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青木 森

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2.邂逅と別れの章-11

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 それから半年が経過したある晩、三人が住む島に招かれざる訪問客の一団があった。
 闇夜に乗じて近づく二梃のゴムボート。
 二梃合わせて十人強はいるであろうか。各々迷彩服に暗視ゴーグルを装着し、自動小銃を携えている。
 ジゼお気に入りの白い砂浜から手際よく上陸し、瞬く間に森の中へと姿を消す兵士達。
 島から離れた海上には、兵士達が下艦したアメリカ海軍の艦船の姿も。
 明かりを消した艦橋で、一人の兵士がキャプテンシートに座る艦長に敬礼。
「この度はよそ者の自分達を乗艦させていただき、ありがとうございます!」
 計器類の微かな明りに照らし出された兵士は、あの女軍曹であった。
「なぁに、気にする事は無い。命令とは関係なし、「亡き上官の果たせなかった仕事を成し遂げたい」との、君の心意気に打たれたのだ」
「はっ! ありがとうございます!」
「まぁ、君は良いとして……そこのふやけた二人組は何だね」
 嫌悪感を滲ませる艦長の視線の先、軍曹の背後でヘラヘラ愛想笑いをする中年男が二人。
 「何でも屋」の二人である。
「はっ! 助手をさせている……まぁ「腐れ縁」と言うヤツであります!」
「腐れ縁……まぁ君に免じて良しとはするが……後ろのお客さんに変化はないか?」
 レーダーモニタを見ているオペレーターに声を飛ばすと、モニタからは目を離さず、
「本艦との距離を保ったまま、未だ変化ありません!」
 その回答に、艦長は舌打ち。
「作戦行動中の船が「AIS(船舶自動識別装置)」で艦名発信しながら近づいて来るとは、高みの見物のつもりか! それとも我々を舐めているのか「女王の犬」共めッ!」
 キャプテンシートの肘掛けを殴りつつ、
「しかし軍曹……上からの命令とは言え、たかが無人島の偵察に対して海兵のあの数。いささか大袈裟過ぎやしないか? しかも虎の子の第十艦隊(電子戦部隊)まで引き連れてとは」
 怪訝な顔を見せると、
「ハッ! 資料に目を通していただいたと思いますが、日本の大手製薬企業のサーバーから「例のAI」をサルベージした手際の良さから推測するに、相手は、あの「ダイバーズ」の可能性が大きいと上層部の意見も一致しております」
「ダイバーズ、か……」
「表立ってダイバーズと事を構える訳にはいきませんから、資料に名前こそ未記載ですが」
「厄介な相手だ……」
 苦虫を噛み潰した様な顔する艦長の傍ら、副長はキョトンとした顔をし、
「艦長、ダイバーズとは?」
「貴様知らんのか!?」
「は?」
「核戦争後のネットワークが分断されたこの世界で、どの国にも属さず、放置されたサーバーやクラウドサーバーからデータをサルベージして、売買しているあの組織の事を!」
「あぁ~、あの違法アキバ系集団の事ですかぁ~」
「バカな事を言うな! 自国の中ですら見え辛い今の時代、情報がどれほど貴重な武器に成り得るか貴様には分からんのか! 体よくダイバーズを利用したつもりになって裏切った国が逆襲に遭い、他国の侵略を許す結果になった事例は一つや二つでは無いのだぞ!」
「そんなぁ艦長、大袈裟な……」
「世界中に現存する国や組織の全てが、今や一目置いている。皮肉な話だが、ダイバーズを毛嫌いしている我が国でさえ情報のみならず、資材、食料にいたるまでダイバーズブランドを信頼し、利用しているくらいだ」
「身内も信じられないこの時代に……でありますか?」
「だからこそだ。ダイバーズは看板に泥を塗る者を、例え身内でも許さず、そんな連中はビンゴブックのトップに名前を晒され徹底的に叩き潰される。バックには「あの女王」がいると言う噂さえあるのだ」
「女王? 不老の、オーストラリア新女王の事でありますか?」
「そうだ。貴様も知っていると思うが、北半球で起きた核戦争の影響は気流の恩恵で南半球には海洋汚染程度にしか影響がなかった。先進大国の中で無傷だったあの国は、今や鎖国状態。全てにおいて困窮し、小競り合いを繰り返す北半球をよそに高みの見物を決め込み、国連総会にもほとんど顔を見せず、今も独自に更なる発展を遂げているそうだ」
「あの国が後ろに就いているとなると、確かに真実味がありますね」
「正直、復興途中の我が国にとって、最も相手にしたくない国だ」
「…………」
「今回の接触では一戦交えるだけでは済まない事態に陥るかも知れん。しかしそのリスクを冒してでも、あれは「今の我が国に必要不可欠なAI」。そう言う事なのだろう軍曹?」
「イエッサー。あのAIが持つネットワーク探索能力、暗号解読技術、クラウドデータの再構築能力は、我が国が世界で再びイニシアチブを握るに欠かせない力であると、自分は確信しております」
 立て板に水を流すように語って見せ、頷く艦長が静かにシートに掛け直した途端、島の上空に照明弾が上がるのが見え、と同時に、夜闇に激しい銃撃戦を示す発火炎(マズルフラッシュ)の明滅が島内各所で発生した。
「何事だ!」
 艦長が慌てて身を乗り出すも、
「わっ、分かりません! 偵察隊と連絡が取れません! 照明弾と共にチャフを撒かれ、通信妨害もされている様です!」
「後ろは!」
「変化ありません!」
 オペレーターから返事が返ると続けざま、今度は別のオペレーターが怒鳴る声が。
「誰が命令を出した! そんな命令は出していない、呼び戻せ! 通信出来ないだと!」
「今度は何だ!」
 苛立ち露わに叫ぶ艦長に、
「艦長命令で待機中の海兵本隊が出撃したとォ!」
「馬鹿共がァ! スグ呼び戻せぇ!」
「通信出来ないそうです!」
「クソォ! いったい何が起きている!」
 シートの肘掛けを殴ると、軍曹が敬礼、
「艦長! 我々が直接行って呼び戻して来ます! よそ者の我々なら、こちらの作戦行動に差し支えないでしょうから!」
「そうしてもらえると助かる! ボートは後部格納庫のを使うと良い!」
「イエッサァーーーッ! 行くぞ「何でも屋」!」
「「へぇ~~~い」」
 ブリッジから駆け出す軍曹と、渋々後をついてく「何でも屋」の二人。

