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最終章 異世界のメイドさんを救うのは
第五十七話 作戦開始、突破
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ディークの屋敷から十メートルほど離れた山の中。
木々の影に身を潜めているのはリリアの執事二人、喫茶ディヴィダスの執事三人、俺。この六人が最初の突入部隊と決まった。そして、俺達の生命線となるリリアもサポート役としてこの場にいる。
ディークの従者たちを突破するには、リリアが持つ百二十七つのスキルをどれだけ効率よく使えるかにかかっている。だから最も危険度の高い突入役といえど、俺達に付与されるスキルは一人一つと制限した。
単純計算で考えれば一人三つまで付与することもできるが、リリアのスキルは全てが戦闘向きではなく、治療系のスキルやまったく役に立たないスキルもある。特に攻撃系のスキルは貴重なので温存したい。
「では、作戦を開始しましょう」
こちらに向けられたリリアの瞳が一瞬微かな光沢を帯びた。涙の膜に光が反射したように見えるが、これは視線でスキルを付与するスキル――添付(ピット)のエフェクトだ。
今俺に付与されたスキルは香辛(ジンカ)。
人の身体能力や体力、ダメージ量、精神状態などを加味した“強さ”を嗅覚で測ることができるようになる。敷地内に入れば無数の執事に狙われる為、瞬時に敵の戦闘力を測れるこのスキルは使えると予想した。このスキルはトマトの作戦も見据えている。
「メイディアン葉風、本当に強化スキルじゃなくてよかったのか」
木の陰に巨体を潜め、喫茶ディヴィダスのリーダー――バテラロが呟いた。こいつは迷わず強化スキルの握破(バーグ)を選んでいる。
「俺は生身でも戦えるからな。強化スキルはお前らに譲るよ」
皮肉じみて答えると、バテラロはフッと鼻で笑った。
こいつは執事の割に我が強く、ディークを自ら倒すと豪語している。俺のサポートをする気はないとも言っていた。
けど、それでいい。
まずはディークの従者達を倒さなければどうにもならない。ディークとの戦闘は後から考えればいい話だ。
「そんじゃ、いくか」
「かしこまりました」とリリアの執事二人――黄(フラウス)と黒(ニゲル)が答え、俺達は音を殺して山の斜面を降りた。
屋敷の壁は高さ二十メートル。近づくほどにその迫力は想像以上に増していく。
ここを超えれば戦闘開始。いよいよ失敗できない。
草の匂いが混じった空気を吸い込み、暗闇に佇む壁を見上げる。巨大な鳥かごのようなものが壁の上部に設置されている。中で周囲を見渡しているのは監視役の執事。
俺達はすぐに気付かれるだろう。覚悟していても鼓動は高まる。
あと五メートル。三メートル。一メートル…………。
鋭い目が俺達に向けられた。
夜目が効きそうな黄色い瞳は鷲のそれを彷彿とさせる。
「気付かれましたね。では予定通り」
リリアの執事の一人――黄(フラウス)はそう言い残し、長い手足を振り、最速で壁に向かっていった。
大きく飛んで壁に手をかける。ほぼ同時に俺達も地面を蹴る。
監視役の執事は巨大な鳥かごを飛び出し、右腕を宙で鋭く振った。
フュォッッッッ!
