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+イメージテキスト:泥濘の王(全6話)
イメージテキスト:泥濘の王(5/6)
しおりを挟むそうしてまず一台の鬼車が、戦場に出現していた。
出撃した鬼車は、居合わせたセンタリア軍の兵士たちのどよめきに近い吃驚と歓声を浴びながら、トレンチと陣地の幾つかを低速前進の無限軌道で乗り越えていき、そして野戦地図上での開けた坪地へと出た。
車体が軋みを上げながら停車する。とたんに濛々とした排気黒煙が車体後方から延びる排気煙突から噴出がされて、同時に吸気口(ベンチレーター)から給気がされて機関への最大冷却が開始される。
一拍を置いてから再び機関の始動が投入され、煙を噴出しながら機関は唸りをあげて無限軌道を動かし、左右界への車体の操向を取りながら、徐々にシミター隊の全影を捉える方角へと操向した。
車体正面の砲が、ぎごご、という音を立てながら、ぎこちない動きでシミター隊の方角へと指向される。
かちゃん、という薬室の開放される音が、完全密閉では無い鬼車のたわんだ装甲版の隙間の間から漏れ出た。再び閉塞される音が聞こえた。直後……
シュポッ、
ドゥン!
―――――という轟音の砲声をとどろかせた後、発車された弾丸は遠い遠方で、泥を吹きあげて炸裂した。
鬼車は自らの存在を誇り示したのだ――化け物どもへと。
この時まで、シミター隊の前進は止まることが無く、それはこの鬼車が待ち構える司令部陣地の目前まで迫った瞬間まで続いていた。
それが、鬼車の姿を認めたのだろう瞬間、群れの前進は立ち止まったのだ。
シミターの一機が、胴体正面前端部の“頭部”……センサーユニットを、凝視するように向けた。
周りのシミターたちも、ややあってしばらく立ち止まったままであった。
それを見逃す鬼車の側では無い。
「ギャギィッ!」
鬼車の内部には、専用に調教と訓練がされた、ゴブリン……愚鬼、それも魔王戦争での魔族勢の敗北の折、人間側に組み入り絶対の忠誠を誓った氏族の、現代において、その勇者として選ばれた、選抜されたエリートの優秀な個体の小鬼……が乗り込んで、その攻撃と操縦とを大数匹がかりで統制している。
その車長である、チーフ・ゴブリンが唸ったのだ。
続けてゴブリン語にて砲手と装弾手へ指示を飛ばす。続けて、この戦いが終って奴らを倒せば恩賞が出て、その時には休暇が与えられ、後方の慰安所でいくら何人でも娼婦を抱いてもいいとする許可が司令官から降りているのだ、その上里に帰って家も立てられて嫁も娶れるだけの褒賞の恩金も出ることが約束されている、と。
たちまちゴブリンたちは盛んがついて、その勢いのまま、指示で選ばれた弾種を、ゴブリンにとっては重量があろうが、それは人外の小鬼らしい逞しき腎力で、封を開いて解放した薬室の中へと装填して込めた。そして閉鎖。
再び照準が執られ、……砲身を微指向。そして――
ドォッンム!
「ギッ、ギィィッ!」「ギィッギッ!」
再びの弾丸は、ダイナマイト砲弾であった。
しかしこれは、通称として名前がそうである、というだけで、はっきり言って、その性質と火力は我々の知るダイナマイトとは一線を画した、あまりにも強力強大で威力のインフレーションが極まった、魔導錬金による極めて高価な生成物の代物――であり、鬼車のコンプレッサで圧縮された魔力気体の高圧で射出する大口径のガス圧砲で発射されたその弾体は、弓なりの弾道を描いてシミター隊のど真ん中へと着弾した後、
そして……大爆発を上げて、炸裂した!
