タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅵ章 ポリプス騎士街

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次の日。
あ、晩御飯も豚の脳みそだったのはここだけの話。
味付けが辛くされていて、あれはあれでなかなか美味でございました。
どうもこの国いるケルブタスという頭が三つある豚の脳みそを使ってるようで、年末や誕生日などに食べる国民食とのこと。
好きな蛸人が多いそうだ。
脳みそを食べるタコ頭の人間。人間だった頃の感覚的にはなかなかシュールである。

「さて、忘れ物は大丈夫か?」
「漆黒くらいなので問題ないです。」
「そうか。
・・・それとティキ殿。その荷物は?」
「・・・え?
荷物はってどういうこと?」

騎士団長と初めてあった時の緊張はどこへかと行ったのか、昨日の緊張具合が嘘のようなティキ少女の後ろにはティキ少女の二倍の質量はあろうかという風呂敷があった。風呂敷はすごく薄汚れていて、貧乏臭い、というかどこかで拾ったものだろうか?得体のしれないシミがいい味を出している。
うん。よく言ってくれたよスバルさん。
さすがにないなと思ったからスルーしていたんだけども・・・

「まさかそれをすべて持っていくというわけでは・・・」
「ん?何を言ってるの?持っていくに決まってるでしょう!」
「・・・。」

唖然とするスバル。
僕も唖然とした。いくらなんでもないとわかるはず。なのに大きな風呂敷を重そうにひきづってきたので、体を張ったボケだな、と思いながらもツッコまなかったのである。ボケじゃなかったら嫌だったので。
ところがボケじゃなかったようである。いや、うすうすは気づいていた。
気づきたくなかったのだけれど。

「・・・忍び寄る人の言うことを聞いて良かったな・・・これはこちらで預かっておく。」
「ど、どうしてっ!?」
「どう考えても多すぎる。最低限に抑えてくれ。でなければこちらで用意した荷物を持って行ってくれ。」
「そ、そんなことないよっ!全部必要なものだから持ってきたんだ!!」

のわりには風呂敷の隙間から覗く物体の数々はただのガラクタにしか見えない。
ちなみにこれは何に使うの?と聞くと―

「これはね、これがないと夜眠れないの!」
「・・・じゃあこれは?」
「これもないと眠れないの。」
「それは?」
「これもなくちゃダメだよね!眠れないし。」
「・・・あ、あれは?」
「これは絶対欠かせない。だって眠れなくなるし。」
「・・・全部持っていってください。」
「・・・ああ、わかってる。」
「ちょっ!ど、どこに持って行くのよっ!!
私のあああああっ!ちょっとっ!こぼれたじゃないっ!!ちゃんと持って行くなら持っていき・・・じゃなくてっ、持っていくなぁーーーっ!!」

というひと悶着があり。

「ね、眠れないのにぃ・・・」
「いいから行くよ。ティキ少女。」

ちゃんづけや呼び捨ては馴れ馴れしい気がしてなんか恥ずかしかった。
だからといって少女という言葉をつけるのは若干無い呼び名だなと思ったけど君付けすると僕がなんか変にキャラづくりしてるみたいで嫌だし、呼び捨てだと馴れ馴れしすぎるだろう。てなわけで少女付けである。さんづけ?それもキャラじゃないってばよ。

「ティキ殿、旅の無事を祈る。タコ殿。ティキ殿をよろしく頼む。」
「信用しすぎじゃない?」
「そうか?
妥当な程度だと思うが・・・」

そうかい。
まぁ何も言うまい。

「御者のスティックです。早くて3週間という短いあいだですが、よろしくお願いします。」
「御者のアイスです。よろしくお願いします。」
「あ、はい、よろしくお願いします。」

馬車の御者を務めるスティックさんたちの挨拶に慌てて答えるティキちゃん。
ちなみに馬車のデザインは一般的で無骨なもの。作りがしっかりしていて、さらにはなかなかの広さがあり、ワゴン車に迫るほどで、馬車の中で泊まる事も考えられてるようで、座席の変形も可能という機械による大量生産ができないであろうこの世界ではなかなか高価そうな一台である。
余計なことであるが彼らの名前を並べるとスティックアイス・・・いや、これもまた何も言うまい。


