タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅴ章 交易都市バルゴ

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チンピラに絡まれてしばらく。

「やまい。」

やまいが殴られたところをさすりつつ。
やまいの怪我の具合を見る。
大丈夫だとは思うのだけれど。

「わぷ・・・だ、大丈夫だよ。」
「ごめんね。もう少しやりようがあったかもしれないね。」

少し理性的過ぎたかもしれない。
相手のガラが悪いからとすぐに暴力を振るうのもどうかと思うが、だからといって相手に殴られるまで黙っているのもまた良くない。
相手を調子付かせてるだけじゃ解決しないということだ。

「っとここよ。」

先導していたリシュテルさんたちが止まる。
この街のダンジョンとやらに案内してもらうとそこはまるで地獄へ続く門のような様相をしている。
洞窟へ続く入り口に神社の鳥居を黒く塗りつぶしたものをとっつけたような物が街の地下にあった。

「えと・・・ここ?」
「交易都市バルゴは階層が分かれていてね。
三つあって一番下が牧畜区。家畜やメガトンボを飼育するスペースとそれら家畜の餌になる生物や草の繁殖もやっているの。
一番上が居住区。この交易都市バルゴに住む人が日々の生活を過ごすための階層。交易都市はその名のとおり街自体が移動し、移動後の場所でさまざまな物資や食材を補給しながらも、メガトンボによるさまざまな物資の運搬、迷宮(ダンジョン)から取れる資源の輸送、販売で街の収益のほとんどを上げてるからここに住む人は基本的にベテランの冒険者や商人が大体。一般人はほとんどいないわ。」

シンシアさんが説明してくれる。

「そしてここ、二階層の南区画はダンジョンの入り口と、ダンジョンに挑むための物資や食材をくれる商人達が居つく階層。北と西は冒険者の居住区にもなっていて上よりも場所代や税金が割安。中堅冒険者が主ね。東には冒険者の育成機関があってそこで腕を磨いてそのままここのダンジョンで稼ぐことを一生の目的にするっていう人も少なくは無いらしいのよ。」
「へぇ。」

あたりを見渡すと確かにポーション的なものを売っている店や武具店がほとんどで僕が来たときに見たメガトンボのいる牧場やその後観光した上層階とはまるで違う空気が充満している。
魔道具らしきライトに照らされたちょっと薄暗い大通りを行きかう人々はほとんどが防具や剣で武装している。
上層区ではあまり見かけなかった僕と同じような露出の激しい人もいる。
たぶん魔法的な効果のかかった防具なのだろう。
見た目以上に防御力があるとシンシアさんは言っていた。
とはいえそういった装備は当然ながら希少であるためにここでもあまり頻繁に見かけるということは無い。できるならマントなどで装備を見せないほうがいいらしいとも。
理由はいわずもがな。高価なため盗まれたり、悪漢にターゲットにされる可能性があるという。頻度としてはごくまれに、程度だけれど。

「さて、タコちゃん。準備はいいかい?ていうかほんとにやまいちゃんを連れて来てよかったの?」
「・・・ほんとは留守番しておいて欲しかったんだけど・・・」
「やっ!」

僕の言葉をさえぎるようにすそを引っ張り、いやなことを主張するやまい。

「というので。」
「・・・まぁ話に聞くとおりなら下手をすれば私達よりも危険はないだろうけど・・・」

そら一人で見知らぬ街に置いていかれたくは無いよね。
僕も心配であるからして一緒に来たのだ。
いざとなれば途中で引き返せば良い。
そもそもやまいのくろもやさんを貫通するような攻撃力を持つ動物と正面きって戦う理由は無い。
そのときはとっとと逃げるに限るし、そんな生物のいるところにやまいを連れて初見で挑むほど僕はおろかではない。
ちゃんと彼女達に話を聞いた上で問題なさそうだから連れてきたのだ。
そも、僕が本気で探索するならリシュテルさんたちとではなく、一人でここに来てタコの姿で擬態を駆使しながら狩りにいくというもの。
今回は僕とやまいの普通の冒険者がどうやってダンジョンに挑むのかということを知るための社会見学のようなものである。

