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第二章:500円のファンタジー(全16話)
500円のファンタジー(1/16)
しおりを挟むある朝家の扉を開けると、そこは異世界だった──
「ハハッワロス」
翌日である。
小説家になろうのページの、何の気なしに開いたランキング上位の小説、
その冒頭のあらすじを要約すると、そのような物になる。
次の行に目を落とす前に、がさがさと袋ポテチの一枚を探る。
そうして家の戸ならぬ封を開けた袋からポテトチップスの一枚を摘んだのち、枕元に鎮座するノートパソコンのモニターの、そこに映る文章の羅列の続きを左手のマウスでスクロールし始めた。
平日の昼下がりの事である。
万年床の上の万年ニートたる俺にとって、今は至福の時だった。
働きもせず、だらだらとした暇すぎる日常をこの上なく潤してくれる小説家になろうというサイトは、まさにこの上ない娯楽といえよう……
「♪」
スクロールされたページを目で追う。ふむふむ……
指に摘まれた二枚のポテチ、
それを押し込むように口の中につっこみ咀嚼しながら、開いた手でトクホのコーラのボトルを手にした。
喉が渇いたのだ。
寝そべる形でノートパソコンのモニターに覆い被さっていた上半身を引き上げ、寝床の半ばに尻を敷く。
あぐら座りになった所でボトルの口を開けて、中身をごくごくと飲む……
「………」
代わり映えのしない日常!
現実という奴にうしひしかれるしかない。こういう終わり無き日常に埋没しているだけの毎日に、なんというか嫌気のようなものを、贅沢にも思わざるを得ない……
ニートに幻想(ファンタジー)など、無いのだ。
そう考えたのが今だった。
「…………、」
ふっ、と目を見やる……
その先にあるのは、押入の戸口の前で満杯になった、昨日着た登山用具一式が積まれた光景だ。
「………、、、」
そういえば、ファンタジーはもう手近なものになったのが昨日だった。
ちょうど一時間ほど前、母親はご近所同士の茶話会へと行ったのを、この家のドアの開閉の音で察知したのがさっきのことだ。
さて、行くか。
* * * * * *
「ふふっはははッ…」
さてやって参りますよ異世界。
事前に準備は万端で仕度はバッチリ、
弁当ふたつとドリンクも持った、憂うものは何もない……
といってもドアを開けたばかりだけどな。
……それじゃあいってみよう。
「ふふゅぅる……」
がちゃり、とすん。
喉から喘息のような声を出しつつ、扉を開けて、サク…っ、と
登山靴の足裏で踏みしめたるは、昨日と変わらない、黄金色の落ち葉が積もった異世界の地面である。
「寒っ」
口から漏れる息が、湯気のように白く凍える……
昨日よりも数周り温度が下がったようで、登山セットに身を固めた己の体温が、デブ予備軍相応にちょうどよい感じの物となるのが、よい。
「まあ、大したことないやな………って、」
この感じでは、昨日と大した違いは気温くらいか……と思った、その時。
「──………!?」
異世界側からは空中に扉だけが姿を表している、その勝手口の扉を閉じた時、俺はそれを発見してしまった。
「伸びてる…」
一本のダラリと引き延びたちぎれ掛けのロープが。
──勝手口のドアのドアノブともう一方……異世界側の大樹側で、昨日取り付けて括り付けておいたナイロン製のあのロープである。
それが、むりやりに怪力で引き延ばされた感じで、引きちぎられかけた状態となって、ぶらり、と地面に伸び垂れている──
その光景であった。
扉が閉まるとき、そのロープの残滓はかんらかんらと音を立てた。
「………」
──どんな魔物が住んでるんだよ、異世界!
俺は一人、怯えたツッコミを入れるしかなかった。
そしてそして、
「……なんじゃこりゃ」
そんなロープの大樹側に、なにか銀色に輝く物を見つけた。
近づいてみると、
「………」
釘が打ち付けてある……
五寸釘めいた大釘に、なにやら白がかった銀髪の毛が何十にもまきつけてあるのがわかる。
のろいのまじないか!?
「うへぇ……」
しょっぱなからとんだ目にあってしまった。
* * * * *
「…さぁて、」
異世界の黄金色の森の中、木々の狭間を進む俺である。
煙るような空と湿気の下、俺は昨日よりやや遠くを目指してみることにした。
歩くこと数分。
すでに50mは越えて、そこからあと30は命綱の余裕は持ってくれる……
「ふぅっ、」
から、から、から……とロープを収めている俺の腰のリールが音を立てる。
もしかしたら家か何かがあるんじゃないか? と薄ぼんやりと考えながら、俺は進んでいた……
しかし手がかりは見つけられない。
そのままキョロキョロとしながら、進んでいくしかない。
だが……
「………」
進んでいくにつれて、空気中の湿り気が霞っぽくなってきた……
見上げると、空に雲が陰っていた。
そのせいか、日差しもやや暗く、森の見通しは多少悪くなりつつある。
大丈夫か、これ?
「あーっ……」
そう思った時だった。
「…ん?」
から……から……、
ぴたり、っと。
その時に、俺は脚の歩を止めざるを得なかった。
何にかって?
不意に、湿り気に煙るこの森に、日差しの光がさぁっ、と差し込んだ瞬間があったのだ。
霞のように立ちこめていた雨気を白らばませて、沈むように陰っていた木々の黄金色の葉もきらめきだして、一面いっぱいを銀色と金色に、まばゆく輝かせた。
すると、目の前の、小高い丘のような盛り上がった地面の、その上。
「「……あ、」」
向こうも何かを探す様子で、そこに立っていて、俺と目が合った瞬間だった…のだろう。
あの時の貴族っ娘が、そこにいた。
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