それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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最終章 異世界のメイドさんを救うのは

第四十四話 始まりはいつもの日常

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「おかえりなさいませ、鳥太様」

 ルッフィランテの扉を開けるとトマトがペコリと頭を下げた。
 顔を上げると不安と期待半々で聞いてくる。

「お体は大丈夫でしたか? “りはびり”は成功したのでしょうか?」

 俺は昨日のダメージを回復する為に、ついさっきまで庭で“リハビリ”をしていた……ことになっている。
 この世界の人間はすぐに傷が治るのでリハビリを知らないらしい。
 というより、この世界にリハビリという言葉がないらしい。

 外出の口実にうっかりリハビリしてくると言ってしまった俺は、トマトに意味を説明したのだが…………俺の説明がよほど下手だったのか、トマトはリハビリを治癒療法か何かと勘違いしている。

「いや、だからリハビリはそういうのじゃなくて……」
「え、上手くいかなかったのですか…………?」

 青ざめた顔をするトマト。

「い、いや、大丈夫。成功したよ。怪我はほぼ問題ない」
「本当ですか! よかったですね!」

 トマトはぱっと顔を輝かせた。

「一晩であの怪我が治ってしまうなんて、“りはびり”は凄いですね」
「それは俺も驚いてるよ……」

 昨日、俺は喫茶ジルヴェスで大苦戦を強いられ、シケイレスの刀による大技を無防備で受けた。捨て身の戦術によりギリギリで勝利したが、その対価として、右肩から先に多大なダメージを負っていた。

 粘土のように重く感じる腕を引きずりながらルッフィランテに戻り、粉砕骨折も覚悟していたのだが、治癒メイドのマカロによる治療のおかげで、今朝になるとダメージはほぼ回復していた。今すぐ全力の戦闘をするのは厳しいけど、日常生活には問題ない。

 言うまでもないけど、もちろんリハビリで治ったわけじゃない。そもそも俺は庭でリハビリをしてないからな……。

「よかったです。これでいつでも次の任務に行けますね。鳥太様はいつの間に“りはびり”を習得していたのですか? 私も勉強すれば“りはびり”をできるようになるでしょうか?」
「まあ、トマトならたぶんすぐできるようになるよ……」

 誰でもすぐできるけどな。と心の中で付け足す。
 しばらく未知なる治癒技術“りはびり”に興味津々だったトマトは、ふと何かを見つけたように視線を逸らした。

 俺の斜め後ろ、ルッフィランテの食堂に備えてある窓の方。
 俺はさりげなくその視線を遮ろうと、横に一歩ずれる。しかし、トマトは普通に俺を躱して外を覗き見た。

 鮮やかな赤色の目が丸くなる。

「え! 鳥太様、あれを見てください! 庭の木が少し傾いていませんか⁉」

 トマトは窓から覗く大木を指さした。
 わかってる。確認するまでもなく、ピサの斜塔くらい傾いてる。

 俺はすぐ近くのテーブルにいるメイドさん達を横目で確認して、不自然に聞こえない程度に声のボリュームを落とした。

「トマト、ちょっと俺は部屋に用があるからさ、暇なら手伝ってくれない?」
「はい、もちろんお手伝いします。でも見てください! あれ傾いてますよね⁉ 鳥太様見えませんか⁉」
「いや、わかってるから、とりあえず部屋の用を先に」
「でも鳥太様、いつもあの木は本来この窓からは見えないのです。今は噴水にかかっていますよね? おかしいですよ。景色が台無しです。見えませんか? …………て、あれ? どうかされましたか?」

