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Ⅰ章 予兆
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友達ができたからと言って、虐待をしてくる母親がいなくなるわけでも、無関心の父親が娘思いになるわけでもない。
エルルに不満が向けられない分、娘であるリアに向けられるだけ。
初めてレムザがエルルを見たその時、彼女は激昂した。
成長するとともに自らより美しくなっていく娘。
なまじ自分に似ている容貌をしているだけにそれはより顕著に鮮明に実感させられる。
エルルが遊びにくるたびに怒りを覚えた。
あまりの怒りにエルルに対し、悪辣な態度を取り続け、より悪い印象を植え付けた。
リアに近づかなくなるように、と。
だが、彼はめげずに何度も何度もやってきた。
そんなに娘がいいのか?
そんなに娘は可愛いのか?
そんなに娘は私よりも良いのだろうか?
レムザはいっそのこと、とリアの顔を焼いてしまおうと考え襲いかかるも、彼女にとって最大の誤算があった。
「あゝ、憎い、憎いわ。貴方は私以上に綺麗になる。私以上に綺麗になって、私以上に良い男を見つけて、私以上に幸せになるのでしょう?
それがわたしには許せないっ」
特に連れてきた男が悪かった。
エルルはレムザから見ても純朴そうで優しげな男の子。
馬鹿馬鹿しくも下らない話をする母親を物ともせずリアと友達になり続けようという度量もある。
豪農の孫であれば将来は安泰だし、そも最近は彼の育てる野菜は特に美味いと評判だとはレムザの耳にも入っている。豪農という裕福な生まれのせいか顔立ちも整っており、将来は良い男になるだろう。
娘は彼といずれ結婚するに違いない。
半ば政略結婚に近く、顔だけの男と結ばれた自分とは大違いだ。
いや、それでも最初は良かった。
女好きなだけあって非常に気遣いのできる人間に思えたから。
しかし、それもレムザが妊娠するまでの話。
身重になり、性交渉がしづらくなった途端に本性を現して浮気し放題。
本人はバレてないつもりなのだろうが、バレバレだ。
何度、縊り殺してやろうかと思ったか。
嫉妬ではない。
レムザほどに美しい妻がいながら他の女にうつつを抜かすその様が、美を誇るレムザにとってあまりにも忌々しく映ったのだ。
なんにせよ、全くもって羨ましい話。
だからといって娘を恨んで良いという道理は到底無いが、彼女にとっては十分な動機にはなった。
せめて男に生まれていれば良かったものを。
火を入れた火鉢から取り出した火箸を手に持ち、振り回す様はまさに鬼婆。
顔だけは辺境一の美人とされた面影もない。
だが、それはあっさりとリアの手に受け止められた。
「な、なんで?」
憎しみは戸惑いに変わる。
リアは彼女が振るった火箸を難なく捉えて離さない。
熱く熱されているはずの火箸を素手で掴んでいることもそうだが、再度振り上げようとしてもピクリとも動かないではないか。
7歳児の腕力とはとてもではないが思えない。
「ふふふ、エルル君は本当にすごい」
エルルは初めてリアに会った際に、魔王化の処置を済ませている。
それから何度か話しつつ仲良くなりながらさり気なく体を鍛えれば反撃できるとか、痛くなくなるとか適当に言いくるめて体を鍛えた結果として魔王化処理を誤魔化そうとしたのだ。
誤魔化しは無駄骨に終わったが。
そして久しぶりに笑うリア。
ここ数年は誰にも見せたことはないし、エルルにはなおのこと見せる気にならない。
何故かとても恥ずかしく感じてしまうからだ。
実のところエルルの愛情を込めれば無表情が治る、とは見当違いである。
何故なら彼女は努めて無表情を作っているだけなのだから。
いや、努めていると言うよりは、そう癖付けている、と言うべきか。
なまじ無表情を癖にしていた分、それを解除するのが難しくなってしまったのだ。
意識的に、ないしはよほどのことがあれば無表情は崩れる。
「な、なにが可笑しいのよっ!?」
レムザから見たリアはある日急に無表情になったかと思えば今のように突然笑い出したりと不気味な子、という評価だ。
レムザの行いが原因なのだが彼女はそんなことは露ほども思っていない。
「…本当に哀れな女。同じ女として分からないでもない。でも。些か以上に迷惑。だから…」
スキルの聡明の効果でレムザの気持ちの殆どを理解していたリア。
