竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第70話 緊急発進(スクランブル)

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 漏れ聞こえてきた驚愕の報告は、伝声管の側にいた部員を起点として、瞬く間に右翼全体へと伝播された。

 部員たちが口々に悲嘆や喫驚の声を上げると、動揺も次第に大きくなっていく。


「ええい! 狼狽うろたえるでない! 主らそれでも誇り高き『モン・フェリヴィント』の戦士なのか!」


 アルフォンスの一喝が、まずは保安部員を沈黙させた。


「……アルフォンス。右翼ここには30騎も残せば十分だ。待機組の警ら班と合流して、町の防衛と敵の殲滅に向かってくれ」


 そしてヴェルナードの判断は早い。瞬時に指令を出す。


「し、しかし……しょ、承知しました……警ら班全騎と地上保安班10騎、俺について来い! 空賊共を食い止めるぞ!」

「あ、アルフォンスさん!」

「心配するなカズキ。俺が必ず主らを守る。安心して銀幕突入の事だけを考えてくれ。……ジェスター、主はここに残ってカズキをしっかり守るのだ」

「……分かったアルフォンス師匠。……この命に変えても!」


 決意の光を目に宿し頷くジェスターから視線を外すと、アルフォンスが手綱を操り馬の向きを変える。走り出そうとしたその時「アタシも行くよ!」と騎乗したカトリーヌが横付けした。


「まさに今が、ここ一番って時じゃないか。ジェスターだけじゃ不公平さね。 ……アンタ惚れた女が側にいた方が、力を発揮できるってもんだろ?」


 組んだ腕に豊満な胸を乗せ、カトリーヌが含み笑う。

 アルフォンスも優しい目を返すがすぐに二人は真顔になると、馬を迷いなく走らせた。その後に数十の騎馬が続いて行く。

 一拍置いて言葉の意味に気付いたジェスターが、走り去るカトリーヌたちに何やら言い訳や否定の言葉を投げ掛けているけど、今はそんな時じゃない。

 ボク自身、少し頬が赤くなるのをそんな気持ちで自戒した。

 遠く西の空の雲の間から、空賊の乗る無意思竜の姿が小さく見えた。そこからパラパラとまるで花粉でも撒き散らす様に小さな粒が放出される。

 空賊たちの人翼滑空機スカイ・グライダーだ! ……しかも前の時より……かなり多い!

 今回の空賊が前の空賊と同じ奴らかどうかは分からない。でも、敵の人翼滑空機スカイ・グライダーの数は前の倍以上———少なく見ても50機はいるだろう。

 西の丘、航空戦闘部の拠点から、五本の緑線が空賊の群れに向かって飛んだ。

 もしもの為に待機していた人翼滑空機スカイ・グライダー緊急発進スクランブル……だけどたったの五機。

 航空戦闘部が保有する人翼滑空機スカイ・グライダーのそのほとんどは、この右翼にいるのだ。

 『モン・フェリヴィント』の人翼滑空機スカイ・グライダーは加護の力を併用する為、単純に風力と揚力で飛ぶ空賊のそれよりも、速度もあるし小回りも効く。だけど流石に10倍の戦力は厳しすぎる。

