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道端の石、雑草の一つ ③

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 合流の後の馬車の中。
 陽が傾きかけた今日一日の後半に、『舞台裏』の彼らは来た道をおおよそUターンする形で盗賊討伐へと向かっていた。
 聖都とセクレントンの間の道である。
 
 しかし。セクレントンを出たばかりということもあってか、話の話題はそれと関係したものではない。マキナとルルの興味は『違反者』などには向けられず──よりも気になる、シャーロットの魔法についてが主となっていた。
 
「──なるほど。時間を戻すことはできても進めることはできない、と。扱える力は限定に限定されたほんの一端ということだね」
「はい、どうにも……。魔法にしても魔術にしても、術式に魔力を流すのをせき止められているみたいで。……いえまあ、生前も大した魔法はつかえませんでしたけど」

 マキナの言葉に、シャーロットはそう答える。
 
 彼の過去。
 生前王都に生まれただけの一般人だと、シャーロットはそう強調した。
 曰く、確かに魔法を使える才能に恵まれてはいたが、王都の中では珍しい話ではなかったらしい。おまけにどの貴族の血を引いたのかもすら知らないというので、名も知れぬ、ただの一人の登場人物でしかないというのが素性。そう彼は素直に話して見せた。
 群衆に紛れれば、見分けがつかなくなってしまう程に。
 
 けれどルルは、気にしてはいないと話す。
 それもそのハズ、そもそも中身を入れ違えた時点で彼女はシャーロットに魔法の腕を期待などしていなかったからだ。

「私だって魂と肉体の違いが魔法や魔術の発動を阻害するのは知っていたからね。死体活用、他のネクロマンサーのそういうのを見ていれば、予想できることだったもの。
 ──でも何より、私はスカルハート家の最高。補う要素は私には必要ないから。
 魔法の最盛期というのは……丁度、シャーロットが生きていた時代らしいけれど……。私、引けを取らない実力を持ってる自信あるわよ!!」

 ルルは、嘘偽りない事実だとばかりに胸を張ってそう言ってのける。
  
「だからシャーロット、落ち込むことは無いのよ。それにあんたの話じゃ、生前使っていた魔法って私のよりもよっぽど初歩的な詠唱と術式らしいじゃない?」
「うん。僕がそういう魔法しか使えないだけなんだけどね。短い詠唱も僕にはできない凄技だ」
「ああ、あれ? 簡略化はもう戦闘の基本よ。言葉に術式を組み込む詠唱は、長くすればするほど確かに効果は絶大になっていくけれど、戦闘中って実際そんな暇はないしね。
 だからそのための簡略化詠唱。言ってない部分は頭の中で高速に詠唱して、最小だけ外界に触れさせれることで良しとする。最低限で最大限の効果をもたらすってね」
「でもあんまり長いと覚えられないんじゃない? その言い方からすると、魔法使いって長い詠唱ばっかり使ってるみたいだけど?」

 そもそも短い詠唱の魔法を使うのではなく、長くした詠唱を短くして使用するという現代魔法使い。
『短くできる手段があるのなら、長ければ長いほどいい』と。その考え方はシャーロットからすれば、対面して最悪不発もありうる危険な橋渡り。
 覚えられない自分が悪いと言われればそれまでだが……。
 
「どーでしょうね。まあ、使い分けよ使い分け。その時に応じてどんな魔法を使うのか、それを見極められる人間が優れた魔法使いってことかな。
 ──あ、あと……。間抜けな話だけど、日常会話でうっかり暴発しない様に長くしてるってのもあるのよ。昔はそれで家が吹き飛んでたとかザラだし、駆け出し魔法使いのあるあるなのよね」
「ふふ、それは確かにそうだな。私も、帝国にいた時はそれでうっかり区画一つを消し去ってしまったのが懐かしい話だ」
「規模違うのに、アンタのと一緒にしないでよ!! 子供の時の話よ私」

 マキナは言わずもがな。しかし、ルルにしてもそれはそれで恐ろしいと、シャーロットは魔法使いの倫理観に時代の流れのとはまた違うギャップを感じざるを得なった。
 
 自分が無知なだけだったのかもしれないが、子供が家を破壊するのが普通な世界になってしまったのか……、と。

「まあ、私は無詠唱だけどね」
 
 ぽつり。明らかにそれは自慢げな声で囁かれた言葉が一つ。
 マキナは減速しだした馬車の外を眺めながら、『私にはその必要は無いのだ』と、ルルにむかってそう言った。
 ……おまけにして。
 シャーロットはその無詠唱についても無知であったために、悪気なくルルに『無詠唱ってなあに?』という感じで聞いてしまう。