 トマトはようやく俺の異変に気付いた。
 首を斜めにスイングさせ、トマトに合図を送る。

『ここには他のメイドさんもいるから、部屋で話そう』

 不思議そうに見つめるトマト。

『あの木を傾けたのは俺だ。こっそり直したいからとりあえず二階で作戦会議しよう』

 という複雑なジェスチャーが通じるはずもなく。
 トマトは次第に俺のマネをして首をブンブン振り始めた。

 だめだこれ……。

 ふと、ドアの辺りで、首をねじる不審者二人を見つめている瞳があった。
 目立つ長身、こげ茶色の髪とシックなメイド服が特徴のクシィ・ポーズ。

 戦闘によって身に着けた無駄のない動きで、優雅に絨毯を渡ってくる。背筋の伸びた姿勢でも気取った印象はなく、代わりに包み込むような柔らかさを醸している。休憩中は門番のクシィも気を抜くらしい。

「お疲れ、クシィ。今首のストレッチをしてたところだ」
「面白いストレッチですね。お疲れ様です、鳥太様」

 こげ茶色の髪がサラリと揺れる。

「外をご覧になりましたか? 庭の木が傾いていますね。土台の土を避ければ自然と戻るので大したことはありませんけれど。ところで鳥太様、新しいスキルの具合はいかがでしたか?」

 傾いた木、新しいスキル、この話題をスムーズに繋げているということは全部バレてるんだろう。俺はさっそく白旗を振った。

「悪かった、クシィ」

 潔く罪を認めると、クシィは目鼻立ちの整った顔を少しだけ綻ばせた。

「やはり試し打ちをしていらっしゃったのですね。あの木は頑丈なので問題ありませんよ。それに、傾いてしまったのは仕方ありません。あの威力は想像しませんものね」
「ああ、まさかあの大木が傾くとは思わなかったよ。軽く揺らすつもりだったんだけどな」

 俺が昨日トイプから得たスキル――打突(ガルダ)は、手のひらで触れた物を吹き飛ばすことができる。その威力は大木を傾け、Sクラス執事二人を一撃で倒すほどだ。

「まあそのかわり、制限回数は一回だから連発はできない。強力なスキルは回数と時間の制限が厳しいみたいだな」
「ええ、それにメイドのスキルは元々、執事に比べて制限が厳しいですから。ですが、鳥太様のスキルはどれも、執事のスキルには劣っていないと思います」

 クシィはトマトと食堂にいるココナ、チズ、トイプを一瞥した。
 ふっと微笑んでから、凛とした表情に戻る。

「ですけれど、鳥太様はもう少しメイドを頼っていただいてよろしいのですよ。言っていただければ、スキルの試し打ちは私がご協力しましたよ」
「クシィは他の仕事もあるからさ。大丈夫、木はあとで俺が直すよ。直し方だけ教えてくれ」

 クシィは三度瞬きをした。

「ええ、もちろん鳥太様がそうおっしゃるなら。後でお部屋にマニュアルの紙を置いておきますね」
「ありがとう、助かるよ」

 一瞬、トマトが物言いたげな顔をしている気がした。
 いや、いつも通りか……?

「そういえば、トマトの戦闘訓練はクシィが担当してるんだっけ?」

 空気を変えるように言うと、食堂の喧騒が再び耳に届いた。
 メイドさん達はテーブルで各々自由に過ごしている。今は休憩時間だ。

 トマトは何でもできるメイドさん――メイド・オブ・オールワークスを目指していたけれど、俺と仕事をするようになってから戦闘訓練も始めた。
 今のところトマトの戦闘力は垣間見えていないけど、その成果がいつか見れるのかもしれない。

「トマトの戦闘技術はからっきしですね。元々運動神経がいい方ではありませんし、戦闘のセンスもありません。ですが、座学の方は優秀です。主要なスキルを千種類ほど、あっという間に覚えてしまいましたし、戦術も応用まで進んでいますね」
「はい、私は暗記が得意なのです!」

 トマトの耳は後半だけ拾ったようだ。ほんのり赤いほっぺたが誇らしげに膨らんでいる。

 ルッフィランテ最強の戦闘メイドに“戦闘技術はからっきし”とお墨付きをいただいたけど……本人が気にしてないなら別にいいか。メインで戦うのは俺だし、トマトが戦えなくても問題ないな。

