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Ⅳ章 豊穣の森
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捕らえたダイオウオオカマキリを美味しくいただいたところ、非常に美味だった。
その味はまさに筆舌に尽くしがたし。
たぎり、ほとばしる肉の味。それはまるで鶏肉のようにしかし鶏肉の味を凝縮したような淡白であるが、脂やくさみといったものをまったく感じさせない濃厚な、ただの、そう!
ただの肉!
肉と言うべき肉を味わった後に、口に充填されていくカマキリの体液。
体液は非常に滑らかで、まるで鶏がらスープのようなコクとパンチがあった。
そのパンチの効いたスープとも言うべき体液に漬け込まれたやわらかくも淡白で、これぞまさに肉と言うべき鶏肉以外の味のしない純粋な、純朴たる肉。
カマキリの雄雄しさを、淡白に、しかし悠然と示すその肉に噛み締める顎をもって打ち負けると思いばかるほど。
堅い外骨格は噛み締めれば噛み締めるほど、甲殻を持つ生物特有の、エビの尻尾のような味が口に染み渡る。
その染みたるや、女性の大敵お肌の染み以上の頑固さと濃さで舌を犯してくる。
まさに舌の大敵。
しかし、やめられないとめられない、河童エ○せん!
総評。
昆虫類はやっぱり美味しい!!
ちなみにお腹のほうは焼いて食べた。
カマキリが死んでしばらくしてお腹からにょろにょろと頭がどちらかも分からない針金の様な気味の悪い虫が出てきたからである。
寄生虫だと思うが、怖くて生で食べられなかった。
焼いたものはまた趣が違っていた、とだけ言っておこう。
そして、横取りを続けていた結果。
「で、出やがったっ!?
デビルイーターのボスだ!!気をつけろっ!!
他のデビルイーターとは動きも力も大きさも段違いだぞ!!」
「くそったれがっ!!
ようやく妹の薬代が稼げるって所でっ!!
こんなところで足踏みしてらんねぇんだよぉぉぉぉおおっ!!」
「私、この戦いが終わったら彼と結婚するんだ。」
「ばかやろうっ!無茶しやがってっ!!」
このように。
僕を見かけたら即こちらに対応するようになって来た上に、最近では殺されることはまずないけれど、非常にウザイと言うことで―たとえるならボス敵に相対したときに一緒に出てくる雑魚キャラのような―デビルイーター、特に僕と言う個体を探すための依頼もあるだとか。
なんてこったい。
やりすぎちまったぜ。
やまいがいるいないにも関わらず、横取りが楽で楽でたまらないってことで、ついつい楽なほうへ楽なほうへと流されていくのは人間の宿命かもしれない。
タコだけど。
楽に生きてきた結果がこれだよ。
あまりやりすぎると僕個人を狙った討伐隊が組まれかねないので、これくらいで自重した。
では次にどうしよう?と考えたところで、これまたひらめく。
ふふふ、最近僕の頭が有頂天である。
とりあえず目の前の冒険者の方々をぶっ飛ばしつつ、彼らの獲物を横取りして家に帰る。
「やまい。街に行こうか。」
「・・・いや。」
「どうして?」
「き、嫌われるんでしょ?」
「大丈夫大丈夫。」
全種族に嫌われると聞いてどんな風に嫌われるのかがちょっと気になったので、やまいに詳しく話を聞いたり、グリューネの言葉を聞くにどうやら嫌われる、というのはやまいに対し生理的嫌悪感を「見た時」と「時間経過」で抱くようだ。
これはやまいの迫害のされ方から予想した。
嫌われるには嫌われるが、日々のご飯を与えられなかったりはせず、徐々にエスカレートしていったことがこの根拠となる。
存在自体、目に入れなくても嫌うと言うのはまず無いはず。
世界の果てにいるであろう、ほかの邪竜の加護を持つ人間を世界中の人間が嫌っていなくてはおかしい。
見たことも聞いたことも無い人間をどうがんばっても嫌いになることが出来ないように、人間がやまいを認識して初めてやまいは嫌われる。
ではその認識とはどこまでのことを言うのか。
一緒の空間に居ると駄目なのか、見ると駄目なのか、話すと駄目なのか、触れ合うと駄目なのか。
ご飯はちゃんともらえていたと言うことから、おそらくご飯を作っているときはやまいから目を離している。
邪竜の加護は亜人にとって最大の禁忌とされる同属殺しすらやぶらせるほどの―『殺してもいいべ?』―と思わせるほどの嫌悪感を相手に与える。
そこまでの嫌悪感を与える相手にご飯をわざわざ与えるだろうか?
