短編集「散らかった本棚」

赤字回路

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世界が変わるとき

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「世界が変わるときは、いつか?」
そんなことを考えてはいけない。
だって世界は、常に変わり続けている。  

      ―――作家 クルーズ・ティネフ


――――――

「本当にすごいっすよねえ、科学って」
仕事中にも関わらず、下山は話しかけてくる。入社してきた頃からこんな調子だ。
叱るのも面倒になったので、俺は適当に相槌を打って話が終わるのを待つ。
「見ました? 今朝のニュース。一般人も宇宙に行けるようになったって」
「ああ、すごいな」
「どうします? 宇宙に日帰り旅行に行けるようになったら」
「言われても、あんまり実感ねえなあ」
適当に話を合わせる。
実のところ、俺は下山ほど宇宙に興味はない。理由を二つ上げるとするならば、一つは小学生の頃まで遡る。
兄から「ロケットってのは、元々は宇宙から敵国を攻めるための兵器だったんだってよ」
という話を聞いて、萎えた。それが一つ。単純だが意外と大きい。
もう一つは、宇宙だとか何だとかより、俺が日本史のほうに興味があるというのがある。
地球から見れば、ほんの僅かなものだ。しかしそこには興味深いものが多い。
先程下山が言っていた宇宙旅行のニュースよりも、俺はその後流れてきた「石田三成の遺書、発見」というニュースのほうに興味があった。

「先輩、どこ行きたいっすか? 宇宙旅行で」
「月」適当に答える。
「近場っすねー」
「いいだろ、別に」
「俺は土星に行きたいっすねー。あの輪っかの中に行きたいんすよ」
「そうか、それはいいな。ところでどうだ? 株主総会の資料のほうは」
「まだ全然です」
「そっち優先で」
「はーい……」


――――――

「なあ、やっぱ今から備えといたほうがいいって!」
昼休みにコンビニ弁当を食べている俺に、中森はなぜか焦りながら言う。

「何の? 離婚裁判の?」
「それはもう終わった。てか、関係ないんだよそんなことは」
「じゃあ何だ?」
「その、さ。宇宙開発が進んで、宇宙ロケットが飛行機よりちょっと割高になる位で乗れるようになったじゃん?
 だから、この際だから色々準備しとかなきゃいけないんじゃないか?」
「別にいいだろ?」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「特に行く予定はないんだよな? ならいいだろ」
「でも、急に宇宙に行く用事とかあったら……」
「急に宇宙行く用事って何だ?」
「友達と宇宙旅行って時とか」
「その時に手続きすりゃいいだろ?」
「友達と急に宇宙旅行って時とか」
「急に宇宙旅行って何だよ? 準備期間置けよ」
「友達が宇宙で遭難したってなったら」
「俺らにはどうにもできねえよ!」
「とにかく! 宇宙に行けないより、行けたほうがいいだろ?
 確かにいろいろ面倒だし金もかかるけど、やっといたほうがいいよ」
「つってもなあ……」
技術は進んだそうだが、未だに私は宇宙に興味がない。今は壇ノ浦の戦いの新たな事実が明らかになりつつあるのだ。
「じゃあさ、試しにどっか行ってみねえ?」
「え? そうは言っても……」
「いいだろ? 一回ぐらい行っといたほうがいいぞ」
「いや、でも……」
宇宙よりも壇ノ浦のほうへ行きたい、と言おうとしたその時だった。
「あ、もう昼休み終わりじゃねえか! 株主総会の準備が……」
中森は慌ただしく、その場を離れていった。


――――――

「お前には、色々と世話になったな」
仕事帰りに寄った居酒屋で、上野先輩は俺に言う。
「いえ、俺なんて……それにしても、随分と急な話ですね」
「確かにそうかもしれないが、この世論の状況を考えたらあり得ない話じゃないな」
「でも先輩……驚かなかったんですか?」
「ものすっごく驚いた」
「ですよね。……断ろうとは、思わなかったんですか?」
「うーん……家庭を持ってる訳でもなかったし、準備もあったから、大丈夫かなって。
 それに、重要な仕事だ。任せてもらって嬉しいってのもあったな」
そう言いながら、上野先輩はシーザーサラダをつまむ。
「不安じゃないですか?」
「そういう気持ちは勿論あるけど……そうも言ってられないだろ?」
「……そうですね」
「まぁ、心残りがあるとすれば」
上野先輩は、シーザーサラダをつまんでいた箸を置いた。
「結局、あの石田三成の遺書がデマなのか本物なのか、わからなかったことだな」


会計を済ませ居酒屋を出て、去り際に声をかける。
「じゃ、頑張ってくださいね。……火星支部でも」
「おう」
そう言って、上野先輩は去っていった。次に会う時があったら、それは上野先輩が火星から帰って来たか、俺が火星に行かされるかだ。



世界は常に変わっている。
そんなことを、どっかの作家が言っていたのを思い出した。

……変わりすぎだろ、と思った。
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