「よろしくお願いします。」

僕も挨拶を返して、いよいよ出発である。

☆ ☆ ☆

「・・・行ったか。」
「行ったようですね。それにしてもやたらと知的な先祖返りだったようで・・・いささか以上に驚きました。まだまだ気になることもありましたが・・・よろしかったので?」
「お前が見て悪人ではないと判断したんだ。そうそう時間をかけていたら彼は一人でこの街を出ていただろうしな。問題ない。少なくとも害することはないだろう。それよりも。地図を返しに行かねばな。なんと言うべきか。」
「その必要はないわ。こうして私から出向いたのだから。」
「あ、アンリエッタ殿っ!?」

スバルは驚く。

「何をおどろいているのかしら?スバル畜生。」
「い、いえ、別に驚いているわけでは。」
「こそこそと何をしてるかと思えばまたあなたたちの自己満足なのね。だからあなたたちは畜生に過ぎないのよ。ま、そっちはどうでもいいの。」
「も、申し訳ありません。」

スバルの背後からやってきたアンリエッタは当然ながらその豊満な胸をそり返らせて、こちらをギロリと見る。

「地図に関しては感謝はしているけれど・・・あの畜生に過ぎない娘に対する対応はいただけないわね。」
「あの・・・どこまでご存知で?」
「概ねは。」
「ど、どうやって・・・?」

どう考えても彼女の身体能力的に諜報なんてことはできないはず。あくまでも頭がいいだけなのだ。部下の諜報要員を使うという選択肢もあるが、わざわざ部下の行動を気にするような人ではないためにそれはありえない。

「あなたたちの行動と忍び寄る人がいないという事実。あなたたちの立場と私の能力を鑑みれば概ねわかるでしょう?」

わかんねーよっと心中でツッコミつつも、スバルは頭を垂れ、上司に対する礼をする。それでなお疑問点を聞いた。

「ですが・・・あの・・・地図を盗まれたことに私たちが感づいていたことを・・・」
「は?
あなた馬鹿?
地図を無くしたからって、あんなわかりやすい真似するわけないでしょう?
ああしておけばあなたたちが勝手に動くと思ったから、わざとあなたの目の前で慌てた演技をしただけよ。」
「はぁあああっ!?」
「状況的に私の責任はあまり無いけれど、私を鼻つまみ者として見てる成り上がりがうざったいからね。わざわざ尻尾を踏みやすい位置に出してあげるなんて癪でしょう。」

となると自分は意のままに彼女の手のひらの上で踊らされていたということに。
さすが10倍の戦力を相手取っても微塵も動じなかった女性である。

「そもそも訓練所の前まで地図を探しに来ること自体がありえないことだと思わないの?
どう考えてもありえないでしょうが。あ、ではなぜ訓練所前に来たのですか?バレたらどうしたのですか?とか馬鹿なことは聞かないでね。バレたらバレたであなたがやることは変わらなかったし、そもそもの前提として頭のいい人ぶってるあなただけれど、実は脳筋が相手ならバレないと考えたらこの手を使ったのだから。」
「・・・で、ですが・・・ではどうして・・・始めから我々を頼らなかったので?」
「あれを捉える・・・つもりだったのよ。秘密裏にね。」
「あれ・・・とは?」
「そもそも。・・・荒らされたあとから犯人の目的はある程度絞り込めたの。食べ物までも盗んでいくスパイがどこにいるのかしら?」
「いや、ですがカモフラージュの可能性も・・・」
「スバル畜生。そこが私とあなたの決定的なまでの差なの。
そこであなたはカモフラージュと考える。私は考えない。それが差。絶対的な、埋められない差。おわかり?
第一、スパイというのはいると感づかれたらおしまいなの。地図を盗むなんていうことをするより、こっそり盗み見たほうがスパイがいることにも気づかない。盗んだという時点でありえないことなの。まぁそれすらわからない馬鹿な奴という可能性もあるけれど・・・その程度の相手なら捨て置いても問題ないでしょう。」
「ですが・・・なにかの間違いという可能性も・・・」
「間違えないわ。
なぜなら私がそう判断したから。」
「・・・そうですか。」

