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第四章

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 赤絨毯の敷かれた仄暗い廊下を、足音無く、静々と歩く黒ローブ姿の何者か。

 例の如く、個人の判別が出来ない程に頭の天辺からローブを羽織り、地世に関係する者であるのは一目瞭然であったが、やがてその人物は、
「…………」
 とある扉の前で足を止めた。

 質実剛健を体現した両開きの扉はその言葉通り、中世の城で見かけた様な「華美な装飾」が施されている訳でも、過度に「頑強そうな造り」をしている訳でもなかったが、手入れが行き届いて清潔感があり、質素は感じさせながらも好感の持てる、特別な部屋の入り口を飾るに相応しい扉であった。

 手先さえ隠れて見えない黒ローブの人物は、その扉を右手でおもむろに開ける。
 足下から部屋の中央に向かって伸びる赤絨毯。
 両端に金の刺繍が施されたその絨毯の終わり、十数メートル先には三段ほどの雛壇があり、その最上段には、何者かが座る玉座が。

 この部屋はどこかの国の城内にある、謁見の間であり、ローブ姿の人物は雛壇の下まで来ると、
「…………」
 玉座に向かって静かに跪き、
「プエラリア様。グラン・ディフロイス様が御帰還されると、補佐の者より報告がありました」
 男性の声で恭しく頭を下げたが、続けて少し言い難そうに、
「ですが、その……」
 伝え方に思いあぐねていると、玉座から優しく、小鳥がさえずる様な柔らかな物言いで、

『分かっちゅうよぉ』
「?!」

 思わず面を上げるローブ姿の男性。
 そこにはショートボブが印象的な、見た目年齢的にはラディッシュやドロプウォートと変わらぬ、口元に穏やかな笑みを湛えた、中性的な美しさと愛らしさを兼ね備えた、小柄な人物の姿が。

 しかしその全身は穏やかな容姿と相反し、厳めしく、黒光りする全身甲冑で覆われ、故に体型からも性別を判断する事は不可能であったが、それ以上に気になるのは、絶えず裏表を感じさせない笑みを浮かべながらも、両目を終始つぶっている事。
 するとパトリニアは面を上げた彼に、たおやかな笑みで以て、

「あっちゃさいってぇ、けやぐがうでねぐなってまったんだべぇ? わまなぐみえねぇかわりに、わにはわがんだばぁ」

 地世王パトリニアの、気遣いに溢れた、物腰柔らかな御言葉、と思われるが、

「…………」
(何を仰っているのか、全っく分からないぃ!)

 返す言葉を見つけられず、内心で焦りまくる黒ローブの男性。
 王に対して「適当な相槌」で打ち返す訳にもいかず返答に困り果て、絶句していると、パトリニアは変わらず両眼を閉じたままでありながら、

『あぁ! ご、ゴメンよ!』

 異変を察し、

「何を言ってるか分からなかったよね!」
「あ! いえ! その……」

 あからさまに「ハイ」とは言えず、言葉を濁す中、
「気持ちを落ち着けようとしたり、高ぶったりすると、つい方言がね!」
 ほんのり赤面顔で取り繕い、気持ちを立て直す様にコホンと小さく咳払いを一つしてから、改めて努めて平静に、

「グランが両腕を失ったんだよね?」
「え? 何故にそれを……」

 慄く男にパトリニアは、無垢なる笑顔で、
「ボクは両の視力を失った代わりに、感じる事が出来るから……特に大切な彼ら(七草)の事はね♪」
 微笑みながら、

「あの子(グラン・ディフロイス)は、じょっぱり……じゃなかった「意地っ張り」だから、治療は気を遣ってあげてくれると、嬉しいかなぁ♪」

 すると男は、
「承知いたしました」
 静かに頭を下げ、謁見の間を後にした。

 たおやかな笑みを絶やさず、静かに見送る地世王プエラリア。

 やがてゆっくり、
「ワも……ボクも、そろそろ動き出そうかと思うんだけど……」
 変わらぬ笑みで天井を見上げ、

「良いよねぇ、ラミィ♪」

 微笑んだ。
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