与えなければそれでやまいは死ぬのである。
高値の奴隷にするためだけにちゃんとご飯を与えていた、というのはいささか無理がある気がする。
では目に入れなければやまいは嫌われないのか、顔を隠していればいいのかと言えば違う。
それは徐々にやまいが村人全体から迫害されていったことに起因する。
さすがに村人全員が全員やまいを一斉に見て、一斉に嫌ったなんて状況には成らなかっただろう。
彼女がとたんに嫌われだしたら、普通、彼女自身ではなく彼女の周りで彼女を急に嫌いに成った村人の正気や考えを疑う。
真っ先にそれまでは優しかったであろう彼女の親が彼女を嫌いだしたのだからなおさら不振がるだろうし、そこを心配してやまいを見に行った人間が片っ端から彼女を嫌いに成っていれば『何かあるな?』と思うのは当然だ。
さすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。
見るのが駄目なら間接的に声だけで会話して状況を理解する・・・なんてこともできたはずだ。
なのにも関わらず村人はやまいに例外なく敵対。
これから察するに、嫌悪感は感染する、ないしは嫌悪感を与えるフィールド的な物が彼女を取り巻いている、と思われる。
実証するにはやまいが幼すぎて心の傷が気になるところだし、実証するための労力を割く余裕が無いため確証は得られないけれど。
フィールド、というよりフェロモンと呼んだほうがしっくりくる。
うろおぼえだがフェロモンはさまざまな動物が持っていて、昆虫、特にフェロモンの実験には蚕(カイコ)が使われるとか。アリの行列も先頭のフェロモンをたどっているために過ぎない。
前世の小学校低学年のときに育てて以来、見たこと無いのでちょっと懐かしく思ったけれどそれは今は関係ない。
とにかく、彼女は嫌悪感を与える―忌避フェロモンとも言うべき物を出している、と思う。
だが、そういうフェロモンもそれこそ一箇所で常に誰かと一緒にいなければ問題ない、はず。
街で軽く歩く程度なら通りすがる人にちょっとあいつなんとなく気にくわないと思われる程度で済むんじゃないか?と思われる。
いずれ奴隷を買って来て実験してみたい。
奴隷ならば首輪を通じて命令を聞かせることができるため、「気持ちを表情に出すな」と言っておけばやまいを傷つけることなく実験が可能だ。
奴隷なんてもう勘弁、と思っていたのだけれどよくよく見定めて余計な問題が無い人を連れ帰ればいい―はず。
実験が終われば首輪をはずしてポイ。
大人なればこっちが面倒を見ようなんていうのは逆におこがましく、おせっかいと言うものだろう。
決して僕が無責任なわけじゃないヨ。と言っておく。
きっと奴隷の人も首輪をはずされて自由の身になればきっとうれしいはずだ。
つまり何が言いたいかと言えばやまいが来てもぜんぜん問題ないよ!