監視の執事が使ったスキルは集移(ミイロ)――――近距離にいる人間を引き寄せることができるものだ。このスキルを使ってくるのは想定内。
俺達は構わず壁に手をかけ乗り越える。その瞬間、着地点に敵の従者達が現れた。迎撃の構えを取っている。その数およそ十人。
格闘家だ。服は黒づくめで執事のそれと大差ないが、袖と裾にやや余裕がある。
敵の正体を把握した瞬間、スパイスのような香りがツンと鼻を刺激した。
「全員がSクラス執事と同等以上の強さ、一人一つ以上のスキルを付与されてる。一番強いのは背が低い奴だ」
リリアから付与されたスキル――香辛(ジンカ)の効果で判別した敵の情報を執事達に伝え、俺は壁を蹴った。
敵が放ってきた遠距離攻撃が、一秒前に俺がいた場所を粉砕する。
硬い地面に転がるように着地し、敵に囲まれないよう即座にダッシュを切った。
それとほぼ同時に、敵味方も全員それぞれ全力で動き出す。
戦闘開始わずか一秒で戦況は混沌とした。
トップクラスの戦闘力が激しくぶつかり合い、見たことのないスキルや戦術が次々と展開されていく。即興で組んだ俺達にとっては、敵味方の判別すら危うい。
しかし俺がすべきことは決まっている。トマトの作戦の遂行。
与えられた役割を果たす為、戦闘を避け、最速で目的地へと向かう。
巨大な影が行く手を遮った。手をこちらへ翳している。しかしまともに相手をしている暇はない。
敵は勢いよく手を引いた。
何のスキルだ……?
そう思った瞬間、男の腕の動きに呼応し、体が引っ張られた。が、その勢いを利用して前方に受け身を取り、即座に立ち上がり門へ走り出す。タイムロスはほぼゼロ。
戦闘を回避された格闘家は意表を突かれたのか恨めし気にこちらを睨み、立ち尽くす。その隙にリリアの執事――黒(ニゲル)が接近し、腹に重たい一撃を食らわせた。
攻撃スキル――捻波(ソルウ)。
体の一部を捻ることで小規模の波動を生み出す。威力は高くないが持続時間が長く、攻撃にも防御にも使えるスキルだ。
執事にとって指先による攻撃は、最も使用頻度の高い技だが、黒(ニゲル)はインパクトの瞬間、指先を捻ることにより、弱攻撃を強攻撃へと変えた。速度と正確さも申し分ない。
格闘家の体は不自然に捩じれた。
手が腹部から離れると、脱力した体が地面に崩れ落ちる。
一撃。
こうして見ると、喫茶ディヴィダスの執事達より、リリアの連れていた執事二人の方が圧倒的に強い。乱戦の戦い方を熟知しているというべきか。多人数の敵を上手く相手取りながら、適度に味方のサポートもしている。
黒(ニゲル)は狡猾で、乱戦の中で敵が見せた隙を確実に突き、じわじわと嫌なダメージを与えている。あの存在は敵にとって精神的なプレッシャーにもなるだろう。
黄(フラウス)は長い手足と速度を活かし、敵の攻撃を着実に躱しながら瞬間的に仕留めている。ヒット&アウェーの手本となるような戦い方だ。
この二人に対し、喫茶ディヴィダスの執事達は、実力の近い敵と一対一で地味な戦闘を繰り広げている。人数差で負けているのだからあまり賢い戦い方ではない。
リーダーのバテラロは互角以上に渡り合っているが、それでもやはり単騎の戦い方だ。執事喫茶は人数勝負なところがあるから、多人数に対する戦い方はあまり得意ではないのかもしれない。
それでもリリアのエース執事二人のおかげで戦況の均衡はとれている。
奴らが耐えてくれている間に、一刻も早く増援を呼び込むべきだ。
俺は鋭角的に体を倒しながら急カーブし、さらに加速した。
トマトが提案した作戦はこうだ。最初に壁を越えられる六人が突入し、中に入ったら俺以外の五人が敵を足止めする。その間に俺が門番を倒し、内側から扉を開ける。外に待機していた残りの執事達が侵入する。
少人数に委ねられた賭けだが、成功させればスキルの消費を抑えられる。それに、少数精鋭の方が奇襲は成功しやすい。
事実、今のところ俺達は数的不利だが互角に戦っている。
戦闘の空気が体に馴染み、鼓動が一定のリズムを保ち始めた。
その瞬間、
パンッッッッ!