とりあえず剣っぽく使ってる鈍器、もといおなじみ漆黒を手に持ち、あたかも冒険者風に構えて準備をする。
素手で出てくる動物を潰したら引くだろうしね。

「いくよ?忘れ物は無いよね?」
「大丈夫よぉ。」
「もうまんたい。」
「了解です。リシュテルさん。」
「・・・。」

リシュテルさんの言葉にそれぞれが答え、そしてやまいはただじっと見つめるだけだった。

☆ ☆ ☆

ぬちゃり。
ぬちゃり。
ぬちゃり。

足がすっごいべたつく。
ここのダンジョン。入った瞬間に僕は帰りたくなったね。
なにせ見た目がこう・・・陰鬱なのだ。
どろりとした黒い絵の具を塗ったくったようなビルの壁、を思い描いて欲しい。
道の広さは大人が4人ほど横に並んで歩いても余裕がある程度。
地面にも黒い絵の具のようなものが湧き出しているので、それが足に張り付いては剥がれ、張り付いては剥がれを繰り返す。壁も気持ち悪くて下手に触れない。
気持ち悪いというのにもさまざまなベクトルがあるが、これは得体のしれない気持ち悪さを催させるいやな場所である。
ちなみに中は光が差し込まないはずなのに不自然に明るくそれなりに見通せる明るさだ。
テレビの明るさの設定で、ゲームや映画の暗いシーンを無理やり明るくしたような不自然な明るさ。光源の位置が良く分からない。

そして、このダンジョンの広さは大き目のビルを横に倒した物が三つほどあり、それを並列つなぎにしたような場所で、廊下?のような場所を歩きつつ、それぞれの小部屋を探索していくというのが基本。豊饒の森に比べてかなり狭いダンジョンだ。
毎回、小部屋の中にあるもの(いるもの)は変化しているそうでそこにいる動植物を持って帰って売るのが目的である。
ちなみに今まで到達した最深は二つ目のビルの中ほどまで。
ここの動物。気性がすさまじく荒く、数も多いためほぼ休憩無しで進まないと駄目とのこと。そのために広さに反して探索が思いのほか進まない。

そんなダンジョンを進むと早速現れたのがここのダンジョンで一番数が多いとされる閻魔ゴキブリ(今、命名)が現れた。
こいつは通路はもちろん、小部屋にも必ずいるそうで、力自体は大したことなくともその数による力は侮れないとのこと。
豊饒の森にもゴキブリの類はいたが、ここにもゴキブリの類はいるらしい。
豊饒の森ではうっそうとした茂みとゴキブリ特有の逃走速度ゆえにかなり捕らえるのが難しい生物だったが、ここにいるゴキブリは好戦的で向こうから近づいてきてくれる。
ありがたい。味見が出来ると思ったのもつかの間。

何匹か斬り捨てているとふと気づく。
あれ?減って無くない?と。
やまいもくろもやさんの基本形態、竜の爪で蹴散らすがそれでも数がいっこうに減らないように見える。

「いきなりこいつに当たるとはついてないわねっ!
シンシアっ!」
「りょうかいっ!
炎よ炎よ、猛って猛れっ!猛りんせっ!
ファイアブラストッ!!」

魔法の詠唱、ちなみにこれは僕に刷り込まれた翻訳機能がそう翻訳してるのであって、僕がそのまま詠唱を真似ても魔法は使えなかった。翻訳前の言語で唱える必要があるらしい。
エンデは詠唱を使わずに魔法を使っていたのだが、どういうことなんだろう?
そんなことを思っている間にシンシアさんの腕を基点として炎が猛り狂う。
爆音とともに爆発ともいえる勢いで吹き出た炎の塊は目の前の閻魔ゴキブリ達を焼き飛ばす。

ぎちぎちと蠢く音を発てながら生物が、もとい肉が焼ける臭いがあたりに充満する。
なかなか美味しそうな香りである。
日本であるならばゴキブリは嫌悪の対象であるが、この世界ではそんなことはまず無い。
そらそうである。
色々な場所に行く冒険者が虫の一匹二匹で騒ぐはずもない。
虫という生物はこの世で一番数が多く、どこにでもいる種。いちいち騒ぐほうがおかしい。
出てきているのは100匹単位だけども。

「まだまだ来るっ!」

マリーさんが駆けながら進路上の閻魔ゴキブリ達を斬り捨てて跳ね上がり、そして大きな炎の弾を集団にぶち当て、またもや焼き飛ぶゴキブリたち。着地と同時に双剣というか双ナイフを一閃。まわりのゴキブリたちがバラバラに切裂かれ、散らばる。
しかし空いた空間はすぐに他のゴキブリたちに埋め尽くされる。
しょっぱなからこの数を相手にするとは、確かに広くないダンジョンといえども探索しきれないのは仕方ない。

「ブレイドダンスッ!!」

すさまじい剣速と膂力で剣を無造作に振るようにしかし華麗な剣舞を披露するリシュテルさん。

僕も負けじと漆黒をふるい、集まるゴキブリ達を蹴散らしていく。
もったいない。
あとでこっそり回収して食べてみようと思いつつ。

ちなみに、一番多くのゴキブリをしとめたのはやまいだった。


「すごいのね、やまいちゃん。」
「・・・うん。」

リシュテルさんに少し身構えつつも褒められていることを分かっているのだろう。うれしそうに答えるやまい。

「そういえばスキルってなんですか?」

この際だから聞いておこう。
リシュテルさんが使ったブレイドダンスとやら、僕も使えばもう剣の稽古の必要なくなるんじゃないかと思ったゆえである。
冒険者カードに書かれる仕組みも良く分からないし。