ていうか、やまいを一人で留守番させられないよっ!ということである。
全種族、一部例外あれど嫌われるやまいはこの森に住む動物にも当然嫌われてる。
さきほども言ったように忌避フェロモンないしは敵対フェロモンを出している彼女がいるためか、最近家の周りにちらほらと好戦的な動物達があつまりつつある。
僕がいるからこそ襲われていないだけで、僕がいなくなればやまいはたちどころに食べられてしまう。
草食動物は今まで以上に近づかなくなったし、今思うと魚が釣れなかったのもこの忌避フェロモンがあったからかもしれない。
どの道、いずれは街に行く必要が出てくる。
人が多い場所はおそらくやまいにとってのトラウマだろう。できれば留守番させてやりたいが無理だ。
だが、そこは。
「・・・大丈夫、大丈夫。僕がいるからね。」
「・・・うん。」
僕がカバーしてあげれば良い。
さすがにやまいが自衛できるほどの力をつけるまで森にこもりきりというのは今回のことが無くても難しい。
僕だけであるならば問題ないが、育ち盛りの子供には色々なものを食べさせてあげたいし、家を補強するためのクギや斧なんかもタイミング悪く買い換え時である。
調味料含め、火を出す魔道具もまた買い替え時だ。
ここ最近、使用頻度がさらに上がったせいですぐに駄目になってしまったということに他ならない。
米なんかも買い込んでおきたい。
この森は確かに山菜や果物など、実り豊かであるが当然そういった食べ物のある場所は他の魔物のテリトリーである場合が多い。
しかもそういった植物を食べるタイプの動物は肉食動物から身を守るために集団でいることがままある。
植物を食べるから肉をまったく食べないかというとそうでもなくて、たまには肉も食べるためやまいと一緒にいくのは少々以上に危険。
いくら僕が強くとも多方面から襲われてしまえばやまいを守ることが出来ない。
獣よけの効果にも限りはあるのだし、街で食材が得られるというのならばできるだけ街で手に入れるのには越したことがないのだ。塩なども必要だし。
というわけで大きなリュックを葉っぱや毛皮で作った後に、そこに資金としての動物の体の一部を入れて街に行く準備をする。
羊皮紙に必要なもののメモをして、それも懐に偲ばせる。
人間に擬態し、人間の服を着込み、やまいには服と一緒にフードも被せる。
鮮やかな銀髪がフードに隠れ、これでとりあえずは覗き込まれなければ大丈夫・・・なはず。
駄目なら最低限必要なものである火の魔道具あたりを買ってすぐに帰ることにすればいい。
「というわけで行ってくる。」
『はいはい。いってらっしゃい。』
グリューネがメープルシロップを水で薄めたものを飲みつつ、見送る。
僕達は久しぶりのミドガルズの街にやってくるのだった。
途中までやまいが自分で歩いていたものの、子供の、それも毒薬で弱体化した体には厳しかったようで途中でおぶっていく。
やまいの元気の無さが気になるものの、疲労によるものだろうと結論付けた。
風邪の様子はない。
☆ ☆ ☆
冒険者組合に素材を売りに来た僕達だが、予想以上にやまいの副作用は強かったらしく、道中にそこそこ絡まれた。
わざと当たってきて「おいこらっ!骨が粉砕玉砕大喝采しちまいやがった!!てめぇ慰謝料よこせやヒャッハー!」なんてのがちょいちょい起こる。
極端にやまいを狙ってからむということではないが、どうも気に食わないやつの家族(ぼく)らしき人間もまとめてちょっとびびらせてやろうみたいな思考回路らしい。
これが普通に絡んできたのなら(そもそもそうそう頻繁に絡んでくるほど荒んだ治安状態ではない)適当にやり過ごすか、軽く叩きのめして終わりなのだがやまいのせい、というか邪竜の加護のせいである以上彼らに非は無い。
別に街人全員に嫌われるというわけではないのだから、おそらくはなんとなく不愉快に感じる、という程度で、ゆえに理性の弱い人たちが絡んできてしまったと思われる。
そう考えると彼らが100パーセント悪くないかといえばちょっと疑問が残るものの、まぁそれはともかく。
怯えるやまいをかばいつつ、適当に受け流しつつ、時に軽くのしつつ、または逃げつつ。
冒険者組合で動物の売れそうな部分を売り、薬草とされる葉っぱを売り、色々なお店で保存用のビンや調味料、魔道具や金具、刃物類を買い込み、日持ちするような食材や果物などを買い込む。
果物はいっそのこと森で栽培することも視野に入れて何個か買い込んでおく。
一番よさげなのがスイカっぽい果物だ。
他のは大抵、木に成る果物で即時的な効果はなさそう。
一番早いものでみかんだろうか?
ついでに新たな甘味の作成に取り掛かるための材料も買い込んでおく。
砂糖と果物が主な原料だった気がする、ジャムだ。
あとはパンも作りたい。帰ったらまずはカマド作りから始めねばなるまい。
やることは多い。
当然、もともとの目的のブツも忘れない。
これさえあれば楽に獲物が取れる!はず。
そう思いたい。
「あ、やまい。お腹空かない?」
「・・・。」
「・・・どうしたの?