スバルはここで諦めた。
そう、この女はそうなのだ。
どんなに頭が良くても、才能が良くても、なくてはならないものがある。
それは「運」である。
例えば剣道の才能を持つ子供がいたとしよう。
しかし、その子供が剣道に触れる機会があり、なおかつ剣道を楽しく感じて続け、剣道の練習をする環境に恵まれ、師に恵まれ、また事故にあわずに健康に成長していく。
さて、これだけの条件をクリアして初めて剣道の才能が開花すると言えるのだ。
すなわちそういった条件をクリアするための運。
剣道自体の才能よりも、そういった状況に恵まれる運こそが一番大切なのである。
今回の例として中学高校の体育などでもやる機会があるであろう日本人に身近な剣道を取ったものの、この世界では自分から剣道場に通おうとでもしない限り剣道を学ぶ機会は廻らない。もとい、剣道という競技自体を知らずに一生を終える可能性だってある。

目の前のアンリエッタはたしかにその頭の良さは驚嘆に値する。
が、探せばいるといえばいるだろう。
努力をすれば届く人間だって中にはいるかもしれない。
しかし彼女のその運。
彼女が考えてこうだと決意した瞬間、それ以外の選択肢や可能性がなくなったかのように彼女の思うままに結果が都合よく動くのである。
当然悪い結果になることもあるが、最悪だけはないというありさま。いや、最悪だけを回避し、悪くなることを、リスクを負うことを恐れないがための行動が彼女を勝利へと導いているのかもしれない。大損することはないように賭けて賭けて賭けてきた。
その豪胆さが彼女が運を引き寄せてきた秘訣。といっても過言ではない。
それが彼女の生き様である。


「そういう根拠を私が見てとったの。だからあなたが心配する必要は何もない。そして、今から追って、転送門を・・・いえ、ダメね。コロコロと話を変えるのは相手の性格が分からない以上、変な警戒を持たれる可能性もある。やるならやるで・・・若干、リスクが大きいわね。ここは信用をとるか。まったく。あの先祖返りを捉えていたら・・・」
「タコ殿を・・・ですか?」
「そうよ。というか私の唯一の誤算がそれね。なぜもっと大きな借りを作らなかったの?馬鹿者。・・・自分の戦闘能力の無さが恨めしいわ。気づいたらすでに終わっていたなんてね。貴方たちに自主的に動かせようと、座して待っていたのが失敗。だけれどまだまだリカバリーは可能。」
「ですが、彼は・・・」
「半年かかるところを、半月で済ませるから協力しろとでも言えば良かったのよ。それを・・・あんな小娘の些事に構わせるなんて・・・本当にバカバカしい。」
「半月・・・どうやって・・・まさかっ!?」
「転送門を使えばいいでしょう?」
「ですがあれは軍事機密であり・・・」
「黙りなさい。あなたが誰に物を言ってるか言わないとわからないの?
あなたは畜生。私は顧問軍師。どちらの判断が重要かは言わずもがなでしょう?」
「ですが!」
「もう一度言うわ。黙れ。」
「・・・了解しました。」
「私がそれに見合う価値を先祖返りに見出したの。あなたはそれをただ唯々諾々と受け入れていればいい。肉にされるのをただ享受する家畜のようにね。」
「・・・。」

言い草は腹が立つものの、彼女の言っていることは正論だし、彼女の考えもいまいち分からないが自分の考えよりもはるかに良い選択だというのは今までの経験上理解してる。
ゆえに何も言えなくなるスバル。

「先祖返りと接触したのですか?」
「だからあなたはただの脳筋だというの。あなたたちが大切に見守ってる子供たちに先祖返りをつけたのでしょう?
その時点でもう問題ないと判断してる。
さすがの馬鹿といえども忍び寄る人の意見は求めたのでしょう?
彼の見る目だけはあなたの剣の腕よりも信用ができるから。」
「ぐっ・・・」