「無詠唱っていうのは……そうね、超能力とか異能の類よ。
 生まれつき術式が外界に触れる位置に刻まれることで起こせる、知識要らずの魔法の事。
 詠唱も術式も外に向けるなら外界触れてなきゃいけないから、私達は詠唱を必要とする。けれど超能力とかはその位置に術式が刻まれているから必要じゃないのよ。……つまり、すでに触れているから魔力流すだけで魔法の行使ができるっていう仕組み。
 ──よく聞くのは魔眼ね。見ただけで相手を石化させたりってやつ」
「へえー面白いね。それって、僕にもできたり……?」
「無理無理!! 術式を後天的に体に刻むとか、最悪死ぬっての。
 確かに無詠唱は強力だけど、その所以は生まれつきだからなのよ。術式が体の一部みたいなもんだからすごく馴染んでるんであって、普通はあんなの異物よ異物。 
 いい? シャーロット。後から術式なんか体に書き込んだりしたら、拒絶反応で何が起きるか分かったもんじゃないわ!! いえ、私だって分かるわよ? 魔眼とかカッコいいし羨ましいけど……でも、絶対真似してみようだなんて思っちゃダメだからね?!」

 ちらりとマキナの方をそして見るルル。
 ついさっきになって辺りは暗い森の中に入り、黒の眼帯と紫の髪は落ちた陰で黒く深く染まっていた。
 そう、眼帯。マキナは眼を──隠している。

「……ま、まさか……」
「ふふ。不安がらなくても、私のは生まれつきだよシャーロット。
 そしてルル。いくら訝しんだところでその事実は覆らないんだ。残念ながら」
「ふん、いいわよ無くても私は強いから」
 
 ぷい、と。ルルはマキナの言葉にへそを曲げてしまう。
 そんな様子にマキナは笑うが……しかし。悪気が無かったシャーロットには、どうしてルルの機嫌が悪くなったのかというのは伝わっていなかった。

────────────────
 停止した馬車は気が付けば木々立ち並ぶ森の中。
 会話に夢中であったシャーロットは気が付くことは無かったが、馬車は知らずのうちに森の中へと進んでいた。
 夕暮れとの相乗。木漏れ日は薄く、あたりはどんよりとした暗さに包まれている。

「……暗い、ね。ここ」
「そうね。でも『森の幽鬼』っていうくらいだから、敵はきっとこの視界でも私たちの事はハッキリ見えてるでしょうね」

 シャーロットの感想に、もう敵は間近であるとルルはそう言った。
 けれど動こうとしない様子はつまり、ルルが拗ねている……という理由ではない。約束通りマキナがこの仕事を完遂しろとそう無言(無詠唱)で伝えているのだ。
 
「……ふー、はいはい。言われずとも私が一人で行くさ」
「あらーーー? そうなのありがとうマキナ。
 いやーー助かるわー、何せ竜狩りの後だから私もジークも疲れちゃったのよね。おまけにジークはここまで馬車を走らせてたんだから、きっと私よりずっっと疲れてるわよ。 ──ね、ジーク?」
「ああ。座っていただけなのにクタクタだ」

 馬車の扉を開けながら、ジークはそう言う。
 お手をどうぞと、意地悪な言葉だけでなく、ジークは紳士に降りるマキナの手とった。
 ……どんな奇想天外であろうと、ジークにとってはマキナは尊敬すべきギルドマスターなのだ。

「ほら、シャーロットも」

 と、ルルからの思わぬ言葉が呆けたシャーロットへ。

「いい機会だから見学してきなさい。マキナの戦いが参考になるかはともかく、何もしないでいるよりは身になるわよ。
 ……不安? 大丈夫。私のそばにいるよりも安全だから」
 
 馬車のすぐ外。
 その言葉で送り出されたシャーロット。
 マキナはぴたりと、その背後にシャーロットが着いたのを確認してから、入れ替わりでジークが乗った馬車の扉を閉めた。
 
 ──辺りは風も吹かない静寂。
 そしてマキナは、気配なき森の暗闇に向かって──。
 高らかに、彼女はまっすぐに宣言した。

「一千にしても一銭にもならず、しかして一線を画した一戦は一閃にて終る。
 今日は機嫌がいい。言葉通りの結末をお前達に与えてやろうとも」





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