お腹でも痛い?」
そう聞きつつも違うんだろうなと思う。
うつむくやまいに視線を合わせるようにかがんで覗き込む。
すると少し泣いていた。
「・・・そんなことない。」
「そう。」
やまいの視線はうつむきながらも一箇所に固定されている。
その先をたどると仲良さげに歩く親子の姿。
う~ん。やっぱり早かったかもしれない。
宿に留守番させておくべきだったかな?でも、それはそれで多少の心配がある。
何があるか分からないし、宿屋の主人が尋ねてきて、やまいの姿を見たら、と思うと不安が残る。
当初は街の外れで待っていると言い出したやまい。
絡まれているのも自分のせいだということを肌で感じているのかもしれなかった。
「やまい。」
やまいのほほを両手ではさみ、こちらに目を向けさせる。
触れ合う、人肌のぬくもりは人を安心させるという。
タコなのにも関わらず、変温ではなく恒温動物である僕の体温は多分30度ほど。
人の体温と比べるとだいぶぬるく感じるだろうが、そこは我慢してもらおう。
そのまま涙を指先でぬぐう。
「大丈夫、大丈夫。」
口癖とも言うべきほどにつまらない慰めの言葉だが、困ったことにこれ以上何を言うべきかなど僕には皆目見当がつかない。
家族になってやる、だとか、今と昔は違うから忘れようねとか。
ぼっち能力を、同じ境遇に無い僕がそうそう大仰な慰めの言葉を吐くのはちょっと違う気がした。
とすると何も言えなくなり、とりあえず気休めとしての「大丈夫」という言葉しかなかった。
不甲斐ない僕の言葉であるが、やまいの傷を癒す言葉は、いずれこの副作用をなんとか出来た時に実の両親にかけてもらうことにしよう。
どこにいるのかも分からないし、もしかしたらやまいの村人殺しに巻き込まれたかもしれないが。
誰を、どれだけ殺したか、なんてのは聞かなかったのでその辺はいまだ分からない。
まぁ親が生きているのであれば、副作用を何とかしたときに会いたいとかなんとか言うだろう。
とりあえず今はやまいの頬から手を離し、頭を軽く撫でた後にもう一度聞くのである。
「お腹すいた?」
「すいた。」
「そうか。じゃあ外食と行こう。」
「タコの手料理が良い。」
「ん?そう。
分かった。じゃあすぐ帰ろうか。」
「うん。」
こうして必要物資の買い込みは終わった。
帰ったら、僕のスタイリッシュな狩りをやまいに見せられそうである。
そこはかとなく不安もあるけれども。
その味はまさに筆舌に尽くしがたし。
たぎり、ほとばしる肉の味。それはまるで鶏肉のようにしかし鶏肉の味を凝縮したような淡白であるが、脂やくさみといったものをまったく感じさせない濃厚な、ただの、そう!
ただの肉!
肉と言うべき肉を味わった後に、口に充填されていくカマキリの体液。
体液は非常に滑らかで、まるで鶏がらスープのようなコクとパンチがあった。
そのパンチの効いたスープとも言うべき体液に漬け込まれたやわらかくも淡白で、これぞまさに肉と言うべき鶏肉以外の味のしない純粋な、純朴たる肉。
カマキリの雄雄しさを、淡白に、しかし悠然と示すその肉に噛み締める顎をもって打ち負けると思いばかるほど。
堅い外骨格は噛み締めれば噛み締めるほど、甲殻を持つ生物特有の、エビの尻尾のような味が口に染み渡る。
その染みたるや、女性の大敵お肌の染み以上の頑固さと濃さで舌を犯してくる。
まさに舌の大敵。
しかし、やめられないとめられない、河童エ○せん!
総評。
昆虫類はやっぱり美味しい!!
ちなみにお腹のほうは焼いて食べた。
カマキリが死んでしばらくしてお腹からにょろにょろと頭がどちらかも分からない針金の様な気味の悪い虫が出てきたからである。
寄生虫だと思うが、怖くて生で食べられなかった。
焼いたものはまた趣が違っていた、とだけ言っておこう。
そして、横取りを続けていた結果。
「で、出やがったっ!?
デビルイーターのボスだ!!気をつけろっ!!
他のデビルイーターとは動きも力も大きさも段違いだぞ!!」
「くそったれがっ!!
ようやく妹の薬代が稼げるって所でっ!!
