それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

文字の大きさ
41 / 66
対執事喫茶 忠誠心と強さ

第四十一話 対ペネルス・ワトスキフ

しおりを挟む
 ペネルスは木刀を持った執事の腕を軽く叩いた。

 まるで従者を鼓舞するような素振りだが、スキルを付与したのだろう。

 余裕を見せつけているつもりなのか、戦闘の緊張感など一切ない様子で部屋の隅にあったソファに足を組んで座った。

「葉風鳥太、そこのシケイレスが私の最高傑作だ」

 どこか子供じみた自慢げな口調。
 トマトの予想では強力な執事が五人ほどいるはずだったが、どうやらペネルスが戦わせるのは一人だけらしい。よほど自信があるのか、あるいはこいつがずば抜けて強いのか。

 シケイレスと呼ばれた短髪の執事は木刀を片手で構える。
 予想はしていたが、この世界の木材は発泡スチロールのように軽い為、両手で持つ必要はない。リーチは俺の身長に迫るほどの長さになる。

 その重量ゆえ殺傷力はないはずだが、武器として使うということは何らかの効果があるのだろう。

 全力でその挙動に集中する。が、執事は俺の視線を欺くような刀捌きで、俺の胸を抉った。

 まるで達人のような動き。
 そして刀の重さは俺の想像を遥かに超えていた。

 胸の硬質な肉を軽々と押し込み、刃先は肺を圧迫する。

 詰まりそうになる息を強引に吐き出し、俺は自らに付与していた操作(ミリカ)の補助で強引に体を引かせた。

 一時的な酸素不足に陥った体は血管が破裂するような負荷を感じたが、気にしている余裕などない。

 一呼吸の間もなく執事の刀が無数の軌跡を描き、視線で追い損ねた筋が一つ二つと俺の皮膚に痛みを刻んでいく。

 下がりすぎていることには気付いている。戦闘に置いてポジショニングは非常に重要で、特に室内のような限られた空間において、隅に追い詰められることは敗北の縁へ追いやられることと同義だ。

 それでも成すすべなく、刀と素手という戦力差を如実に表すように、俺は部屋の隅へ追い詰められた。

 この世界では拳の方が遥かに硬く、重く、器用に扱える武器だと思っていた。だが重量と速さ、そしてリーチを兼ね備えた執事の刀は完全に拳の上位互換と化している。

「がっ……!」

 背が壁に触れた瞬間、執事の刀はこれまでで最も重い一撃を俺の肩へ落とした。

 成す術がない。
 もう一手前に何か仕掛けるべきだった。敵の剣筋を見極めている余裕などなかったんだ。

 これまでの経験が、無敗の自信が、完全に裏目に出た。

 多少不利になったとしても逆転の目があると、スキルを使えばどうにかなると、どこかで高を括っていた。
 しかしもう俺は負けているのかもしれない。

 体は徐々に力が抜け、楽な方へ、敗北を受け入れる道を進み始めている。

 頭部へ、肘関節へ、首筋へ、素早く重たい刀は容赦なく俺の防御を剥がしダメージを叩き込んでいく。

 視界が暗転した。
 圧倒的戦力差で畳みかけられるということを、生まれて初めて知った。

 執事の刀捌きは決して大振りではない。
 刀同士で戦ったとしても相当強いほどに、その剣筋には無駄がなく、その刀を掴むなどという神業は、たとえ俺が百回こいつと戦ったとしても起きないだろう。

 それどころか剣筋を見極め、腕を犠牲に防御することすらできていない。

 相手の目はブレることなく俺の首元にとどまり、おそらくその周辺をぼんやりと視認している。その見方は凝視するよりも正確に動きを追うことができることを、俺は通常戦闘で優勢に立っているときの経験から知っている。

 ――――敗北。
 その二文字が何度も頭を過り、その度に膝の力が抜けていく。

 勝てるはずがない。
 俺のスキル――――加速(シスト)は間違いなく後方のウェムに止められるし、トイプから貰ったばかりのスキルはあまりにも性能が低い。

 ――――どちらにしろ負けるなら、ここで立ち続ける意味はあるのか?

