当然やわらかい眼球にずっぷりと特に抵抗も無く入る僕の触腕。
今宵の触腕は血に飢えておる。なんてことを言ってる余裕も無いわけだが、とりあえずタコ脚キャノンはギンタの右目を貫き、その奥にある脳髄をえぐったようである。
ぶるっと震えてそのままドウと倒れたギンタ。

「・・・ゴポ。・・・ゴホッ、ゴホッ・・・」

呼吸するため穴から血が吹き出た。
これは自分の血ではなく、ギンタを殺した際にとんだ返り血が呼吸器に入ったためである。
咳き込みました。
死に間際になかなか地味な嫌がらせをしてくれるものである。

さらには噛み付かれた6本の触腕は4本が駄目になっており、使える触腕は4本。しかしタコ脚キャノンが使えそうなのはもともと無事だった2本だけのようだ。
被害は甚大。
死なないだけありがたいと思うべきか。
ギンタが近づくまで気付けなかったことを悔いるべきか。

何はともあれ、軽くそのばでギンタの死体を2、3口食んだあと。
脚だけもぎ取って巣に帰ることにした僕である。
ちなみに味はただ美味しいという程度にしか分からなかった。

アドレナリンがどばどば出てそれどころじゃなかったんだろう。
タコの体にアドレナリンなんてものがあるのか不思議なものだが。

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