こんなところで足踏みしてらんねぇんだよぉぉぉぉおおっ!!」
「私、この戦いが終わったら彼と結婚するんだ。」
「ばかやろうっ!無茶しやがってっ!!」
このように。
僕を見かけたら即こちらに対応するようになって来た上に、最近では殺されることはまずないけれど、非常にウザイと言うことで―たとえるならボス敵に相対したときに一緒に出てくる雑魚キャラのような―デビルイーター、特に僕と言う個体を探すための依頼もあるだとか。
なんてこったい。
やりすぎちまったぜ。
やまいがいるいないにも関わらず、横取りが楽で楽でたまらないってことで、ついつい楽なほうへ楽なほうへと流されていくのは人間の宿命かもしれない。
タコだけど。
楽に生きてきた結果がこれだよ。
あまりやりすぎると僕個人を狙った討伐隊が組まれかねないので、これくらいで自重した。
では次にどうしよう?と考えたところで、これまたひらめく。
ふふふ、最近僕の頭が有頂天である。
とりあえず目の前の冒険者の方々をぶっ飛ばしつつ、彼らの獲物を横取りして家に帰る。
「やまい。街に行こうか。」
「・・・いや。」
「どうして?」
「き、嫌われるんでしょ?」
「大丈夫大丈夫。」
全種族に嫌われると聞いてどんな風に嫌われるのかがちょっと気になったので、やまいに詳しく話を聞いたり、グリューネの言葉を聞くにどうやら嫌われる、というのはやまいに対し生理的嫌悪感を「見た時」と「時間経過」で抱くようだ。
これはやまいの迫害のされ方から予想した。
嫌われるには嫌われるが、日々のご飯を与えられなかったりはせず、徐々にエスカレートしていったことがこの根拠となる。
存在自体、目に入れなくても嫌うと言うのはまず無いはず。
世界の果てにいるであろう、ほかの邪竜の加護を持つ人間を世界中の人間が嫌っていなくてはおかしい。
見たことも聞いたことも無い人間をどうがんばっても嫌いになることが出来ないように、人間がやまいを認識して初めてやまいは嫌われる。
ではその認識とはどこまでのことを言うのか。
一緒の空間に居ると駄目なのか、見ると駄目なのか、話すと駄目なのか、触れ合うと駄目なのか。
ご飯はちゃんともらえていたと言うことから、おそらくご飯を作っているときはやまいから目を離している。
邪竜の加護は亜人にとって最大の禁忌とされる同属殺しすらやぶらせるほどの―『殺してもいいべ?』―と思わせるほどの嫌悪感を相手に与える。
そこまでの嫌悪感を与える相手にご飯をわざわざ与えるだろうか?
与えなければそれでやまいは死ぬのである。
高値の奴隷にするためだけにちゃんとご飯を与えていた、というのはいささか無理がある気がする。
では目に入れなければやまいは嫌われないのか、顔を隠していればいいのかと言えば違う。
それは徐々にやまいが村人全体から迫害されていったことに起因する。
さすがに村人全員が全員やまいを一斉に見て、一斉に嫌ったなんて状況には成らなかっただろう。
彼女がとたんに嫌われだしたら、普通、彼女自身ではなく彼女の周りで彼女を急に嫌いに成った村人の正気や考えを疑う。
真っ先にそれまでは優しかったであろう彼女の親が彼女を嫌いだしたのだからなおさら不振がるだろうし、そこを心配してやまいを見に行った人間が片っ端から彼女を嫌いに成っていれば『何かあるな?』と思うのは当然だ。
さすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。
見るのが駄目なら間接的に声だけで会話して状況を理解する・・・なんてこともできたはずだ。
なのにも関わらず村人はやまいに例外なく敵対。
これから察するに、嫌悪感は感染する、ないしは嫌悪感を与えるフィールド的な物が彼女を取り巻いている、と思われる。
実証するにはやまいが幼すぎて心の傷が気になるところだし、実証するための労力を割く余裕が無いため確証は得られないけれど。
フィールド、というよりフェロモンと呼んだほうがしっくりくる。
うろおぼえだがフェロモンはさまざまな動物が持っていて、昆虫、特にフェロモンの実験には蚕(カイコ)が使われるとか。アリの行列も先頭のフェロモンをたどっているために過ぎない。
前世の小学校低学年のときに育てて以来、見たこと無いのでちょっと懐かしく思ったけれどそれは今は関係ない。
とにかく、彼女は嫌悪感を与える―忌避フェロモンとも言うべき物を出している、と思う。
だが、そういうフェロモンもそれこそ一箇所で常に誰かと一緒にいなければ問題ない、はず。
街で軽く歩く程度なら通りすがる人にちょっとあいつなんとなく気にくわないと思われる程度で済むんじゃないか?と思われる。
いずれ奴隷を買って来て実験してみたい。
奴隷ならば首輪を通じて命令を聞かせることができるため、「気持ちを表情に出すな」と言っておけばやまいを傷つけることなく実験が可能だ。
奴隷なんてもう勘弁、と思っていたのだけれどよくよく見定めて余計な問題が無い人を連れ帰ればいい―はず。
実験が終われば首輪をはずしてポイ。
大人なればこっちが面倒を見ようなんていうのは逆におこがましく、おせっかいと言うものだろう。
決して僕が無責任なわけじゃないヨ。と言っておく。
きっと奴隷の人も首輪をはずされて自由の身になればきっとうれしいはずだ。
つまり何が言いたいかと言えばやまいが来てもぜんぜん問題ないよ!