背後で爆音が鳴り響いた。
従者が増援を呼んだのだろう。急がないとまずい。
門の下には巨漢の男が待ち構えている。
そこへ一直線で向かいながら、男の戦闘力を嗅ぎ取る。
――――香辛(ジンカ)
パンチのある香りが鼻孔で弾けた。この香りから察するに、予想通り、門番はそれなりに強いSクラス執事だ。
けど、こちらにはトマトのもう一つの策がある。
敵に付与されているスキルの制限は、どれも“時間制限”ではなく“回数制限”だ。
回数制限のスキルは付与しておけば従者が眠るまで有効となる為、朝一で門番に付与することが多い。そこからトマトはスキルを予測した。
門番に付与する回数制限スキルの中で最も効果的だと思われるのは、光による目くらまし・危険を知らせる音・中距離攻撃を兼ね備えた――――光弾(シュガル)。
予測通り、門番は大きな木の実でも包み込むように手を軽く握り、腕を引いた。これは間違いなく光弾(シュガル)の初動だ。これにかかった時間はおよそ0.三秒。
こちらに向けて押し出された手が開く。
俺は耳を塞ぎ、目を瞑り、香辛(ジンカ)による嗅覚情報だけを頼りに、攻撃の軌道から身を躱した。
バチッッッッッ!
瞼が強烈な光に照らされ、爆音が鼓膜を揺らした。
衝撃波が髪を掠めている。が、当たってはいない。ノーダメージだ。
視覚と聴覚を遮断したまま、さらに門番との間合いを詰める。約二メートル。
光弾(シュガル)にはスキルの使用者本人も光と音の影響を受けるという弱点がある。そのせいで門番の動きはわずかに鈍っている。
――――二発目が来る。
鼻の粘膜を刺激する赤いイメージの匂いがふわりと揺れ、その攻撃モーションを俺の脳に伝えた。門番との距離は約一メートル。この間合いに入った時点で勝負は決している。
門番の腕を蹴り上げる。
ドッ! バヂッッッッッッ!
空に向かって光弾(シュガル)が暴発した。
まばゆい光と爆音が周囲に広がる。
動揺した門番の体は無防備になった。目を閉じていても嗅ぎ取れる。
軸足一本でそのまま前に跳躍し、振り上げた足を男の頭に落とした。
「ぐああああああああっ!」
鈍い感触。
続いて唐辛子のような匂いが薄れ、無臭へと変わった。
ドサッと鈍い音が沈む。
そこでようやく目を開き、地面に横たわる巨漢を確かめた。
「ふぅ…………」
作戦の第一段階は成功だ。あとはこの門を開き、外で待っているリリア達を招き入れるだけ…………
「――――葉風っ! 黄(フラウス)がやられたっ!」
バテラロの太い叫び声が戦場に轟いた。数十メートル先からでもはっきりと聞こえる。
「増援を送るっ!」
叫び返し、門に刺さっていた閂を全力で引いた。
一歩下がる。巨大な扉が押し開かれる。
リリアが先頭に立ち、トマトがその背後に並び、さらに後ろで待機していた大量の執事達が雪崩れ込んできた。
リリアの執事達――百二十五名、ディヴィダスの戦闘執事――十名、合計百三十五名。
壁の破壊に無駄なスキルを使うことなく、侵入に成功した。これで戦況は互角、あるいはこちらが有利だ。
そう思った瞬間、
「がああああああああああああああああっ!」
「ぐはっ!」
「ああああああああああああああああ!」
増援の執事達が一瞬で三人吹っ飛び、壁に背中を叩きつけられた。
周囲を見渡しその原因を探る。
「がはああああっ!」
