魔王クリエイター

百合之花

文字の大きさ
32 / 132
Ⅱ章 進撃

32

しおりを挟む
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

「なにぃっ?死体が動いてる?」

ユミール公国、大都市アルファニカの軍支部にて。
奇妙な報告が上がった。
あったはずの死体が消えてなくなったという市民からの通報である。

「ゾウムシだかなんだかの昆虫型魔獣に襲われた次は謎の死体失踪事件てか。街が破壊されてパニックに陥った輩の妄想じゃねぇだろうな?こっちはあの化け物がどこからやってきたかの調査といまだ多い怪我人の救助活動で忙しいんだ。気狂いの類の相手してる余裕はねぇんだぞ?」
『それが…同じような通報が多数の市民から寄せられていまして、無視するわけにもいかないと報告した次第です』

アルファニカ軍支部長の男が無線越しに受けた報告は魔王ゾウムシを倒して次の日にされた。
普段であれば気にせず、無視しろと言うところだが

「ちっ。そうか。…すでに現場は確認したのか?」
『はい。結果は市民の言う通り、たしかに死体が消えているようです』

魔王ゾウムシという今まで見たこともない侵入者が出現して次の日の出来事だ。
関わりがない、とはとてもではないが言えない。
むしろ何かしらの関わりがあると見るのが自然。

「周辺住民に対する聞き込みは?」
『それも行いましたが、いまだ核心を得られそうな情報は無い様です』
「そうか、引き続き聞き込みを続けろ。破壊された区画の見回りもだ」
『破壊された区画をですか?』
「察しが悪いな。死体を消す何かしらの存在がいるんだ。死体の多い場所を重点的に見て回れば何かしらの発見、ないしは犯人を直接確認できるだろう?」
『なるほど、だから魔獣が暴れ回り、死体が沢山転がっている被害の受けた区画を重点的に見ると言うことですね』
「そうだ。分かったらとっとと手配しろ」
『了解!』
「ああ、いや、待て!」
『まだ何か?』
「見回りは一般兵のみで行わない。アームズシェル部隊にも応援要請しろ」
『そこまでですか?彼らもまた忙しいらしく、協力を得られるかは…』
「第二種優先命令権を使う」
『それは…』
「そこまでの事なんだよ、この件はな」
『…支部長官の方で何か掴んでいるのですか?』
「いんや、勘だよ。長く軍人としてやってきたゆえのな。とにかくこちらで命令権をお前のところにやっておく。見回りにはアームズシェル部隊を使うようにしろ」
『了解』

というやり取りを経て、魔王ゾウムシが暴れ回り、瓦礫の山と化した街中にはアームズシェル部隊が2つ、配備されていた。

彼らは魔獣用にチューニングされた銃火器を手に持ち、崩れた家屋の立ち並ぶ区画の見回りをしている。
時刻はすでに深夜。
瓦礫だらけで人が住めないのもあって、物音一つしない静かな空間だ。
緊急を要すると言うことで彼らは深夜であるにも関わらず活動していた。
頭部を覆うフルフェイスアーマーにはライトや暗視装置が装着されており、今回は一般兵も同行しているためライトも使用されている。
月明かりが雲に遮られて、いつも以上に視界が悪い中、彼らは見回りを続けていた。

「本当に何かいるのか?支部長の勘なんだろ?昼間は救助活動、夜は見回りと丸一日働き通しだぜ」
「そう言うな。支部長の懸念は当然だろう?いきなり絶滅していたとされる魔獣が侵入して、さらには街中でいつの間にか死体が消えているなんて…そんな事件がたまたま近い日に連続したら、何かあると調査を命じるのも無理はない」

ライトであたりを照らしながら一般兵士達が駄弁っている。
本来ならば叱られる場面だが、彼らの上司はとっくに家に帰っており、一緒に探索を行う特殊部隊、アームズシェルの部隊らはそれどころでは無かった。

「隊長、気づいてますか?」
「ああ、分かってる。このあたりの区画はまだ軍の手が入っていないにも関わらず死体がほとんど見当たらない。他地区の被害と比較してもそれは明らかだ」
「目的は何でしょうか?」
「さて、な。有志による手伝い、ではないだろうな。人口の多さが問題となっている昨今、これだけ大規模な家屋の倒壊を起こせば大量の死体があるはずだ。それらを1日で片付けるなど軍でも無理だった。そもそも死体を大量に運べば誰かしらに目撃されるはずだ。その報告が無いなど有り得ない」
「一体、何が、どんな目的で…」
「隊長、こちらへ」