自身の誇りである剣の腕までも馬鹿にされ、まぁ腹がたつがそれはしょうがない。
それもまた事実である。
ただ彼女は気を遣わずに事実を淡々と述べただけ。
彼女からしたら悪口を言っているつもりですらないのだ。
そんな相手に侮辱するなと怒ったところで、意味は無い。

「それと・・・小娘にスラム街を任せるなんて恥ずかしくはないの?
それは本来あなたたちの仕事でしょう?」
「・・・そのとおりでございます。」
「・・・まったく本当に愚鈍ね。
あの小娘の願いを叶えるならわざわざ見聞を広めさせるよりもあなたたちが動いたほうが手っ取り早く、なおかつ上手く出来るでしょうに。」
「ですが、上と予算が・・・」
「・・・どこまで馬鹿なの?
あなたの上司は誰?」
「・・・?
あなたです。アンリエッタ殿。」
「でしょう?
そして私は何?」
「・・・?
顧問軍師・・・です。」
「・・・わかってないわ。全然わかってない。
世界最高峰の狡猾さと歴史に記されたどの蛸人よりも優れた美貌を持ち、運命の女神に愛されているであろう蛸人。それがアンリエッタ・バース。それが私。
スラム街のひとつふたつ、救えなくてアンリエッタ・バースとは名乗れないわ。
予算のあるなしなど路傍の石ころ程度にもなりゃしない。そうでしょう?」
「・・・は?」
「これから過労死させるつもりで使うから。馬車馬のように働きなさい。スバル畜生。」
「・・・あの、何をお考えで?」
「まさか勘違いしてないでしょうね?
あの小娘の願いを叶えてあげようだなんて・・・これっぽっちも思ってないわ。
ただ、彼女はユーマの娘。正式な貴族ではないけれど、これはとっとと逝きやがったユーマへの手向け。貴族には対等に接する。私の価値観は知っているでしょ?わかったら動けっ!!」
「は、はっ!!」

見事な敬礼をしてスバルはびしっと立ち上がる。
その姿はやはり私の上司はこの人しかいないと思うような清々しい表情であった。

言付をうけたスバルがドタドタと嬉しそうに走り去る様子を見届けたあと、アンリエッタは一言。

「・・・単純ね。ちょうどいい暇つぶしにはなるだろうし・・・間接的に先祖返りとの繋がりも取れる可能性もある。忍び寄る人。」
「・・・ここに。」

アンリエッタの背後から音もなく現れる忍び寄る人。

「先祖返りのあとをつけなさい。常に動向を・・・できれば性格も知っておきたい。ただバレないようにね。そっちを優先しなさい。それとなく助けてもいいけれど・・・先祖返りの能力は不明。高位の魔獣レベルの気配探知(レーダー)が使えると考えるくらいでいいわ。」
「了解しました。」
「なにか疑問は?なければ行って頂戴。」
「どうしてスラム街を・・・?」

その忍び寄る人の疑問には「今更?」という疑問が顔に見えていた。

「・・・情というのは誰しも持ってるものよ。それが分かりづからろうと分かりやすかろうとね。」
「それを聞かせて、私にもやる気を出させようという魂胆ですか?ひいてはユウクリ殿のためになると・・・」
「さぁ・・・どうかしら?」

そういって妖艶に笑うアンリエッタ。
くすくすと楽しそうに笑いながら、彼女は言う。

「ひとつ勘違いしてるようだけど、やる気があろうとなかろうとあなたのやることは変わらないの。だったら充実した気持ちでやるほうが幸せというものでしょう?
これは私の数少ない気遣いよ。黙って阿呆のように受け取っておきなさいな。」
「・・・ふっ。そういうことにしておきましょう。」

少し笑ったあと、そのまま消え去る忍び寄る人。

最後にひとつ。言っておこう。
忍び寄る人の一番の取り柄は人の性格や体型、種族などをその驚異的な洞察力で見切ることである。

そんな彼に対してつぶやくようにアンリエッタは言った。

「・・・本当に可愛くない畜生だわ。」

イタズラがバレたような微妙な顔をしながら。
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