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別れ、そして出会い
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嫌なことは見たくない――。ただそれだけが、彼がいない違和感だらけのこの家に独り残された、私の唯一ともいえる思いだった。彼が死んで、それに続くように私が新しく好きになった人とも関係がうやむやになり、私はいよいよ現実が怖くなっていた。
私の葛藤なんて誰にもわかってもらえないんだ。ずっと独りなんだ。だけどここで逃げてしまえば彼にも会えるかもしれない、また二人に戻れるかもしれない――。だから逃げ出したくてたまらなくて、でも、いざ逃げ出そうと思うとやっぱり怖くて。身体が言うことを聞いてくれない。
私は何のために生きているのかまるで分からなかった。ぼんやり起きて、朝ごはんを無理やり口に詰め込んで店に向かい、ぼんやり仕事をこなして定時で帰路に就いて、そしてまたあの夢か――、と鬱屈した気持ちのまま布団に潜る。
果たしてこんな生活を送っている私に何が待っているのだろう。こんな私に、幸せな未来へとつながる運命など残されているのだろうか――。
ろくに食事も摂れず、身体も顔も見るからにやせ細ってしまい、遂には周りからも心配されるようになってしまったみたいだ。私はケーキ屋で働いていて、まだまだ新人……、そんなつもりでいたが気がつけば5,6年が経っていて、先輩よりも後輩の方が多かったくらいだった。その後輩たちにはだいぶ心配をかけてしまっていたらしい。そんな中で一人の後輩が私に声をかけてくれた。あの二人と少し似た、優しくて綺麗な青年の声だった。
「先輩――、最近元気ないみたいですけど、何か悲しいことでもあったんですか……?」
久遠涼晴。彼はまだケーキ作りを始めて1年も経たないという正真正銘の新人だった。けれど、このお店で働くようになって間もなく、私に気さくに話しかけてくれて、それ以来、店にいる時は時折話をしている。どちらが話しかけるとかは決まっているわけではなく、私から彼に「最近彼女とはどうなの――?」などと軽いジャブを打つこともあれば、今日みたいに彼が私に話しかけてくれることもある。
そんな要領だったから、こうして話しかけてくれるのも、いつもなら何気ない会話のきっかけなのに、今日はどこか違うように思えてしまう。どこがどう違うのか――。私にもちょっと分かりかね、うまく言葉に表すことができない。ぱっと見、彼の容姿に特に変わったところがあるわけではない。となると私――、少し気を落ち着けてみると、私の心が少し震えているような、そんな感じかもしれない。その震えは私にとって良いものなのか、それとも――。
しかし彼の顔、いや、彼の目の奥をよく見つめてみると、どこかいつもの彼とは違うように思える。彼も疲れているのかな――。そこで私はいつもより少し労って話をしてあげることにした。
「うぅん、私は大丈夫。それより――、涼君こそ平気……?体調でも悪いの?」
「いや、まぁ……体調は悪くないんですけど、ね」
明らかに様子がおかしい。さては何か隠してるな?
「ちょっと、私と涼君の仲でしょ?変に隠さないで、言ってごらんって。私も気になるし。」
「え、あ、じゃ、じゃあ……」
そんなに大した話じゃないんですけど、と遠慮がちに前置きをしてから彼は話し始めた。
実は……その……。
うんうん、どうしたん?
俺……彼女なくしちゃったんです……。
な、なくす?どういうことよ、それ。物みたいに言わないであげてよ。
いや、えっと……。
違う。これはもしかして……、そう思って彼を止めようとした時にはもう遅かった。
さっきまで辺りは静かだったのに、この瞬間だけわざとかと思うくらい急に静寂が訪れ、彼の発する一言一言が容赦なく私の胸を刺していった。
彼女――、病気で死んじゃったんです――。
前にその病気のことを話してくれた記憶がある。でもその時の私は、まだあの人にしか目が無い状態で……、正直そんなことはどうでもよかった。だから軽く聞き流していたし、何とか頑張ってよ、くらいの調子で返していた。でも現実に起きてしまうと、やはり涼晴君のことでも胸が痛むし、ましてや今は自分も同じような境遇にいる――。だから余計悲しくて。自分のことのように悲しくて。
彼の目には涙が浮かんでいたが、それに呼応するように私の目からも涙が溢れていた。
先輩、先輩……?春佳先輩……?
