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百合之花

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Ⅰ章 予兆

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「アストルフ殿、貴殿に頼みがある」
「んだ、じじい。改まって?」
「…相変わらず口が悪いな。まあ、良いが。とにかく貴殿にしか頼めないことがあるのだ」
「はいはい。どうせ3日前の爆発の件だろう?」

大都市ランブルの市長室にて、2人の男が向かい合っている。
1人はこの街の市長。名をバングと呼び、その容姿はハゲ上がった頭に立派な髭を蓄えた筋骨隆々の初老の男。
その向かいのソファーに座っているのが、市長にアストルフと呼ばれた金髪をオールバックにした不適な笑みを浮かべる男だ。

「あのなぁ、俺は傭兵であって配管工じゃねぇんだ。いくら巷では傭兵が何でも屋扱いされてるからって、爆心地に行ったところで何も分からねぇよ」

アストルフは笑みを一転、不機嫌な物に変えて市長であるバングの頼みを断ろうとする。

「配管の不備で爆発したというのであれば、わざわざお前さんを呼ばんよ。英雄アストルフ」
「…へぇ、その名で呼ぶってことは荒事かい?」
「ああ、それもとびっきりのな。まずはこいつを見てくれ」
「ああん?書類の束か?本は苦手だぜ、俺は」
「…字で書かれてる読み物全てが本扱いか?」
「それ以外、なんて言うんだよ?」
「…はぁ」

バングは目の前の男の脳筋っぷりに呆れながらアストルフに渡そうとした書類を手に取り、読みながら要点を掻い摘んで話す。
書類の内容は3日前に町の一角を吹き飛ばした爆発に関する調査報告書だった。

「まず、今回の爆発から三日間の調査を経て配管の不備だとか魔科学機械の暴発などの事故ではないことが分かった」
「ああ、荒事になるって話だからただの事故なわけないよな?
チンピラの抗争あたりか?でも、英雄アストルフ様の力が必要かと言うと…分かってると思うが、じじいには駆け出しの頃から世話になっていても、ギャラはしっかり払ってもらうぜ?」
「わかっているとも。英雄アストルフに頼むのだ。ケチなことは言わんよ」
「そうこなくっちゃな。最近、娘が生まれたからさぁ、妻がしっかり稼いでこいってうるさくてなぁ…でも、これが幸せってやつかと思うと…」
「…独身のワシに対する嫌味か?独身は独身で楽しいのだから嫌味にはならんがな。全くもって嫌味には感じない、嫌味になるわけがない。本当だぞ?」
「…あ、ああ、悪かったよ」
「話を戻すが、まず爆心地は裏路地であったことが判明した。いわゆる悪の憩場《いこば》と呼ばれている場所だったらしい。しばらく近隣住民が居なくなっていたことも分かった。そうと知らずにたまたま入り込んで口封じに殺されたと見ておる。その噂もあって周辺の住民は一切近づかなかったらしいのだがな」
「つーことはやっぱり、今回の依頼は悪の組織の壊滅ってとこか?」
「いや、爆心地には辛うじてだが、人間以外の痕跡が見られた。それに伴って似たような場所を調査させたところ、相手の全容が見えてきた」
「へぇ、人間以外ってことは…」
「英雄アストルフ。貴殿には街に侵入した魔獣の討滅を果たしてもらいたい」

☆ ☆ ☆

「で、引き受けたわけね?」
「おう」

大都市ランブルの1番の酒場にて、アストルフとその仲間が集っていた。

「いつも、勝手に引き受けるなって言わなかったか?」

仲間の中でも1番大柄な盾役を務める男が言った。

「まあ、じじいには世話になったからよ。それにできなくは無いはずだぜ?」
「あまり危険なことはしたく無いし、して欲しく無いのだけど?」

仲間の中で、回復士を務める地味な女性が言った。彼女はアストルフと幼なじみであり、2年前に、アストルフと結婚。
今は2歳近くの娘がいる。
傭兵業をしている間は友人のところに預かってもらっていた。

「お前が稼いでこいって言ったんじゃないか。ほら、前金でこんなに貰ったんだぜ?」
「…それだけ危険だってことでしょう?受けたからには仕方ないけれど油断はしないでよ?」
「わーってるっつの。それにもしかしたら俺たちの可愛い娘だって危害を加えられるかもしれないんだ。どのみちやらざるを得ないだろ?」

