それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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潜入任務 ライム・シャベト

第二十五話 チズ・バガーと潜入任務

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 翌朝、重たい瞼を開くと見慣れた天井が目に入った。体は軽いが頭は重い。昨日トマトから体力を回復するマッサージを受けたが、気恥ずかしさと緊張であまり寝れなかった。
 穏やかな日差しとメイドさんの働く心地よい生活音が、朝の浮遊感をさらに高めている。

「鳥太君、本日の任務についてお伝えします」

 寝ぼけ眼のまま朝のルーティーンを終えた俺は、フィルシーさんと向かい合ってソファに座っていた。
 尻が沈み込む感触で眠気が加速するが、フィルシーさんの表情を見ると普段の任務よりも重要な案件のようだ。おまけにトマトが不在で代わりに金髪で小柄なメイドさんがいるのも気になる。

「彼女と面識はありますか? Bクラスの戦闘メイドで、クシィが不在のとき門番をしています」
「えーと、いえ」

 見かけたことはあるけどまだ話したことはない。ルッフィランテの中で唯一、少しだけとっつきにくい印象がある子だ。
 吊り上がった目は猫みたいに鋭く、小ぶりな鼻はツンと尖っていて、幼いながら美人寄りの綺麗さを醸している。

「よろしくお願いします、鳥太様。チズ・バガーと申します」
「よろしく。葉風鳥太だ」

 右手を差し出したけど、チズは冷たいオーラを纏ったまま微動だにしなかった。
 メイドさんにも反抗期とかあるのか……。
 この反応は新鮮と言えなくもない。

「鳥太君、今日はチズと一緒に子爵――クッセン・フィーヴォの屋敷に出向いていただきます。これはルッフィランテではなく他のメイド喫茶からの依頼です。鳥太君の活躍を聞きつけたそうですよ」
「はい。それは嬉しいですけど……トマトは一緒に行かないんですか?」

「ええ、これまでの戦い方から、鳥太君にはトマトではなく、強いパートナーが必要だと判断しました。単独で任務をこなせるクシィを除外すると、ルッフィランテで次に強いのはチズです。今日からは全ての任務をチズと一緒にこなしていただきます」
「えっ、はっ!? ちょっと待ったフィルシーさん、それは困る。トマトは一番信頼できるパートナーだ。これまでの戦い方は悪かったと思ってます! すみませんでしたーっ!」

「鳥太君……言葉遣いがバラバラになっていますよ。そんなに動揺するとは思いませんでした。ですが、今日のところは決定です。チズに実践経験を積ませたいですし、鳥太君にも一度頭を冷やしてもらいたいのです。それに今回の相手は子爵です。これまでのようにはいきませんよ」
「はい……」

 フィルシーさんの口ぶりからすればトマトがパートナーに復帰できる可能性は残ってるみたいだ。今日のところは言う通りにしておこう。

「ここからは私が説明させていただきます」

 チズが高めの凜とした声で言う。澄ました表情は気高い動物のようだ。

「本日救出するメイドはDクラスのライム・シャベト。彼女はルッフィランテではなく、隣町のメイド喫茶“レアクレア”に所属しているメイドです。スキルは光花(サーラ)。制限回数は五回。広範囲に及ぶ目くらましの光ですが、このスキルは現在の主人には与えていないそうです。そして問題となるのが現在の主人クッセン・フィーヴォ。現在所持している執事はSクラスが二人です」

 この時点で違和感の塊だ。所持している使用人のバランスが悪すぎる。

「莫大な金を使ってSクラス執事を二人所持しているのに、Dクラスメイドを雇ってるのか……」
「はい、クッセンはSクラス執事を三人雇える程度お金を持っているはずですが、なぜかライムを手伝い役として借りているそうです。理由はわかりませんが……」

「そうか。ひょっとしてクッセンは過去にSクラス執事を三人雇ったことがあるのか?」
「いえ……申し訳ありません、そこまでは調べられませんでした。ですが、クッセンの資金力を考えるとその可能性はあると思います。スキルはSクラスのものを三つ所持していると考えて行動しましょう」

 情報不足を感じているのか、チズの表情は悔しそうだ。Bクラスメイドの彼女はトマトより優秀のはずだから、調べられなかったなら仕方ないと思うけど……。

「クッ」

 チズは小さく息を吐いて拳を握りしめた。ひょっとしてこの子、完全な格闘特化のメイドさんなのか……?

「チズ、他に報告はありませんか?」
「あ、はい、すみません。続きがあります。今回の依頼は、クッセンがライムにメイド服を着せていないという情報の真偽を確かめることです。それも踏まえて、ライムが酷い扱いをされていないか調べます」
「え、ちょっと待て! メイド服を着せてない? それはつまり、屋敷の中で全裸で働かせてるってことか⁉」

「「………………」」

 フィルシーさんとチズが、怒りと驚きと嫌悪感をブレンドしたような視線を送ってきた。

「あれ……」
「鳥太君、何を言っているのですか? 別の服を着せている決まっているでしょう。どうしてそんな発想が出てくるのです」
「すみません……」

 使用人を裸にするのはよくあるのかと思ったけど、違うのか。
 チズに至ってはもはや結成する前から臨時パートナーを解消しそうな雰囲気だ……。

「鳥太様、メイドにはメイド服を着せなければいけないという暗黙のルールがあります。メイド服は身分を示す証であり、メイドの仕事をする上で機能的な装備でもあるからです。それを奪っているということが、ライムの扱いの酷さを物語っています」
「そうか。そりゃメイド服がないとメイドじゃないもんな……」

 ルッフィランテの本物のメイドさん達だって、別の服を着ていたらメイドらしさが半減してしまうだろう。なぜ自分のメイドさんの可愛さを半減させるようなことをするのか俺には理解できない。それにメイドを守る者としてそんな横暴を許すわけにはいかない。

「じゃあさっそく助けに行こう。チズ、案内してくれ」
「…………はい」

 嫌そうに顔をしかめられた。
 さっきの失言で信用を失ってしまったみたいだ。ここから挽回しよう。


 ルッフィランテを出た俺達は車の代わりになる“シェプカ”で移動することになった。
 今回は目的地が二つ隣の街なので、徒歩では時間がかかるというフィルシーさんの気遣いだ。
 内心ずっと乗ってみたかったこの世界の車は、巨木を彫り出したタマゴ型で、運転席一つと後部座席が二つ。これ以外のフォルムは見たことがないので一種類しかないのだろう。

「ペツィアの街かぁー! 二千二百と言いたいところだけど、二千ラスティコラに負けておくよ! あんちゃん痩せ形だし、メイドの方はもっと軽そうだからねぇ~!」

 筋骨隆々の運転手が悪気がなさそうに余計なことを言い、シェプカに乗り込むチズが今にも車を叩き割りそうなオーラを放った。
 この子はBクラスだけど他のメイドさんのような上品さがあまりない。トマトのような安心感は皆無だ……。

「それじゃ、これでよろしく」
「あいよっ」

 千ラスティコラ紙幣二枚を渡すと運転手は動力となる熱エンジンを点火させた。
 走るスピードは小走りと変わらないけど、カタカタと地面の凸凹を味わいながら街の景色を眺めるのは悪くない。
 そうしている内にペツィアに到着した。
 石造りの建物が多い。どうやら住宅街のようだ。

「ありがとな、オッチャン」
「おうっ、まいどあり! 帰りは他のシェプカに乗って帰んなっ」

 ぶっきらぼうだが好印象な挨拶を残して、オッチャンはトコトコと去っていく。
 目の前にはクッセン・フィーヴォの屋敷。灰ずんだ壁が三階まで連なり、大小様々な石がおそらく美的なこだわりをもって庭に埋め込まれている。

 全体的に白黒で無味乾燥。当然だけどルッフィランテに比べると敷地面積も狭く、子爵といえど特別豪勢な印象は感じられない。

「鳥太様、今回私達は子爵にバレないよう屋敷の外からライムの様子を観察します。私は裏庭から探りますので、鳥太様はここから観察してください」
「おう、気を付けてな」
「……鳥太様こそお気を付けください」

 対抗心剥き出しにも聞こえる台詞を呟き、チズは小走りで屋敷の角を曲がって消えた。
 最初から別行動というのは不安が残る。早めにライムを探してチズと合流しよう…………。
 と、ふと屋敷を囲う外壁が目に入る。高さは十メートル以上。
 そもそもチズはどうやって中を覗くつもりなんだ……?

 よじ登って見ると目立つ。かといって裏門があるという情報も聞いていない。
 考えすぎかもしれないが……嫌な予感がする。

 念のため、俺は持ち場を放棄して屋敷の裏へ回った。
 背の高い木や都合のいい建物は見当たらず、壁に貼りついているメイドさんも当然いない。
 つまり、チズはおそらくもう中に入ってる。
 まずい…………。敷地内でSクラス執事に見つかったら排除されるぞ…………。

 追いかけるしかない。
 そう判断を下し、膝を曲げて力を溜める。
 全力で地面を蹴り、四メートルほど跳躍した。

 って飛びすぎた! 屋敷の窓から見られたら丸見えだ!
 と懸念したが、誰にも気づかれず塀の上に降り立った。
 屋敷の裏側にほとんど窓はない。たぶん見つかっていないだろう。

 身を転がすようにクルリと飛び降り、庭の石に着地する。

 ジャリッ!

 硬質な音が響いた。
 ここまでミスを連発……もう見つかっていてもおかしくない。
 よく考えたら俺は正面戦闘しか経験がない。内偵に関してはチズに任せた方が正解だったか?
 けど、ここまで来て引き下がれないな。
 メイドさんを放っておいて正面の門でのんびりと偵察なんて、生きた心地がしないだろう。やっぱり早くトマトと組みたいが……。

 周囲を確認し、長く息を吐く。
 石を慎重に踏みながら移動し、屋敷の壁に背をつけた。
 玄関から入れないならどこから入っても同じだ。

「――――ッ!」

 再び地面を蹴った。
 屋敷の二階隅にあった窓枠に指先をかける。
 懸垂の要領で体を持ち上げ、窓の中を覗き見る。

「――――!?」

 小麦色の肌の女の子が、驚きの目をこちらへ向けた。


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