またもう一人、十メートルほど吹っ飛び、地面に崩れ落ちた。
「チビがッ! 私が相手をしてやるッ!」
バテラロの叫び声。
黒い影がそれに反応し、軌道を変えた。
風のように戦場を抜け、バテラロの巨体に勢いよく突っ込んでいく。
「はああああああああああっ!」
黒い影が肘を押し当てるように放った攻撃は、バテラロの両腕でギリギリ止められた。
あいつは――――
「ミラナード……!」
戦場を翻弄していたのはディークの側近だった。
黒髪にメイド服のような黒服、身長の低さを感じさせない迫力、エネルギーに満ちた瞳。
おそらく最強の従者が、早くも戦場に現れた。つまり、ディークは俺達が最深部まで辿り着くとは思っていない。ここで終わらせるつもりだ。
「この馬鹿力がっ……!」
バテラロは憎々し気に叫んだ。その瞬間、黒い影はバテラロの巨体に一瞬で五発の攻撃を叩き込んだ。
攻撃、防御、回避、バテラロもあらゆる動作で対応しようとしていたが、全て不発。完全に動きを読まれた。
「このままだとこちらの戦力を減らされますっ! リリア様!」
後方でトマトの叫び声が聞こえた。
トマトは戦場を見つめ、指折り数えながらぶつぶつと何かを呟く。
そして、
「リリア様、鳥太様に鳴撃(キャズ)を付与していただけませんか」
トマトは遠慮がちに、けれど確信に満ちた声で告げた。
この状況を突破する為のスキルの割り振りと、戦力の分担を考え、答えを出したのだろう。実際、俺は丁度手が空いたところだ。ミラナードを止める自信もある。
リリアに頷き決断を促した。
「いいのですね? 青目と戦う為に体力を温存しなくても」
「ああ、このままだとあいつに全滅させられかねないからな。俺が倒しておく」
「そうですか」
夜風に溶けてしまいそうな平坦な声には、微かな高揚が感じ取れた。
リリアの瞳が一瞬煌めく。全身が普段とは別種の熱に包まれた。
範囲攻撃スキル――――鳴撃(キャズ)。
初見のスキルだが使い方は知っている。
「助かるっ、ありがとな!」
「どういたしまして」と背後で呟くリリアの声を聞きながら、地面を蹴った。
ミラナードへ向かう。
体は地面につきそうなほど前傾しているが構わず、重力に身を預け、全速力で戦場を駆け抜ける。
戦地へ踏み入ると、バテラロはすでに片膝をついていた。この数十秒でも持ちこたえた方だ。
「――交代だ」
木々の影に身を潜めているのはリリアの執事二人、喫茶ディヴィダスの執事三人、俺。この六人が最初の突入部隊と決まった。そして、俺達の生命線となるリリアもサポート役としてこの場にいる。
ディークの従者たちを突破するには、リリアが持つ百二十七つのスキルをどれだけ効率よく使えるかにかかっている。だから最も危険度の高い突入役といえど、俺達に付与されるスキルは一人一つと制限した。
単純計算で考えれば一人三つまで付与することもできるが、リリアのスキルは全てが戦闘向きではなく、治療系のスキルやまったく役に立たないスキルもある。特に攻撃系のスキルは貴重なので温存したい。
「では、作戦を開始しましょう」
こちらに向けられたリリアの瞳が一瞬微かな光沢を帯びた。涙の膜に光が反射したように見えるが、これは視線でスキルを付与するスキル――添付(ピット)のエフェクトだ。
今俺に付与されたスキルは香辛(ジンカ)。