字面だけ見ると少しばかり険悪に見えないこともないが、その声音には双方ともに相手に対する慈愛が助けて見えていた。

「それで?ターゲットは?」
「ああ、じじいの話によるとだ。最近、やたらと悪の憩場ってのが増え始めていたらしい」
「悪の憩場?」
「悪もんが、悪い取引に使う人気の無いような場所をそう呼ぶんだとさ。ただでさえ、人口増加が問題になってるんだ。そんなスペースがあれば、すぐに家が建っちまう。
そうした悪もんにとって悪い取引に使えるような場所は、悪もんにとっての憩いの場になるんだとさ」
「ほぅ、そんな場所があるのか。だったら俺もお前たち夫婦のようにこの街に家が欲しいが…」
「いや、もともと悪もんが彷徨いてた場所だぞ?危なくないか?」
「ははは、俺には無用の心配よ」
「言われてみれば、そうだな」
「ちょっと、話がそれてるわよ」

傭兵として駆け出しの頃から一緒だった3人は英雄と呼ばれるようになった今になっても仲が良い。

「ふむ、悪の憩場が増えたからなんだと言うのだ?今回のターゲットは魔獣であって、悪人ではないのであろう?」
「ああ、俺もそう思ったんだが、それが増えてるってのが問題なんだとさ」
「なるほどね。ただでさえ土地に余裕が無いはずなのに増えるはずがないものね」
「んで、じじいが調べたところ増えた悪の憩場は本来なら住人がいたはずなんだとさ。家はなくとも、誰かしらが不法に住み着いていたらしい。それがここ数日で綺麗さっぱり。誰もいなくなって、悪もん達がラッキーとばかりに新たな取引場所に使い始めたんだと」
「そうして聞くと、この街を終の住処にしようと決めた判断が間違っていた気がするわ」
「その辺はどこも似たり寄ったりさ、気にしてもしょうがない。で、だ。ここからが本題だ」

アストルフは喋ることで乾いた唇を一度酒で濡らしてから本題とやらに入った。

「じじいはそうして増えた悪の憩場を重点的に人通りの少ない場所や明かりが入りにくい場所に調査隊を向かわせた。結果、調査隊の3分の2を犠牲にしてある程度全容を掴んだらしい」
「なに?調査隊の3分の2?確かあそこの連中はかなり精強であったはずだが…」
「ああ、じじい曰く、今回のターゲットは非常に賢く、強力な魔獣である可能性が高い。遭遇したと思われる調査隊は全滅。裏取引にと悪の憩場を使用していたと思われる悪もん達も使ったそばから消息不明だとよ」
「なるほどね。それならアストルフに依頼したのも頷けるわ。突然増えた悪の憩場とやらは、言うなればそうした人気のない場所へ人間を呼び込むための釣り餌であり、魔獣にとっての巣穴。巣穴に引き込まれた連中はそのまま食べられてしまった…と」
「ああ、じじいもそんな感じのことを言ってたな。補足するなら今回、街に侵入したと思われる魔獣は決して人前に現れず、少人数のみを相手にするとか。被害を受けて調査隊の人数を増やしたところ、4人以上になると襲われなかったって言ってたな」
「なるほど、だから俺たち3人だけの傭兵団、ブレイブマンに依頼が来たのだな。少数精鋭というやつか」
「ああ。…それはそうと、ガイ。
傭兵団の名前でブレイブマンはやめないか?」

恥ずかしそうに傭兵団の名前を口にするアストルフ。

「何を言う?傭兵団の名前を決めてくれと言われたときに何でもいいとか言ったから俺が決めたのではないか。かっこいいだろう?ブレイブマンは」
「…百歩譲ってブレイブマンは良しとしても、気分でコロコロ変えるのはやめてくれないかしら?」
「はあ?アニーは分かってないな。その時その時のベストな名乗りというものがある。気分などという低俗な理由ではないぞ?」
「…それを気分と言うのだと思うのだけど…コロコロ名前を変えるせいで結局、知名度が高いのはリーダーのアストルフだけ。傭兵団そのものの名前はなかなか定着してないけど、それは良いのかしら?」
「俺は自己顕示欲のためにお前たちと傭兵をしているわけではないから、全く問題ないな」
「いや、傭兵団の名前をコロコロ変えて名乗るってのは自己顕示欲の象徴みたいな行為なんじゃないか?」

などとおちゃらけた会話をする3人はそのまま酒の酔いに任せて就寝。

魔獣討滅は次の日の早朝から始まった。




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