 弱気な心の声が湧き上がった瞬間、膝が床についた。
 意思は折れていないつもりだった。しかし、気力だけで耐えていた俺の体は、その芯がもはやどこにもないことを見抜いていた。

「案外あっけなかったな」

 執事は刃先を俺に向けたまま攻撃を止めた。
 その背後からは、ペネルスの高らかな笑い声が聞こえた。

「葉風鳥太、貴様には感謝してもしきれないな。私が力を得る礎となり、敗北をもって私の正しさを証明してくれた。そうだろう? 貴様が常識を打ち破った功績は認める。しかし、重要なのは道を切り開くことではなく、開かれた道の先へ誰よりも早く先へ進むことだ」

 何を言っているのかまるで意味が分からない。
 そんな感想は掠れた声となって口をついて出ていた。 
 ペネルスは嗤う。

「自覚がないのか。貴様はメイ奴ごときのスキルで何人もの執事を倒してきた。それが異常なことだとは思ったことはないのか?」
「………………」

 深く考えたことはなかった。ただ与えられた力が大きかった、その程度の認識だ。しかしこいつの言う通り、メイドさんのスキルで執事と対等に戦えるというのはこの世界の常識を外れている。その理由など知らないが…………。

「“スキルの強さは執事やメイ奴の忠誠心に依存する”」

 ペネルスはオールバックの髪を無造作に掻き上げた。

「これまで誰も気に留めなかった常識だ。執事の忠誠心など、同じクラスなら大した差はない。忠誠心など持っていて当然、従者は主に尽くして当然。その常識を一人の男が未知の領域まで押し広げた」

 ああ、確かにそんなことをクシィやフィルシーさんから聞いた覚えがある。
 忠誠心、それがこいつの強さの秘密なのか。

「だがそいつは野望を持たなかった。たかがメイ奴喫茶の道具に甘んじていた。だから私が示した。本当の強さ、そしてその使い道を」

 ガシャッ。

 部屋の隅で崩れるような音が鳴った。
 視線を動かして見ると、トマトがクローゼットらしき場所に手をかけ、体を支えていた。動揺して立てないかのように。ペネルスの発言から何かを感じ取ったかのように。

「あなたは、まさか…………あの執事達は………………」
「察しがいいなメイ奴よ。葉風鳥太のパートナーだけはある。今回、貴様にはなかなか引っ掻き回されたぞ」

 屋敷に侵入してから身を隠し行動できたのはほとんどトマトのおかげだということを、ペネルスは気付いているようだ。

 しかしそんなことは眼中にないとでも言いたげに、ペネルスは口元を吊り上げ、俺に視線を戻した。

「貴様がどうやってメイ奴の忠誠心を高めたかのかは知らぬが、重要なのはその結果だ。私は私のやり方をした」
「執事を痛めつけたのですね」

 トマトが怒りを滲ませた声で呟くと、ペネルスは両手を左右に放り出し、心外だとでも言わんばかりに首を振る。

「痛めつけたのは私ではない。それでは意味がないだろう。私はあくまでも忠誠を誓われる対象なのだから」
「でもっ!」
「彼らに苦痛を与えたのは、私の配下の執事達だ。彼らは肉体的にも精神的にも追い込まれ、闇しか見えなくなった。一か月。プライドの高い彼らが折れるまでに一か月かかった。そしてこの世に光を見いだせなくなった彼らに、満を持して温かい食事を与え、優しい言葉をかけたのがこの私だ」
「…………なっ」

 こいつは執事の忠誠心を高める為だけに、自分の執事を監禁し、苦痛を与えていたのか。
 そんなことの為に、従者を犠牲にしたのか。
 だからこの屋敷で戦える執事が二人しかいないのか。

 俺が薄暗い部屋の中に見たあの執事達は、こいつの自作自演に騙されて…………。

「てめえ………………」

 体内を廻る熱が急激にその温度を上げた。
 スキルではない。常に俺の体中を廻っている赤い液体が、脳に、心に反応し、戦うべきだと叫んでいる。

 やはり俺はこの世界を、変えなければならない。

「ペネルス、俺はお前ほど弱い人間を知らない」

 口は自然に動いた。
 拳は既に握っている。
 膝は体重を支えている。
 もう何があっても、諦めることはない。負けられない理由ができた。


「お前が進んでいる道は、俺がメイドと共に歩んできた道の先なんかじゃない。紛い物の強さなんかに、俺達は負けない」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

見習い動物看護師最強ビーストテイマーになる

盛平
ファンタジー
新米動物看護師の飯野あかりは、車にひかれそうになった猫を助けて死んでしまう。異世界に転生したあかりは、動物とお話ができる力を授かった。動物とお話ができる力で霊獣やドラゴンを助けてお友達になり、冒険の旅に出た。ハンサムだけど弱虫な勇者アスランと、カッコいいけどうさん臭い魔法使いグリフも仲間に加わり旅を続ける。小説家になろうさまにもあげています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...