人の身体能力や体力、ダメージ量、精神状態などを加味した“強さ”を嗅覚で測ることができるようになる。敷地内に入れば無数の執事に狙われる為、瞬時に敵の戦闘力を測れるこのスキルは使えると予想した。このスキルはトマトの作戦も見据えている。
「メイディアン葉風、本当に強化スキルじゃなくてよかったのか」
木の陰に巨体を潜め、喫茶ディヴィダスのリーダー――バテラロが呟いた。こいつは迷わず強化スキルの握破(バーグ)を選んでいる。
「俺は生身でも戦えるからな。強化スキルはお前らに譲るよ」
皮肉じみて答えると、バテラロはフッと鼻で笑った。
こいつは執事の割に我が強く、ディークを自ら倒すと豪語している。俺のサポートをする気はないとも言っていた。
けど、それでいい。
まずはディークの従者達を倒さなければどうにもならない。ディークとの戦闘は後から考えればいい話だ。
「そんじゃ、いくか」
「かしこまりました」とリリアの執事二人――黄(フラウス)と黒(ニゲル)が答え、俺達は音を殺して山の斜面を降りた。
屋敷の壁は高さ二十メートル。近づくほどにその迫力は想像以上に増していく。
ここを超えれば戦闘開始。いよいよ失敗できない。
草の匂いが混じった空気を吸い込み、暗闇に佇む壁を見上げる。巨大な鳥かごのようなものが壁の上部に設置されている。中で周囲を見渡しているのは監視役の執事。
俺達はすぐに気付かれるだろう。覚悟していても鼓動は高まる。
あと五メートル。三メートル。一メートル…………。
鋭い目が俺達に向けられた。
夜目が効きそうな黄色い瞳は鷲のそれを彷彿とさせる。
「気付かれましたね。では予定通り」
リリアの執事の一人――黄(フラウス)はそう言い残し、長い手足を振り、最速で壁に向かっていった。
大きく飛んで壁に手をかける。ほぼ同時に俺達も地面を蹴る。
監視役の執事は巨大な鳥かごを飛び出し、右腕を宙で鋭く振った。
フュォッッッッ!
監視の執事が使ったスキルは集移(ミイロ)――――近距離にいる人間を引き寄せることができるものだ。このスキルを使ってくるのは想定内。
俺達は構わず壁に手をかけ乗り越える。その瞬間、着地点に敵の従者達が現れた。迎撃の構えを取っている。その数およそ十人。
格闘家だ。服は黒づくめで執事のそれと大差ないが、袖と裾にやや余裕がある。
敵の正体を把握した瞬間、スパイスのような香りがツンと鼻を刺激した。
「全員がSクラス執事と同等以上の強さ、一人一つ以上のスキルを付与されてる。一番強いのは背が低い奴だ」
リリアから付与されたスキル――香辛(ジンカ)の効果で判別した敵の情報を執事達に伝え、俺は壁を蹴った。
敵が放ってきた遠距離攻撃が、一秒前に俺がいた場所を粉砕する。
硬い地面に転がるように着地し、敵に囲まれないよう即座にダッシュを切った。
それとほぼ同時に、敵味方も全員それぞれ全力で動き出す。
戦闘開始わずか一秒で戦況は混沌とした。
トップクラスの戦闘力が激しくぶつかり合い、見たことのないスキルや戦術が次々と展開されていく。即興で組んだ俺達にとっては、敵味方の判別すら危うい。
しかし俺がすべきことは決まっている。トマトの作戦の遂行。
与えられた役割を果たす為、戦闘を避け、最速で目的地へと向かう。
巨大な影が行く手を遮った。手をこちらへ翳している。しかしまともに相手をしている暇はない。
敵は勢いよく手を引いた。
何のスキルだ……?