 クシィは出来る姉のように小さく首を傾げてみせた。

「トマトは頭脳派ですから、その強みを活かせればいいと思いますよ。反対に戦闘が強くて、座学がからっきしの子もいますから」

 少し悪戯めいた口調。
 俺達の視線は食堂の中央、金髪の前髪から強気な目を覗かせているメイドさんに向いた。

 クシィに次ぐ戦闘メイドのチズ・バガーは戦闘一点特化で、その他の技能は若干怪しい。クシィが言ってるのはこの子のことだろう。
 チズは今勉強中らしいが、テーブルに分厚い本をたくさん並べ、いかにも形から入っている雰囲気だ。


 ページを捲ると目を瞑り、天井を仰ぎ、もう一度ページに視線を落とす。
 下唇を軽く噛んで、別の本に手を伸ばす。さっきからこれを繰り返している気がする。

「おべんきょうします?」

 サラサラ黒髪の四歳児メイド、チョコちゃんがチズの隣の椅子をよじ登った。

「勉強なら今してるわ。チョコちゃんも読んでいいわよ」
「えほんあります?」
「ないわよ。私はもっと難しい勉強してるから。クシィに勝つ為に知恵をつけなきゃいけないのよ。力勝負なら絶対負けないんだけどね」
「ちずつよいです?」
「ふっ。強いからもっと強くなる為に勉強してるのよ」

 さっきから一ページも進んでないけどな。と心の中で突っ込む。

 俺も勉強できないタイプだったからわかる。あれはチョコちゃんとしゃべることで、勉強しない口実ができて喜んでるパターンだ。ついでに言えば、チョコちゃんに勉強してるアピールをすることで、本人もそれとなく勉強してるつもりになっているダメなパターン……。

 案の定チズはチョコちゃんと楽し気に話した後、ほとんど読んでない本を全て抱えて席を立った。

「クシィ、勉強終わったから、後で戦闘訓練つきあって」

 クシィをライバル視しているチズは、やや遠間から愛想のない声で言う。

「はい、いいですよ。お勉強は進みました?」
「……今日は気分が乗らないから、明日頑張る」
「そうですか。では、明日頑張ってください」

 クシィはすっと息を吐き、俺を振り返った。

「鳥太様、それでは失礼します。チズの相手をしないといけませんので」
「おう、大変だな」

 苦笑しながら返事すると、クシィは立ち止まり、思いついたように口を開いた。

「鳥太様こそ毎日大変でしょう。けれど、トマトは鳥太様にとっていいパートナーですから、何かあったら頼ってあげて下さい」

 俺は一瞬、クシィの意図がわからなかったが、

「ああ、そうだな。何かあったら……」

 自然と曖昧な答えで返していた。

 パートナー。その言葉は少しだけ俺の心にひっかかった。
 トマトは俺にとって仕事のパートナーであり、日常生活の世話役でもある。俺の専属メイドというわけではないけど、その関係性は一言で言い表せない。

 些細な言葉が突いた胸の中のしこりは、意識するほど肥大化していく気がした。
 ふと、トマトが俺を見ていることに気付く。

「鳥太様、どうかされましたか?」
「いや、何でもない。それより、この後って何か予定あるんだっけ?」
「はい、フィルシーさんからお話があるそうです。まだ内容は聞いていないのですけど、時間のあるとき仕事部屋に来るようにとおっしゃってました」
「それは木の件と関係あったり……?」

 恐る恐るたずねると、トマトはぷるぷると首を振る。

「いいえ、鳥太様が木を傾ける前から言われていました。きっともっと大切なお話ですよ。木は後で直しましょう。私もお手伝いしますから」
「ありがとう。けど力仕事だし、俺が一人で直しておくよ」

 やんわり断るとトマトは一瞬視線を落とした後、

「わかりました。では何かお手伝いすることがあったらおっしゃってくださいね」

 ふっと淡く微笑み、階段へ向かって歩き出した。
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