初めて下の名前を呼ばれて少しドキッとすると同時に、それまで彼の声に気づかなかったらしいことに気が付く。そして何より――、私の近くに同じような人がいるなんて。はっきり言って想像していなかったことだし、それもあの涼晴君が……。
やっぱり残念なことは残念だけど、なぜかちょっぴり嬉しかった。
店の中だから、吹くはずもないのに。春風がそっと私の背中を押した――。
私の葛藤なんて誰にもわかってもらえないんだ。ずっと独りなんだ。だけどここで逃げてしまえば彼にも会えるかもしれない、また二人に戻れるかもしれない――。だから逃げ出したくてたまらなくて、でも、いざ逃げ出そうと思うとやっぱり怖くて。身体が言うことを聞いてくれない。
私は何のために生きているのかまるで分からなかった。ぼんやり起きて、朝ごはんを無理やり口に詰め込んで店に向かい、ぼんやり仕事をこなして定時で帰路に就いて、そしてまたあの夢か――、と鬱屈した気持ちのまま布団に潜る。
果たしてこんな生活を送っている私に何が待っているのだろう。こんな私に、幸せな未来へとつながる運命など残されているのだろうか――。
ろくに食事も摂れず、身体も顔も見るからにやせ細ってしまい、遂には周りからも心配されるようになってしまったみたいだ。私はケーキ屋で働いていて、まだまだ新人……、そんなつもりでいたが気がつけば5,6年が経っていて、先輩よりも後輩の方が多かったくらいだった。その後輩たちにはだいぶ心配をかけてしまっていたらしい。そんな中で一人の後輩が私に声をかけてくれた。あの二人と少し似た、優しくて綺麗な青年の声だった。
「先輩――、最近元気ないみたいですけど、何か悲しいことでもあったんですか……?」
久遠涼晴。彼はまだケーキ作りを始めて1年も経たないという正真正銘の新人だった。けれど、このお店で働くようになって間もなく、私に気さくに話しかけてくれて、それ以来、店にいる時は時折話をしている。どちらが話しかけるとかは決まっているわけではなく、私から彼に「最近彼女とはどうなの――?」などと軽いジャブを打つこともあれば、今日みたいに彼が私に話しかけてくれることもある。
そんな要領だったから、こうして話しかけてくれるのも、いつもなら何気ない会話のきっかけなのに、今日はどこか違うように思えてしまう。どこがどう違うのか――。私にもちょっと分かりかね、うまく言葉に表すことができない。ぱっと見、彼の容姿に特に変わったところがあるわけではない。となると私――、少し気を落ち着けてみると、私の心が少し震えているような、そんな感じかもしれない。その震えは私にとって良いものなのか、それとも――。
しかし彼の顔、いや、彼の目の奥をよく見つめてみると、どこかいつもの彼とは違うように思える。彼も疲れているのかな――。そこで私はいつもより少し労って話をしてあげることにした。
「うぅん、私は大丈夫。それより――、涼君こそ平気……?体調でも悪いの?」
「いや、まぁ……体調は悪くないんですけど、ね」
明らかに様子がおかしい。さては何か隠してるな?
「ちょっと、私と涼君の仲でしょ?変に隠さないで、言ってごらんって。私も気になるし。」
「え、あ、じゃ、じゃあ……」
そんなに大した話じゃないんですけど、と遠慮がちに前置きをしてから彼は話し始めた。
実は……その……。
うんうん、どうしたん?
俺……彼女なくしちゃったんです……。
な、なくす?どういうことよ、それ。物みたいに言わないであげてよ。
いや、えっと……。
違う。これはもしかして……、そう思って彼を止めようとした時にはもう遅かった。
さっきまで辺りは静かだったのに、この瞬間だけわざとかと思うくらい急に静寂が訪れ、彼の発する一言一言が容赦なく私の胸を刺していった。
彼女――、病気で死んじゃったんです――。
前にその病気のことを話してくれた記憶がある。でもその時の私は、まだあの人にしか目が無い状態で……、正直そんなことはどうでもよかった。だから軽く聞き流していたし、何とか頑張ってよ、くらいの調子で返していた。でも現実に起きてしまうと、やはり涼晴君のことでも胸が痛むし、ましてや今は自分も同じような境遇にいる――。だから余計悲しくて。自分のことのように悲しくて。
彼の目には涙が浮かんでいたが、それに呼応するように私の目からも涙が溢れていた。
先輩、先輩……?春佳先輩……?
初めて下の名前を呼ばれて少しドキッとすると同時に、それまで彼の声に気づかなかったらしいことに気が付く。そして何より――、私の近くに同じような人がいるなんて。はっきり言って想像していなかったことだし、それもあの涼晴君が……。
やっぱり残念なことは残念だけど、なぜかちょっぴり嬉しかった。
店の中だから、吹くはずもないのに。春風がそっと私の背中を押した――。
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ラストがとても素敵でした。素晴らしい作品ありがとうございました。
感想読ませていただきました!非常に嬉しいです、ありがとうございます。
今後ともぜひよろしくお願いいたします!