 島へ向かい、暗い洋上をひた走る、屈強な海兵本隊を乗せたボートの中、小さく薄笑いを浮かべる人物が一人いた。しかしヘルメットと夜闇で、その素顔を窺う事は出来ない。

 慌ただしさを見せるアメリカ海軍の艦艇から数キロ離れた洋上に停泊する、オーストラリア軍艦艇。
計器の光すらない真っ暗な「CIC(戦闘指揮所)」の中央、キャプテンシートに座り、戦況をVRゴーグルでモニタリングする艦長。
「陛下、動き出したようです」
 隣のシートに座り、同様のVRゴーグルを付けた女性に落ち着いた口調で声をかけた。
 女性はゴーグルで素顔こそ分からないものの、金髪ロングヘアに、戦場には不釣り合いなヒラヒラレース付きのロングドレスを纏い、
「その様ですわね。艦長、あの二人を渡す訳には参りませんわ」
「かしこまりました陛下」
 一礼すると、
「各員作戦行動開始ィ! パワードスーツ部隊は上陸時に有線通信を解除、レーザー通信回線を使用の事! 以上、健闘を祈る!」
「「「「イエッサァーーーッ!」」」」」
 VRゴーグルのスピーカーから複数人の声が返ると、素潜りできる深度を優に超えた暗い海底で、幾つもの黒い影が動き出した。

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