ていうか、やまいを一人で留守番させられないよっ!ということである。
全種族、一部例外あれど嫌われるやまいはこの森に住む動物にも当然嫌われてる。
さきほども言ったように忌避フェロモンないしは敵対フェロモンを出している彼女がいるためか、最近家の周りにちらほらと好戦的な動物達があつまりつつある。
僕がいるからこそ襲われていないだけで、僕がいなくなればやまいはたちどころに食べられてしまう。
草食動物は今まで以上に近づかなくなったし、今思うと魚が釣れなかったのもこの忌避フェロモンがあったからかもしれない。
どの道、いずれは街に行く必要が出てくる。
人が多い場所はおそらくやまいにとってのトラウマだろう。できれば留守番させてやりたいが無理だ。
だが、そこは。
「・・・大丈夫、大丈夫。僕がいるからね。」
「・・・うん。」
僕がカバーしてあげれば良い。
さすがにやまいが自衛できるほどの力をつけるまで森にこもりきりというのは今回のことが無くても難しい。
僕だけであるならば問題ないが、育ち盛りの子供には色々なものを食べさせてあげたいし、家を補強するためのクギや斧なんかもタイミング悪く買い換え時である。
調味料含め、火を出す魔道具もまた買い替え時だ。
ここ最近、使用頻度がさらに上がったせいですぐに駄目になってしまったということに他ならない。
米なんかも買い込んでおきたい。
この森は確かに山菜や果物など、実り豊かであるが当然そういった食べ物のある場所は他の魔物のテリトリーである場合が多い。
しかもそういった植物を食べるタイプの動物は肉食動物から身を守るために集団でいることがままある。
植物を食べるから肉をまったく食べないかというとそうでもなくて、たまには肉も食べるためやまいと一緒にいくのは少々以上に危険。
いくら僕が強くとも多方面から襲われてしまえばやまいを守ることが出来ない。
獣よけの効果にも限りはあるのだし、街で食材が得られるというのならばできるだけ街で手に入れるのには越したことがないのだ。塩なども必要だし。
というわけで大きなリュックを葉っぱや毛皮で作った後に、そこに資金としての動物の体の一部を入れて街に行く準備をする。
羊皮紙に必要なもののメモをして、それも懐に偲ばせる。
人間に擬態し、人間の服を着込み、やまいには服と一緒にフードも被せる。
鮮やかな銀髪がフードに隠れ、これでとりあえずは覗き込まれなければ大丈夫・・・なはず。
駄目なら最低限必要なものである火の魔道具あたりを買ってすぐに帰ることにすればいい。
「というわけで行ってくる。」
『はいはい。いってらっしゃい。』
グリューネがメープルシロップを水で薄めたものを飲みつつ、見送る。
僕達は久しぶりのミドガルズの街にやってくるのだった。
途中までやまいが自分で歩いていたものの、子供の、それも毒薬で弱体化した体には厳しかったようで途中でおぶっていく。
やまいの元気の無さが気になるものの、疲労によるものだろうと結論付けた。
風邪の様子はない。
☆ ☆ ☆
冒険者組合に素材を売りに来た僕達だが、予想以上にやまいの副作用は強かったらしく、道中にそこそこ絡まれた。
わざと当たってきて「おいこらっ!骨が粉砕玉砕大喝采しちまいやがった!!てめぇ慰謝料よこせやヒャッハー!」なんてのがちょいちょい起こる。
極端にやまいを狙ってからむということではないが、どうも気に食わないやつの家族(ぼく)らしき人間もまとめてちょっとびびらせてやろうみたいな思考回路らしい。
これが普通に絡んできたのなら(そもそもそうそう頻繁に絡んでくるほど荒んだ治安状態ではない)適当にやり過ごすか、軽く叩きのめして終わりなのだがやまいのせい、というか邪竜の加護のせいである以上彼らに非は無い。
別に街人全員に嫌われるというわけではないのだから、おそらくはなんとなく不愉快に感じる、という程度で、ゆえに理性の弱い人たちが絡んできてしまったと思われる。
そう考えると彼らが100パーセント悪くないかといえばちょっと疑問が残るものの、まぁそれはともかく。
怯えるやまいをかばいつつ、適当に受け流しつつ、時に軽くのしつつ、または逃げつつ。
冒険者組合で動物の売れそうな部分を売り、薬草とされる葉っぱを売り、色々なお店で保存用のビンや調味料、魔道具や金具、刃物類を買い込み、日持ちするような食材や果物などを買い込む。
果物はいっそのこと森で栽培することも視野に入れて何個か買い込んでおく。
一番よさげなのがスイカっぽい果物だ。
他のは大抵、木に成る果物で即時的な効果はなさそう。
一番早いものでみかんだろうか?
