13 / 80
第一章
第12話 製造部の内訳
しおりを挟む
「おや? どうしたのですカズキ。何か悩み事でもあるのですか?」
カーキ色の上着を控え目にまくし上げながら深い長いため息を吐くボクを見て、服の隙間から聴診器を滑り込ませているゲートルードが、そう聞いてくる。
今日は初任務から三日後の、定期検診の日。
任務を半日で切り上げて診察小屋へとやってきたボクは、晴れない気持ちを隠す事なく顔全体に張り付かせ、ゲートルードの検診を受けていた。
「……ちょっと聞いてよゲートルードさん!」
ボクが待ってましたとばかりに詰め寄ると、ゲートルードは少したじろぎながらもいつもの柔和な顔で応えてくれた。
初任務から今日までの三日間。ボクが配属された資材調達班———またの名を雑務係のなんたるかが分かってしまったのだ。
要はただのパシリです。ええ。
資材調達班が所属する製造部は、他にも武具生産班と建築班という二つの班が存在する。
武具生産班はその名の通り武器を生産する班で、建築班は町の建築物やその他諸々の建物を作っているらしい。
そして我らが資材調達班は、名前はいかにもそれらしく聞こえるけど、実は武具生産班と建築班が必要な素材を調達する、体の良い使いっパシリだったのだ。
初日は一日中小屋に篭って建築班に頼まれたブリェルの採取。二日目と今日は武具生産班に頼まれたカモーナの採取。
カモーナとは、西の鉱山の麓にある柔らかい砂が広がる一帯で取れる鉱物で、何と竜の古い皮膚の欠片なんだとか。
地面の下のさらに下にある地層の基盤———竜の皮膚は、古くなると剥げ落ちるらしい。そして剥がれた皮膚は振動や質量の作用によって長い年月を掛け、軽く柔らかい砂地に浮いてくる。
それがカモーナなのだ。
灰色の少し大きな瓦に似たカモーナは確かに軽くて丈夫そうだし、手で叩くとカンカンと金属に似た音がする。これで武器類を作るって話も確かに頷けるんだけど。
問題は、それをボクたち三人だけで取ってこないといけないって事。
カモーナが発掘される砂地は柔らかいとは言ったけど、スコップでひたすら掘って探す作業は当たり前だけど重労働だ。
それにいくらカモーナが軽いと言ったって、木の桶一杯に盛られたカモーナはそれなりに重い。
ボクらの本拠地でもある作業小屋から西の鉱山までは歩いて10分ほどの距離。道中それなりに勾配もある。
カモーナがぎっちり詰まった桶を抱えて一日何往復もしてみれば、日が落ちる頃にはクタクタになるのも当然だ。おかげ様でボートレーサーとして訓練慣れしているボクだって、腕と腿がパンパンだよ!
「……という訳だから、筋肉痛に効く湿布か塗り薬をもらえないかな?」
この三日間の一部始終とその愚痴を吐露したボクは少し気持ちがスッキリすると、ゲートルードに甘えてみた。
「それだけ元気なら必要なさそうですけどね……あっと患者に対して失言でした。塗り薬を用意しますので、ちょっと待っててください」
「ありがと。ゲートルードさん」
棚をガサガサと漁る背中を見ながら、人の優しさに触れられた事にほっこり心が和らいでいく。
任務上、武具生産班と建築班との関わりが多いボクたちは、彼らに度々雑用、雑用と揶揄される。加えてボクは『落人』と後ろ指刺されるもんだから、ストレスゲージはとうの昔にMAXだ。
そりゃ雑務係の二人も、いろいろ教えてくれたりして優しいけどね。最初はジェスターの態度にどうなる事かと思ったけど。
だけどあちらはお子ちゃまとおじいちゃん。ボクには気を使わないで全てを委ねられる頼れる人が必要なのだ。
ゲートルードさんはボクの癒しだよ。これからもよろしくお願いします……!