しかし、理解はしても納得はしない。
「おごぉっ!?」
エルルの魔王クリエイターによって得られた膂力増強によって子供らしくないパンチがレムザに突き刺さる。
レムザは血反吐を吐きながら倒れ込んだ。
「あっ、力を込めすぎちゃったかな?血反吐を吐いたってことは内臓が…まだ殺すわけにはいかないのに」
「…ごひゅっ…は、はおやに、対して…なんでごど…ずるの…」
「…まあ、いいかな。死体の処理を考えるとすぐには殺せないけど…二、三日は生きていられるでしょう」
「…ふふふ…ば、ばか、ね…ごふっ…あの…ひと、かえって…き、だら」
「あの父親もどきも殺すに決まっているじゃない。そろそろ報せが届いても良い頃なんだけれど」
にんまりと可憐な笑顔を浮かべてリアは言った。
「…本当はね。この力を貰ってすぐに殺したかったの。でも、殺さなかった。なぜか分かる?力を貰ってすぐに殺したらエルル君に私が殺したとバレるでしょう?
それだけは嫌だったの。もしもバレて嫌われたらって考えただけで気が狂いそうに…」
「…ごひゅー…こひゅー」
「…聞いていられる余裕はなさそうだね。もっと色々話したいこと、あったんだけどなあ。まあいいや。準備しないとね」
そう言ってリアは斧を取りに行く。
「ウチは農家じゃないから穴を掘るような道具が無いんだよね。死体の腐敗は早いって聞くし、匂いも強烈だって…斧で深い穴を掘るのに何日かかるかな?穴を掘り終えるまでは生きていて貰いたいけど…」
そういえば。
「今日はこれからエルル君が遊びにくるし、エルル君と遊ぶ時間は絶対確保。となると…」
ぶつぶつと呟きながら、彼女は物置へ向かう。
数日後。
彼女の仕込みの甲斐あって父親は死亡。
仕込みは単純で、帰りの道筋を示すためのコンパスを弄って森の奥を指し示すようにして、いつも使う道具のよく触れそうな場所に毒を仕込んだという程度だ。
思いの外、上手くいってくれたらしい。
母親は斧で真っ二つにして運びやすくしてから庭に埋める。
父親を守れなくて悪かったと謝りながら獲物のハリネズミを渡してくる猟師のおじさんに内心、少しの罪悪感を感じつつ。
中庭に置いてあったハリネズミの解体も済ませてしまおうと用済みになった斧をナタに変えようと立ち上がったところで、エルル君がいた。
なぜ?
どうして?
見られた?
いや、見られたにしては浮かべる表情が違う気がする。
私を嫌いになっている目ではない。
軽蔑の眼差しではない。
下手に何かを言えば藪蛇になる?
何かしらの探りを入れてから?
「リアちゃんっ!」
「エルル君?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ!?
全く、心配したんだからね!」
「そう」
どうやら1番見られたくないところは見ていない。
一安心。
「血の跡があったから強盗でも入ったのかと思ったんだから!リアちゃんは可愛いから襲われたのかと…」
なるほど。だからこんなところまでエルル君は入ってきたのか。
心配してくれたことに顔が緩みそうになるものの、全身全霊で堪えた。それはそうと聞き捨てならないことを言った。
「私、可愛い?」
「?もちろんだよ?」
さも、「なに、当たり前のことを?」と言う表情のエルル君を見て、再度顔が緩みそうになる。
まずい。好き。
大好きが顔から零れ落ちそう。
両親の顔だけは良いのだ。
容姿はかなりの物だと自負しているし、言われるまでもないが、実際に言われるとここまで嬉しいなんて。
「ふぅん」
なんとかニヤけずに切り抜くのが精一杯。
それにしても、先に死体からでた血の処分をしておいて良かった。
あれが無ければハリネズミから出たにしては多すぎる大量の血の言い訳が出来なかったところだ。
その後、リアはエルルからの提案に再度、無表情を崩しかけたが何とか堪えたのである。
エルルに不満が向けられない分、娘であるリアに向けられるだけ。
初めてレムザがエルルを見たその時、彼女は激昂した。
成長するとともに自らより美しくなっていく娘。
なまじ自分に似ている容貌をしているだけにそれはより顕著に鮮明に実感させられる。
エルルが遊びにくるたびに怒りを覚えた。
あまりの怒りにエルルに対し、悪辣な態度を取り続け、より悪い印象を植え付けた。
リアに近づかなくなるように、と。
だが、彼はめげずに何度も何度もやってきた。
そんなに娘がいいのか?
そんなに娘は可愛いのか?
そんなに娘は私よりも良いのだろうか?
レムザはいっそのこと、とリアの顔を焼いてしまおうと考え襲いかかるも、彼女にとって最大の誤算があった。
「あゝ、憎い、憎いわ。貴方は私以上に綺麗になる。私以上に綺麗になって、私以上に良い男を見つけて、私以上に幸せになるのでしょう?
それがわたしには許せないっ」
特に連れてきた男が悪かった。
エルルはレムザから見ても純朴そうで優しげな男の子。
馬鹿馬鹿しくも下らない話をする母親を物ともせずリアと友達になり続けようという度量もある。
豪農の孫であれば将来は安泰だし、そも最近は彼の育てる野菜は特に美味いと評判だとはレムザの耳にも入っている。豪農という裕福な生まれのせいか顔立ちも整っており、将来は良い男になるだろう。
娘は彼といずれ結婚するに違いない。
半ば政略結婚に近く、顔だけの男と結ばれた自分とは大違いだ。
いや、それでも最初は良かった。
女好きなだけあって非常に気遣いのできる人間に思えたから。
しかし、それもレムザが妊娠するまでの話。
身重になり、性交渉がしづらくなった途端に本性を現して浮気し放題。
本人はバレてないつもりなのだろうが、バレバレだ。
何度、縊り殺してやろうかと思ったか。
嫉妬ではない。
レムザほどに美しい妻がいながら他の女にうつつを抜かすその様が、美を誇るレムザにとってあまりにも忌々しく映ったのだ。
なんにせよ、全くもって羨ましい話。
だからといって娘を恨んで良いという道理は到底無いが、彼女にとっては十分な動機にはなった。
せめて男に生まれていれば良かったものを。
火を入れた火鉢から取り出した火箸を手に持ち、振り回す様はまさに鬼婆。
顔だけは辺境一の美人とされた面影もない。
だが、それはあっさりとリアの手に受け止められた。
「な、なんで?」
憎しみは戸惑いに変わる。
リアは彼女が振るった火箸を難なく捉えて離さない。
熱く熱されているはずの火箸を素手で掴んでいることもそうだが、再度振り上げようとしてもピクリとも動かないではないか。
7歳児の腕力とはとてもではないが思えない。
「ふふふ、エルル君は本当にすごい」
エルルは初めてリアに会った際に、魔王化の処置を済ませている。
それから何度か話しつつ仲良くなりながらさり気なく体を鍛えれば反撃できるとか、痛くなくなるとか適当に言いくるめて体を鍛えた結果として魔王化処理を誤魔化そうとしたのだ。
誤魔化しは無駄骨に終わったが。
そして久しぶりに笑うリア。
ここ数年は誰にも見せたことはないし、エルルにはなおのこと見せる気にならない。
何故かとても恥ずかしく感じてしまうからだ。
実のところエルルの愛情を込めれば無表情が治る、とは見当違いである。
何故なら彼女は努めて無表情を作っているだけなのだから。
いや、努めていると言うよりは、そう癖付けている、と言うべきか。
なまじ無表情を癖にしていた分、それを解除するのが難しくなってしまったのだ。
意識的に、ないしはよほどのことがあれば無表情は崩れる。
「な、なにが可笑しいのよっ!?」
レムザから見たリアはある日急に無表情になったかと思えば今のように突然笑い出したりと不気味な子、という評価だ。
レムザの行いが原因なのだが彼女はそんなことは露ほども思っていない。
「…本当に哀れな女。同じ女として分からないでもない。でも。些か以上に迷惑。だから…」
スキルの聡明の効果でレムザの気持ちの殆どを理解していたリア。
しかし、理解はしても納得はしない。
「おごぉっ!?」
エルルの魔王クリエイターによって得られた膂力増強によって子供らしくないパンチがレムザに突き刺さる。
レムザは血反吐を吐きながら倒れ込んだ。
「あっ、力を込めすぎちゃったかな?血反吐を吐いたってことは内臓が…まだ殺すわけにはいかないのに」
「…ごひゅっ…は、はおやに、対して…なんでごど…ずるの…」
「…まあ、いいかな。死体の処理を考えるとすぐには殺せないけど…二、三日は生きていられるでしょう」
「…ふふふ…ば、ばか、ね…ごふっ…あの…ひと、かえって…き、だら」
「あの父親もどきも殺すに決まっているじゃない。そろそろ報せが届いても良い頃なんだけれど」
にんまりと可憐な笑顔を浮かべてリアは言った。
「…本当はね。この力を貰ってすぐに殺したかったの。でも、殺さなかった。なぜか分かる?力を貰ってすぐに殺したらエルル君に私が殺したとバレるでしょう?
それだけは嫌だったの。もしもバレて嫌われたらって考えただけで気が狂いそうに…」
「…ごひゅー…こひゅー」
「…聞いていられる余裕はなさそうだね。もっと色々話したいこと、あったんだけどなあ。まあいいや。準備しないとね」
そう言ってリアは斧を取りに行く。
「ウチは農家じゃないから穴を掘るような道具が無いんだよね。死体の腐敗は早いって聞くし、匂いも強烈だって…斧で深い穴を掘るのに何日かかるかな?穴を掘り終えるまでは生きていて貰いたいけど…」
そういえば。
「今日はこれからエルル君が遊びにくるし、エルル君と遊ぶ時間は絶対確保。となると…」
ぶつぶつと呟きながら、彼女は物置へ向かう。
数日後。
彼女の仕込みの甲斐あって父親は死亡。
仕込みは単純で、帰りの道筋を示すためのコンパスを弄って森の奥を指し示すようにして、いつも使う道具のよく触れそうな場所に毒を仕込んだという程度だ。
思いの外、上手くいってくれたらしい。
母親は斧で真っ二つにして運びやすくしてから庭に埋める。
父親を守れなくて悪かったと謝りながら獲物のハリネズミを渡してくる猟師のおじさんに内心、少しの罪悪感を感じつつ。
中庭に置いてあったハリネズミの解体も済ませてしまおうと用済みになった斧をナタに変えようと立ち上がったところで、エルル君がいた。
なぜ?
どうして?
見られた?
いや、見られたにしては浮かべる表情が違う気がする。
私を嫌いになっている目ではない。
軽蔑の眼差しではない。
下手に何かを言えば藪蛇になる?
何かしらの探りを入れてから?
「リアちゃんっ!」
「エルル君?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ!?
全く、心配したんだからね!」
「そう」
どうやら1番見られたくないところは見ていない。
一安心。
「血の跡があったから強盗でも入ったのかと思ったんだから!リアちゃんは可愛いから襲われたのかと…」
なるほど。だからこんなところまでエルル君は入ってきたのか。
心配してくれたことに顔が緩みそうになるものの、全身全霊で堪えた。それはそうと聞き捨てならないことを言った。
「私、可愛い?」
「?もちろんだよ?」
さも、「なに、当たり前のことを?」と言う表情のエルル君を見て、再度顔が緩みそうになる。
まずい。好き。
大好きが顔から零れ落ちそう。
両親の顔だけは良いのだ。
容姿はかなりの物だと自負しているし、言われるまでもないが、実際に言われるとここまで嬉しいなんて。
「ふぅん」
なんとかニヤけずに切り抜くのが精一杯。
それにしても、先に死体からでた血の処分をしておいて良かった。
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