1人のアームズシェル部隊隊員が何かを発見したようだ。
隊長と呼ばれた男を呼び出した。

「何か見つけたか?」
「ええ、こちらを」

と言って、隊員がライトをかざした場所には大量の血痕と、肉片らしきものが確認できた。

「ネズミに食われたか?」
「思ってもないでしょう?都市部のネズミなんて市民に喰べられてとうの昔に根絶してますよ。よしんばいたとしても人間丸々1人分を食べ切ることが出来るほどの数はいないでしょう」
「だろうな。つまり、だ。現在、街の中には人間を丸々食い切れてしまう何かしらの存在がいるわけか」
「そうなるでしょうね。一部の骨や肉片を詳しく調べてみたところ、人間には間違いないですし、食べられた人間は1人や2人ではないです。ここにある痕跡から分かる限りでも10人は超えてます」
「なんらかの存在は死体をここに持ち帰って、食べていたと?」
「ええ、おそらく此処は餌場なのでしょうね。どうします?ここで張り込んでみますか?」
「…さて、どうしたものかな。部隊を分けるか?」

二つのアームズシェル部隊を纏める隊長は一分隊をここに張り込ませて、他は探索を続けるべきか迷う。

「死体を食べた何かが一匹だけとは限りません。昨日のゾウムシ型魔獣のような魔獣が2匹以上出現した場合、我々の部隊でも危うい可能性もあります」
「…だな。戦力の分散は悪手だ。ひとまずここでしばらく張り込むことにする」
「了解。一般兵はどうしますか?」
「彼らには帰ってもらえ。痕跡を見つけた以上、人手はそういるまい。人手のいる探索という段階は終わりだ。むしろ居てもらっては邪魔に…」
「うわぁあああああああっ!!?」
「隊長!?」
「ちっ、遅かったかっ!!」

彼らアームズシェル部隊が相談している矢先、悲鳴が木霊する。
すぐさま分散していた部隊が悲鳴の場所へ向かうと、腰の抜けた様子の一般兵が茫然自失となりへたり込んでいた。

「何があった!?」
「あ、あ、あ、あいつが…」
「しっかりしろっ!?」

軽く引っ叩いて、腰の抜けた兵士を立ち上がらせる。
もっと穏便に、と言いたいところだが彼の様子を見るにその余裕はなさそうだ。

「あ、あ、あいつが死体に、死体に拐われたんだ!?」
「死体だと?」
「み、見間違いなんかじゃねぇっ!?しかとこの目で見たんだっ!!信じてくれっ!!」
「ああ、分かってる。とにかく詳しく話を…いや、どっちに向かった?」

いちいち聞くよりも、どうせ逃すわけにはいかないのだから拐った何かを追った方が早いと判断し、どこへ向かったかを聞く。
アームズシェル部隊はライトから暗視装置に切り替えて、銃を構え、パニックを起こしかけた兵士から聞いた方向へ歩を進める。

「隊長、血痕が…」
「ああ、多くはないが、拐われた隊員はどこかに怪我をしている…いや、させられたと考えるべきか」
「っ、隊長、止まってくださいっ」

彼らはとある廃屋の前で止まった。
ここまでくるとわかる。
非常に濃い血臭が漂っている。

先ほどの餌場らしきところよりも、なお濃い血臭が。

魔王ゾウムシが暴れたことで一部が倒壊し、放棄されて廃屋と化した家屋は見たところかなり大きい洋館のような場所。
おそらく、数日前までは豪商の家か貴族の別荘あたりになっていたであろう洋館は時間帯もあって実に不気味な雰囲気を醸し出していた。


「全員、油断するな。昨日のゾウムシ型魔獣で第一分隊がほぼ再起不能になったという報告はすでに聞いているな?
油断をすれば俺たちもそうなると踏まえて、気を引き締めろ」
「了解」

隊長の号令に静かに頷く隊員たち。

「では、突入っ」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

処理中です...