竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第65話 銀幕調査の日 〜その2〜

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 暫くCRF250Rマシンで爆走してから資材調達班の作業小屋に戻る頃には、陽が傾きかけていた。

 マクリーはボクの走行に大満足で、キャッキャとはしゃいで疲れたのか今は背中のリュックでご就寝だ。

 低速で走らせていたマシンを停めると小屋の前ではヘルゲが一人、資材の片付けをしていた。


「あれ? 他の資材調達班みんなはどうしたの?」

「ふぉっふぉ。今日は思ったより採掘任務がはかどったからのぉ。たまには早く帰してやらんとのぅ」


 ヘルゲの笑顔は、対する相手を心地よくさせてくれる。

 自分一人だけ残って作業をするその姿を見て、ヘルゲの下で働く若い班員たちはとても幸せだなと思った。かく言うボクだって、ヘルゲの優しさに救われた一人だ。


「ボクも手伝うよ。……この木材を運べばいいんでしょ?」

「いや、カズキに手伝ってもらう訳には……」

「大丈夫だって! こんな木材運び程度でケガする様なヤワな体じゃない事くらい、ヘルゲさん知ってるでしょ?」


 腕を曲げ、小さな力こぶを見せるボクをヘルゲの優しい瞳が包み込む。


「ふぉっふぉっふぉ! そうじゃったな……じゃあこの木材を一緒に小屋まで運んでくれんかのう」


 ボクとヘルゲは木材の両端に移動する。木材を持ち上げようとしたその時、新設された隣の作業小屋からトンカントンと、金属を打つリズムカルな音が聞こえてきた。


「テオスさん……まだいるんだね」

「そうじゃな。あんなに任務に夢中になるテオスは久しぶりに見るわい」


 クシャリと片目を瞑ったヘルゲは「内緒じゃぞ」と付け加え、話を続ける。


「テオスの奴、言っておったわぃ。『職人はな、コイツの為に何かを作ってやりたいと思った時が、一番いい仕事ができる時なんだ』とな。……実はの、テオスと死んだジェスターの父親は、幼馴染みなんじゃよ。ジェスターが小さい頃は、テオスもよく遊んでやったらしいぞぃ。ジェスターは覚えておらん様じゃがのぅ。……テオスなりに、お前さんに感謝しているのじゃな。ジェスターの事を」

「そうなんだ……最初はボクたちを『雑務係』って馬鹿にするイヤな人にしか思わなかったけど……」

「気遣う言葉を掛けたり慰める事だけが、優しさじゃないって事、じゃよ」


 そう言うと心から嬉しそうにヘルゲは笑う。

 心配していない訳ではない。気遣いながらも突き放し、自立を促す事を出来るのが大人の優しさだと、ボクは教えられた。


「さて、では片付けてしまおうかのぅ」


 その声を合図にボクたちは「せえの」と息を合わせて木材を持ち上げた。開け放たれた旧作業小屋の扉を潜り、中へと木材を運び込む。
 
 ヘルゲが後ろ向きで誘導し木材を床に下ろしたゴトンという音と同時に、さわさわと誰かの話し声が聞こえてきた。


「……ん? ヘルゲさん。今何か言った?」

「いや。ワシャ何も喋っとらんよ」


 陽が沈みかけた旧作業小屋の中は薄暗い。

 今はテオスの作業音も、隣の小屋から聞こえてこない。木材を置き終わり物音一つしない小屋の中「気のせいかなと」思っていたら、今度ははっきりと女の笑い声が聞こえてきた。


「———へ、へ、ヘルゲさん! い、今聞こえた!?」

「あ、ああ。確かに聞こえたの。笑い声が」


 背中にざわりと悪寒が走ると同時に、以前三人で話した内容を思い出す。


 ———この作業小屋に、幽霊が出ると言う話を。


 ここだけの話なのだが、ボクは怪談話が大の苦手だ。

 学生時代でもその手の話が好きな友達がいたけど、そういう話題になるとボクの取る行動は、耳を塞ぐか、話題を変えるか、その場を逃げ出すかの三択に絞られていた。

 出来る事なら、今すぐ走って逃げ出したい。

 でも、流石に恩人かつ友人でもあるヘルゲを置いて逃げ出す程、ボクは腐っちゃいない。

 そうなればボクの取る行動は一つだ。


「……お前さん、何をやっておるのじゃのぅ?」


 手を合わせ目を瞑り「南無阿弥陀仏」を連呼するボクに、ヘルゲが不思議そうに問いかける。しかし虚しくもその祈り届かない。

 今度は男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「う、うわあああああああああ!! も、もうダメだ! 早く出ようここを出よう今すぐ出よう呪われる取り憑かれるぅ!」

「……いや、ちょっと待つのじゃカズキ。声はあそこから聞こえてきた様じゃ」


 ヘルゲに抱きつくボク越しに指差したその先は、CRF250Rマシンが保管されていた場所———『落人おちうどの忘れ物』を保管している隠し部屋だ。

 ヘルゲが臆する事なく隠し部屋の方へと進んでいく。


 ……ちょ、待って! 一人にしないで! 側にいて!


 ボクは仕方なく、ヘルゲを盾にして後に続いた。扉を隠す様に並べられた木材をヘルゲが動かそうとする。


「ほれ。カズキも手伝わんかい」

「だ、だって! も、もし本当に幽霊とかいたらどうすんのさ? もしそうしたら、ボクはヘルゲさんを置いて逃げることを今から宣言しておくよ!」

「わかったわぃ。もしそんなものがいたら走って逃げて構わんから、ほれ」


 歳を取ると怖いものがなくなると言うのは本当なのだと、ボクは関心した。

 これがボクとジェスターの二人なら、おそらく我先にと逃げ出しているだろう。

 そんなヘルゲの肝の太さに少しだけ平静を取り戻したボクは、扉を隠す木材を除ける作業に集中する事にした。……心の中で「南無阿弥陀仏」を唱えながら。

 扉が人ひとり通れるくらいまで木材を動かすと、ヘルゲは何の躊躇いもなく隠し部屋へと入っていく。

 ボクもヘルゲの後ろにくっつきながら覗き込む。部屋の中には誰もいない。数ヶ月前見た景色、元の世界の『忘れ物』たちが、自身もその存在価値や使用目的を忘れてしまったかの様に、もの悲しげに転がっている。


 ———突然男女の笑い声が、狭い空間に木霊した。


 体がビクッと反応するも、人影とか人魂とかオーブとか、それらしいものは見当たらない。少しずつだけど、気持ちが落ち着いていく。

 そして声の出所を見つけた時、静まった心がまたも激しく蠕動ぜんどうした。


 声の主、幽霊の正体は、一世代前に流行っていた古びたラジオ付きカセットデッキだった。
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