 もしかしたらの最悪のケースだけど、空賊の人翼滑空機スカイ・グライダーの群れには、まだ第二陣が控えているかもしれない。

「10機……いや、15機援軍に向かえ! 準備ができたヤツから発進しろ!」

 普段はおちゃらけた感が否めないクラウスも、伊達に『3つの月章サードムーン』の紀章を付けてはいない。

 敵の戦力を利口クレバーに読み取り、銀幕の攻略と空賊の撃退を天秤にかけ指示を出した。

 だけど、これで突撃隊は残り15機だ。……ボクを入れても16機。その半数が減った事になる。一抹の不安はどうしたって拭いきれない。


「……クラウス。流石にあの数では、保安部だけでは手に余る。何が起こるか予測不能な銀幕突入という危険な任務を前に、突撃隊を減らしてしまった……すまない」

「何、心配ないですよヴェルナード様。突撃隊こっちには俺が残りますからね。俺が10人分の働きをしてみせますよ」


 ボクの心を代弁したヴェルナードに、クラウスは事もなげに返答する。


 ……ちぇ。悔しいけどもやっぱり『モン・フェリヴィント』の将校月持ちたちは、カッコイイや。


 援軍と合流した人翼滑空機スカイ・グライダーの20機は、三倍近い相手を押し込んでいた。

 たまに混戦からするりと抜けて、町に向かおうとする空賊の人翼滑空機スカイ・グライダーは、地上の保安部たちが撃ち落とす。

 西の空の攻防にしばらく気を取られていると、伝声管から声が届いた。


「ヴェルナード様……あと五分で銀幕の防御壁への予想地点へと到達します。……こちらは三分後に加護による防御壁を……噴出します。同時に左翼からも同等の出力を排出……風竜を水平に保ちつつ、右翼を銀幕にぶつけます。……衝撃と……突撃のご準備を」


 了解の返事をヴェルナードが返すと「どうか御武運を」という言葉を最後にナターエルの通信は途絶えた。

 いよいよ銀幕へ突貫だ。

 ボクはヘルメットを被って竜翼競艇機スカイ・ボートに乗り込んだ。


「マクリー。準備はいい? そろそろ発進るからね」

「いつでも大丈夫なのです。カズキ。いよいよですね!」


 マクリーの座席と繋がっている伝声管から、やや興奮気味の声が届く。
 
 足元のラジカセを抱き上げて、選局ツマミをゆっくり回すと、ザザザというホワイトノイズの隙間から、人の声や聴き慣れた有名J-POPが漏れてきた。


 よし! やっぱり銀幕とボクの世界は繋がっている!


 音が一番鮮明に聞こえるチャンネルにツマミを合わせ終わると、右翼全面にある排出口から緑色の風が排出された。

 10基の排出口ダクトから勢いよく噴射された加護の風は、右翼の前で混じり合い、翼前方を包み込む様に緑色の壁となる。

 後は突入時の衝撃に備えるのみ。銀幕に入ったら、ラジオの音を頼りに行けるところまで進むだけだ。ボクがやるべき事を心の中で復唱しているその時だった。

 ボクらを守り囲んでいる保安部員たちが、空に向かって風の飛礫つぶてを打ち出した。

 何事かと思って見上げると、空賊の人翼滑空機スカイ・グライダーが三機、ボクらの頭上で旋回している。混戦をすり抜けて、右翼上空まで到達した空賊たちは火炎瓶を投下してきた。

 その内の一つが右翼の先端辺りに落下して発火する。

 保安部員たちも必死に応戦しているが、相手の高度があるせいか、なかなか風の飛礫つぶてが当たらない。

 それは相手にも言える事だが、こっちは右翼の上、何しろ的が大きい。

 二つ目の火炎瓶がボクらの側に着弾して、小さな火柱が立ち上がった。


「———マクリー! いくよ! 発進だ!」

「ちょ、待て! 馬鹿言ってんな! 嬢ちゃんはそのまま待機だ!」

「何言ってんの!? これ以上突撃隊を減らす訳にはいかないでしょ! それにアイツらほっといて加護の排出口が壊されでもしたら元も子もないじゃん! それにボクの機体は特別仕様だよ!」


 捲し立てるボクから目を逸らし空を見上げるクラウスは、それ以外に良い案が思いつかなかったのか、忌々しそうに舌打ちをする。


「……一分だ。一分だけで充分だから、アイツらを撹乱してこい。無茶はするなよ」

「分かった! マクリー、発進だよ!」

「了解なのですカズキ」


 マクリーがそう言うと、マクリー専用座席から緑色の皮膜が広がり始める。

 機体全体が緑の幕に包まれると後方のエンジンが始動して、竜翼競艇機スカイ・ボートがふわりと浮く。


「嬢ちゃんにはリミット時間制限があるんだ! くれぐれもマクリーの力を使いすぎるなよっ!」


 クラウスが叫ぶのとほぼ同時に、ボクはやや太い緑の軌跡を描きながら大空へと飛び立った。
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