そう思った瞬間、男の腕の動きに呼応し、体が引っ張られた。が、その勢いを利用して前方に受け身を取り、即座に立ち上がり門へ走り出す。タイムロスはほぼゼロ。
戦闘を回避された格闘家は意表を突かれたのか恨めし気にこちらを睨み、立ち尽くす。その隙にリリアの執事――黒(ニゲル)が接近し、腹に重たい一撃を食らわせた。
攻撃スキル――捻波(ソルウ)。
体の一部を捻ることで小規模の波動を生み出す。威力は高くないが持続時間が長く、攻撃にも防御にも使えるスキルだ。
執事にとって指先による攻撃は、最も使用頻度の高い技だが、黒(ニゲル)はインパクトの瞬間、指先を捻ることにより、弱攻撃を強攻撃へと変えた。速度と正確さも申し分ない。
格闘家の体は不自然に捩じれた。
手が腹部から離れると、脱力した体が地面に崩れ落ちる。
一撃。
こうして見ると、喫茶ディヴィダスの執事達より、リリアの連れていた執事二人の方が圧倒的に強い。乱戦の戦い方を熟知しているというべきか。多人数の敵を上手く相手取りながら、適度に味方のサポートもしている。
黒(ニゲル)は狡猾で、乱戦の中で敵が見せた隙を確実に突き、じわじわと嫌なダメージを与えている。あの存在は敵にとって精神的なプレッシャーにもなるだろう。
黄(フラウス)は長い手足と速度を活かし、敵の攻撃を着実に躱しながら瞬間的に仕留めている。ヒット&アウェーの手本となるような戦い方だ。
この二人に対し、喫茶ディヴィダスの執事達は、実力の近い敵と一対一で地味な戦闘を繰り広げている。人数差で負けているのだからあまり賢い戦い方ではない。
リーダーのバテラロは互角以上に渡り合っているが、それでもやはり単騎の戦い方だ。執事喫茶は人数勝負なところがあるから、多人数に対する戦い方はあまり得意ではないのかもしれない。
それでもリリアのエース執事二人のおかげで戦況の均衡はとれている。
奴らが耐えてくれている間に、一刻も早く増援を呼び込むべきだ。
俺は鋭角的に体を倒しながら急カーブし、さらに加速した。
トマトが提案した作戦はこうだ。最初に壁を越えられる六人が突入し、中に入ったら俺以外の五人が敵を足止めする。その間に俺が門番を倒し、内側から扉を開ける。外に待機していた残りの執事達が侵入する。
少人数に委ねられた賭けだが、成功させればスキルの消費を抑えられる。それに、少数精鋭の方が奇襲は成功しやすい。
事実、今のところ俺達は数的不利だが互角に戦っている。
戦闘の空気が体に馴染み、鼓動が一定のリズムを保ち始めた。
その瞬間、
パンッッッッ!
背後で爆音が鳴り響いた。
従者が増援を呼んだのだろう。急がないとまずい。
門の下には巨漢の男が待ち構えている。
そこへ一直線で向かいながら、男の戦闘力を嗅ぎ取る。
――――香辛(ジンカ)
パンチのある香りが鼻孔で弾けた。この香りから察するに、予想通り、門番はそれなりに強いSクラス執事だ。
けど、こちらにはトマトのもう一つの策がある。
敵に付与されているスキルの制限は、どれも“時間制限”ではなく“回数制限”だ。
回数制限のスキルは付与しておけば従者が眠るまで有効となる為、朝一で門番に付与することが多い。そこからトマトはスキルを予測した。
門番に付与する回数制限スキルの中で最も効果的だと思われるのは、光による目くらまし・危険を知らせる音・中距離攻撃を兼ね備えた――――光弾(シュガル)。
予測通り、門番は大きな木の実でも包み込むように手を軽く握り、腕を引いた。これは間違いなく光弾(シュガル)の初動だ。これにかかった時間はおよそ0.三秒。
こちらに向けて押し出された手が開く。
俺は耳を塞ぎ、目を瞑り、香辛(ジンカ)による嗅覚情報だけを頼りに、攻撃の軌道から身を躱した。
バチッッッッッ!
瞼が強烈な光に照らされ、爆音が鼓膜を揺らした。
衝撃波が髪を掠めている。が、当たってはいない。ノーダメージだ。
視覚と聴覚を遮断したまま、さらに門番との間合いを詰める。約二メートル。
光弾(シュガル)にはスキルの使用者本人も光と音の影響を受けるという弱点がある。そのせいで門番の動きはわずかに鈍っている。
――――二発目が来る。
鼻の粘膜を刺激する赤いイメージの匂いがふわりと揺れ、その攻撃モーションを俺の脳に伝えた。門番との距離は約一メートル。この間合いに入った時点で勝負は決している。
門番の腕を蹴り上げる。
ドッ! バヂッッッッッッ!