そんなボクのおんぶにだっこで寄り掛かりまくりの勝手な視線にゲートルードは少し不思議そうに首を傾げながらも、柔和な表情を崩さずに掌に乗るくらいの小さな木箱を手に持ち戻ってきた。
「基本、楽な任務はありませんからね。カズキも『モン・フェリヴィント』に早く慣れる事ですね。……はいどうぞ、塗り薬です。一日一回患部に塗ってください」
「うん……分かってるよ。分かってるんだけど、雑用やら雑務係ってみんなに馬鹿にされるのはちょっと、ね。それにボクは『落人』ってみんなに煙たがられているみたいだし」
「カズキが皆に心を許せていないのと同じで、皆もカズキの事を知らないから恐れているのだと思いますよ」
「ボクを……恐れている?」
「ええ。人は知らない物や人を必要以上に恐れたりするでしょう? だからカズキが皆と同じ人間で、頑張っている所を見せれば、大丈夫じゃないでしょうか。それにね、製造部の人間は職人気質で口が悪い人が多いけど、みんな根っこは優しい人ですよ」
本当かなぁ? 明らかにボクを厄介者扱いしている製造部のリーダー、エドゥアみたいなのもいるんだけど……。
「それにヴェルナード様も仰ったでしょう。『モン・フェリヴィント』の掟に従いカズキを受け入れる、と。だから何も心配する事はないですよ」
「その掟って一体何なの?」
「細かい決まりごとの中心に据え置いた絶対的な掟です。『モン・フェリヴィント』の地では任務に忠実に、手を取り合って生きていく事を大前提としています。だからカズキも私たち、風竜の民の一員なのですよ」
そう言うとゲートルードは、実に清々とした微笑みを溢した。
カーキ色の上着を控え目にまくし上げながら深い長いため息を吐くボクを見て、服の隙間から聴診器を滑り込ませているゲートルードが、そう聞いてくる。
今日は初任務から三日後の、定期検診の日。
任務を半日で切り上げて診察小屋へとやってきたボクは、晴れない気持ちを隠す事なく顔全体に張り付かせ、ゲートルードの検診を受けていた。
「……ちょっと聞いてよゲートルードさん!」
ボクが待ってましたとばかりに詰め寄ると、ゲートルードは少したじろぎながらもいつもの柔和な顔で応えてくれた。
初任務から今日までの三日間。ボクが配属された資材調達班———またの名を雑務係のなんたるかが分かってしまったのだ。
要はただのパシリです。ええ。
資材調達班が所属する製造部は、他にも武具生産班と建築班という二つの班が存在する。
武具生産班はその名の通り武器を生産する班で、建築班は町の建築物やその他諸々の建物を作っているらしい。
そして我らが資材調達班は、名前はいかにもそれらしく聞こえるけど、実は武具生産班と建築班が必要な素材を調達する、体の良い使いっパシリだったのだ。
初日は一日中小屋に篭って建築班に頼まれたブリェルの採取。二日目と今日は武具生産班に頼まれたカモーナの採取。
カモーナとは、西の鉱山の麓にある柔らかい砂が広がる一帯で取れる鉱物で、何と竜の古い皮膚の欠片なんだとか。
地面の下のさらに下にある地層の基盤———竜の皮膚は、古くなると剥げ落ちるらしい。そして剥がれた皮膚は振動や質量の作用によって長い年月を掛け、軽く柔らかい砂地に浮いてくる。
それがカモーナなのだ。
灰色の少し大きな瓦に似たカモーナは確かに軽くて丈夫そうだし、手で叩くとカンカンと金属に似た音がする。これで武器類を作るって話も確かに頷けるんだけど。
問題は、それをボクたち三人だけで取ってこないといけないって事。
カモーナが発掘される砂地は柔らかいとは言ったけど、スコップでひたすら掘って探す作業は当たり前だけど重労働だ。
それにいくらカモーナが軽いと言ったって、木の桶一杯に盛られたカモーナはそれなりに重い。
ボクらの本拠地でもある作業小屋から西の鉱山までは歩いて10分ほどの距離。道中それなりに勾配もある。
カモーナがぎっちり詰まった桶を抱えて一日何往復もしてみれば、日が落ちる頃にはクタクタになるのも当然だ。おかげ様でボートレーサーとして訓練慣れしているボクだって、腕と腿がパンパンだよ!
「……という訳だから、筋肉痛に効く湿布か塗り薬をもらえないかな?」
この三日間の一部始終とその愚痴を吐露したボクは少し気持ちがスッキリすると、ゲートルードに甘えてみた。
「それだけ元気なら必要なさそうですけどね……あっと患者に対して失言でした。塗り薬を用意しますので、ちょっと待っててください」
「ありがと。ゲートルードさん」
棚をガサガサと漁る背中を見ながら、人の優しさに触れられた事にほっこり心が和らいでいく。
任務上、武具生産班と建築班との関わりが多いボクたちは、彼らに度々雑用、雑用と揶揄される。加えてボクは『落人』と後ろ指刺されるもんだから、ストレスゲージはとうの昔にMAXだ。
そりゃ雑務係の二人も、いろいろ教えてくれたりして優しいけどね。最初はジェスターの態度にどうなる事かと思ったけど。
だけどあちらはお子ちゃまとおじいちゃん。ボクには気を使わないで全てを委ねられる頼れる人が必要なのだ。
ゲートルードさんはボクの癒しだよ。これからもよろしくお願いします……!
そんなボクのおんぶにだっこで寄り掛かりまくりの勝手な視線にゲートルードは少し不思議そうに首を傾げながらも、柔和な表情を崩さずに掌に乗るくらいの小さな木箱を手に持ち戻ってきた。
「基本、楽な任務はありませんからね。カズキも『モン・フェリヴィント』に早く慣れる事ですね。……はいどうぞ、塗り薬です。一日一回患部に塗ってください」
「うん……分かってるよ。分かってるんだけど、雑用やら雑務係ってみんなに馬鹿にされるのはちょっと、ね。それにボクは『落人』ってみんなに煙たがられているみたいだし」
「カズキが皆に心を許せていないのと同じで、皆もカズキの事を知らないから恐れているのだと思いますよ」
「ボクを……恐れている?」
「ええ。人は知らない物や人を必要以上に恐れたりするでしょう? だからカズキが皆と同じ人間で、頑張っている所を見せれば、大丈夫じゃないでしょうか。それにね、製造部の人間は職人気質で口が悪い人が多いけど、みんな根っこは優しい人ですよ」
本当かなぁ? 明らかにボクを厄介者扱いしている製造部のリーダー、エドゥアみたいなのもいるんだけど……。
「それにヴェルナード様も仰ったでしょう。『モン・フェリヴィント』の掟に従いカズキを受け入れる、と。だから何も心配する事はないですよ」
「その掟って一体何なの?」
「細かい決まりごとの中心に据え置いた絶対的な掟です。『モン・フェリヴィント』の地では任務に忠実に、手を取り合って生きていく事を大前提としています。だからカズキも私たち、風竜の民の一員なのですよ」
そう言うとゲートルードは、実に清々とした微笑みを溢した。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる