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潜入任務 ライム・シャベト
第二十七話 覚悟はおありですか
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「…………この野郎っ…………」
嫌な結末を想像し、吐き気にも似た熱が喉元に押し寄せた。負けるつもりなど毛頭ないが、ルッフィランテのメイドを賭けて戦うなんてできるはずがない。これは現実の戦いで、互いに未知の力を隠し持っている。勝利の保証なんてどこにもないんだ。
メイドが傷つけられるのは避けたいが、俺がこの条件を飲んでも飲まなくてもそうなる危険が残る。
クッセンはこちらの動揺を咀嚼するように間を置いた。
その口元に薄ら笑いが浮かぶ。
「一つ言い忘れていたが、貴様の仲間はこちらで既に捕えている。増援を期待しているなら無駄というものだ」
「なっ……てめえ、チズに手を出したら、絶対に許さねえっ…………!」
チズが既に捕えられていた。
全身を死神に撫でられているような感覚。
やはり、最初から二人で行動するべきだった。
が、後悔していても仕方がない。
「チズは無事か」
もしも傷一つでも付けていたら許さない。最小限の言葉に込めた意味は牽制だった。
配下の執事が二人ここにいるのであれば、チズが拷問をされるような心配はないはずだが、伏兵がいないとも限らない。
クッセンが出した答えは、肩を数センチ下げる動作と、安堵としか取れない表情だった。
意味を測りかねていると、長髪の執事が下等な相手に向ける眼差しをくれる。
クッセンもやれやれと言いたげなジェスチャーの後に平坦な声で告げた。
「ルッフィランテなら多少は骨のある相手かと警戒してみれば、伏兵は女一人か。その様子だと戦闘メイ奴のようだな」
「なっ……」
伏兵の人数を探る為に鎌をかけただけだったのか。
チズは捕らわれていない。
俺のアホすぎる反応からこちらの戦力がバレてしまったが、チズが無事ならそれでいい。
滾っていた血液が急速に冷える感覚があった。同時に冷静さが戻ってくる。
チズは予定通りこの屋敷のどこかで任務を遂行しようとしているのだろう。
それならここは、普段通り戦えばいいだけだ。
「クッセン、始めよう。お前の条件は飲まないが、俺はライムを連れて帰る為に戦う」
「構わん。この状況で貴様が自分の勝利に賭けるなどとは思っておらんのでな。伏兵は執事の足元にも及ばず、スキルは私より一つ少ない。それで尚立ち向かうことには敬意を表し、貴様が望む敗北を味わせてやろう」
クッセンが腕を広げ、手のひらを下に向けると、執事二人がその足元に傅いた。スキルの付与だ。
俺はここで奇襲を仕掛けることも可能だが、いずれ付与されるのでさほど意味はない。こちらもスキルを発動したフリをしながら自分の太ももに触れる。
その瞬間、花火が打ちあがるような爆音が鳴った。
部屋の隅でキャビネットが弾け、木片を散らす。
――奇襲⁉
とっさに大雑把な仮定を描いて振り返ると、赤ん坊のように細い金色の毛が、飛び散る木片の隙間でサラサラと揺れた。
チズ。
声はなく、唇が自然と動く。
微かな動揺が消えると、代わりに素朴な疑問が湧き上がる。
「え、まさか、ずっとそこにいたのか…………?」
「…………ふぅっ」
息を吐いただけの返事は無視ともとれたが、まあそんなことはいい。パートナーと合流できた。これでライムを逃がせる可能性は各段に上がる。
「貴様が伏兵か。随分と小柄だな」
呟いたのは巨漢の執事だった。
さして驚いた様子もなく、警戒している様子もない。全身凹凸で包まれた攻撃的なシルエットが、戦闘に対する自信を表しているような印象だ。
その巨漢に負けず劣らず攻撃的な俺の限定パートナーは、本気で熊を狩ろうとする猫のような表情で、視線をスライドさせた。
「クッセン・フィーヴォ様。先ほどの条件を飲ませていただきます。私達が負けたら、私があなたの元で働きます。その代わりに私達が勝てば、今後他のメイドを雇わないでください」
「なっ……」
口の中に色々な言葉が溢れ、半テンポ遅れて俺は叫んだ。
「チズッ! やめろっ! そんなことしても意味ないだろ! 勝てる保証はないんだ。絶対にそんな馬鹿な賭けは許さねえ!」
「――っ」
振り向いたチズの瞳には怒りが滲み、その原因が俺であることを語っていた。真意を測りかねて、溢れていたはずの言葉が途切れる。
「鳥太様、クシィに敗北を味わわせたあなたが本当にお強いのであれば、証明してください。私の越えられなかった壁を越え、ルッフィランテの救世主と呼ばれているあなたが、本当にお強いのであれば…………この人達に……勝ってください」
チズは一方的に告げると、敵へ向き直った。
俺を振り向こうとしない。
チズの真っすぐな感情は好ましく思えるが、頷くわけにはいかない。メイドさんの身を賭けて戦うなんて馬鹿な真似はできるはずがないんだ。
「チズッ!」
「鳥太様っ! あなたはメイドを救うと宣言されていましたっ!」
喉元を抑え込まれたように、言うべき言葉を失う。
ごくりと喉を下っていく唾液と共に、彼女にぶつけるはずだった感情が流れていく。
メイドを救う俺は幾度となく誓ってきた。その言葉が初めて俺以外の口から発せられ、これまでとは違う輪郭を帯び、なぜか脳内には巨大な鉛のイメージが過った。
「覚悟は、おありですか」
普段の俺なら迷わず頷いていた。
けれど、その答えの前には扉が立ちはだかっていた。
先ほどの鉛のイメージそのまま、硬質で重厚な扉。
初めてその感触を確かめ、脳内でガチャリと開いた。
『俺は、世界中のメイドさんを救う』
そう宣言しながら、俺は心のどこかで、負けても次があると思っていた。
もしも次がなかったら……?
負けた瞬間にメイドさんが傷つくとしたら……?
俺はその疑問から目を背けていた。
負けても守るべき彼女達を逃がせればいいと、心のどこかで余裕を持っていた。
けど、ルッフィランテ最大の矛である俺が負けたとき、彼女達の安全は守られるのか……?
『自分を犠牲にする戦い方に慣れないでください。自分が傷つけば助けられるという考えが生まれてしまえば、視野が狭まり、大切なものを見落としてしまいます』
続いて開いた扉の先には、こうして俺がチズと組むきっかけとなった言葉があった。
ああ、そういうことか。
耳元でフィルシーさんの声を錯覚するほど、鮮明に、その言葉の意味がわかった気がした。
「鳥太様、私一人の身を守る覚悟もなく、世界中のメイドを救うおつもりですか」
チズの言う通り、俺には覚悟なんてこれっぽっちもなかった。彼女一人を守る覚悟もなかった。
世界中のメイドを救いたい、ただそんな願望を口にしていただけだった。女神に世界を救えると言われてそんなつもりになっていた。
そんなに甘いはずがない。
世界を救う。メイドさんを救う。辛い目に遭っている彼女たちを何度も見てきた。この世界を救わなきゃいけないとわかっていた。けどそれは覚悟なしにできることじゃない。
誰かがやるんじゃなく、俺がやるんだから。
「悪かった、チズ」
彼女がその身をかけて伝えてくれた言葉は俺の中にあった何かを砕いた。
ガラス細工の上辺だけの心。勇気に似せた作り物。その内側に潜んでいた本物の決意が、今俺の血を伴い、確かな鼓動を刻み始めている。
上面の覚悟はいらない。
偽物の決意はいらない。
逃げるのはもうやめだ。
だからここで、もう一度言おう。
「俺は世界中のメイドを救う男だ。チズ、君の身は俺が背負う」
嫌な結末を想像し、吐き気にも似た熱が喉元に押し寄せた。負けるつもりなど毛頭ないが、ルッフィランテのメイドを賭けて戦うなんてできるはずがない。これは現実の戦いで、互いに未知の力を隠し持っている。勝利の保証なんてどこにもないんだ。
メイドが傷つけられるのは避けたいが、俺がこの条件を飲んでも飲まなくてもそうなる危険が残る。
クッセンはこちらの動揺を咀嚼するように間を置いた。
その口元に薄ら笑いが浮かぶ。
「一つ言い忘れていたが、貴様の仲間はこちらで既に捕えている。増援を期待しているなら無駄というものだ」
「なっ……てめえ、チズに手を出したら、絶対に許さねえっ…………!」
チズが既に捕えられていた。
全身を死神に撫でられているような感覚。
やはり、最初から二人で行動するべきだった。
が、後悔していても仕方がない。
「チズは無事か」
もしも傷一つでも付けていたら許さない。最小限の言葉に込めた意味は牽制だった。
配下の執事が二人ここにいるのであれば、チズが拷問をされるような心配はないはずだが、伏兵がいないとも限らない。
クッセンが出した答えは、肩を数センチ下げる動作と、安堵としか取れない表情だった。
意味を測りかねていると、長髪の執事が下等な相手に向ける眼差しをくれる。
クッセンもやれやれと言いたげなジェスチャーの後に平坦な声で告げた。
「ルッフィランテなら多少は骨のある相手かと警戒してみれば、伏兵は女一人か。その様子だと戦闘メイ奴のようだな」
「なっ……」
伏兵の人数を探る為に鎌をかけただけだったのか。
チズは捕らわれていない。
俺のアホすぎる反応からこちらの戦力がバレてしまったが、チズが無事ならそれでいい。
滾っていた血液が急速に冷える感覚があった。同時に冷静さが戻ってくる。
チズは予定通りこの屋敷のどこかで任務を遂行しようとしているのだろう。
それならここは、普段通り戦えばいいだけだ。
「クッセン、始めよう。お前の条件は飲まないが、俺はライムを連れて帰る為に戦う」
「構わん。この状況で貴様が自分の勝利に賭けるなどとは思っておらんのでな。伏兵は執事の足元にも及ばず、スキルは私より一つ少ない。それで尚立ち向かうことには敬意を表し、貴様が望む敗北を味わせてやろう」
クッセンが腕を広げ、手のひらを下に向けると、執事二人がその足元に傅いた。スキルの付与だ。
俺はここで奇襲を仕掛けることも可能だが、いずれ付与されるのでさほど意味はない。こちらもスキルを発動したフリをしながら自分の太ももに触れる。
その瞬間、花火が打ちあがるような爆音が鳴った。
部屋の隅でキャビネットが弾け、木片を散らす。
――奇襲⁉
とっさに大雑把な仮定を描いて振り返ると、赤ん坊のように細い金色の毛が、飛び散る木片の隙間でサラサラと揺れた。
チズ。
声はなく、唇が自然と動く。
微かな動揺が消えると、代わりに素朴な疑問が湧き上がる。
「え、まさか、ずっとそこにいたのか…………?」
「…………ふぅっ」
息を吐いただけの返事は無視ともとれたが、まあそんなことはいい。パートナーと合流できた。これでライムを逃がせる可能性は各段に上がる。
「貴様が伏兵か。随分と小柄だな」
呟いたのは巨漢の執事だった。
さして驚いた様子もなく、警戒している様子もない。全身凹凸で包まれた攻撃的なシルエットが、戦闘に対する自信を表しているような印象だ。
その巨漢に負けず劣らず攻撃的な俺の限定パートナーは、本気で熊を狩ろうとする猫のような表情で、視線をスライドさせた。
「クッセン・フィーヴォ様。先ほどの条件を飲ませていただきます。私達が負けたら、私があなたの元で働きます。その代わりに私達が勝てば、今後他のメイドを雇わないでください」
「なっ……」
口の中に色々な言葉が溢れ、半テンポ遅れて俺は叫んだ。
「チズッ! やめろっ! そんなことしても意味ないだろ! 勝てる保証はないんだ。絶対にそんな馬鹿な賭けは許さねえ!」
「――っ」
振り向いたチズの瞳には怒りが滲み、その原因が俺であることを語っていた。真意を測りかねて、溢れていたはずの言葉が途切れる。
「鳥太様、クシィに敗北を味わわせたあなたが本当にお強いのであれば、証明してください。私の越えられなかった壁を越え、ルッフィランテの救世主と呼ばれているあなたが、本当にお強いのであれば…………この人達に……勝ってください」
チズは一方的に告げると、敵へ向き直った。
俺を振り向こうとしない。
チズの真っすぐな感情は好ましく思えるが、頷くわけにはいかない。メイドさんの身を賭けて戦うなんて馬鹿な真似はできるはずがないんだ。
「チズッ!」
「鳥太様っ! あなたはメイドを救うと宣言されていましたっ!」
喉元を抑え込まれたように、言うべき言葉を失う。
ごくりと喉を下っていく唾液と共に、彼女にぶつけるはずだった感情が流れていく。
メイドを救う俺は幾度となく誓ってきた。その言葉が初めて俺以外の口から発せられ、これまでとは違う輪郭を帯び、なぜか脳内には巨大な鉛のイメージが過った。
「覚悟は、おありですか」
普段の俺なら迷わず頷いていた。
けれど、その答えの前には扉が立ちはだかっていた。
先ほどの鉛のイメージそのまま、硬質で重厚な扉。
初めてその感触を確かめ、脳内でガチャリと開いた。
『俺は、世界中のメイドさんを救う』
そう宣言しながら、俺は心のどこかで、負けても次があると思っていた。
もしも次がなかったら……?
負けた瞬間にメイドさんが傷つくとしたら……?
俺はその疑問から目を背けていた。
負けても守るべき彼女達を逃がせればいいと、心のどこかで余裕を持っていた。
けど、ルッフィランテ最大の矛である俺が負けたとき、彼女達の安全は守られるのか……?
『自分を犠牲にする戦い方に慣れないでください。自分が傷つけば助けられるという考えが生まれてしまえば、視野が狭まり、大切なものを見落としてしまいます』
続いて開いた扉の先には、こうして俺がチズと組むきっかけとなった言葉があった。
ああ、そういうことか。
耳元でフィルシーさんの声を錯覚するほど、鮮明に、その言葉の意味がわかった気がした。
「鳥太様、私一人の身を守る覚悟もなく、世界中のメイドを救うおつもりですか」
チズの言う通り、俺には覚悟なんてこれっぽっちもなかった。彼女一人を守る覚悟もなかった。
世界中のメイドを救いたい、ただそんな願望を口にしていただけだった。女神に世界を救えると言われてそんなつもりになっていた。
そんなに甘いはずがない。
世界を救う。メイドさんを救う。辛い目に遭っている彼女たちを何度も見てきた。この世界を救わなきゃいけないとわかっていた。けどそれは覚悟なしにできることじゃない。
誰かがやるんじゃなく、俺がやるんだから。
「悪かった、チズ」
彼女がその身をかけて伝えてくれた言葉は俺の中にあった何かを砕いた。
ガラス細工の上辺だけの心。勇気に似せた作り物。その内側に潜んでいた本物の決意が、今俺の血を伴い、確かな鼓動を刻み始めている。
上面の覚悟はいらない。
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