「知らなかったの?」
「はい。」
「えっと・・・てっきりタコちゃんのその馬鹿力はスキルかと思ったんだけど・・・」
「え、っと、ええ~、そ、そうですよ?でもあまり詳しくないのでリシュテルさんに教えてもらおうかなと。駄目ですか?」

そういう納得のされ方してたのね。

「そう。ならせっかくだし教えましょうか。スキルというのはユニークスキルと―――」

話が長引いたのでまとめてしまうと。

・ある日英雄がいたよ!
・その英雄は長年の修行により必殺技を編み出した。
・その必殺技を見たほかの人が「俺も俺も!」、と言い出した。もとい真似(パクッ)た。
・英雄が「どうぞどうぞ。」と言い、教えたり見せたりして他の人が真似たのが彼女達が使うスキル。スキルは専門の学校とかで覚えたりできる。
・英雄クラスの人間が使うほど強力で会得するのに何十年もかかるような誰も覚えてないような必殺技のことをユニークスキルと呼び、そのユニークスキルを一般人に教えられるように劣化コピーした必殺技のことをただのスキルと呼ぶ。
・冒険者カードには覚えている必殺技(スキル)が自動的に記載される機能がある。ある一定以上の威力や錬度を持つ技であれば勝手に記載されるという。


「なるほど・・・」
「元々の元祖ユニークスキルは剣闘乱舞って名前。常に最適な剣を振ることの出来るとかいう常に発動するタイプのユニークスキルで、これをもっていた英雄は最強の剣士としていまだ歴史に名を残してるって話。歴史の授業は苦手だったからその人の名前は覚えてないけどね。」
「へぇ。」
「ブレイドダンスは数十秒間だけその効果を得られるってスキルよ。それにしてもブラックコックローチって一匹殺すと周辺の仲間がこぞって出てくるのが面倒よね。体液に仲間を呼び寄せる成分でも出てるのかしら?」

そんな話をしながらまず最初の小部屋の入り口に到達する。さっきはスキルのほうが気になって後回しにしたが今度こそゴキブリを食べてみるとする。
さぁ何が出るかなとちょっとうきうきしながら入るとそこは意外に広い空間。
ちょっとした体育館なみの広さ。事前に聞いていたとおり部屋の広さは異次元にでも繋がっているのか、廊下側から見た予想よりも広い。
いるのは閻魔ゴキブリ。
これは予想通り。どこにでもいるって聞いてたし。数はざっと100ほど。
その背後でぶちぶちと何かしらを食べてるのは・・・サイクロプスとでも名づけよう。

一つ目の巨人だった。
身長は6メートルほどだろうか?
目は一個。ぎょろりとした大きな目玉が特に目立つ。
体色は暗い緑。
大きな目玉がこちらを向く。
顔もこちらを向いたので何を食べていたのかが良く分かった。
どうも他の冒険者を食いちぎっていたらしい。
デザートとばかりにゴキブリも一緒に口の中に放って咀嚼している。

やまいをのぞいた皆が顔をしかめる。
自分と同じ形をした物が臓物を撒き散らして死んでいる。
グロさとはまた別の精神的なダメージがあるものだろう。自分もそうなるのではないかという本能的な忌避感と嫌悪感を抱く。
かくいう僕も元は人間で今も一応の人の姿を取っているのだ。見ていて気持ちのいいものではない。やまいだけが大丈夫なのは僕が目隠しをしているからである。やまいは村人を殺したというし、人の死骸を見てその時のことを思い出すかもしれない。
豊饒の森に居るときから人の死体は極力見せないようにしている。いや、ただの死体ならまだマシ。人間が食われる様を見せるというのはどうかと思う。

「だーれだ?」
「・・・?
たこ?」
「あったりーっ!」

やまいを目隠ししたことにごまかしつつ、サイクロプスが食べ終わるのを待つ。
リシュテルさんたちは詠唱を開始していた。

「タコちゃん。小部屋にいる生物は毎回変わるといったわよね?」
「はい。」
「今回ははずれ、いや当たりとでも言うべきかしら?
とにかく逃げるわ。」
「・・・?それほどの相手なんですか?」
「そうよ。シンシアとマリーが全力の魔法でひるませる。
その後にすぐ離脱。ドアまで逃げ―られないか。」
「え?」

背後からすっごい音が鳴り響いた。
振り向くとそこにはサイクロプスがもう一匹。
上から落ちてきた、のか?

「つがいね。しょうがない。タコちゃんとマリーにやまいちゃんは出口のやつを。私とシンシアは食事を終えてこっちを食べようとしてるあっちの個体を。良い?油断しないでね。」


こうして死闘が始まるのだった。
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