車内のゴブリンたちは手を取り合って喜んだ。
たったゴブリンの腕の長さ程しかない爆雷缶のひとつぽっちで、並のブラストログ十数発分が収束した火力を誇るのだ。
あまりにも高価すぎて量産もままならない代物であるが、しかし、これの一撃なら、城壁も吹っ飛び砦の櫓は凪ぎ折れて、まともなゴーレムごときなら一撃で、部隊ごと吹き飛ばすことができるのだ。
相手は無策ながらに密集していた、ならばこの一撃で、全滅だろう、と。
しかし、
「ギィッ……?」
照準手のゴブリンがビジョンスコープから目標の成れの果てを嘲ようと見た時、そこにあった物を見て、目を疑った。
シミターだ。
まったくの健在だった。塗装は剥げて煤は付いているが、されど目立った傷一つついた様子は無い。
それが全機、無事だった。
〈――まったく、生きた心地がしなかったな。しかしあのアヴトリッヒの連中に教練では教えられて知っていたが、まさか自分で試すことになるとは……機体コンディション、確認……無事だ。すごい…〉〈隊長、感心している場合ではないですよ!〉
なにだかわからないが、通信機の不調なのか、混線してきたのだろう相手たちの機内でのやり取りが聴こえてきたことにチーフゴブリン以下ゴブリンたちは首を傾げた。
だが、それどころではなかった。目前で繰り広げられたのは、自分たちの実力とはもはや関係のない域の事象の事に感じられたからだ。
だから、車内でゴブリンたちは顔を見合わせ合った。
「なにをしている?!」
猿の電車、というのはこの作品の主人公の出身世界でのそれであろうが、しかしゴブリンの彼ら彼女らは、センタリア軍に雇われた、立派な軍役の兵士であった。
車内に誂えられた通信伝声機から一方通行に、センタリア軍の司令官から怒鳴られた。
「ギィッ、ギィッ!」「ギギィッ!」
ラジャ、サー、と返答を返した後に、続けざまの射撃を図ろうとし……
〈各機、停車射撃、一斉射!〉
―――――ッ!
「ギャッ、ギギィッ!?」
途端にとてつもない量の弾雨に襲われたのが次の瞬間だった。
がりがり、だきゅんだきゅん、がんかんかん、がん! ――と炸裂と跳弾の音が何重幾重にも重奏する。
車内ではその弾音の反響によってゴブリンたちは耳をつんざきあうしかなく、それから、装甲の脆弱部を貫通した弾丸の何発かが車内内部の部品や装備を弾けさせて、炸裂させて使用不可能にしていった。
乗員ゴブリンたちは怯えて縮み込み、失禁しながら傍らの同胞と身を抱き合わせながら悲鳴と絶叫を上げ合うしかなかったのだ。
それがたっぷり、三秒半続いた。
「ギ、ギッ?」
しかし、弾雨のスコールが止んだ後に、チーフゴブリンは、瞑っていた片目を開けて、ふとハテナ?を頭の上に思い浮かべた。
これだけ弾丸が殺到したにもかかわらず、貫通したのはごくわずかで、それから遅れて思い出した。その上、自分たちの乗っているのは鬼車だ、ということを。
「ギッギッ!」「ギーッ、ギーィッ!!」
鬼車の車体と構成材の全身は、タイタン鋼……魔力強化された錬金生成チタニウムの魔導合金による装甲材で製造されているのだ。
そのうえ魔導動力機と魔力気体コンプレッサの機能作用を生かしての、車両の装甲にその余剰魔法力を励起荷圧させて、停車か微速状態においては、対弾・対魔力魔法のエネルギー反応装甲としての作用が可能なのでもある。
これが、この鬼車がこの世界の史上に於いて、野戦戦力としては陸上最強の超兵器として君臨してきた根因である。
ブラストログの投射を何発連続至近で喰らおうが、上面への命中貫通以外は効果が無く、重砲は直撃でもしないと外装のタイタン鋼をたわますこともできない。
勇者の剣は刃が通らず、大魔導士の殲滅魔法でも果たして、そのものがそのまま残る。
そうして手をこまねいているうちに、一方的に鬼車の側によって、ダイナマイト弾等の投擲によって殲滅されてしまうのだ!
これを撃破するには、かつてなら戦略としては師団規模の軍勢をハリネズミのように丹念に入念に武装させてから、それを数個単位で一両に対してぶつけるか、
野戦で出会った場合となると車両上面か側面のハッチに取りついてこじ開け、内部の乗員ゴブリンを殺傷するかでもしないと、無力化さえままならないのである。このことがこの鬼車を、出現以来このアリスティリフ世界の人間たちが恐怖してきた、その理由であった。
引き換えに、この鬼車は非常に建造コストが莫大に高価で、高い。
一両買えば城が立つ、と言われるほどに、前の大戦から六十年が経つ今をもっても、未だに人類圏の国家では満足に製造と配備がままならない程である。
その上、かつての魔王軍が使っていた当時品でも類種の欠陥があり、当の旧魔王軍でもコストと扱いづらさの両因からもてあますほどであった上、
さらにそして、当時品であればいざ知らず、未だ以て魔王国の超技術を完全に得きれてしていない人類勢の魔導科学技術力では、今のところは劣化コピー程度の模造品しか作れていないのが現状であった。
ともあれ、どういう訳か相手の銃撃は通じなかった。
ゴブリンたちは命拾いした、と感じて、隣り合う物ならば嬉しさに涙を滲ませ、手をたたき合い……
〈ゴング1より各員へ、セレクターをソリッドに合わせろ。〉《了解》
冷静な対処を一方のシミター隊の隊長は執っていた。
ギッ?―――とゴブリンたちが顔を見合わせた瞬間、
――――――――――――!
猛烈な弾雨が再び鬼車を襲った。
しかも、今度は違った。
弾丸は鬼車の装甲を、易々と貫いていた。
貫通したのだ!
車体の装甲が弾丸に食い破られて、穴だらけの蜂の巣、という奴へと急速に変形再生されつつあった。
外装を貫いて飛び込んだ弾丸とその連続に、内部のゴブリンたちはたちまちに殺傷された。
暴風雨のように浴びせつけられる無数の弾丸と弾雨に破壊されて損傷し、塗装は剥げて、あっ!というまに丸ごと焙られていく。
見る間もなくずたずたに損壊していったのだ。
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炸裂していく車内の只中で、全身を灼け尽されながらゴブリンの装填手と砲手が弾丸を発射しようとする。
チーフゴブリンは絶命している。
最初の弾丸が鬼車を貫いた時、その弾丸は、鬼車の万全の防御にひときわ喜んでいたこの愚鬼の身体を粉砕していたのだ。
迸る火花に目を灼かれる。悲鳴を上げながらも、しかしゴブリンらは最後の望みを託して己の行動としていた。
炸裂した車内内装の破片と断片に裂けて骨と筋肉と血を噴出させた指と手で、なんとか弾丸の一発の装填を完了させた。
あとは安全装置を解除しながら砲撃をするだけ……――であったが、
「!」
セーフティを解除してトリガーを引いても、発射がされない。
操縦手のゴブリンがなにごとかを喚いた。
弾丸に食い破られてちぎれ落ちた彼の足脇にある、ガス圧砲の発射用の圧縮コンプレッサが、破損していたのだ。
絶望を叫んでいた。
弾雨の雨は尚も止むことなく、鬼車の残滓へと降り注いだ。
尚も止むことなく、尚も止めることなく、その兵器としての魂を乗員の亡骸ごと火葬せんとばかりに……――
とうとう断末魔が訪れた。
鬼車の内部弾薬庫の防護装甲殻はとうに貫通されていたのであるが、偶然たった今、その予備貯蔵のダイナマイト弾薬が炸裂したのである。
鬼車は装甲と内部フレームの構造との張り合わせが脆弱だった車体後部から破れて爆風が噴き上がり、
後には子供が開けようとして途中でその気を無くして放り打ち捨てたかのような、ぐしゃぐしゃに破けて外装がめくり上がった、燃え上がる鬼車の残骸が残るばかりとなっていた。
包装が乱雑に破けたプレゼントボックスを思わせるかのごとき有様であった。
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