ついでに新たな甘味の作成に取り掛かるための材料も買い込んでおく。
砂糖と果物が主な原料だった気がする、ジャムだ。
あとはパンも作りたい。帰ったらまずはカマド作りから始めねばなるまい。
やることは多い。
当然、もともとの目的のブツも忘れない。
これさえあれば楽に獲物が取れる!はず。
そう思いたい。
「あ、やまい。お腹空かない?」
「・・・。」
「・・・どうしたの?
お腹でも痛い?」
そう聞きつつも違うんだろうなと思う。
うつむくやまいに視線を合わせるようにかがんで覗き込む。
すると少し泣いていた。
「・・・そんなことない。」
「そう。」
やまいの視線はうつむきながらも一箇所に固定されている。
その先をたどると仲良さげに歩く親子の姿。
う~ん。やっぱり早かったかもしれない。
宿に留守番させておくべきだったかな?でも、それはそれで多少の心配がある。
何があるか分からないし、宿屋の主人が尋ねてきて、やまいの姿を見たら、と思うと不安が残る。
当初は街の外れで待っていると言い出したやまい。
絡まれているのも自分のせいだということを肌で感じているのかもしれなかった。
「やまい。」
やまいのほほを両手ではさみ、こちらに目を向けさせる。
触れ合う、人肌のぬくもりは人を安心させるという。
タコなのにも関わらず、変温ではなく恒温動物である僕の体温は多分30度ほど。
人の体温と比べるとだいぶぬるく感じるだろうが、そこは我慢してもらおう。
そのまま涙を指先でぬぐう。
「大丈夫、大丈夫。」
口癖とも言うべきほどにつまらない慰めの言葉だが、困ったことにこれ以上何を言うべきかなど僕には皆目見当がつかない。
家族になってやる、だとか、今と昔は違うから忘れようねとか。
ぼっち能力を、同じ境遇に無い僕がそうそう大仰な慰めの言葉を吐くのはちょっと違う気がした。
とすると何も言えなくなり、とりあえず気休めとしての「大丈夫」という言葉しかなかった。
不甲斐ない僕の言葉であるが、やまいの傷を癒す言葉は、いずれこの副作用をなんとか出来た時に実の両親にかけてもらうことにしよう。
どこにいるのかも分からないし、もしかしたらやまいの村人殺しに巻き込まれたかもしれないが。
誰を、どれだけ殺したか、なんてのは聞かなかったのでその辺はいまだ分からない。
まぁ親が生きているのであれば、副作用を何とかしたときに会いたいとかなんとか言うだろう。
とりあえず今はやまいの頬から手を離し、頭を軽く撫でた後にもう一度聞くのである。
「お腹すいた?」
「すいた。」
「そうか。じゃあ外食と行こう。」
「タコの手料理が良い。」
「ん?そう。
分かった。じゃあすぐ帰ろうか。」
「うん。」
こうして必要物資の買い込みは終わった。
帰ったら、僕のスタイリッシュな狩りをやまいに見せられそうである。
そこはかとなく不安もあるけれども。
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突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
貧弱の英雄
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この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
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