空に向かって光弾(シュガル)が暴発した。
まばゆい光と爆音が周囲に広がる。
動揺した門番の体は無防備になった。目を閉じていても嗅ぎ取れる。
軸足一本でそのまま前に跳躍し、振り上げた足を男の頭に落とした。
「ぐああああああああっ!」
鈍い感触。
続いて唐辛子のような匂いが薄れ、無臭へと変わった。
ドサッと鈍い音が沈む。
そこでようやく目を開き、地面に横たわる巨漢を確かめた。
「ふぅ…………」
作戦の第一段階は成功だ。あとはこの門を開き、外で待っているリリア達を招き入れるだけ…………
「――――葉風っ! 黄(フラウス)がやられたっ!」
バテラロの太い叫び声が戦場に轟いた。数十メートル先からでもはっきりと聞こえる。
「増援を送るっ!」
叫び返し、門に刺さっていた閂を全力で引いた。
一歩下がる。巨大な扉が押し開かれる。
リリアが先頭に立ち、トマトがその背後に並び、さらに後ろで待機していた大量の執事達が雪崩れ込んできた。
リリアの執事達――百二十五名、ディヴィダスの戦闘執事――十名、合計百三十五名。
壁の破壊に無駄なスキルを使うことなく、侵入に成功した。これで戦況は互角、あるいはこちらが有利だ。
そう思った瞬間、
「がああああああああああああああああっ!」
「ぐはっ!」
「ああああああああああああああああ!」
増援の執事達が一瞬で三人吹っ飛び、壁に背中を叩きつけられた。
周囲を見渡しその原因を探る。
「がはああああっ!」
またもう一人、十メートルほど吹っ飛び、地面に崩れ落ちた。
「チビがッ! 私が相手をしてやるッ!」
バテラロの叫び声。
黒い影がそれに反応し、軌道を変えた。
風のように戦場を抜け、バテラロの巨体に勢いよく突っ込んでいく。
「はああああああああああっ!」
黒い影が肘を押し当てるように放った攻撃は、バテラロの両腕でギリギリ止められた。
あいつは――――
「ミラナード……!」
戦場を翻弄していたのはディークの側近だった。
黒髪にメイド服のような黒服、身長の低さを感じさせない迫力、エネルギーに満ちた瞳。
おそらく最強の従者が、早くも戦場に現れた。つまり、ディークは俺達が最深部まで辿り着くとは思っていない。ここで終わらせるつもりだ。
「この馬鹿力がっ……!」
バテラロは憎々し気に叫んだ。その瞬間、黒い影はバテラロの巨体に一瞬で五発の攻撃を叩き込んだ。
攻撃、防御、回避、バテラロもあらゆる動作で対応しようとしていたが、全て不発。完全に動きを読まれた。
「このままだとこちらの戦力を減らされますっ! リリア様!」
後方でトマトの叫び声が聞こえた。
トマトは戦場を見つめ、指折り数えながらぶつぶつと何かを呟く。
そして、
「リリア様、鳥太様に鳴撃(キャズ)を付与していただけませんか」
トマトは遠慮がちに、けれど確信に満ちた声で告げた。
この状況を突破する為のスキルの割り振りと、戦力の分担を考え、答えを出したのだろう。実際、俺は丁度手が空いたところだ。ミラナードを止める自信もある。
リリアに頷き決断を促した。
「いいのですね? 青目と戦う為に体力を温存しなくても」
「ああ、このままだとあいつに全滅させられかねないからな。俺が倒しておく」
「そうですか」
夜風に溶けてしまいそうな平坦な声には、微かな高揚が感じ取れた。
リリアの瞳が一瞬煌めく。全身が普段とは別種の熱に包まれた。
範囲攻撃スキル――――鳴撃(キャズ)。
初見のスキルだが使い方は知っている。
「助かるっ、ありがとな!」
「どういたしまして」と背後で呟くリリアの声を聞きながら、地面を蹴った。
ミラナードへ向かう。
体は地面につきそうなほど前傾しているが構わず、重力に身を預け、全速力で戦場を駆け抜ける。
戦地へ踏み入ると、バテラロはすでに片膝をついていた。この数十秒でも持ちこたえた方だ。
「――交代だ」
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わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
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